2章 Refurbish
第三百二十二話 始動
カイザー奪還作戦から三ヶ月が経過した。もうすぐ10月、たまたまなのか、神の悪戯なのかは知らないけれど、カレンダーと季節の関係が日本と似通っているため、9月も終わりが近づくとあちらこちらから秋の気配が漂い始める。
つい先日まで、日中の外はうんざりするほど気温が高く、それを嫌がる連中が涼しい洞窟内から出ようとしなかったりしたもんだが、ここ数日は大分日中の気温も落ち着いて、大分過ごしやすくなったと感じる。
そして変わったのは季節だけでは無く――スミレやレニーの帰還とジルコニスタの加入により、同盟軍に大きな変化が訪れたのだ。
その一つが新設された特殊部隊『ステラ』である。これは、元黒騎士団で構成されたチームで、現在ジルコニスタをリーダーとしてリリィ、アランドラの3人が名を連ねている。
「元黒騎士なら白騎士団でいんじゃね? 大将のカイザーが白いしよ」
なんて、気軽に提案したアランドラはジルコニスタとリリィにより制裁を食らって沈黙。リリィに泣き付かれたスミレが仕方なさげな顔で提案した『ステラ』がそのまま採用され、特殊部隊ステラが結成されたのだった。
紅く塗装されたシュトラール改にはリリィとアランドラが、蒼く塗装されたエードラム参式にはジルコニスタが搭乗している。新開発のエードラム参式はエードラムの思想はそのままに、ジルコニスタの要望を取り入れ、足回りを強化した機体で、現在も改良が続くプロトタイプではあるが簡易式の『バックパック』を装備しているのが特徴だ。
これはスミレとウロボロスが細々と生き残っていた『魔法』の情報を掻き集めて調べ上げ、それらを元に新たに生み出したした『空間魔術』を使用している。
新たに『空間魔術』なるものを構築してしまったのには流石に驚いてしまったが、それについては『魔導具に使われている魔導術式はプログラミングと大して変わらないんです』等と、何でも無いと言った顔でスミレ大先生がおっしゃっていた。
口頭で何やらかっこいい呪文を唱えるだけで発動する魔法と違い、魔導術式は物理的に刻み込んで構築する分現実味があるとかなんとか……俺からすればどっちも偉くファンタジーな代物なんだけどな。
……折角異世界に来たんだから、魔法の一つや二つ使ってみたいなあと言う憧れはあるが、今の俺はロボだからな……。だからといって、スミレ達が楽しげに弄くっている魔導術式とやらは、眺めているだけで頭が痛くなるしな。
それで、その恐ろしい空間魔術を用いて作られた『簡易式バックパック』だが、それは我々が使用しているバックパックのように『亜空間に内容物の時を止めた状態で無限に収納可能』と言うデタラメなものでは無く、『バックパック内部の空間を数倍に拡張する』術式と『紐付けされた場所に転送する』術式がそれぞれ刻み込まれている。
これによって参式はバックパック内に格納している特殊兵装を瞬時に展開して使用することが可能なのだが、その参式の装備というのが『大盾』だ。
これはルクルァシア戦を想定して開発された武装で『奴やその眷属が放つ高出力ブレスから仲間の身を護る方法はないだろうか』そう提案したジルコニスタの声に答える形で開発された新装備なのだ。
科学と魔術を用いて実現した各種コーティングを施したおかげで防御力や耐性はかなり高くなっているが、その分かなりの重量になってしまっていて、これを装備していると機動力に大きな影響が出てしまう。しかし、『バックパック』の開発に成功した今、その枷は消え去ることとなり、めでたくジルコニスタの装備として採用されたのだった。
さて、俺は……いや、私は今どうしているかというと……。
「ルゥ殿、明日の会談についてですが……」
「ルゥさーん! この装備なんですけどー」
「カイザ……いや、くそ、ルゥ! 資材が足らねえぞ!」
「だああああああ!!! わかったから一人ずつ! 一人ずつ順番に! もー、アズはどこ行ったんだよ!」
わたくし、カイザーはめでたく総司令官の席に返り咲く事となり、ルナーサ奪還とルクルァシア撃破に向けて着々と準備をしているわけなのですが……。
同盟軍基地内は元々広かったのがさらに拡張されているため、機兵に乗ったままでも悠々と移動することが出来るわけで。つまりは、ブレイブシャインの機体達もそれに漏れず中で活動することは可能なのだが……流石に司令官が詰める『人間向けの部屋』ともなれば話は別なのだ。
妖精体、つまりは『ルゥ』として行動することとなるわけで。そしてその『ルゥ』というあやふたな存在がまた……ひと騒動起こすきっかけになってしまったわけで……。
その発端となったのはレニーとフィオラの姉妹喧嘩だった。
その日、私は基地内をフヨフヨと飛びながら見回りをしていたのだけれども、姉妹仲良く私の本体をチェックする二人の姿をみつけ、なんとなく声をかけたんだけど……今思えば、それが間違いだった。
「やあ、レニーにフィオラ。二人で何してるんだい?」
「あ、カイザーさん」
「あ、ルゥ」
「「む」」
「ああ、私のチェックをしてくれてるんだな? ありがとうな」
「カイザーさん……その、『私』ってのは治らないんですか?」
「ルゥ、口調がまたちょっと男らしくなってるよ? かわいくないから治そ?」
「「むむ」」
「フィオラ? カイザーさんに何を求めているのかな?」
「お姉こそルゥをどうしたいの?」
「「ぐぬぬぬ!」」
「お、おい……二人共……姉妹なんだし、な? 仲良く……」
「「
「は、はい……って、このままじゃだめだ……おおい、スミレー! スミレええええ!!」
そして私に呼ばれてやってきたスミレによって姉妹喧嘩は丸く収まることとなったのだが、スミレを呼ぶという選択が正しかったと言えるかは……。
「はいはい、二人共喧嘩はやめなさい」
「お姉ちゃん」
「スミレさん」
「話は聞かせてもらいました。私から提案があります」
「「提案?」」
「簡単なことです。
「むー……。まあ、確かに元々妖精さんの時は口調がおかしい時もあったし……」
「むう……。言われてみればあの渋い声で可愛い口調は辛いものが有る……』
「どうですか? ルゥ。嫌だというのであれば、いっその事フィオラとの行動中に蓄積した記憶データを切り離し、『ルゥ』として妖精体を分離することも……」
「待て待て待て、それは勘弁してくれ! フィオラとの旅もレニーとの旅同様に大切な思い出なんだ。わかったよ、わかった! こっちの体の時はルゥ! あっちの体の時はカイザー! それでいい! もういい! どうでもいい!」
そして、半ば投げやりになった私の言葉を聞いたスミレは
「許可が出ましたね。言質はとりましたので、以後文句を言われることはないでしょう。さあ、二人とも喧嘩は止めて仲良くしなさい。お姉ちゃんは悲しいですよ」
なんて、お姉ちゃん面して綺麗にまとめていたんだ……。
そしてこの話は瞬く間に基地中に広まり……いや、スミレによっておもしろおかしく広められ……誰しもがこの体の時はルゥと呼び、中には「ルゥちゃん今度デートしてくれよ」と気持ちが悪いことを言う奴も現れるようになった、なってしまったのだ……。
ちなみにレニーの端末から現れ、彼女の旅をサポートしてくれたという謎の存在『おうまのカイザー』だが、その正体はあの日……レニーが私から射出されるまでの僅かな時間に、咄嗟にスミレがインストールしたカイザーシステムの一部だったらしい。
スミレはレニーを補助するおたすけAIとして『鑑定』『ナビ』『索敵』などの簡単な物だけインストールしたらしいのだが、どうも私の残滓というか、輝力的な何かが作用をした結果、未熟ながらも人格が芽生え、ホログラムにて姿を現してレニーを導くことが出来るようになっていたらしい。
地下空洞で私と一体化し、記憶を呼び覚ます鍵のような役割を果たしたお馬のカイザー。 お馬はレニーを私たちの元まで導いた功労者であり、そのまま私と同化させてしまうのは可哀そう……というか、既に自我が目覚めた者を消失させてしまうのは流石にいただけないなと。
そこで、スミレと話し合った結果、彼女の手によって無事に分離することに成功。今はぬいぐるみ形態の義体にAIを移されて完全に別機体として独立を果たしている。
かつて私だったものが別の人格として独立し、動いているわけだ。物言わぬ可愛らしいぬいぐるみだからまだしも、これをルゥでやられたらたまったもんじゃないよ。自分が2人に分裂するんだぞ? まったく、脅しにしても恐ろしいことを言うやつだよ……。
「カイザー?」
「うわっ! ス、スミレか? びっくりさせないでよ……」
「ああ、失礼。ルゥちゃんでしたね。何か失礼な事を考えていたのではありませんか?」
「やだな、そんなことはないぞ。少々思い出に浸っていただけだ」
「そうですか。暇そうでいいですね……と、例のお客様が明日到着しますよ。どうするんですか? ルゥちゃんでお迎えしますか? それともカイザーでお迎えしますか?」
「わかって言ってるだろ、スミレ。カイザーで迎えても結局会談の際にはルゥになる必要があるじゃないか……だったらカイザーで出迎えて、ルゥで会談をって両方見せたほうが良いんじゃない?」
「ふむ……まあ、それもそうですね。ではアズやレイにはその様に。ゲンリュウ氏は流石に来られませんので、通信での参加でよろしいですよね」
「ああ、頼むよ。はあ、会談か……悪いようにはならないと思うけど、やはり少々緊張するな」
明日、トリバ、ルナーサ、リーンバイル、そして同盟軍からそれぞれ代表が集まり会談を行う。週1でやってる会議みたいなもので、もうすっかり定例会みたいになってしまっているけれど、明日はそれ以外にも特別ゲストが来るということで、基地内は若干ピリピリしているのだ。
まあ、なるようになるさ。
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