第二百九十九話 レニーとルッコさん

◇SIDE:レニー◇


 お馬のカイザーさんに導かれるまま、東に東にとえっちらおっちら歩いて。

 ルッコさんと二人向かった先にあったのは立派な立派な街。


 それは帝都シュヴァルツヴァルトだった。


『オモエ』としか聞いていなかったから、ルッコさんから『ここは帝国領だ』と、聞いたときは目が飛び出すほどびっくりしたよ。


 まさかそんなところまで飛ばされていたなんて。


 幸いだったのは、私の素性がバレなかったこと。

 今まで帝国軍と戦った、と言っても黒騎士の件と、ルナーサ防衛戦くらい。しかも生身で戦うってわけじゃあなくって、カイザーさんの中に乗り込んで戦ってたわけだからね。


 白い機兵は有名でも、中に居る可愛いあたしは知名度が低いってわけだ。


 ルッコさんは帝国の人……つまりルッコさんから見れば私は敵国の人間だ。今は親切にしてくれているけれど、バレた時一体どうなることか……。


 帝都についたときはそんな事を考えてビクビクとしていたんだけど、間もなく別の意味でビクビクとする事になった。


『取りあえず俺の家に行くぞ』


 嫁入り前の娘が……男の家に行って良いのかしら……? なんて、少し思ったけれど、ここは帝国。下手に宿屋なんかを取った日にゃあ、何処でなにが起こるかわからない。


 街に入るときはルッコさんが一言『俺の連れだ』と言ってくれたからなんとかなったけど、うっかり巡回の人に捕まってさ、身分証を出せーとか言われたらきっと面倒な事になる。


 まあ、ばあちゃんの息子さんだ、変なことはされないだろう。

 そう判断してついて行った先にあったお家がまた……ミシェルのお家みたいで……。


「あの、ルッコさんって……貴族なんですか? 帝国にはまだ居るんですよね?」

「貴族か……はは、違うが……面白いことを言う奴だな」


 よくわからないけど笑われてしまった。


 その後、ルッコさんの部屋だという所に連れて行かれ、彼の正体が明らかになった。


「そう言えば言ってなかったな。俺の名前はジルコニスタ・ヴェンドラン。お前と散々やり合ったアランドラが所属する黒騎士団、団長だよ。あの時は世話になったな、レニー・ヴァイオレット」


 そう、言われた瞬間、くらくらくらーっと目眩がして、ゾクゾクゾクっと寒気がした。全身の血の気が引くってきっとこんな感じ……と言うか、今まさにそうなんだろう。


「えっと、あの、その……え? ええー!?」

「はっはっはっは、その顔が見たかった、見るのが楽しみで今まで黙ってたんだ。はっはっはっはっは」


 驚きすぎてどうにかなりそうなあたしを見てルッコさん――黒騎士団の団長が大笑いをしている。

 

 ルッコさんが敵の親玉を護る黒騎士団の代表である、とってもとっても強い団長だからもう私の運命は終わってしまったのだろう、いや、でもあの日黒騎士の団長は、ルッコさんはあたし達と共闘していた。


 なら、悪い人ではないのかな? 


 うう、わからない、ルッコさんは帝国の黒騎士で、でもばあちゃんの息子さんで……でもでもルナーサに攻め込んできていたし……共闘してくれたし……ああ、もうわかんない、頭が爆発しそうだよ!


 頭を抱えてうんうん唸っていると、ルッコさんが『レニー』と私を呼んだ。

 思わず顔を上げてルッコさんを見てみると、彼は真剣な顔をして私に頭を下げていた。


 私は頭を下げられる様なことをされていない。黒騎士と戦うことはあったけれど、それはルッコさんではなく、別のパイロットだ。


 団長だから? ううん、きっとあんな戦いを命じたのはもっと上の存在、どうせあの皇帝が全部わるいんだ。


 だから頭を上げて欲しいと頼んだけれど、それは謝罪では無くお願いのためだったようだ。あれえ……。


「……共にを討って欲しい。いや、皇帝の名を騙る者……と言うべきか。

 レニー・ヴァイオレット、どうか、俺に力を貸してくれないか」


 なにいきなり凄まじい事言ってるんですかこの人は。本当に本当にそう思った。

 まさか黒騎士団団長さんから『皇帝を討って欲しい』そんな事を言われる日が来るとは思いもしなかったよ。


 でも、続く言葉の『皇帝を騙る者』それを聞いて納得。どう考えてもあの日見たあれは尋常じゃ無かった。皇帝機からずるりと現れたパイロット、確かにそれは塵になって霧散してしまっていたし、じゃあ今居るらしい皇帝は誰なんだ? って話だよね。


「皇帝を騙る……確かにあの日、皇帝と思われるパイロットは……塵となって……」

「やはりな……真偽不明だったが、その様な報告は受けていたのだ。やはりアレは……!」

   

 ルッコさんによると、何者かが裏で帝国を操っているらしい。

 それに気付いたのはつい最近の事だったけれど、思えば例の卵、黒龍の卵を何処からか手に入れてから皇帝の様子が明らかにおかしくなっていたみたい。


 温厚だった性格は徐々に変わっていき、それまで他国と仲良くしよう、技術を開示しようと考えていたらしいのに、突如として一転、技術は独占し、怪しげな研究を始めさせ、ついにはルナーサ侵攻命令が出されることとなった。


 皇帝の様子がおかしいと気づいたルッコさんは、協力者と共にコツコツと情報を集めていたらしい。


 何か原因があるはずだ、元の陛下に戻せるならば戻したい……と。

 けれど、それはもう叶うことがない願いだった。

 

 生き残った兵士からの報告でルッコさんが知っていた皇帝は既にこの世の者ではなく、皇帝に見えるアレは別の何か……黒龍から抜けた邪悪な意思なのか、その魔力を吸った異形の何者かか、報告が真実であれば仇討ちをすべきである、ルッコさんはそう決意したみたい。


 黒騎士団が忠誠を誓うのはあくまでも皇帝であり、それを騙る偽物ではない。

 

 残った黒騎士団の何人かはそんなルッコさんに賛同してくれたが、首を縦に振らない者も居た。


「思えば、アレらもまた、既に人ではない何者かに変貌していたのかも知れない。

 なんというか……陛下同様、以前とは性格が変わり、虚ろな目をしていたからな」


 事実、あの日以降、皇帝を疑ってルッコさんが城を離れてからそれを護る者達の雰囲気は様変わりしたらしい。

 

 虚ろな目をした攻撃的な兵士達、そんな人達が、意思なくフラフラと城をうろつくようになったと。


「このままではこの国はもう……レニー、お前に頼めた義理ではないが、どうか力を貸してくれ」

 

 ルッコさんはのっとられてしまった国を取り戻したいらしい。


 そんな事を言われても私は生身だ、なにもできないよ。


 それに……気の毒な話だと思うけれど、今の私はカイザーさんと再会し、お姉ちゃんと再会し、皆と再会して以前の生活を取り戻すという最大の目標が有るんだ。


「申し訳ないけど、今の私には何も……カイザーさんと合流しないことには何も出来な――」

 

 そう言って断ろうとすると、ルッコさんは悪そうな笑顔で首を縦に振った。きっとこの流れを予想していたのだろう。


「まあ、そうだろうな。そう言われると思っていたさ。そこでひとつ取引材料を出そうじゃ無いか」


「取引……?」

 

「お前にとってはあまり良い報告ではないだろうが……現在ルナーサは帝国軍に占領されている」

 

「……やっぱり。そっか、私達がやられちゃったから……」

 


「そう気を落とすな。民の殆どは居なかったようだし、残っていた商人達にも酷い事はしていないようだしな。そしてここからが本題だが……ルナーサにお前の機体、カイザーが運び込まれたらしい」

 

「カイザーさんが!?」


「ああ、そこで取引と行こう。俺はお前を無事にルナーサへと連れて行き、カイザー奪還の手伝いをする」


「カイザーさんを……奪還……」

 

「俺はトリバに引き渡されたと聞く仲間の身柄を受け、共に皇帝を……いや、奴を討とうと思うんだ。もしも奪還が叶ったら、お前には身柄引き渡しの仲介と……出来ればブレイブシャインを率いて共に奴を討って欲しい』


 そう、言われて悩んだ。


 カイザーさんを取り戻すのはいい。仲間と会う仲介をするのは良い。でも、ブレイブシャインが共に……っていうのは私が勝手に判断して良いことじゃない。


 悩んで悩んで悩んだあげく、妥協案を出した。


「私はリーダーだけど、うちのチームはリーダーが独断で何でも決めちゃうようなチームじゃない。だから共闘して……という部分に感しては今のところはなんともいえないよ。

 仲間達と……ううん、それ以外にも相談しなくちゃいけない人達が沢山居るからね。

 けど、仲介に感しては大丈夫。カイザーさんを奪還出来たら、その後レインズさんに話してあげるよ」


「ああ! まずはそれだけでも十分だ! 感謝するぞ、レニー!」


 そして私達はルナーサへ向かう用意をする事になったんだけど、そこからがまた大変で……。

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