第二百八十話 決意 

 夢を見た。


 いや、自分は機兵だから夢というものではなく、スリープ中に整理されていたデータが見せた映像だったのかもしれない。


 コクピットの中に居る私は紫色の妖精と何か言い合っている。特徴からして恐らくスミレであろうその妖精……たしかAIなんだっけ。


 暫くの間、彼女と言い合いをしていたのだけれども、その姿はどんどん小さくなり、私から遠ざかっていく。

 

 だめだ! 一緒に行こう! そんな自己犠牲はまっぴらごめんだ!

 俺も! 俺も共に行くぞ!


 くそ! 動け! 動けよ俺の身体! そんなヤワにできてないだろ!?

 

「迎えに来て……カイザー、大丈夫……私はまだ……ここに居ます……」


「スミレエエエエエエエエエ!!」


 目を覚ますとまだ辺りは暗くって、何やらじっとりとした感覚がした。


「夢……?というか、ラムレットまたいつの間に私を……」


 しかし、さっきの夢は一体……? どんどん小さくなっていくスミレ……妙に生々しいデータだったけれど、まさかあれは……実際にあったこと……?


 私とスミレ、そして本体が離ればなれになってしまった時の記憶……なのだろうか。


 すっかり目が覚めてしまった、というか私には睡眠と言う物は必要じゃないらしいので、そこまではっきりとしたもともと眠気というものは無いんだよね。


 なんだかこのままラムレットに埋もれているのもアレなので、ちょっと外に出てみよう。

 外に出ると、香ばしい香りが辺りに立ち込めていた。これはコーヒーかな?

 

「あ! ルゥおはよう!」


 焚き火を囲んでコーヒーを飲んでいたフィオラが声をかけてきた。


「おはよう! マシューも」

「ああ、おはよう。しかし、本当にカイザーなのにルゥなんだな。あたい達は慣れるのに苦労しそうだよ」


 困った顔で笑うマシュー。それは言わないでほしいな。きっと記憶が戻った暁には既に慣れてしまったこの口調に赤面する予感がすごくするんだから。


 マシューとフィオラが火を囲み、なにやら楽しげに話をしている。どこどこのメシが美味しかったとか、デザートが絶品だったとか。それにちょいちょい混じって魔獣トークが入るため、完全な女子トークという感じじゃないけど、何だかとっても耳障りが良い空間だ。


「こうしてると……なんだかグレートフィールドでの特訓を思い出すなあ……」


 ふと、私の口から出たこの言葉にマシューが驚いた顔をする。


「カイザー? お前記憶が……?」


「え? あれ? 今、私なんて……? グレートフィールド……ああ、そっか。うん、ちょっとだけ思い出せたよ。マシューとレニー、2人の特訓をしたんだよね」


「そうそう、うう……」

「マシュー? どうしたの突然……」


「うぐっ……な、ないてねえからな。ただ、ああ、本当にカイザーなんだ、あたい達が知ってるカイザーなんだって思ったら嬉しくってさ」


「マシュー……」


 あの声、スミレは私の記憶データに関して『修復完了』という言い方をしていた。想像でしか無いけれど、メインとなる魂的なものと、最低限の知識、そして私がカイザーであるという情報を本体からこの体に送ったんだと思う。


 でも、何かが、何かの干渉を受け『私がカイザーとして過ごした記憶』が破損してしまったのではなかろうか。


 それは仲間の機兵達から送られてきたデータやこうして何かのきっかけで修復され、いつかはっきりと全て治るのではないか、そう思うんだ。


 消えて失われたのではなく、今はまだ思い出せないだけ。

 つまりは、思い出のデータが修復されれば取り戻せるって事だ。

 これはとっても嬉しいことだね。


「ふわあ……なんだよ早起きだね……」


 と、目をこすりながらラムレットが起きてきた。どうやら私が居なくなったことで胸元が寒くなって目が覚めたようだ。


 焚き火の前にやってきたラムレットは石に腰掛けていた私をヒョイと手に取ると、代わりにそこに座り、抱っこするように私を膝に乗せる。


「くくっ……いやほんと……お前のその姿……スミレにみせてやりたいよ……あはは」

「マシュー! スミレのことはちゃんと思い出せないけど、それは勘弁してくれと本能が訴えてるよ!?」


「スミレ……ブレイブシャインの頭脳たる妖精、彼女はかなりのキレものだと噂になってたよ。いやまさかカイザーまで妖精になってるとはアタイも思わなかったけどね」


「ああ、あの時は、カイザーがいきなりその身体になった時はあたい達も驚いたよ。

 なんたって……くくっ、あのカイザーがだぞお? いきなりそんな……可愛らしいかっこで現れてさあ……だいぶ慣れたと思ってたけど……久々にその姿を見ると……っていうか、すっかり女子らしくなったカイザー……いや、ルゥちゃんをみるとあたいはあははは!!」


「カイザーは男らしい性格をした機兵だと聞いてたからね。アタイもまさかルゥがカイザーなんて……というか……そうかい、フィオラにそこまでしこまれたのかい……くはははは!」


「君たちねえ……!」


 ああ、腹立たしい腹立たしい。フィオラも何だか笑ってるしさ。元はと言えばフィオラが「女の子らしくしろ」って私に言ったんじゃないか。なんだかわからないけど、しっくり来すぎて元の口調と言われる偉そうな男性口調で喋ろうとするとうまくいかないし!


 はあ、しかしすっかり打ち解けたなあ。


 何処か強烈なフィオラは即馴染んでたけど、ラムレットは憧れのブレイブシャインということで暫くは乙女モードだったのに……。


『マシューさん』とかいってたのが『ラムレットのが年上だし、タメでいいよ』とマシューに言われ、何処か似ている性格のせいか、あっという間に仲良しになってしまった。


 しかしラムレットは熱心な娘だな。


 自分の機体を失った反省からなのか、昨夜はマシュー達から色々と戦闘について聞いてたからね。

 

 ラムレットはコツコツとお金をため、カエルみたいな機兵をようやく買って、またコツコツと依頼を受けて修行してたみたいなんだけど、良い仲間に恵まれず、ソロで動くことが多かったのであまり技術を学ぶことが出来なかったそうだ。


 それでもあれだけ動ければ凄いと思うんだけど、あれはウルフェンの機体性能のおかげだと昨日の成果については言われちゃった。


「それで、ラムレットさ。あたいが言ったこと考えてくれたかい?」


 目的地であるフォレムにたどり着いたラムレットは今後どうするか悩んでいた。

 

 フィオラはブレイブシャインに同行して『基地』に行くことが決まっている。そうなるとラムレットとはここでお別れとなってしまうわけなんだけど、それを寂しく思ったフィオラが一緒に行けないかミシェルに聞いたんだ。


『基地は来るもの拒まずというわけではありませんけれど、フィオラやカイザーの仲間ですし、こうしてお話をしてると悪い人には見えませんから私としては歓迎したいですわ』


 ミシェルに聞いたところでどうなの? って思ったけど、どうやらブレイブシャインはその基地に関して大きな権限があるそうで。凄いな過去の私。


『なあ、ラムレット。良かったらフィオラと一緒に基地に来ないか? 

 そこでちょっと特訓してさ、良かったら一緒にカイザーの身体を探しに行こうぜ!』


 カイザーの身体、つまり私の本体を探す旅となれば、その過程でレニーと出会うことがあるかも知れない。となれば、私やフィオラはそれに同行することになるわけだけど、そうなるとフィオラと共にラムレットが着いてきたほうが都合が良い、そういう話だった。


『うーん……魅力的な話だけど……そうだね、一晩時間をくれないかい?』


 ラムレットは直ぐには返事をせず、その場は保留にしてた。ラムレットとしても思う所があったんだろうな。


 そして今、マシューから改めてどうするか尋ねられている。


「そうだね。なんだか人に頼りすぎるのも良くないなって思ったんだけどさ、フィオラの、仲間の力になれるならって考えたら簡単なことだった。マシュー! アタイをフィオラとルゥと一緒に連れてってくれ! 皆の力になりたいんだ!」


「よくいった! 任せてくれラムレット! あたいがじっちゃん共に言ってお前らに最高の機兵を用意してやるからな!」


「ちょ、そこまでされるとアタイは困っちゃうよ」


「遠慮無しだ! ラムレットもフィオラもブレイブシャインの一員みたいなもんさ! 改めてよろしくな!」

「うう……よろしく!」


「あー、こういうのが青春ってやつなんだねえ」


 ニマニマとした顔で一人マイペースでコーヒーを啜るフィオラ。その表情に記憶の底に居るレニーの面影を感じ、なんだか胸が暖かくなった。

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