第二百七十六話 狩人

 ラムレットとフィオラ、それぞれが機兵に乗り込んでの魔獣の討伐クエストがいよいよ始まる。


 フィオラにとっては初めてとなる機兵での実戦だ。なんだか本人より私のほうがドキドキしてるよ。


 ラムレット機に動きがあった。どうやら3分が経過したようだ。


「フィオラ、ラムレットが動き出したよ。私の合図でゆっくり動いて」

「りょうかーい!」


 ラムレットは一気に距離を詰め、群に向かって飛び込んでいく。あと半分という距離で流石にこちらに気づいたのか、ブレストウルフ達が動き始める。


 周囲を伺うように2体が左右に別れ、どうやら索敵をしているようだ……けど、そんな所に誰も居ないよ。


 ブレストウルフの意識はバッチリラムレットに釘付けだ。それでも一応、こちらを向いていない時を見計らってフィオラに指示をだし、ジワジワと狙撃ポイントまで移動する。


 目的のポイントはとても大きな木の上だ。流石に普通に登れば目立って仕方がないけれど、ある一瞬であれば……!


 間もなくフィオラが木の下に到着する。ブレストウルフたちは木の向こう側、一応死角となる位置に私達はいるわけだけど、逆に言えばこちらからあちらの様子を見ることは出来ない。


 ……私以外は!


 ラムレットがブレストウルフの元に到達する。長剣を担ぎ、ドスドスと距離を縮めてそのまま跳躍する。

 その瞬間、ブレストウルフたちの視線がラムレットに集中した。


「フィオラ」


 私の声を合図にフィオラが樹上によじ登る。生身であればそのまま住めそうなサイズの巨木も機兵に乗ればちょっと大きな木くらいにしか感じないから面白い。


 不思議なことに、機兵に乗っていると一体感と言うかなんと言うか。『乗っている』というより、『大きな体になった』という感覚がする。


 感覚がすると言うだけで、自在に動かせるというわけではないけどね。


 ここからならラムレットの様子がよく見える。実際、それなりに距離が離れた場所に居るのだけれども、例の特殊能力、周囲の状況が見える【周辺マップ】のおかげなのか、遠い場所の様子も直ぐ近くのように見ることが出来る。なんて言ったかな、ズーム? なんかそんな感じだ。

 

 ラムレットの大きな剣がブレストウルフを2体まとめて吹き飛ばす。残念ながら致命傷とはならなかったけど、2体まとめて吹き飛ばせたのは大成功と言っていい。


 その一撃で完全にブレストウルフ達のヘイトがラムレットに向いた。周囲で警戒をしていた残り2匹が物音を聞いてラムレットのもとへ向かう。


「フィオラ、右のをやれるかい?」


「勿論……よ!」


 私の意図を汲んだのか、返事をしつつ矢を射った。矢とは言え、機兵用の弓から放たれるそれは大人の腕くらいの太さがある。


 ビュウと、風を切る音と共にブレストウルフの頭に吸い込まれるように飛んでいく。

 音に驚き動きを止めるが、それが命取りだった。


 フィオラの狩猟技術は恐ろしいまでに冴えている。簡単で陳腐な言葉で言えば『狙った獲物は逃さない』ってところかな。実際にフィオラが当てると確信し射った矢は必ず当たるのだから恐ろしい。


 フィオラは『獲物の動きを良く観察すれば動きなんて簡単に読める』と言っているけど、それが言うほど簡単な事じゃないのはようくわかる。


 恐ろしいかな、フィオラはきちんとブレストウルフが一瞬立ち止まる、そこまで読んで未来位置に矢を撃ち込んでいた。何かの要因でブレストウルフが立ち止まらなかったら結果は変わっていたかも知れないけど、目の前のブレストウルフはきちんと頭に矢を受け、悲しげな顔でその場に倒れ伏した。


 その様子が目に入ったのか、斥候役のもう一体が周囲に厳しい目を向ける……けど!


 ラムレットが長剣をガンガンと叩き、注意を引きつける。音に苛立つブレストウルフが再びラムレットに目を向け、起き上がった2体と共にラムレットを取り囲む。


「いいかい、フィオラ。次の攻撃はラムレットが斬撃を放った瞬間だよ。恐らく飛びかかるのは1体で、残り2体は状況を見てから動くと思う。フィオラは残った2体のどちらかを狙うんだ」


「了解だよー」


 ジリジリと距離を詰めつつ、ブレストウルフたちがラムレットの周りをゆっくりと周る。この状態で下手に弓を射ればこちらの位置がバレてしまう。


 そうなってしまえばブレストウルフは分散し、こちらとしては戦いにくくなってしまう。


 ラムレットが剣を水平に構え、飛び掛かろうと狙うブレストウルフに備える。ラムレット自身もブレストウルフに合わせてゆっくりと身体を動かし、迎撃してやろうと狙っている。


 ジリジリとゆっくり、しかし確実に包囲の輪を狭めるブレストウルフ。


「!」


 瞬間、ラムレットに向かいブレストウルフが跳んだ。


「3体!?」


 何故かはわからない、失っているカイザーの記憶だろうか。私はブレストウルフの習性から飛びかかるのは1体ずつだ、そう確信していた。でも、目の前の現実はどうだろう?3体同時に飛びかかっている。


 予想外の事に動揺する私。


 しかし、2人は、フィオラとラムレットは動いてくれた。


「1匹も2匹も3匹だって一緒だよ」


 涼しい顔をしてフィオラが弓を射る。1射、2射。続けて撃ち込んだ。


 その矢は今まさにラムレット機に当たるというブレストウルフたちの頭部に吸い込まれていった。振り上げた前足はそのままで止まり、元の場所に返されるように2体まとめて吹き飛ばされる。


 吹き飛ばしたのはとどめとばかりに放たれたラムレットの斬撃だ。飛びかかった1体にカウンターを当て、吹き飛ばしたラムレットは返す太刀でそのままの勢いを背後の2体にもぶつけた。フィオラの矢が仕留めたのか、ラムレットの刃が仕留めたのかは分からないが、無事4体のブレストウルフを討伐完了となった。


 ラムレット機の元へ向かい、ハッチを開けて声を掛ける。


「ラムレット! 凄いじゃないか!」


「はっはー! アタイだって機兵に乗って剣を持てばこれくらいはね! どうだい? 見直したかい?」


「ラムレットさんはやれば出来るって私ずっと信じてたよ!」

「それじゃあアタイが今まで何もしてなかったみたいじゃないか!」

「あはは! そうだね、ごめんごめん!」


 森に私達の笑い声が響く。幸い近い所に魔獣の反応はなく、今日はこのまま安全に帰れそうだよ。

 

「さて、4匹も討伐できたし、今日はもういいよね。二人共、フォレムに帰ろうっか」

「帰るのはまあいいんだが、参ったな……荷車を忘れたよ」


 苦笑いをするラムレット。フィオラはキョトンとしていたが、すぐにその意味を理解する。


「あー……帰りは大変だね……こりゃ」


 その場に転がるブレストウルフの亡骸が4つ。解体をして必要な箇所だけ持っていくにしても、4体分となればかなりの量になる。


 話し合った結果、解体するより丸ごと引きずっていったほうがまだ楽だという雑な結論に達し、ラムレットとフィオラはそれぞれ2体ずつ、ブレストウルフを引きずって帰ることになった。


 終わりよければ全て良しっていうけど、この終わり方は良いのか悪いのかわからないね。

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