第二百七十五話 森の記憶

 昼食のため無難なスペースを探してみれば、ぽっかりと長方形に空いた謎の空間を発見した。

 そこだけ草の育成が悪く、よく見ればギッチリと土が締め固められていて、まるで長期にわたって何か重い物が乗っていたかのような場所だった。


 そんなわけで、私達は都合良く拠点にしやすそうに口を開けていたその場所に機兵を停め、細やかな早めの昼食を摂っています。


 今日のメニューは朝に買った白パンにウサギ肉のソテー、今しがたフィオラが採ってきた山菜を固形スープの素で煮たスープです。干し肉と黒パンと比べれば……十分にごちそうですね。


 依頼中に凝った料理なんて手間を考えれば現実的じゃないしね。これでもかなり頑張ってる方だと思う。


 しかし、この場所は良いなあ。草が生えてないってだけでかなり快適だし、地面もきれいに均されて座り心地がとても良い。小さな体で軽い私ですらそうなのだから、きっとフィオラ達だってそうなんじゃないかな?


 もしかしたらここにはかつて誰か住んでいたのかも知れないな。なんというか、誰かのおうちがあった、そんな気がする。


 でもちょっと不思議なんだよね。辺りにおうちの残骸らしきものはないからキレイに解体したんだろうけど、こんな所におうちがあるって理由がわからないし、ハンター達の休憩所だったとしても撤去する理由がわからない。


 それにそういう場所がかつてあったなら誰かが知っててもおかしくないのだけれども、どう見ても野営をした形跡なんてひとっつもないんだ。


 私が目覚めた小屋、フィオラとはじめて会ったあの小屋だって街のハンターなら誰でも知ってるような小屋だったみたいだし、じゃあこの場所は何なんだろうって考えると……ううむ、わからん。


 私が一人で謎の引っ掛かりを受けたこの場所について考えている間に皆はもうお腹いっぱいになったみたいで、そろそろ行こうかという雰囲気になっていた。


「どうしたのルゥ、そんな難しい顔してさ」

「ううん、ここさ、まるで誰か住んでたような感じじゃない? 何があった場所なのかなあって」


 なんとなく、ほんと何となく言ったら、フィオラから思いがけない答えが返ってくる。


「うーん、案外さ、お姉ちゃんが住んでたおうちがあった場所かもしれないよ。ほら、シェリーさんが話してたでしょ? フォレムの外に住み着いたって……きっとここなんじゃないかな……もう何もないけど」


 荒唐無稽なその話がなぜだかわからないけどストンと心に落ちた。


 そして、私の頭にボンヤリとした記憶の映像が浮かび上がる。


 フィオラによく似た女の子が嬉しそうな顔でこの場所まで私を連れてくる。ここには確かに長方形の箱のような者が存在していたが、私が何かをするとそれが消えてしまう。


 フィオラに似た……きっとこれがレニーなんだろう。レニーはそれを見てびっくりした後大泣きをしていて……ええ……? ここにあったのはやっぱりレニーのおうちで、それをわたしが消した……?


 一体何をやらかしてくれてるんだ、過去の自分は……。


 背中に冷たいものが流れる。


「どうしたの、ルゥ? なんだか変な顔してるよ?」

「え? ん? んん? ううん、なんでもない。ちょっと記憶が戻りかけた感じがね……」

「何でもなくないじゃん!……その言いぶりからするとダメだったんだろうけど」


 うん、駄目だった。完全には戻らなかった……でも、レニーの顔を思い出すことが出来た。

 ……なぜだかひどいことをして泣かせている残念な記憶だけど、フィオラとよく似ている、けれどもう少しフンワリとしたような女の子。


 まだきちんと思い出せないけど、その顔を見た瞬間、大切な存在だということはよくわかった。こんなにも心が暖かく、心配で胸がギュッとするのだから。



「おおい、なにやってんだー? さっさと行かねえと今日は泊まりになるぞお」


 ラムレットから催促の声がかかり、我に返る。そうだった! 今日はブレストウルフを狩るんだった。



 ◆◇


『跡地』から1時間ほど入った所で反応を感じた。近い場所に4体、その他に反応はなし。手頃な数だ。


 フィオラに声をかけ、停止してもらいラムレットを呼び寄せてもらった。


「ここから向かって3時の方向に4体、まだ此方には気づいていないけど、周囲を警戒してるようだ」


「ナイスだルゥ! やっぱお前の力は便利だね!」

「ほんとにね。普通索敵なんてこんな高精度に出来ないんだからね……」


 以前芽生えた謎のスキル。これによって私は周囲に居る人間や魔獣の反応が手に取るようにわかる。


 さて、どうするか。フィオラの機体は機兵用の弓を装備している。 矢の数は6本。フィオラなら外さないんだろうけど、一撃で仕留められるかはわからない。


 ラムレットの装備は長剣だ。大ぶりの剣で、斬るというより殴る武器といった感じだね。


「ラムレットさ、長剣が得意なんだっけ?」


「ああ、前に乗ってた相棒では長剣をよく使ってたんだ。剣で護って耐えて耐えてスキを見て殴る! アタイはそれが得意でね」


「ブレストウルフの弱点はわかる? 具体的に言うとフィオラの弓で倒すとすれば何処を狙えば良いかな」


「ううん、弱点はむき出しになってる燃料タンクでさ、それを撃ち抜けばアイツは勝手に燃えて死ぬんだけど、それやっちゃうと稼ぎがね。だから強いて言えば狙いどころは頭かな? 狙いにくいけど装甲も薄いし矢でも抜けるよ」


 と、言ってるけどどうだい? とフィオラを見るとニヤリとした顔で力強く頷いている。


 愚問、という奴か。


「じゃあさ、ちょっと危ないけどラムレット、囮役をお願いしていいかい? 4匹という数だけど、しのぎきれる?」


「誰にいってんだい。アタイならブレストウルフくらい楽勝さ。それにこのウルフェン、腕が良い技師が触ったんだろうね、装甲がかなり強化されているし、それによって重くなることもない。万全だよ! まかせてくれ!」


 ならば結構!


「よし、まずラムレットが先陣を切る。出来れば先手を打って1体に攻撃を加えて欲しい。するとブレストウルフのヘイトが……ええと、ブレストウルフはラムレットを驚異として取り囲むはずだ。フィオラは落ち着いて一体ずつ、ラムレットから遠い個体から確実に倒して欲しい」


「うん、わかった! ラムレットへの敵対心がこちらにうつらないよう、バレずに倒せってことだね」


「そうだね。だからまずはフィオラが何処かヤブの中に隠れて、其れが済んだらラムレットが突撃……じゃあ、今から3分後に行動開始と行こうか」


「「了解!」」


 なんだか久々にワクワクとした気分になっているなあ。不思議な感覚。


 藪に隠れ、そろそろ3分が経過する。ヒッグ・ホッグは無理やり……むしろ運良く倒せた感じがしたけれど、これはきちんと作戦を立てた上で狙って倒そうとしている。


 かつてブレイブシャインとして活動していた頃の記憶が私をワクワクとさせているんだろうな。


「ふふ、なんだかルゥとっても楽しそうだね。きっとお姉ちゃんともこうして狩りをしてたのかもしれないね」


「かもね。よし、そろそろラムレットが突撃するよ。フィオラも備えて」


 こうして私の久々? の狩りが始まるのでした。

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