第二百七十二話 拘束作戦 

◆SIDE:ブレイブシャイン:三人称◆


 草原の草がキラキラと黄金色に輝き、むっとした草の香りが大地の匂いと共に駆け抜ける。

 緩やかに上昇する太陽が朝露を煌めかせ、ジリジリと大地を焼き始める。


『各機に告ぐ。街道北東より"朝食"が向かっている。A班及びB班は出撃に備えよ。C班はそのまま待機、追って連絡するが、随時周囲の報告を頼む』


 通信装置からリオの声が静かに流れ、討伐隊の空気が緊張する。朝食、すなわちストレイゴートの群れが此方に向かってきている。流石に都合よく毎回ゴルニアスの所に群が向かうということは無い。

 

 追い立て役として雇われたハンターが巧みに群を誘導しているのである。


 ストレイゴートは臆病で人や他の魔獣を避けて行動する修正がある。無論、群で勢いよく大移動をしている際は急な方向転換が出来ないわけだが、専門に狩るハンターは巧みに進行ルートを誘導し、罠に追い立てる技術を身に着けている。


 今回雇われているパーティ『山羊頭』はその名の通りストレイゴート専門と言って良いほどのパーティで、この時期に大移動をするストレイゴートを大量に狩り、後は細々と適当な依頼をこなして暮らしている。


「まったく、いつもと同じ事をするだけで倍の報酬たあ美味い仕事があったもんだぜ」


 金さえ貰えればハンターはよく稼ぐ。群を追い立て日に稼ぐ金額の倍を提示された山羊頭のメンバー達は二つ返事でそれを了承した。

 依頼人がギルド本部と言う取りっぱぐれがなければ、恩を売って損がない相手だということ、そして獲物の運搬・解体という手間を省いて普段の倍稼げるというのだから断る理由はない。


 6機編成の山羊頭は器用に群を誘導し、指定されたポイントまで到達する。


「おっと、例のバケモンが見えてきたぞ。おっかねえおっかねえ! 俺達の仕事はここまでとさせてもらうぜ!」


 リーダー機が片手を天に向け、信号弾を打ち上げる。


 それを合図に山羊頭達は群から離れ、隊長機のもとに集合した。


「はー、俺達もいつかああ言うでけえ仕事する日がくんのかねえ」

「馬鹿言うなよ。華はあるかもしれねえけど、あんなバケモン相手、命がいくつあっても足りねえよ」

「ちげえねえ! 俺達にゃ山羊を追い回すのが性にあってるわな!」


 丘の上から群の様子を伺う山羊頭。やがて群がゴルニアスの元に向かっていくのを確認し、満足そうに頷く。


「さ、頑張って討伐しとくれよ。俺たちはバッチリ仕事をしたんだからよ!」


 

 信号弾を確認した兵士からリオに報告が入る。


 討伐隊と共に現場からほど近い丘の上で時を待っていたリオはここぞとばかりに声を上げた。


『諸君! 舞踏会の支度は整った! A班及びB班は速やかに出撃せよ! エスコートの時間だ!』


「「「おおおおお!!!」」」


 各機から声が上がり、機兵達が進軍する。


 それと合わせるようにストレイゴートの群が首尾よくゴルニアスの元へなだれ込む。


 じっと動かず、寝ているように見えていたゴルニアスだったが、ストレイゴートが近づくやいなや、ゆっくりと眠たげな目を開け、その巨体からは想像がつかぬ速度で大木のような尾を振る。


 周囲に悲しげな鳴き声が響き、ストレイゴートが数十体まとめて吹き飛ばされる。不幸にも巻き込まれたストレイゴート達はパーツを砕かれ息も絶え絶えに周囲に散らばっている。


 また、尾を怖がって顔側から抜けようとする群には容赦なく突撃をかまし、吹き飛ばしつつしっかりと直に口に運んでいる。


 またたく間に周囲には大量のストレイゴートが山のように積み重なり、食事の支度が着々と進んでいく。


「……アレと真面目にやり合うのは無理だよな……」


 待機ポイントに到達したA班の兵士が震えた声でぼやく。


「食事中は大人しくなるって話だが……寿命がかなり縮まるぞこれ……」


 A班はゴルニアスを取り囲むようにパイルバンカーで大地に杭を打ち付ける役目がある。王家の森の基地で開発された最新型の特殊兵装を流用した物だが、それでも最低10分はかかる。杭を打つ位置はゴルニアスの射程に近い位置であるため、機嫌を損ねればいつ矛先が向かってくるかわからない。


 ドカンドカンと派手目の音を立てる事になるA班は気が気ではない。


 やがて、ストレイゴートの群が散り散りになると、ゴルニアスはどっかりと腰を据え"食事"に集中する。器用にも尻尾を使ってかき集めたストレイゴートの山に顔をつっこみ、豪快にバリバリと音を立てて咀嚼している。


『A班、作業を開始する! 各機配置に付き次第急ぎ任務を遂行せよ!』


 A班の隊長機から司令が飛ぶと、やけくそ気味に各機が配置に付き、肩に背負っていたパイルバンカーを大地に突き立てる。腕に設けられているコネクタにケーブルを接続し、両手でパイルバンカーを固定。


「頼むぜ……! 静かに手早くだ!」


 ズズン……ズズン……と、周囲に鈍い音と振動が響く。一撃ごとにA班パイロット達は寿命が縮む思いであった。幸いなことにこれだけ賑やかにやっているというのにゴルニアスは動じることはなく、ストレイゴートの山を崩すすのに夢中になっている。


「こうして……大人しく飯食ってるのを見りゃ……犬みてえでかわいいんだがよ!」

「お前それマジでいってんのかよ……俺はあんなでっかい犬はゴメンだよ……」


 通信で冗談を言い合う余裕が出てきた頃、作業は佳境に入る。一機、二機と作業が終了した機体達が撤退し、それを期に司令が飛ぶ。


『良くやったA班諸君! B班は直ちにポイントに付きバリスタの用意! C班諸君! 待たせたな! 前衛部隊はポイント2へ、後衛部隊はポイント3へ移動せよ!』


 各機から轟く声が上がり、機兵達が丘を降りていく。


「さあ、あたい達も行こうか!」

「手早く片付けてカイザーさんを迎えに行きましょう」

「手土産は鰐の尻尾などどうでしょうか」


 そしてブレイブシャインが配置に付き、暫くすると歓声が上がる。B班、バリスタ隊が放ったワイヤーボルトが首尾良くゴルニアスに食らいつき、その身を拘束したのだ。


『良くやったB班! 撤退しバックアップに備えよ! 用意は良いかC班! 調理の仕上げと行こう! どちらが朝食なのか思い知らせてやれ! 突撃!!』


「「「うおおおおおお!!!」」」


 高く登った太陽がジリジリと大地を焼き、水分を飛ばす。街道を駆ける機兵達が砂煙を上げゴルニアスに迫る。


 斯くして討伐作戦は終盤に突入した。

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