第二百七十三話 成果

◆SIDE:ブレイブシャイン:三人称◆


 地を揺るがし、ハンター、防衛軍の混成討伐隊がゴルニアス目掛けて丘を駆け下りる。

 

 バリスタより放たれた矢が体内に根を張って、それから伸びるワイヤーはしっかりと鉄杭に繋がれ、ジリジリと気温を上げる大地にゴルニアスを縫い付けている。


 食事を邪魔された苛立ちなのか、迫り来る機兵達が目障りなのかはわからないが、ゴルニアスは苛立たしげに身体をよじって拘束から抜け出そうとする。


 しかし、地中深くまで突き刺さり、地中で根を張る鉄杭はそう簡単には抜くことが出来ない。


 不安は残るが、目に見えて動けぬ今が好機。機兵達は思い思いの武器を手にゴルニアスに攻撃を加える。


 顔を狙うのは打撃グループだ。トンファーナイフの刃を引っ込めたマシューが何度も何度もそれを打ち付け、頭を砕こうと頑張っている。


「いくら拘束されてるとは言え……正面に立って殴るなんて俺にはできねえぞ……」

「さすがブレイブシャインの狂犬だ……恐れるという感情がねえ……」


「聞こえてんぞ! 何好き勝手言ってんだよ! あたいだって怖いもんは怖いんだ! 今そんな事いってらんねえだろ! くっちゃべってないでお前らも殴れ殴れ!」


 通信機を通じて声が届くのは都合が良い相手だけではない。それを理解してなかったのか、忘れていたのかはわからないが、マシューを狂犬呼ばわりした男たちにマシューの檄が飛ぶ。


(ったく、失礼しちゃうぜ! あたいを狂犬だなんてさ!)


((おっかねえ……女の子が出せる気迫じゃねえぞ……さすが狂犬……))


 そしてその会話が耳にはいったミシェルは呆れたようにため息をつく。


(はあ……全く何をやっているのかしら。マシューもはしたないですわ……)


 ミシェルが駆るウロボロスは尻尾側に斬撃部隊として配置されていた。万が一拘束が解けた場合、驚異となるのは大顎だけではなく、この器用に動く尻尾もだ。大木のような太さでしなやかなムチのように動くこの尾で弾かれては機兵であってもただでは済まない。


 故に、拘束中に討伐が出来なかったとしても、最悪尾を切り落とせていれば戦況を有利に持っていける、その考えから斬撃武器を得意とするものは尻尾側に回されているのである。


 ウロボロスが装備するはリーンブレード『雪月華』いわゆる、機兵用の刀であるが、リーンバイルでのみ使われている特異な武器で、この場にいる他の機兵でこれを装備しているものは居ない。


 他の機体はバトルアクスや長剣、ナイフなどを装備している。


「では、僭越ながら私から行かせてもらいますわよー!」


 鞘に収めた雪月華に手を添え、動きを止めるミシェル。行くというからには邪魔をするわけには行かぬと手を出さず見守っているのだが、ゴルニアスに近寄ろうとしなければ、刀を構えるということもしない。一体何をしているのだろう?


 と、思った刹那。


 一陣の風が戦地に吹いた。


 少し遅れてギィンと鈍い金属音が2度聞こえた。一体なんの音だとゴルニアスを見れば刀を収めるウロボロスと、両断された尾がズシリと音を立て地に落ちるのが見えた。


「……嘘だろ……?」

「見えなかった……流石、ブレイブシャインの氷精……冷たい瞳で睨まれてえぜ……」


「誰が……誰が氷精ですって……? 宜しければ思う存分睨んで差し上げますわよ……。貴方の財産が凍結するほどに……うふふふ……」


「す、すいませんでしたあ!」


(なんと! まさか一瞬で片を付けてしまうとは……流石ミシェルでござる……)

『凄いな、ミシェル殿は。拙者がちょっと教えただけなのにモノにしたでござるよ……』


 やや離れた所でゴルニアスの腹を狙う狙撃部隊、そこにシグレは配置されていた。ミシェルの剣の師、それはヤタガラス……ではなく、ヤタガラスが個人的にデータベースに保持していたとある剣豪の再現映像だった。


 ある日、ミシェルから刀について聞かれたヤタガラスは秘蔵のデータ【剣豪】を3Dモデル化し、その姿を投影してミシェルに見せた。彼女は真剣にそれを観察し、それから何日か、ヤタガラスの協力の下でひとつの型をひたすらに振り続け、そしてとうとう【抜刀術】を身に着けたのである。


 現実にありえない速度と威力だったが、ウロボロスという存在自体があり得ない機体に乗ってしまえばそれが現実となる。荒唐無稽な話ではあるが、目の前に転がる尾がそれを物語っていた。


(しかし今更言えぬでござるな……。あれは迅が竜也と共によく遊んでいたゲームの剣豪で、実在しない存在であり技自体もでたらめなんて……)


 それを知らぬミシェルは丘の上でコチラを見守るガアスケ師匠に心の中で礼をしていた。


(師匠、剣豪の技、再現できましてよ……!)


 と、喜ばしいことばかりではなかった。尾を斬ったのは良かったのだが、尾もまた拘束ポイントだったため、それが斬られてしまった今、ゴルニアスの拘束もまたひとつ解けてしまったことになる。


 差し引けばコチラが十分に有利ではあったが、下半身の拘束が緩くなった瞬間、これ幸いとゴルニアスが腰を持ち上げる。


 ブチブチと音がし、ワイヤーが何本かちぎれ飛ぶ。より自由になった後ろ足で地を踏みしめ、頭に群がる小虫共に頭突きをかましてやろう、ゴルニアスが構えた瞬間――


「後ろ足を狙うでござる!」


 シグレの声とともに狙撃部隊が一斉にゴルニアスの足を狙い撃つ。シグレが装備しているのは汎用型の長銃だが、スミレとウロボロスの持つ知識からスナイパーライフルが提案され、ようやく実戦配備されたものであった。シグレは銃を使ったことがなかったが、現在所在不明のフォトンライフルはヤタガラスの装備品。つまりはヤタガラスのデータベースには長銃のノウハウが存在しているため、カイザー達を捜索する傍ら、コツコツと鍛錬を続けた結果実用可能な技術を身につけられたのである。


 シグレと共に配置されていたエードラム隊もまた、スナイパーライフルのテスターとして扱いに慣れている者達である。


 スナイパーライフルのテスターを選出するに当たり、日常的に銃火器を使用しているライダーが好ましいという話になった。しかし、この世界においては銃火器はマイナー武器であり、トリバ防衛軍やルナーサ自衛軍はもちろん、リーンバイルにも適任者は居なかった。


 そこで持ち上がったのはパインウィードの狩人たちだった。ブレイブシャインの活躍に隠れては居るが、彼らこそ縁の下の力持ち。日常的に生身で、機兵で銃器を操る彼ら以上に適任者は居ない。


 旧ボルツ領へ抜ける新街道の開拓作業の傍ら、定期的にスカウトに向かい、リム族の集落へ向かう中間地に新たに設けられた宿場町にて狙撃隊の育成が始まった。


 彼らはエードラムもすぐに乗りこなし、見る間にスナイパーライフルを物にした。精度や威力の面でまだまだ改良点は残されては居るが、十分に実用可能であると判断し、希望者はそのままトリバ防衛軍の狙撃隊として加入し、今回の作戦にも投入されているのである。


 シグレと狙撃隊が放った銃弾は一寸の狂いもなくゴルニアスの後ろ足に吸い込まれていく。1発では大した威力ではない銃弾も、それが5発ともなれば別である。様々な角度から打ち込まれた銃弾は当たったそれを砕くことはなかったが、足元を狂わせ、不味い体勢を取らせる。


 メキリ


 嫌な音が聞こえた。ゴルニアスが自重で左足を破損したのである。

 戦場にゴルニアスのうめき声が響き渡る。


 一時引いていた斬撃隊も再度攻撃に戻り、いよいよとどめを刺す時がきた。


 比較的柔らかな尾と違い、胴体や頭は硬い装甲に覆われている。攻撃が通りやすい場所は内側、つまりは腹部なのだが、うつ伏せで拘束しているため、攻撃を当てることができない。


 そもそも、拘束をしていないゴルニアスをひっくり返すこと自体難しいため、弱点だからといってそう簡単に狙える場所ではない。


 しかし、散々殴られ、散々斬られ、散々撃たれ。なんとか逃れようともがいてもがいて散々体力が無くなった今であればどうだろう。


『総員良くやった! これより最終作戦に突入する! A班は配置に付け! B班は例の物を持て! C班! ご苦労だった! もう少しだ! 引き続き私のバックアップについてくれ!』


 そして満を持して戦地に現れる隊長機、エードラム弐式改 RION


 通常のエードラムに比べ倍近い立派な体格、それはシャインカイザーに迫る大型の機体で、速度を犠牲にしたパワー特化型の謂わば動く攻城兵器と言った機兵である。


 燃えるような真紅の機体にはオレンジ色の揺らめく炎が描かれ、右腕には巨大なパイルバンカー、B班が運んできた『例のもの』が装着されている。


 ズシン、ズシンと地響きを立て、ゴルニアスの前に仁王立ちになる。


『すまぬな皆。美味しい所を持っていくようで本当にすまぬ。しかし、私の機兵は足が遅くてな……こういう場面でしか活躍が出来ぬのだ……』


 そしてリオはサブシートに座るサブパイロット、マーナに声を掛ける。


『では、ゆくぞマーナ。すまぬが魔力を分けてくれ。私の魔力だけではアレは撃てんからな』

『遠慮なく全部持ってって下さい! 私はリオ様のお力になるためここに座っているのですから』


 このRIONは複座型であった。これはとある元帝国兵の手によって伝えられた仕組みだと言われているが、現在の所、その真偽ははっきりとしない。


 そしてリオは静かに息を吸い込むと最後の命令を口にした。


『A班、拘束を解け。B班は撤収準備、C班は……念の為備えよ!ゆくぞ!』


 リオの合図とともにゴルニアスの拘束が半分解かれる。

 ゴルニアス我が身に何が起きたのか、理解をする前にRIONの右足が腹部を蹴り上げた。パワー特化型のRIONが放つ蹴りはそれだけでもかなりの威力を持ち、ゴルニアスを容易く引っ繰り返してしまう。


「弱った相手にしか太刀打ち出来ぬというのが悔しいが……これが私の役割だと言うならば甘んじて受けようではないか」


 そして露わになった腹部にパイルバンカーを添え、静かに囁いた。


「すまぬ、大鰐よ。お前はただ飯を食いたかっただけだろうにな……だが、場所が悪かった……次生まれ変わった時はもう少し空気を読むことを覚えてこい……さらばだ!」


 ビリビリと空気が痺れるほどの轟音。


 間もなく吹き上がる砂埃。間をおいてパラパラと降り注ぐ土や石。風に流されモヤが収まると腹に大穴を開け横たわるゴルニアスとそれを静かに見つめるRIONの姿があった。


 そして右手を高く上げ、凛とした声で勝利を伝える。


『皆の者! 戦いは終わった! 今回の作戦について思うところがある者も居るだろう! しかし、これもまた一つの戦いであり、紛れもない勝利だ! もし、正攻法で立ち向かっていたとしたら、ここに立っているのはおそらくゴルニアスだっただろうからな!』


 リオの言葉に皆が真剣に耳を傾ける。一方的な攻撃、事情が知らぬものが見ればそう感じるかもしれない。しかし、正攻法で挑んでは犠牲が多く出る相手、それにほぼ無傷で勝利をしたのだから、結果を喜ぼうではないか、そう話すリオに皆、頷いていた。


『知っての通り、帝国は未だ不気味な行動を続けている。恐らく次に奴らが目をつけるのはトリバだ。ルナーサの奪還やトリバ防衛、それに備えて我らは練度を上げる必要がある!

 此度の戦は良い経験になっただろう! 諸君! ご苦労だった! 今日は思う存分飲んで食って語ってくれ! 以上だ!』


「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」


 その日キャンプ地では夜遅くまで賑やかな声が鳴り響いた。


 ブレイブシャインのメンバーはリオや友軍達から感謝の言葉を受け、また、これまでの武勇伝を語らされて恥ずかしいやら嬉しいやらでぐちゃぐちゃになっていた。



 ―そして翌朝


「本当に此度は世話になった! レニー・ヴァイオレットの件、こちらでも何とか情報を集めてみせる!」


「ああ、ありがとう! 頼むよ」

「では、皆様、またお会いしましょう」

「さらばでござる」


 こうしてブレイブシャインの緊急依頼は無事達成され、3機は瞬く間にフォレムに向かって走り去っていった。


「流石ブレイブシャインの機兵……疾いな……。次は4機揃って会いたいものだ」


 陽光に眩しそうに顔をしかめるリオは何とは無しにヘビラド半島を見つめてそう呟くのだった。

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