第二百六十六話 レニーの思い出
シェリーに連れられ、並んでいたあの時間は何だったのだろうというくらいあっさりとフォレムに入ることが出来た。
持ち物検査も無く、身分証の提示も求められなくって狐につままれたような気分になる。
この街のギルドは南門から入って直ぐのところにあるらしく、東門からやってきた私達は結構な距離を歩くことになった。
「ごめんなさいね、本当は馬車を回せたらよかったんだけど空いてる車が無くてね」
申し訳なさそうに謝るシェリーにフィオラがどうってことないとそれをやめさせる。
「寧ろ徒歩のほうが嬉しいです。こうしてゆっくりとフォレムの町並みを下見できるわけですからね。ふふ、明日が楽しみです」
「そうだな、アタイも結構フォレムには来てるが、ちょっと見ない間にちょこちょこ変わってるからなあ。下見出来たと思えば悪くないね」
「下見? 依頼か何か受けてきたのでしょうか?」
下見と聞いてギルド職員の性なのか、会話を膨らませてくれただけなのかはわからないが、シェリーが質問を投げる……けど、フィオラ達の場合下見と言えばきっと……。
「いえいえ、そこまで熱心なハンターじゃありませんよ。美味しいお店の場所をですね、頭の地図に叩き込んで……効率よくキッチリと周る予定なんです。ていうか、敬語辞めてくださいよ! 話しにくくて仕方がないです」
それを聞いたシェリーは目を丸くしていたけど、何か思い出したのかお腹を抑えて笑い始めた。
「あっはっは……あー……ごめんなさいね。似てるのは雰囲気だけかと思ったら、中身も結構レニーに似ているんだもの……。あーあ、あの子、今どこで何をしてるのかしら……」
「似てないです! っていうか、シェリーさんはお姉ちゃんと仲が良かったんですか?」
今まで「姉とは大違いだ」と言われることが多かったのに、シェリーは「似ている」と言っている。なんだろう、ハンターとしての『レニー』ではなく、1人の人間としてフィオラと見比べている、そんな感じがするよね。フィオラもそれに気付いて『仲が良かったの?』と聞いたんだろうな。
「仲が良かった……かどうかはわからないけど、あの子の事はギルドでずっと見てきたからね。何年前だったかな……あの子が初めてギルドにやってきたのは……」
フィオラを見てレニーの事を思い出したのか、ゆっくりとレニーのことを語ってくれた。
◆◇シェリー◇◆
あの子……、レニーが初めてこの街にやってきたのは3年くらい前だったかな?身体に似合わない大きなリュックを背負って……そうそう、丁度今のフィオラさんみたいな……ふふ、本当に似てるわね。
なんだか凄い子が並んでいるなって、受付から見てたんだけどね、彼女の番になって
「今日はどのようなご用件ですか?」
って聞いたら、『ギルドへの登録と納品です!』って言ったのよ。確かにギルドへの登録は10歳以上になれば可能だから、当時の彼女でも問題はなかったんだけど、当時はましてちっこかったからね。それこそリュックから手足が生えてるように見えるくらいにね。
私も驚いたけど、周りに居たハンター達も驚いて『おいおい、嬢ちゃんが登録だ? やめとけやめとけ! オオカミにケツを噛まれて泣くのが目に見えてるぞ』なんて一応警告をしてくれたんだけど……あいつら口が悪いからね。レニーは怒っちゃって……。
『大丈夫です! あたしのおしりは美味しくないし、オオカミくらいなら逃げられます!』
ってよくわからない反論をしてね。一応事情を聞いたら、トリバの外から1人でここまで来たって言うし、見せてもらった大量の素材も綺麗なものだったし、無茶なことはしないと約束をしてもらってハンター登録を許可したんだ。
それから暫くの間、細々とポーションの素材を採ったり、小さな動物を狩ったり……狩りはあまりうまくなかったけど……まあ、そんな具合に食べる分の素材を稼いでいたんだけど、ある日『ヌーグラット』が森で大量発生してね。ああ、ヌーグラットっていうのは王家の森周辺に生息するネズミ型の魔獣でね、普段は穴ぐらに住んでいるからあんまり見かけることはないの。それが稀に大量発生する時があってね。凶暴化もするから生身のハンターは森に入れなくなるのよ。
とは言っても、フォレムにはライダーが多くいるし、生身のハンターもライダーとパーティーを組んでいるからその間も特に稼ぎに困ることはないわ。
そう、困るのはパーティーを組んでいないハンター達。その殆どは諦めて一時的にパインウィードまで出稼ぎに行ってたみたいだけど、レニーはそれが出来なかったの。
日々ギリギリの生活をしていたから、パインウィードまでとは言え、旅費が無かったみたいでね……。ギルドに張り出してあった『ライダー以外、南門の通行を禁止する』の告知を見てこの世の終わりみたいな顔をしてたわ。
なんとかしてあげたかったんだけど、私が声を掛ける前にフラフラと何処かに行っちゃって。
その後、暫くの間姿をみかけなくなって心配してたんだけど、ある日元気そうに買い物をしてる姿を見かけたの。しかも買っていたのはお酒よ。
一体何でそんなものを? お金は? 今何処にいるの? 気になった私は後をつけたわけ。そしたらびっくり、気難しい店主がいる機兵工房に入っていくじゃないの。
流石に声をかけて事情をきいたわ。そしたらびっくり。
「あー、ちょいちょい機兵を見に来てるうちにリックさんと仲良くなっちゃって……。外に行けないし、働かせてくれーって泣きついたら『暫く住み込め』って言ってくれて」
なんとあの頑固爺……いえ、店主に気に入られて居候してたのよ。買ってたお酒はお使いだったんだって。
どうもあの子はオヤジ達に好かれると言うかなんというか……ジャンク屋のアルバートさんとも仲良くなってたし、レニーは気付いてなかったかもしれないけど、ライダーのオヤジ連中はちょいちょいこっそりとレニーの護衛をしてたみたいだし……。
もっとも、不思議とレニーが採集している間は魔獣が出なかったみたいだけどね。
そして1年が経って、レニーもそろそろ昇級かな? って思ったんだけど、やっぱり機兵が買えないとどうしようもないからね。あの子、本気を出して機兵を買うんだって張り切ってまた依頼を沢山こなしてたわ。
……と言っても、宿代と食費で消えちゃうから殆どお金は溜まってなかったけど。あの子ああ見えて結構気を使う子みたいでさ、大量発生が収束したら直ぐにリックさんの所から出たみたいでね。
それでも、細々と生活は出来てたんだけど、フォレムには珍しく強烈な雨が数日続いたことがあってね……。流石に依頼に出かけられる状態じゃなかったから、レニーはとうとうお金が尽きちゃったの。
なんとか雨が上がって、依頼を受けに来たんだけど、その時ぼやいてたわ。
「リックさんにね、『お世話になりました! 次に来る時は立派なライダーになっています』って言った手前また厄介になるのは嫌なんです……でも今日なんとかならないと……」
ぐったりとした顔でぼやいてね、期限5日の素材採集依頼を受けてフラフラと南門から出ていったの。
そしてその日レニーは帰らなかった。まあ、野営をすることもあるし、そこまで心配はしてなかったんだけど、次の日もまた次の日も帰らなくって、流石に心配になってきた頃、沢山の素材を持ったレニーが物凄い笑顔で帰ってきたのよ。
「どうしたの? 心配したのよ」
そう言ったらなんて言ったと思う? 私あれほど強烈なドヤ顔を見たのは初めてよ。
「ふふーん! 内緒なんですけどね! あたし、おうちを見つけちゃいました!」
って。未だにその『おうち』が何処にあるのかはわからないけど、どうやらフォレムの外に拠点を見つけたらしいの。洞穴か何か見つけたのでしょうけど、何度もそこを使うのはやめなさいと止めたわ。
でも……。
「大丈夫ですよ。あのおうち頑丈だし! それになんだか快適なんです。いつか招待しますね」
なんて嬉しそうに言われちゃってね。それから暫くの間……カイザーと出逢うまで『おうち』とフォレムを往復する生活をしてたわ。
「宿代がかからなくなったから機兵までもうすぐですよ!」
なんて嬉しそうに語ってたっけな。結果としてカイザーと出会えて、ほんとあの子は運だけは良いなって思ったものよ。
◆◇◆
なんて凄まじい女の子なんだろう、シェリーから聞いた話の感想はそれに尽きた。サラリと聞く分には普通のハンターなんだけど、これを少女がやっていた、しかも街の外にあるらしい良くわからない「おうち」に1人で住んでそれを拠点に活動していたって凄まじいよ。
フィオラみたいに狩りが上手というわけではないみたいだし、良くまあ、無事で居られたものだ。
「でね、だから私思うの。レニーなら大丈夫、今もちゃっかり誰かのお世話になって元気にやってるんじゃないかって。そしてひょっこり帰ってくるんじゃないかなって思うんだ」
そしてにっこりとわらったシェリーは屈んで私に視線を合わせてこういった。
「記憶を失っているらしいけど、貴方がこうやって元気にしているってのがなによりの証拠よ、カイザー」
「うん、レニーのことは思い出せないけど、でも、何故だかわからないけどあの子は無事、そんな気がするよ」
気休めではない、なにかレニーという少女との繋がりのようなものをぼんやりと感じるんだ。だからきっと、レニーは今も元気に私と再会するため何処かで頑張っている、そう思った。
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