第二百六十五話 フォレム着

 宴の熱気も既に昨日の話。私達は村の出口に集まり馬車に乗り込もうとしていた。


 スーを含め、狩人のオジサン達や、宿の女将さんたち、小さな子供たちまで恐らくは村人総出で私達を見送りに来てくれた。


 ここまでされると、何かあって直ぐ戻ってきた時恥ずかしいよと言ったんだけど、そんときゃまた歓迎して宴を開くだけさと皆に笑われてしまった。


 記憶を失う前の私がここでどんな事をしたのかは覚えていない。


 でも、村の人達の優しさ……暖かさはお礼とかそういうものではない、純粋で自然なものだ。それがなんだか心地よくて、嬉しくて、ちょっとしんみりしてしまった。


「なんだい、カイザー。またそんな顔して。肉ならまた食わしてやるから元気出しな」


 女将さんがそんな事を言ってからかって……いや、慰めてくれてるんだな。


「ふふ、マシューじゃないんだからそんなんじゃ釣られないよ!」

「あっはっは、そうだね! って、あんた今……」


「あれ?」


 自然と口に出た「マシュー」という名前。それはブレイブシャインに居るらしい獣人の娘の名前だ。今自然と、食い意地がはっていて、鹿肉といえばマシューだと言う思考になり、その名前が出たみたい。


「ううん、だめだ。まだ思い出せない。でも鹿肉と言えばマシューっていうのだけ思い出せたよ」


 私がそう言うと、村の人達は顔を見合わせてから一斉に笑い声を上げた。


「がっはっは、カイザー! いいか、マシューと会っても今のことは言うな! 殴られるぞ!」

「そうだそうだ! ああ、でもマシューの食い意地でうちの村は救われた所があるからなあ」

「ちげえねえ! うし、カイザー! マシューに言っとけ! 今年の肉はすげえ良いぞって!」


 ちょっぴりしんみりとしていた別れのシーンが一気に明るいものになってしまった。マシューという少女はどれだけ食い意地が張り、鹿肉に情熱をかけていたのだろう……。


 そしてどうやら暴力的なところがあるみたいだ。うう……これから会うんだ、その時は言動に気をつけよう……。


「かいじゃあしゃああああああん! わたし、まってましゅからああ! いつでもきてくだしゃいねえええ!」



 出発した馬車に向かい、いつまでもいつまでも手を振るのはギルド支部長のスーだ。彼女はこれから昇格して正式に『パインウィードハンターギルド』となる組織でギルドマスターを務める事となる。


 一緒に食べて飲んで話して寝てといった多少の付き合いもあったけど、それだけではなくて、もっと仲がよい友人が何かを成し遂げた、そんな喜びが私の中にある。これはきっと『カイザー』の記憶なんだろうな。


 

 ガタゴトと馬車に揺られること数時間。もう直ぐ日が暮れるという頃になってようやく私達はフォレムの門前に到着した。送ってくれた村の若者達にお礼を言って別れ、私達はこんな時間でも長く伸びている門前の行列に並んだ。


「こんな時間だと言うのに凄い行列だよねえ」


 こうやって街に入る前に並ぶのにはもうだいぶ慣れたもんだけど、それでも夕暮れ近くまでこんなに並んでるのを見るとびっくりしちゃう。私が半ば感心、半ば呆れたように言うとラムレットが説明をしてくれた。


「この時期フォレムには他所からハンターや商人が沢山やってくるからね。東門はこんなもんだよ」


「東門はってことは、別の門は空いてるの?」


「ああ、南門はハンターくらいしか使わないからね。王家の森っていう狩場を通る街道があってね。ザイークに向かうならそこを通ったほうが近いんだけど、道中街はないし、何より森やグレーとフィールドを通る。間違いなく魔獣と遭遇するわけだから普通の商人は通らないのさ」


 それに比べてこちらの東門は首都イーヘイに続く大きな街道に繋がっていて、街道沿いには小さいながらも村がいくつかあって、普通はその街道を通っていくみたい。


 にしても、この行列。今日中に捌き切るのは無理だろうなあ。流石に審査は24時間営業とは行かず、日暮れとともに門は閉められその日の審査は終わってしまう。


 残された審査待ちの人達はどうなるかと言えば、残念ながらその場で野営をすることになる。とは言っても、悲壮感が漂うことはなく、作った料理を売ったり、食材を売ったりする商人が現れ、なんだか小さな市のような賑わいを見せるらしい。


 厳密には門前で許可を取らずにそんな事をすれば罰せられるらしいんだけど、こればかりは仕方がないと目をつぶっているんだって。


 また、夜になれば国が所有している軍機が門前を警護することになっているため、時間切れで入れなくとも街を前にして魔獣の餌食になるということはないみたい。


 フォレムという辺境の大きな街ではじめて門前の野営をすることになりそうな私達はラムレットからそんな説明を受け、それはそれで面白そうだと半ばワクワクしながら列に並んでいると、女性が息を切らせながら走ってくるのが見えた。


 20歳前後くらいだろうか? よほどの距離を走ってきたらしい女性は赤い髪を額に汗で張り付かせ、きちっとしていただろう制服は若干着崩れていて、なんだか周囲の男達から熱い視線を受けている。


 やがて、彼女は走るのを辞め、ゆっくりと歩きながらキョロキョロと見渡しながらこちらに向かってくる。


 そして、私と目が合った瞬間「あ!」と声を上げ、まっすぐこちらに走ってきた。


「レニィイイイイイイイイイイ!!!!……じゃないのよね……」


 と、言いつつも何故かフィオラをギュッと抱きしめ、私とラムレットの目を点にさせる。


 驚いて同じく目を点にしていたフィオラがようやく我に返り、離れるように言うと、女性も我に返ったようで、咳払いをして本来の目的を話し始めた。


「ごほん。私はフォレムハンターズギルド職員のシェリー・ストロバーノです。突然の無礼を先にお詫びさせていただきますが、確認のため、タグを拝見させていただけますか?」


 突然の無礼は抱きついたことじゃないのかと思ったけど、何故か身分証の提示を求められた。ギルド職員だという事から例の件に関わることなんだろうな。向こうからこちらの名前を言わない辺り、しっかりとした仕事をしてるよね。


 フィオラとラムレットのタグを受け取り、何か板のようなもの……魔導具かな? に乗せてうんうんと頷いている。


「はい、確かに。フィオラさん、ラムレットさん。そして貴方は……カイザーさん……いえ、今はルゥさんでしたか。確認が取れましたので、こちらにどうぞ」


 驚いた。私の名前がもう伝わってる。そしてそれより驚くことがあった。


「まじか……あたい、生きてる内にここを通る日が来るとは思わなかったよ」


 シェリーさんの後に続いて向かった先は正門とは別に設けられている出入り口、偉い人や緊急性がある時に使われるすぐに入れる特別な門だった。


「お疲れでしょうが、まずはギルドまでご足労願います。宿はこちらで手配してますので、その後ご案内しますね」


 にこやかに言うシェリーの後に続き、私達は恐る恐る門をくぐった。

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