第二百六十四話 手紙

 スーから手渡された手紙、それはブレイブシャインから送られた物だった。


 昨日私達がパインウィードに来た時点でスーは各ギルドに連絡をし、ブレイブシャインに私達の居場所が伝わったんだそうだ。


 ブレイブシャインはずっとカイザー……私と、レニーの身元を捜索していたようで、手がかりが見つかり次第、各ギルドに通達するよう依頼されてたみたい。


 なんでも文面を共有出来る特別な魔導具とかいうのがあるらしくって、ギルド間の連絡は即座に届くんだって。ただ、短い文しか送れないからそれほど便利ではないみたい。


 さて、肝心の中身なんだけど……。


『貴方をフォレムで待ちます ブレイブシャイン』


 と、短くそれだけ……けれど、何か重みを感じる言葉が書かれていた。

 

  ◆


 ようやくフィオラが解体を終え、昼食……と言うには少し遅い時間帯。ラムレットとフィオラの二人と共に部屋に戻り、手紙のことについて相談した。


「というわけで、ブレイブシャインの皆さんがフォレムに来るようだよ」


「「えぇー!!!」」


 二人が同時にびっくりした声を上げている。ラムレットに至ってはびっくりした後かたまってしまった。


「……ルゥがその、噂のカイザーで、フィオラがレニー・ヴァイオレットの妹だって時点でそうなる日は来ると思ってたけど……まさかこんな急に……」


「あたしもびっくりしたよ。何処かで会えたら情報交換をしたいと思ってたんだけど、こんな急に叶うなんて」


 スーからの補足情報によると、彼らは何処からか私達がパインウィードを目指して居るという情報を掴んだらしい。ただ、何処か途中で寄ったギルドで私達の情報が入ったことを知り、行き違いになるのを防ぐために伝言を送ってくれたみたい。


「あまり長い文字は送れないみたいで、今何処にいるのかまではわからなかったけどね」


 残念そうに私が言うとラムレットが呆れたようにため息をつく。


「当たり前だよ。あの魔導具は一回使う度、デカい魔石が1個すっとんでくんだぞ?

 だから普通はハンターになんか使わしてくれないし、ギルド間の連絡でもよほど大事な用件じゃないと使わないって話だ」


『貴方をフォレムで待ちます ブレイブシャイン』この短い文章だけで魔石が1つ飛んでいっちゃうらしい……。


 そのデカい魔石は1個で金貨10枚するそうで、なんだかとんでもない事をしてもらった気分になる。


「それで、フォレムで待つと書いてたけど、具体的に何時とは書いてないんだよね。どうしよう?」


 今日相談したかったのはそこだった。少なくともパインウィード滞在は3日くらいにしようかと事前に皆で話してたんだけど、そうなると出発は明後日だ。


 また、ラムレットの目的地もまたフォレムだ。私としては着いてからも一緒に居たいなって思うけど、どうするのかはやっぱりラムレット次第だろうな。


「あたしは……明日にでもフォレムに行きたい。ブレイブシャインの人達がもう来ているのか、それとも暫く掛かるのかはわからないけど、アレでも一応姉だからね……。少しでも速く手掛かりの側に行きたいかな」


「あたいもそれでいいよ……で、フィオラ達が良かったらだけど、ブレイブシャインと会うまででいい。一緒に居させてくれないかい?」


 ラムレットが頭を下げ、頼み込むように言う。


「ちょっとラムレット? やめてよ! そんな事しなくても良いよ。一緒に居てほしいのは私も同じだよ。ね? だから頭を上げて?」


「フィオラ……」


 そして私達はギルドに行き、明日の朝出発することを伝えた。スーはがっくりしたような顔をしていたけど、


『カイザーさんがカイザーさんになるためですからね! 私は涙をのんで送り出しますよ』


 と、妙な事を言って得意そうな顔をしていた。


 話を聞いていたハンターのオジサン達が馬車を出してくれることになって、私達はとても恐縮したけど、『カイザー』には世話になっているからと、お金は受け取ってもらえなかった。


 そして私達が明日村を出るという話はあっという間に広まり、その日の夜、昨日に劣らぬ見事な宴が始まってしまう。


 ラムレットにはキツく『飲みすぎるな』と伝えたけど、流石に今朝の地獄をまだ覚えているため、今日は果実水で誤魔化すと言っていた。


 広場で盛大に焚かれた焚き火の周りに大きな鹿肉達がドスンドスンと置かれ、じわりじわりと脂を出しながら時間をかけて焼かれていく。


 これは狩りで大きな成果が出たときや、大切な客人を送り出す際に作る伝統料理なんだって。


「今日はフィオラ嬢のおかげで大成果だ! おまけにカイザー達は明日行くっていうじゃねえか! 今日これをやらないでいつやれってんだ! がははは!」


 そうだそうだ! と村の男達が笑いながら肉を器用に焼いていく。


 肉が焼き上がるまでにも様々な鹿料理が並べられていく。中でも美味しかったのは表面だけを炙り、薄くそいで氷水をくぐらせたもの。


 あまりにも美味しそうだったので、真っ先に手を伸ばして食べてみると、軟らかな肉は噛むほどに甘味が染み出し、生臭さも、まして獣臭さなんて一切なかった。


 私が目を細めて堪能していると、宿の女将さんが興味深そうに私を見る。


「それを躊躇なく食うなんて流石カイザーだねえ。他所から来た人は普通、怖がって中々手を付けないんだよ」


「そうなの? タタキみたいなもんじゃないの」


「タタキ……? それはわからないけどさ、生肉には悪い虫が居るんだよ。人の体に入ると悪さをするってんでね、普通はこういう食べ方はしないのさ」


『タタキ』という単語がスルッと出てきちゃったけど、実は言った私も良くわからない。しかし、虫かあ。そう言えば生の獣肉には寄生虫という他の生物に寄生して悪さをするものや、病原菌が居るため生で食べるべきではない、と何処かで聞いた……いや、何故か記憶にある。


 調理方法によってはある程度防げるらしいけど、自信を持って出せると言うことは、何か秘訣があるのだろうか。


「特別な事はなんもしてないよ。簡単なことでね、どういう訳かこの鹿にはそういった悪いものが居ないんだと。これを提案したのはアンタと一緒に居たスミレさんじゃないか。ああごめんよ、記憶が無いんだった」


 女将さんが言うには、スミレなる私と一緒に居た妖精が鹿に興味を持って調べたことがあったみたい。どうやったのかはわからないけど、暫く眺めた後に驚いたような顔をして、


『信じられませんが、この鹿には寄生虫はおろか、細菌やウィルスに至るまで一切存在しません……』


 と、言ってたらしい。女将さんは『あたしにゃ意味はさっぱりだったけどだから逆に覚えてたのさ』トカラカラ笑ってた。


 スミレがどんな妖精なのか思い出せないけど、でも、何故か……


『スミレが言うなら間違いなかろう』


 自然とそう思った。

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