第二百五十七話 兆し
現在私達はリバウッドを経ちパインウィードに向かって歩いているところだ。
そう、歩いているのです……。
出発しようと決めた日までにパインウィード行きの馬車を探したけれど、どれも満員。ハンターとしての護衛枠もいっぱいで『なら、もう暫くここに滞在して馬車を待とうか?』なんてラムレットが言っていたけど、それはフィオラによって却下された。
フィオラはさっさとパインウィードに行きたかったみたいだし、私はその……ラムレットへの『お礼』が早く終わるならと……思ったので、特に口添えはしなかった。
ラムレットへのお礼、それはリバウッド滞在中は私を懐に入れても良いというものだった。流石に四六時中というわけではなかったけど、それでもちょいちょい人気がないところで抱っこされてしまい、なんだか気が気でなかったよ。
それがなければ、私ももう少し待つべきだとこっそりフィオラに進言したんだけどね。徒歩と馬車では速度に差が出るわけで。少し待ってから馬車に乗って出ても余裕で追いつけると思う。
とは言え、フィオラは意外と頑固なところがあるし、ラムレットの件もあったのでこうしてテクテクと街道をあるいているわけです。
歩いているのはフィオラとラムレットだけど……。
リバウッドからパインウィードまで馬車で3~4日。であれば徒歩だと最速でも6日くらいはかかるはず。
歩くのは私じゃあないけれど、なんだか考えるだけで嫌になる距離だな……。
しかも、リバウッドからパインウィードまでの間、村や町は存在しないらしい。
せいぜい小さな集落があるかないかくらいのもので、基本的に野営を強いられることになるそうな。
街道沿いにはあまり魔獣が出ないことにはなってるけど……ちょっと不安だな。
◆
徒歩の旅二日目。パタパタと警戒な音をたてて追い抜いていく馬車達が恨めしい。
御者の人は一応挨拶をしてくれるけれど、やはり空きは無いようで『ごめんな』と言いながら手を降って走り去ってしまう。
はあ、こういう時に機兵があればもう少し楽なのだろうけど……。
フィオラ達の話しによればめちゃくちゃ高いらしいからな。
フィオラは道すがら日持ちする素材の採集や食材の調達をホイホイと楽しそうにやっていて、この旅に全く文句がないようだった。ほんとたくましい女の子だよ。
ラムレットはどうかって言えば、やはり休憩中に私を抱っこできるのが嬉しいようで、リバウッド内でだけという約束はどこへやら。時間がかかる徒歩の旅を歓迎しているようだ。
穏やかでのんびりとした旅だったけど、5日目に其れは訪れた。
もう直ぐお昼だという頃、フィオラ達は何時ものように休憩地点を決め、ちゃっちゃか簡易な休憩場をこしらえた。といっても荷物を置いて竈を作って火をおこす程度のものだけれども。
ラムレットに荷物と火の番を任せたフィオラは弓を持って森に向かう。私も――と思ったけれど、声をだすわけにも行かず。結局石の上にちょこんと座らされてラムレットと2人で火の番をするハメになった。
ラムレットは私のことを『自在にポーズを変えられる人形』と思っているため、遠慮なく身体を触ってくる。少しくすぐったいのだけれども、ここで変な反応をするとバレてしまうため、我慢をするのです。
じっと日を見つめているとフイにラムレットが声をかけてくる。
「はー、フィオラ遅いね。なんだか向こうで音が聞こえてるけど大丈夫かな?」
2人きりになるとこんな具合に柔らかな口調になるラムレット。普段の口調はもしかして無理をしてたりするのかな?
こうやって人形遊び感覚で私に話しかけてくるのだけれども、たまについ返事をしそうになって焦る。
「ま、アタイが行った所で弓はへたくそだからなあ。フィオラ上手すぎだよね。ね? って、やっぱりなんだか妙な音がしてるよね……ちょっとこれは不味いかも知れない。ルゥちゃん、一応逃げる準備、ね?」
と、ラムレットが私を懐にギュッと押し込む。上手いこと言って抱っこの言い訳にするつもりだな? と、思ったが顔は真剣だ。せっかく起こした火を消し、荷物を背負って撤収に備えている。
……言われてみれば、バキバキという音がだんだん大きくなっているような……。
大きくなった、と言うよりも『近づいている』音。
よく見れば林がバリバリと音を立てて動いている……というかあれは……木が倒れている?
「にぃいいいげええええてええええええええ!!!!」
叫び声とともにフィオラが走ってくるのが見えた。
その後ろには大きな頭……イノシシ? いえ、あれは……ヒッグ・ホッグだ!
馬車ほどもある大きな身体がメキメキと木を倒しながらフィオラを追いかけている。
それを見たラムレットは一瞬固まってしまったが、直ぐに我に返って駆け出した。
「逃げろって言っても何処に逃げたらいいんだよおおおおおお!!!」
叫びつつも、取り敢えず駆け出す。そうだ、何処に、何処に逃げれば? ラムレットは荷物を背負っている。そんな長距離を走れるわけではないし、相手は魔獣だ。逃げた所で直ぐに追いつかれてしまう。
何処か無いか……どこか無いか……。どこか……。
その時、頭の中で薄っすらと声が聞こえた……。
『カイザー基本システム LV1修復完了…… 【周辺マップ参照】アンロック。データをアップロードしました。インストール完了 ナビゲートを開始します』
なんだか懐かしく、ほっとする女性の声だった。その声はそれ以上何か言うことはなく、再び周囲の喧騒が戻ってきたけど……これは一体……?
頭の中に周囲の地形が手に取るように浮かび上がった。目で見える位置ではないのにどうして?
「うわああああああ!!! ラムレットさああああん!! 走って走って走ってえええええ!!!」
フィオラの声がどんどん近づいてくる。つまりはヒッグ・ホッグも、もうすぐそこまで来ている!
と、なんだか逃げる道筋が頭に浮かぶ。先程「ナビゲートを開始します」と言っていたのはこの事かな?よくわからない現象だけれども、今は信じるほかにない。
「うわああああああ!!! 走れつってもよおおおお!!!」
違う! そっちじゃない! そっちは崖がある! そっちじゃなくて……ええい、後は野となれ山となれ!
「違うよ! 右だよ! 右に走ってラムレット!」
「はあ? ルゥが喋ったあああああああ???」
「それはいいから! 取り敢えず右! 右に走って! そう!! ほら! 向こうに岩が見えるでしょう? 左側が低くなってるからそこから飛び上がって!」
「ひあああああ! もうなんだかわかんないよ! でも信じるからねえええええ!!」
ヒッグ・ホッグの生態は何故だか頭に入っている。あれはどうやら一度走り出したら急には曲がれないみたいだ。しかし、生身の身体ではヒッグ・ホッグを出し抜くほどの動きは不可能だ。
であれば……どう切り抜けるかと言うと。
ラムレットが無事岩の上に到達してくれからこそ出来る最善の策。
「ラムレット! 急いでロープを下に垂らして!」
「ロープ? わかんないけどわかった!」
「しっかり握ってて! 合図をしたら一気に引き上げて!」
ラムレットの胸元から飛び立ち、フィオラの様子を見る。私達よりやや距離があったフィオラももう直ぐここにたどり着きそうだ。
「フィオラーーー! 聞こえるー!?」
「ルゥーーー!」
「ここまで来てロープをしっかり掴んで! ラムレットが引き上げるから!」
「わかったよおおおおお!」
フィオラは逃げながら何かを投げつけていたようで、ヒッグ・ホッグの顔にべっとりと橙色の液体がくっついている。今まで追いつかれなかったのはアレのおかげなんだろうな。
そして間もなくフィオラが到着し、走る勢いで跳躍してロープを掴む。
「いまだ! ラムレット!」
「「うおおおおおおお!!!!」」
女の子らしからぬ声が2人から聞こえてくる。なんだかとっても既視感を感じる……。
フィオラが岩の上に這い上がる瞬間、ズドンと大きな音と振動が伝わる。落っこちそうになったフィオラをラムレットが必死に掴み上げ、ホッとした表情を浮かべている。
「はあ……はあ……ヒッグ・ホッグは?」
肩で息をしながらフィオラが尋ねる。そっと岩の下を見ると、頭が潰れたヒッグ・ホッグが目を回してひっくり返っていた。
「倒せたかどうかはわからないけど、目を回して倒れてるよ」
その言葉で2人は体を起こし、ゆっくりと下の様子を伺う。まだ手足がちょこちょこ動いては居るけれど、もう長くはなさそうなヒッグ・ホッグを見て2人はホッとしたように座り込む。
そして、グウとフィオラのお腹が鳴き声を上げた。
「……ラムレットは色々聞きたいことや言いたいことがあるかもだけど、フィオラのお腹に免じてまずはご飯にしてあげて……」
「うんうん! よくわかんないけど賛成!」
「わかったよ。でも、ご飯を食べたらじっくり聞かせてもらうからね。ルゥ……」
なんだか顔を耳まで赤くしたラムレットが睨むように私に言うが、何故そんな……。
私も気になることが出来たけれど、とりあえず何とかなってよかった……。
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