第二百五十一話 トリバ街道をゆく
第二百五十一話 トリバ街道をゆく
辛く長い永遠かと思える程に孤独な戦いが終りを迎える時が来た。
窓から差し込むやわらかな日差しがそう、私に告げている。
ラムレットの執念は凄まじく、結局朝を迎えるまで私を手放さなかった。
(手放したらフィオラの所に逃げようと思ったんだけどな……)
それなりに立派な谷間に挟まれるように押さえつけられてはこっそり抜けることも出来ず、なんだかとても微妙な一晩を過ごしてしまった……。
「ふわあ……おひゃよ……ルゥ……」
ゆるゆると背伸びをしながらフィオラが身体を起こす。寝ぼけているのか、私に声をかけているがちょっとまってほしい。この状況をお忘れではないでしょうか……。
「んん……あれえ……ルゥ……?……あっ」
柔らかなオブジェクトで拘束された私の姿が目に入ったようで、ようやく状況を思い出したようだ。
どうすればよいか、少し考えていたようだったが、取り敢えずラムレットを起こすことにしたようで、彼女の肩をユサユサとゆすり、声をかけている。
時刻は恐らく6時を少し過ぎたくらいかな? 早い人達はもう起きているけど、賑やかになるのは7時過ぎから。あまり大きな声で騒ぐと迷惑になってしまうね。
フィオラも何となくまだ早い時間であることを周囲の雰囲気で察しているのか、遠慮がちにラムレットを起こしている……が、起きない。
「んーー! もう! こうなったら! ラムレットさんが悪いんだからね!」
そう言ってからは早かった。微塵も遠慮すること無く、ズボりとたわわな隙間に手を差し込むと、それに挟まれていた私を引き抜いてくれた。
「ひゃう……ん……むにゃりむにゃり……」
「……ふう……セーフ……しかし、恐ろしく立派な……くー! 私はこれから! 私はこれから!」
さて、初夏ということで平野部のフロッガイは夜でも微妙に気温が高いわけで。
そんな夜にフカフカで温かいお布団に挟まれて寝ていた私は当然しっとりしているわけです。
……どう考えても私の汗じゃないよねこれは……。
なんだかとっても微妙な気分になってきたのでフィオラにお願いをして水洗いをしてもらうことに。
『お湯じゃなくて平気?』なんて気遣ってくれたけど、多少の冷たさなら平気だってことで井戸に向かった。
「ヒャー! きもちいー!」
桶から滝のように降り注ぐ冷たい水! これはなんだか最高だな!
体についていた甘い香りが流され、ラムレットには申し訳ない言い方だけど、なんだか清められていくような気がしてスッキリした。
そのまま井戸に腰掛けて羽根をパタパタと動かし水滴を飛ばす。なんだか羽化したてのトンボになった気分だわ。
と、誰かの気配を感じる。
慌てて心をお人形モードに切り替えてじっと我慢の子。
「ふわあ……ああ、やっぱここに居たのか。おはようフィオラ……」
「あ、ラムレットさんだ。おはようございます」
あくびをしながら井戸にやってきて水を汲むラムレットが私の姿をジロジロと見ている。
っく、まだ私を抱こうというのか?
「……な、なあ。フィオラ……その、悪かったな」
「ん? 何がです?」
フィオラがタオルで私の髪を拭きながら不思議そうにラムレットの顔を見る。
「いやその……、アタイの汗でべちゃべちゃになってたんだろ? その人形……」
「ああ、ふふ。気にしなくていいですよ。なんと言うか洗うのは日課になってますから」
「そ、そう? じゃあいいんだ」
フォローしたようでしてないんだけどラムレットは気づいているのだろうか。汗でベチャベチャになってたことをいっこも否定してないからね? 悪気がある感じではないけどフォローになってないからね?
◇
さて、現在我々は『リバウッド』に向かう馬車にガタゴトと揺られています。
リバウッドはトリバの各街に向かう街道が集う宿場町で、そこから東が今まで居た『フロッガイ』南が穀倉地帯の『オグーニ』西に向かえば首都『イーヘイ』と『フォレム』に行けるみたい。
ただ、フォレムに向かう場合は北の街道を使って『パインウィード』経由で向かったほうが早くて快適みたいで、そちらを使う人が殆どのようだ。
フィオラが言うには……
『お姉ちゃんは東に向かったはずなんだけど、何処から見て東なのかわからないからね。取り敢えず人が集まりそうなところをざっくり調べていかないといけないんだよ。はあ……めんどくさい姉だよまったく……』
とのことで。
取り敢えず何かと話題のパインウィードを経由してフォレムに行ってみようと言う事になったのでした。
「でさ、ブレイブシャインはすげーんだよ! 白い機兵と赤い機兵でヒッグ・ギッガをぶっつぶしたんだぜ!
し・か・も! その影にはルナーサのお嬢さんの協力もあった! それがきっかけでお嬢さんのブレイブシャイン入が決まったって話だが、熱いよなあ! アタイもそういう戦いに参加してみたいよ!」
はい……。勿論、ラムレットも一緒です。宿を出て、さあどうしようかって時に誘われたんだよね。どっちみちトリバで何処かに行くとなればリバウッドを経由することになる。
『だったらパインウィードやフォレムにいかないかい? 彼処は今が旬だし人が大勢集まっているのさ』
なんて誘われて断る理由が無かったんだよねえ。
フィオラも土地勘があるラムレットとの旅は心強いと喜んでいたし、私としてもちゃんとした同行者が一人居たほうがフィオラの安全面を考えると助かるしね。
……たまに熱い視線を送ってくるのだけ辞めてくれたら本当にいい人なんだけどな。
そして暫くガタゴトと揺られ、何事もなく本日の野営地に到着した。
今回フィオラはラムレットと2人で依頼を受け、護衛役として馬車についている。
ライセンスを持ってる場合は、こうやって依頼を受ければ報酬をもらいながら馬車にも乗れてお得ということらしい。
その代り、夜間は交代の見張り番というお仕事があるわけだけども、これにはフィオラもにっこりだった。
……何故ならば……。
「……誰か居るのか? って、フィオラじゃないか。そんな茂みでなにやってんだ? 街道がちけえつってもあぶないよ?」
「ああ、ラムレットさんかあ。ほら、そこの草むら見てよ」
「草むら? 何も……いや、何か大型の獣……魔獣じゃないね、獣が通った後だ。」
「うんうん。これはイノシシの通り道だよ。だからさ、ここに秘蔵のこれをこうして……」
「……む……それは罠か?……あいつら敏感だから見破られてしまうぞ?」
「まーまー。田舎仕込みの特別製ってってことで」
◇
それはテントの設営が終わり、周囲の警戒にあたっていた時まで遡る。野営地の周辺を歩いていたフィオラが泥地で足を止め、急にハイテンションで話しかけてきた。
『見てよルゥ! この泥の飛び散り具合! かなりの大物だよ! はあ、売ったらいい値段になりそう』
何事かと思えばイノシシのヌタ場を見つけたとの事。どうやらイノシシはこの手の泥地で身体に泥を着けるのが好きなようで、フィオラはその規模からかなりの大物と推測、これは獲るしか無いと張り切っている。
『もう獲った気で居るから凄いよね……』
取らぬ狸の何とやら。フィオラの自信が何処から来てるのかわからないけど、ちょっと疑うように言うと、フィオラは首を傾げて不思議そうに私を見つめた。
『……ん? 罠を仕掛けたら獲物がかかるのは当たり前でしょう?』
『……本気で言ってるんだもんな。恐ろしい子だよ……』
その後ラムレットが現れ、彼女も首を傾げる不思議な罠を仕掛け始めたわけだが……。
◇
翌朝、早朝の野営地に少女の雄叫びが響く。
「やったああああ!! おおものだぞおお!!」
フィオラの罠にはかなり大きなイノシシがかかっていた。針金のようなもので脚をガッチリと掴まれ、そこから伸びるしなやかなワイヤーが身体をそっくりぐるぐる巻きにしていた。
ううむ、どうやら脚で罠を踏んだが最後、後は暴れれば暴れるほどワイヤーでぐるぐる巻きになり、最終的に木から吊り下げられてしまうという恐ろしい罠のようだ。
一体何をどうすればこの様な罠が作れるのか全く想像がつかない……。
そしてフィオラは吊るされたイノシシにとどめを刺すと、鼻歌交じりに穴を堀り、そのままイノシシを解体し始める。
次々に起きてきた他のハンターや乗客たちがそんなフィオラに気づいてぎょっとした顔をしている……。
「おいおい……すげえなあのお嬢ちゃん……随分慣れた手付きで解体してるぞ?」
「いやー、さすがの俺もイノシシは一人じゃ解体できねえわ……ってか、あれどっからきたんだ?」
「なんか昨夜一人で罠仕掛けてたぞ。人には反応しないから大丈夫だとかよくわかんねえこと言ってたが……」
私は耳が良いのか周囲の声がどんどん耳に入ってくる。そのどれもがちょっと引きながらもフィオラを尊敬するような内容だった。
ううむ……本当に恐ろしい子だよ……。
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