第二百五十話 フロッガイの謎の店とは

 翌朝、フィオラと共に荷物をまとめて下に降りると良い香りが広がっていた。


 この宿の1階は食堂を兼ねた食事スペースになっていて、それなりに多くの人達でごった返している。

 幸いな事に席はまだ空いていて、フィオラがそこに座ると直ぐに朝食が運ばれてきた。


「おはようございます。今日は良い天気ですよ」


 愛想が良い若い女性が丸いパンが入ったボウルと何かの肉が入った濃厚なシチュー、それに厚めのハムかなにかを焼いた物をドスンドスンと置いていく。なんだか朝からずいぶんと肉々しいメニューだな。

 

 フィオラにお願いしてシチューを付けたパンを少しだけわけてもらった。


 色が白い変わったシチューでちょっと気になったんだ。一口食べると濃厚な乳の香りが広がり、後から肉のうま味が追いかけてくる。塩と香辛料が効いているんだけど、乳の甘みと滑らかさがそれらをうまくまとめ上げていて、とても口当たりが良い。


 もう少し食べたいなと思ったけど、あいにくどんどん人が増えている。流石にどうどうと食べてたら大騒ぎになるだろうし、はあ、なんで私妖精なんだろうなってちょっと悔しく思った。


朝食後、いよいよ『国境門』と呼ばれる大きな門をくぐる。昨日通った門と比べると混んでは居なかったけど、それでも既に列が出来ている。


 フィオラの前に並んでいた女性が暇つぶしに話しかけてきた。彼女は4級フォースハンターで、これからフォレムへ向かって一稼ぎするらしい。


「いやあ、乗ってた相棒が完全にだめになってさ。泣く泣くお別れしてフォレムに新たな出会いを求めに行くってわけさ」


 中々元気なお姉さんだ。フロガル型という機体をだましだまし使っていたらしいが、ゲンベーラ大森林でヒッグ・ホッグに叩きのめされ命からがら逃げ帰った際にとうとう大破してしまったのだという。


 話しはそのまま国境門に移り、ちょっとした愚痴がはじまった。


「そこの国境門もさ、前までは見張りが居るくらいで特に検査も無く素通りできてたんだよ」


「あー、そのまま隣のフロッガイでしたっけ、トリバ側に抜けるとなれば検査してまたすぐ検査って面倒な事になりますもんねえ」


「そうそう。そんな理由で免除されてたんだけど、あのクソ帝国! あいつらが戦争おっぱじめただろ? そんな状態で流石にノーチェックは無理だと今は簡単ながらチェックされるようになったのさ」


 なるほどそう言うことなのか。長期滞在したなら話しは別だけど、フラウフィールドの街を素通りしてフロッガイに抜ける人も少なくは無いはずなのに随分と面倒な事をするなって思ったんだよね。


 やがて女性ハンターの番が来る。身分証代わりのハンターズライセンスを見せた後は簡単な身体検査と入国理由だけでオッケーみたいだね。


 フィオラも特にマズイ物はもってないため、アッサリと通してくれた。


 ……例によって『はは、かわいいねその人形。ブレイブシャインの妖精かい?』なんてからかわれてしまったけどな。


 まったくブレイブシャインの連中にあったら一言いってやらないといけないな! ハンターのくせにそんな可愛らしい人形ぶら下げて歩くな! って。


 ……そのセリフはそのまま自分たちに返ってきちゃうな。


 ともあれ、何処かで見かけたらその『人形』とやらをしかとみてやろう。


 さて、トリバ側の『フロッガイ』に抜けると驚いた。国境を隔てる壁で見えなかったけど、こんなにも様式が違うんだな。


 石造りの建物が多かったルナーサに比べ、木の比率が増えている。温かみのある木の壁材にカラフルで可愛らしい屋根材が彩りを添えている。


 フィオラもまた、様変わりした景観に目を奪われ、キラキラとした顔で可愛らしい街並みに見入っている。


「ははは、驚いただろ。アタイも初めて見たときはびっくりしたもんさ」

 

 さっきの元気なお姉さんだ。どうやら初めてトリバ入りするらしいフィオラを心配して待っててくれたらしい。


「随分とルナーサの建物と違うんですね」


「ああ、トリバはルナーサに比べ石材のコストが高いみたいでね。その代わり木材が安いもんだから木造建築が多いんだってさ」


 その流れでお姉さんから街を案内して貰う事になった。元気なお姉さんの名前は『ラムレット』21歳で実家はサウザンで小さな酒屋をやってるらしい。


「家は兄貴が継いでくれたからね。アタイは好き勝手やらしてもらってんのさ。……あっち居ると『いい男は見つかったのか』と家族がうるさいからさあ、たまにこうしてフォレムに逃げるってわけ」


 なるほどね。機兵資金を貯めに行くついでにうるさい家族から逃げるってわけか。でも多分……男を探しに行くって理由もちょっとあるんだろうな。


「べ、別にフォレムならいい男が居るとか思ってるわけじゃねえぞ? アタイはフォレムの稼ぎに用があるんだ! 変なこと考えたら怒るからな!」


「ええ……私別にそんな……」


「そ、そうか? あ、ああ! そうだよな……」


 びっくりしたびっくりした! 何だこのお姉さんは! 読心術でも持ってるのか? すまんフィオラ。君が怒られたのはきっと私のせいだよ……。


 そしてラムレットの話題は私に移る。


「そういや……、フィオラが大事そうに懐に突っ込んでる人形さ、何処で買ったんだ?」

「え? あ、ああこれは……その……そう、お姉ちゃんが、お姉ちゃんがくれたんですよ」

「へえ、オミヤゲってわけか。……なるほど……でも……どうやって買ったんだ……?」


 何やらブツブツ言っているラムレットが気になったのかフィオラがどういうことなのか尋ねた。


「あ? ああ! 聞こえちまったか。いやさ、いつだったかな……結構前にここ来たときさ、機兵の人形を売ってる変な男が居たんだよ」


「機兵の人形? そんな物もあるんだ」


「いや、珍しいと思うよ。でね、1体だけ人形が……その、フィオラのと似た奴が売られててさ。恥ずかしい話、アタイも……そういうの嫌いじゃねえから……くれっていったんだ」


「ラムレットさんだって女の子なんだよ? そこは照れなくていいよ」


「そ、そうかい? まあ、そしたらさ。駄目だっていうんだ。なんでだ? って聞いたら『怒られるから!』って。意味わかんねえよな。だったら店先に置くなって話だし、誰が怒るんだか」


「なるほどそういう事が……」

「だからその……フィオラのお姉ちゃんがどうやってそれを売ってもらったのか気になってさ……」


「う……、も、もしかしたら、後日許可が出て買えるようになったのかも知れませんよ?」

「お、そ、そうか! そういうのもあるのか! よし、ちょっと店を探してみるよ!」


 

 そしてなんだか申し訳なくなったフィオラはラムレットに付き合い謎の人形屋の姿を探す。


 しかし、夕方までかかって街中を探しても男の姿は何処にもなく。変わりに『いつの間にか居なくなった、フォレムで姿を見かけた』という情報を得ることになる。


 ガックリ肩を落とすラムレットを気の毒に思ったフィオラはそれを慰めるべく、今日は一緒の宿を取った。


 そして「一晩だけですよ」と、笑顔で私を差し出してしまう。


 ラムレットは照れながらもまんざらでもなく。暫く私の髪を梳かしたり、撫でたりしていたがそのまま嬉しそうな顔で私を抱いて寝てしまった。


 フィオラに(助けてくれ)と視線で訴えたが、何か謝るような仕草をして暖かな微笑みを浮かべながらラムレットごと毛布をかけられてしまった。


 こうして私の暖かで孤独な修行、朝まで動いてはならぬという修行が幕を開けたのであった。

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