第二百四十八話 ラウリンへ

 サウザンを発った馬車はフラウフィールドにつくまで4日を要するらしい。


 マグナルドさんによれば、夕方には『ラウリン』という村に到着し、そこでまず一泊。翌日夕方に『ルートリィ』着で二泊目。そして次が問題で、三泊目は野営となるらしい。ルートリィとフラウフィールドの間がちょっと離れてるとかでしょうが無い事のようだ。


 乗車料金には『野営中の食事』も含まれているため、フィオラのお財布を考えると実は野営のほうがありがたかったりするけど、テント泊のリスクを考えるとやっぱりなるべく宿で眠れたほうが良いと思う。


 地図が無いから詳しい地形はわからないけど、この国は宿に泊まりながら馬車旅が出来るよう上手く村や街が配置されているんだろうな。この国の偉い人達は中々うまいことやってるなあ。


 不思議なことに私は時間の感覚にそこそこ優れているようで、なんとなく現在時刻がわかってしまう。


 フィオラがお腹を擦りながら『ふえー、休憩はまだかなあ。おなかすいちゃったよ』と嘆く。


 なるほど確かにサウザンを発ってから7時間、前回の休憩から2時間経っている。フィオラにだけ聞こえるように『凄いねフィオラの腹時計は正確だよ。そろそろ13時だから昼休憩になるんじゃないかな?』と、伝えると、


「ええー! もう13時? そりゃお腹がすくわけだよお!」


 と、大きな声で言ってしまう。フィオラよ。私とお話出来るのを周りが知らない以上、その反応は突然叫ぶ変な子みたいになっちゃうんだぞ。


 みろ、マグナルドさんがすっごい変な顔でフィオラを見ている。


「ね、ねえ。君は時計を持ってたりするのかな?」


「ん? 時計? 持ってるはずないでしょう? あんな高級品!」


「だよねえ。いやあスゴイな君。確かに今は13時を過ぎたところだ。時計いらずだな! 羨ましい技能だよ」


 マグナルドさんは『商人として必要なんだ』と、フィオラに時計を見せていた。安いものでも金貨3枚、高いものになれば青天井という恐ろしい魔導具だ。彼が持っているのは金貨5枚の懐中時計で、50年間は止まらず動き続けるらしい。


(ふふ、あなたと居ると時計なんて高級品いらないよね)


 フィオラが小さな声で呟いた。確かに……。しかし気持ち悪いな、なんだろうね、この技能。

 どうせならこんなしょうもない技能じゃなくて、馬になれたり、機兵になれたりすればフィオラの助けになれるのにな。


 それから30分ほど走り、ようやく休憩時間となった。


 乗り合い馬車は1台だけではなく、複数台が組になって移動するため、休憩の際にはまとまって停車出来る場所でなければならない。

 休憩には馬の体力回復という重要な役割もあるため、それが可能な広い場所が街道には点在している。


 大体1時間から2時間くらいの感覚で休憩を取るのが一般的なようで、休憩ポイントはそれに合わせて作られているみたいだ。


 フィオラがパンと水、干し肉にむしゃぶりついている。こっそりとパンを分けてもらったけど、お世辞にも美味しいとは言えないな……。食事というより行動食といった具合だ。


 それでもフィオラを満足させるには十分だったようで、30分ほどの休憩時間の残りは周囲の散歩で消化されることとなった。


「おーい、お嬢ちゃーん。あんまり遠くに行くなよー! 遅刻したら置いてかれるからなー!」


 護衛としてついているハンターの男がフィオラに声を掛ける。


「はーい! ありがとう! ちょっとそこまでお散歩だよー!」


 街道沿いにはあまり魔獣が出ない。それは旅の安全のために国がハンターギルドに依頼をし、周辺の定期的な討伐をしているおかげだ、そうマグナルドさんはいっていた。


 しかし、それも完璧じゃない。時折はぐれ個体が現れては馬車を襲うことがあるらしく、ああやってハンターの護衛は需要があるし、こうやってフラフラと散歩をするのも本当は褒められたものじゃない。


 でも、フィオラの場合は死活問題で……。


「やった! シラノセツナよ! これ結構いい値段で売れるんだから! あ! こっちはアマノシラウだ!」


 路銀がギリギリのフィオラはこうして休憩のたびに薬草を集めたり、不幸にも姿を現した小動物を狩ったりしてちょっとした稼ぎに精を出している。


 植物の採取は得意では無いと言うフィオラだけれども、なかなかどうして。

 短時間でもなかなかの成果では無いか。


 そして今回も不幸なウサギが1羽狩られ、それを抱えて馬車に戻ってみれば。


「ナリは可愛らしいお嬢ちゃんなのに……狩りの腕は恐ろしいようだな……」


 なんてハンターのおじさんに苦笑いをされていた。


 

 そんなこんなで漸くラウリンが見えてきたようです。

 

 丘を越えると下にはサワサワと風にそよぐ黄金色の海。街道は広大な麦畑を貫くように通っていて、その中心にこちゃっと可愛らしくまとまった村が見えた。


 キラキラと輝きながら揺れる麦を見てフィオラのテンションが振り切れ、馬車から『おーいおーい』と農家の方々に手を降っている。


 麦を世話するおばちゃんやおじちゃん達が何か微笑ましいものを見るような視線でフィオラを見て、手を振り替えしてくれている。


 微笑ましいけど、なんかもうごめんなさいって感じだ。

 

 フィオラ、はじめてあった頃はクール系の美少女かなっておもったんだけどな。だんだん化けの皮が剥がれてきたと言うかなんと言うか……今では野性味あふれるフリーダム食いしん坊少女だよ。


 そんな野生児はラウリンにつくなりギルドに駆け込み、さっさと獲物を換金してホッと胸をなでおろしていた。


 その御蔭で無事宿をとれたわけだけどね。お値段しめて銅貨80枚。ベッドしか無い狭い部屋だけど個室なのがありがたい。そうじゃなければ話もできないしね。


 安い分、夕食は出ないため適当に露店をぶらついて夕食を購入することになった。

 例によってあっちにフラフラ、こっちにフラフラと移動していたけど、お財布の事情は未だ緊迫しているので今回は酷い買い食いはしなかった。


 結局買ったのはパンにソーセージが挟まった物と、なにか野菜が入ったスープ。


 少し分けてもらったけど、流石穀倉地帯、パンがめちゃくちゃ美味しかった。いわゆる白パンっていうやつなんだけど、フカフカでほんのり甘みがあってとっても美味しい。ソーセージも下味がしっかりついていて、パンにぴったりだったな。


「いいよね君はちょっぴりでお腹いっぱいになれてさ」


「そうだねー。でもさ、フィオラみたいに色々食べれないのは寂しいよ。もう少し身体が大きければなあ」


 広場の隅に腰掛け、夕食を食べながらそんな話をしていると、フィオラが何か思い出したような顔をする。


「そういや『貴方』って呼んでるけどいい加減めんどうだよねえ」

「しかし名前を思い出せないからなあ」


「じゃあさ、私がつけちゃっていい?」

「良いけど……あんまり変なのはごめんだからね」


 確かに名前がないのも不便だ。よほどのことがない限りフィオラにしか姿を明かさないことにしようと思ってるけど、その時が来たら名乗れ無いと困りそうだしね。


 暫くうんうん悩み、私の身体をジロジロと観察していたフィオラだったけど、パアっと表情を明るくさせて何かひらめきがあったことを伝えた。


「私の村にね、クルゥブニーカっていう赤い実があるんだよ」

「変わった名前だな?」


「うん、村に大昔に住んでいた賢者がね、聖典に同じ植物があるのを見つけて名付けたんだって」


 聖典か……。なにかこう、ムズムズっとしたのを感じる。私は何か宗教と因縁があったのだろうか?なにかこう、珍しい生き物みたいだからなあ……っと、それはまあいいや。それより聞きたい事がある。


「それで、どうして赤い実の植物が出てきたんだい?」


「ああうん。クルゥブニーカはね、小さくてかわいい白い花を咲かせるんだ。私や貴方みたいな色のね。そして貴方の瞳は綺麗な琥珀色でしょう?あのお花も真ん中が黄色で綺麗なの!

 クルゥブニーカそのままだと長いから、一部を取って『ルゥ』貴方は今日からルゥよ。どうかな?」


 ルゥかー。呼びやすくていい名前だな。いや、この場合は呼ばれやすくて、か。


「いいね、ルゥ。うん、わかったよ。今日から私はルゥ。改めてよろしくねフィオラ」


「ふふ、よろしくね、ルゥ」


 別の形としてかもしれないけど、私が失った物たちが少しずつ戻ってきている感覚がする。

 本来の記憶も取り戻して行きたいと思うけど、フィオラがくれた名前……これは大切にしよう。

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