第二百四十六話 あの日、彼女達は

◆SIDE:ブレイブシャイン:三人称視点◆


8ヶ月前――


 カイザーから突如伝えられた最終防衛モード。それによりウロボロス達、各機は強制的に合体解除され方々に緊急射出されてしまった。


 しかし、以前の、数千年前に実行された『最終防衛モード』と違うのは中にパイロットが乗っているという所だった。コクピット内にはパイロットを保護するための特殊な液体が満たされていく。


 パイロット達はそれぞれ身の危険を感じ、感情パラメータに異常を観測するほどの動揺を見せたが、AI達はそれぞれに『安心して眠って欲しい』『起きたら一緒にみんなを探しに行こう』優しく伝え、彼女達達を安心させると一時の休眠状態へと誘った。


 ただの『強制解除』と『最終防衛モード』の違いはパイロットの保護機能にあった。


 コクピット内を満たした『特殊な液体』には身体を癒やし外部から身を守るという役割の他に、パイロットを休眠させるという大きな役割がある。


『最終防衛モード』を発動せざるを得ない状況、つまりはメイン機体であるカイザーに何らかの重篤な障害が発生した場合において、一番懸念されるのが僚機パイロット達の『救出行動』である。


 緊急射出されたとは言え、身体が万全であれば直ぐにでも引き返し、カイザーを、コクピット内に居るであろうパイロットを助けようと、危険を顧みず直ぐに向かってしまうことだろう。


 しかし、最終防衛モードと言う物はそれすらも許せない状況に於いて、最終手段として発動されるもの。故に、残酷なようではあるけれど、一人でも犠牲を減らすべく、パイロット達が『余計な事』をせぬよう、強制睡眠状態に陥らせ、一種の軟禁状態を作り出してしまうのである。


 勿論、合体解除から逆転が狙える状況であれば通常の「強制解除」が実行される。

 トレジャーハンターギルド、紅き尻尾のギルドホームにてアランドラと対峙した際に選択されたのがそれである。


 アランドラ戦に於いては、窮地にこそ陥ったが、それでもまだ逆転の可能性が残っていると潜在的にカイザーが判断したため、その選択肢がとられたのである。


 しかし、今回はどう考えてもその選択肢では生存の可能性は得られなかった。


 身を削る思いで発動された最終防衛モード。


 カイザーから分離をして射出された各機体のAI達は、後からパイロット達に文句を言われるのを承知で強制的に眠りに付かせた。


 AI達とて、納得しているわけではない。出来るならば、彼らもまた、パイロット達と手を取り合って直ぐにでもカイザーやレニーの救出に向かいたかった。


 しかし、それが敵う相手ではない。


 ……現地に取り残されたカイザーにも勿論最大限の保護機能が働いている。


 例え機体がバラされようとも、コアとなる部分さえ残っていればどうとでもなる。

 各AI達はそれを知っているからこそ、涙を飲んで射出を受け入れたのであった。


 ――そしてあの戦いから3日後


 まずはミシェルが目を覚ました。


 彼女が目覚めたのは……射出されたウロボロスが辿り着いた場所は奇しくも大魔法使いの山であった。


『やあ、おはようミシェル。言いたいことは山ほどあるだろうけど今は耐えてくれ』

『ごめんね、ああするしかなかったのよ』


「いいえ、頭を上げてくださいな。あれは意味のある撤退ですもの、理解していますわ」


 ミシェルはAI達の選択に腹をたてることはなかった。寧ろ自分を責める気持ちのほうが強かった。しかし、それを口に出す事はしない。生きて脱出をすることが叶った、つまりは仲間と合流し、次の作戦を、カイザーとレニーの救出作戦を練ることが出来ると、新たな闘志を胸に宿していた。


 まず、ミシェルはウロボロスから最低限の情報を聞いた。


 それによれば、現在あの戦いから3日が経っていること、この場所が魔法使いの山であること、そしてまだ目覚めていないのか、他の機体の信号は拾えていないことがわかった。


 次にミシェルがとった行動は『自宅』への通信であった。

 幸いなことにこれは上手く行った。ルストニア邸地下にある『秘密基地』に詰めていたアズベルトと連絡が付いたのだ。


『ミシェル! 良かった! 本当に良かった! 無事なんだね?』

『ええ……お父様、ご心配をおかけしましたわ……それでこちらの状況ですが……』


 ミシェルは『ダークネス』の攻撃によりシャインカイザーが得体の知れない攻撃を受けたこと、各機を保護するため強制分離をして各地に散らばってしまったこと、それぞれのパイロットが恐らく休眠状態であることを伝えた。


『なるほど……そういう事だったのか。僕のもとにはカイザーがバラバラになったと報告が来ていたんだ……いや、肝を冷やしたよ。そうか、分離か……本当に良かった』


 一時だけであったが、穏やかな空気が流れた。しかし、それも直ぐに終わる。


『良いかいミシェルよく聞いてくれ。これからの行動について大切なことだ。これから君が行動する際、ルナーサには近づかないようにして欲しいんだ』


『それは……構いませんが、一体何故ですの?』

『現在……ルナーサは……我が街は帝国軍の侵攻を受けている』


『なっ……! なら私も!』

『ミシェル。君は君が成すべきことをしなさい。我々も我々が成すべき事をしますから……』


『でも……お父様やお母様は……?』

『大丈夫。ここにはまだ君達には教えていない秘密があるからね。ルナーサを取り戻すため、我々も動く必要がある。ミシェル、近い内に必ずまた会えるから。だから君も……!』


『はい……わかりましたわ!では、また会える日まで……どうかご無事で、お父様……』

『ああ、愛しているよミシェル』


 

 その後、暫くの間ミシェルはウロボロスの広範囲レーダーを用いて周囲の様子を探った。

 

 その結果、アズベルトが言う通りルナーサに大量の帝国軍が配置されていること、サウザンまではその手が及んでいないこと、そして問題の『ダークネス』はルナーサに居ないことがわかった。


 そしてさらに3日が経った日の朝、ウロボロスはオルトロスの信号を捉えた。

 報告を受けたミシェルは直ぐにマシューを呼び出すと、彼女は元気そうな声で息災を伝えてくれた。


 マシュー達はどうやらオグーニ周辺にまで飛ばされていたらしい。ミシェルはアズベルトから聞いた話を伝え、ひとまずフロッガイで合流をすることにした。


 さらに一週間が経ち、無事合流を果たした2人は今後の作戦を練った。

 未だ信号を拾えないカイザーとヤタガラス。しかし、どうやら『目覚め』には個人差があるようなので、2人はそれほど悲観はしていなかった。


 しかし、問題もあった。


 既にミシェルが試し気づいていたのだが、超長距離通信が使えなかったのだ。それもそのはず、あの機能はカイザーの出力を利用してウロボロスが使用する言わば合体技なのである。


 故に、カイザーが居ない今、使用することは叶わなかった。


 とは言え、ウロボロス自体に長距離通信システムが搭載されているため、ある程度の距離までであれば通信可能であり、仲間同士であればどういう理屈なのかは不明だが、どれだけ離れていても連絡が出来る。


 以前スミレが教えてくれたことだったが、それを忘れていたミシェルはマシューがオグーニ周辺にいると言った時にミシェルは耳を疑った。


 しかしこれは僥倖である。超長距離通信が使用できなくとも、この謎の通信が使えるのであれば、カイザーやヤタガラスとの連絡も時間の問題だ。


 そしてさらに4日後、シグレが見つかった。


 ヤタガラスはゲンベーラ周辺にまで飛ばされていたらしい。連絡を受けたシグレは『そちらに向かいます』と、フロッガイに向かう旨を告げ、これでようやく3人がフロッガイに揃った。


 さて、問題はカイザー達である。


 フロッガイを拠点にして2週間ほど情報を集めた……が、有力な情報は無く、また、レニーからの通信も届かない。


 彼女達は口には出さなかったが、心に1つの不安を抱えていた。


 射出された直後、まだ眠りに落とされる前、見えていたのは何だったか。


『ダークネス』に掴まれ、何かをされていたカイザー。


 自分たちはカイザーから『分離』をして射出されたが、メイン機のカイザーはそれが出来なかった。

 つまりは、カイザーは『ダークネス』に捕らわれて居るのではないか。


「あの」

「あのさ」

「その」


 フロッガイからほど近い草原に座る3人の言葉が重なり、視線を交わし合う。次の言葉を出しにくい空気になってしまった。


 互いに遠慮……いや、誰かに続きを言ってほしい、3人はそう考えていた。


 その沈黙を破ったのはガアスケ――ヤタガラスだった。


『失礼ながら拙者、発言したく思います』


「……構わんが、どうした急に?」


『うむ、言いにくそうな顔をしてお見合いをしているのがもどかしいのでな、拙者がお主らに代わって言わせて貰うが……三人とも、カイザーやレニー殿の安否について話そうとしているのであろう?』


「「「!」」」


『いや、当たり前の事を言ってしまったな。お主たちが案じている通り、カイザーの身体は恐らく敵の手に落ちている』


 ガア助から淡々と伝えられる言葉に3人の身体がビクりと反応する。

 状況からして、そうなっている可能性は高かった。しかし、何か、何か幸運が働いて無事にカイザー達も彼処から脱出できていたら。


 レニーの脳天気な通信が『ごめん、寝坊しちゃったよ』の声が聞けたなら……。

 

 彼女達は現実を受け入れきれず、自分たちが望む未来が来るのをただ待っていたのかも知れない。

 しかし、それを否定する言葉がガア助から放たれた。聞きたくなかった、耳に入れたくなかった。


 しかし、次の言葉が希望に繋がった。


『しかしな、カイザー達の場合は我々とは事情がちがったのだ。我が身の離脱が叶わぬと悟ったカイザーはレニー殿を射出した。お主ら忘れてはおらぬか? 我々の機体にはコクピットの射出機能が着いていることを』


「……そ、それってつまりよ、レニーは……?」


『うむ、最後に届けられた記録によれば、レニー殿は最低限の生命維持が保証された状態でカイザーから射出されている。拙者が受け取れた情報はここまででござる。遺憾ながらその後カイザーがどうなったのか……それはわからぬ。しかし……』


「レニーは無事ですのね!?」

『うむ、それは保証しよう』

「よかった……レニー……もうだめなのかなって思ったでござる……」

「へ、へへ……ま、まあレニーは簡単にくたばるようなタマじゃねえからな!」

 

 そして3人はAI達からの意見を参考に仮説を立てた。


 レニーを射出した後、カイザーとスミレはシステムを閉じたのではないかと。自分たちと同じく休眠状態に入り、防衛体制を維持し、敵の手から自らを護っているのでは無いかと。


 当然その状態であれば信号を発信することも出来ず、カイザーの現在地はつかめない。

 そしてそれにより不利益を被っているのはレニーだろうと。


 カイザーとのリンクが切れている今、レニーが持っている端末は使用不可能になっているはずだ。通信は勿論のこと、信号も飛ばせず、バックパックだって使用不可能であろう。


「きっとレニーのやつ困ってるだろうな……」

「あの子ちゃんとお財布をもってたらいいんだけど……」

「お腹をすかせてたら可愛そうでござる……」


 心配のベクトルがお花畑ではあるが、レニーが無事であろうという希望は彼女達の心を大いに癒やしてくれた。


 そして3人の行動は決まった。


 3人で各地を回り、手分けをしてレニーを探す。

 カイザーの奪還等、考えねばならぬことは山ほどにあるけれど、まずはレニーとの合流を果たす、それが何よりも優先されることであると。


「待ってろよレニー、あたい達が必ずみつけてやるからな」

「ちゃんと宿を取れていれば良いんですけれど……」

「お腹をすかせてないと良いな……」


 こうして彼女達のレニー捜索の旅がはじまったのであった。

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