第二百四十五話 サウザンのおばちゃん

 翌朝、私はフィオラの懐に収められ、共にサウザンに向かって出発した。


 懐はなんとも収まりが良くしっくりくるけど、フィオラは平気なのかな?

 だってこれ傍から見たら『大切なお人形さんを胸に納めた女の子』だぞ?


 12歳はまだまだ子供だと思うけど、お人形とお出かけするのはギリギリアウトな年齢だと思うんだ。

 それとなく『残念な目でみられるのでは』と、伝えようと思ったけど、どこか上機嫌な彼女の気分を落とすのが嫌でとうとう街につくまで言い出せなかった。


 しかし、フィオラのカン……兎に角こいつは凄いね。

 一回も魔獣に出会わないまま森を抜けてたよ。時折立ち止まったかと思ったら向きを変え移動するんだ。あれは恐らく本能的な何かで魔獣の気配を察知していたのだろうな。


 森から抜けると間もなくサウザンに繋がる街道が現れた。

 そこまで行くとちらほらとハンターの姿が見られるようになり、フィオラは彼らとすれ違う度ににこやかに挨拶をしていた。


 知り合いなのかと尋ねたが、全く初めてあった人だということで驚いた。

 この社交性の高さも村からここまで無事でいられた秘訣のひとつなのかもしれないな。


 森からサウザンまではそこそこの距離があった。フィオラによれば狩猟小屋があるのは森の浅いところだということなので、移動距離としてはマシな方のようだが、朝出発してついたのは昼をだいぶ過ぎた頃だよ?


 ほぼ歩き通しだったって言うのに、よくもまあ息を切らさずケロりとしているもんだよ。


 そんな強者でも流石にお腹はすくわけで。

 移動中、私の足元からグウグウとフィオラの腹が奏でる轟音が鳴り響いていたよ。

 たまにぽつりと『お腹空いた』と何度かこぼしていたのもキチンと聞いてるぞ。


 という事はついたらまずは昼ごはんって感じかな? 私はそこまで腹が減らないようだが、それでも飯は食いたいもんね……なんて思ってたら違ったようだ。


「じゃ、取り敢えずギルド行こっか。素材が傷まないうちに納品しなくっちゃね」


 なるほど、そういう所にも気を遣う必要があるんだな。なんでだろうな、素材が傷むという概念がなかったよ。


 私と違ってキチンと考えて行動をするフィオラに関心をしていると『ハンターズギルド』とやらが見えてきた。自分が小さいからどの建物も大きく見えるけど、このギルドは増して立派な作りをしているなあ。ここより立派なギルドはそうないんじゃないかな。


 木製の扉を開き、中にはいるとイカツイおじさんたちがジロりとコチラを見てきた。なんだか薄っすらと記憶にあるぞ。所謂『ルーキー弄り』ってやつが始まる流れだ。


『おうおう、ここはガキが来るとこじゃねえぞ? 孤児院なら隣だぜ? ガッハッハ!』


 なーんて始まるやつ! もしそうなったら私も黙ってはいられないな。一宿一飯の恩義を返してやるからな!


 と、ちょっぴり期待してたのにそうはならなかった。悪そうな顔の割には気さくな感じの人達だったようで、友達のように話しかけてきたぞ。


「ようお嬢ちゃん! どうだ? いい場所だったろ!」


「ええ! 素材を活かした素敵なボロ小屋だったわ! ありがとう!」


「がっはっは! まあ、快適に眠れたようで何よりだ。森で野営するならアレでもテントよりマシだからよ」


 なるほどね。森に行く前にあの小屋のことを教えてくれてたんだな。良いおじさんじゃないか。


 確かにおじさんが言う通り、いつ魔獣が来るかわからないところでテントなんて怖くて使えないよね。普通は仲間と交代で見張りをしながら休むんだろうけど、フィオラはソロだし。


 小屋を持ち歩けたらもっと便利なんだろうけど、どう考えても無理な話だ。だからテントってものがあるわけだしね……。


 おじさん達とのお話が終わったフィオラは笑顔で手を振って、納品カウンターに向かった。

 そこにはなんだか人が良さそうなおばちゃんがニコニコと座っていて、『あらフィオラちゃん』なんて言っている。


 この街に来てあまり長くはなさそうなのに、この昔からの知り合い感はなんなんだろうな。


「はい、レジーラさん。依頼書通りだと思うけど確認お願いね」


「はいよ。うんうん、丁寧な仕事だねえ。特にウサギの処理がとても上手だよ。ありがとね、これ報酬」


「わあい。これでようやく馬車に乗れるよー」


「そういえばフィオラちゃんはトリバを目指すんだったねえ。あっちはここらより安全だと思うけど気をつけなよ」


「うん、レジーラさんもね! また戻ってくるからさ、その時はよろしくね」


 なんてにこやかに会話をしていたレジーラさんの視線が私に降り注ぐ。あっ、これはいけない。

 

 フィオラが痛い子だと思われてしまう!


「おや、フィオラちゃんもお人形を胸に入れてるのかい? 他所ではそういう遊びが流行ってるのかね」


「え? お人形? ああ、これねー……」


「いやね、結構前になるけど……もう1年近くになるかね。何度かここに出入りしてた女の子だけのパーティーがさ、フィオラちゃんみたいに胸にお人形入れてたんだよ」


「へー! 女の子だけのパーティというだけあって女子力高いなあ」


「あっはっは、そうだね。でもその子達かなりやり手のようだったよ。見たことない機兵に乗っててさ、男共が勧誘しようと躍起になってたもんさ」


「機兵に……凄い子達がいるんだね。それでその子達はどこか行っちゃったの?」


「それがさ、ついこの間来てったんだよ。ああ、全員じゃないよ。一人だけね」


「一人だけ?」


「そうさ、それがまあルナーサのお嬢さんでね。お家が大変だってのに困ってることはないかって聞きに来てくれたんだよ」


「ルナーサのお嬢さんも機兵に乗ってるんだあ」


「そうさ。半年前の戦争でもパーティー揃って戦地に立ったって聞いたよ! 男共はなにやってたんだか!」


「凄いなあ。私も会ってみたかったな」


「ああ、会えるかもしれないね。人を探してたみたいだし」


「人を?」


「前にお嬢さんと一緒に来た仲間の子でね、なんでも防衛戦の後から行方がわからないんだと。かわいそうにねえ……。あら、あんたその行方知れずの子とちょっと似てるね!」


「うーん? 私の髪の色珍しいと思うんだけどな」


「そうかい? 確か前に来た子も綺麗な銀髪だったよ。もしかしたらお嬢さんからなにか聞かれるかもしれないね」


「そんな似てるんだ……私と同じ銀髪……あ! いけない! ご飯食べて馬車乗らなきゃ! ありがとうレジーラさん!」


「あらあら、ごめんね。引き止めて!またくるんだよー!」



 一応人形のフリをしてたけど、おかげでフィオラがどこかの痛い子と同類にされてしまったな……。

 

 でもそんな痛い子やお嬢さんでも機兵に乗ったり戦地に行ったりするのか。なんとも世知辛い世界なんだなここは……。私は一体今までどうやって生き残ってきたのやら。


 同族と推測される妖精族の姿もまったく見かけないし、やっぱり妖精ってのはレア種なんだろうな。フィオラには悪いけど、当分の間はお人形さんごっこを続けさせて貰うとするか……。


 しかし、お嬢さんの探し人とフィオラの髪の色ね……。

 実は私の髪も同じ色をしているんだよね。

 

 そしてフィオラも人を探していると……。うーむ、関係ありそうなただの偶然のような。


 なんて考えていると、再び足音から凄まじい轟音が鳴り響く。そうだね、分からないことを考えるよりも今目の前に迫る危機をなんとかしないとね!


 私の心が伝わったのか何なのか、フィオラが高らかなお食事宣言をした。


「ううん、お腹空いた! じゃ、ご飯食べたら馬車を探しに行こう! 今日は饅頭の気分! いざ屋台に向けて出撃だー!」

「おー! 総員、饅頭に向けて出撃ー!」


「「あはははは」」

  

 なんだかフィオラと行動していると懐かしい感じがするなあ。

 私もかつて記憶を失う前はこうしてのんびりとした食べ歩きの旅をしていたのかもしれないね。

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