シーズン2
1章 Reboot
第二百四十四話 目覚めし妖精
ここは何処なのだろう?
どうやら建物の中にいるみたいだが……いや、その前に自分は……一体何者なんだ?
混乱しながら周囲を見渡してみれば、紫色の瞳をした少女が覗き込んでいて、それがまたとてつもなく大きな体をしている。
とても大きな少女が言うには、森に落ちていた俺を拾って暖めてくれたらしい。
「すまない世話をかけたようだ。俺は名前を思い出せんが……良かったら君の名を教えてくれないか? 巨人族のお嬢さんと呼ぶのも心苦しいのでね」
すると大きな少女はワナワナと震え、どうやら怒らせてしまったようなのだが――
「私が大きいんじゃなくて貴方が小さいの! あと女の子が『俺』とか言わないの!」
なんて怒られてしまった。
ううむ、自分が何者なのかは覚えていないが、自分のことを『俺』と呼ぶのはなんだか自然……いや、無理をしていた? ううん、それでも俺と呼ぶのは自然だった気がするんだ。
「いやしかしだな……俺はずっとこうして自分のことを……」
と、今ひとつ自信が持てない記憶のかけらに頭を悩ませながら食い下がると『もう! ちょっと待っててね!』と、大きな少女は後ろを向いて何やらごそごそと始めた。
間もなくして少女が此方に向けた姿見……少女からすればただの鏡らしいが、それを見て驚いた。
鏡に映っているのは妖精、それも愛らしい少女のような姿をしているではないか。
そうか、俺……いいや、私は妖精、記憶を失った妖精だったんだな。
自分やそれに関わる記憶はまったく思い出せないが、一般的な知識や何故知っているのかわからない知識が何かのたびにポロりと顔を出す。もしかすると色々とやっている内に記憶が戻るかも知れないな。
自分の姿を確認し、状況を理解した私は少女に謝って改めて自己紹介をする。
「私は誰だかわからないが、どうやら妖精らしいな。気づかせてくれて感謝する。
改めて恩人である君の名を教えてほしい」
「ううん……まだ口調がおかしいね。まあいいや。私は……そうだね、フィオラ。そう呼んでくれたらいいよ」
色々と話しを聞くと、フィオラは12歳。幼い身ながら、一人で旅をしている途中なのだとわかった。
現在我々が居る小屋は旅の途中で彼女が見つけた山小屋なのだそうで、現在はここを拠点として素材集めをしていたところなのだという。
見れば様々な植物や干し肉などが並べられていて、これらは全てフィオラが集めてきたものらしい。
「他に誰か居るのかと思ったが、まさか一人で旅をしているとはな」
野営スキルが高いのはわかるが、それでも危険な魔獣と遭遇することはあるだろう。こんな少女一人では危険極まりないのではなかろうか。
「あー……。まあ、ほら。村の誰かを連れてきていたとしても、どっちみち魔獣と遭ったらひとたまりもないしね」
「そんな事は無いだろう? 私だって魔獣の1匹や2匹殴り飛ばしてやったことがあるしな。流石に大型の個体は厳しいが、ウルフの1匹や2匹、軽く蹴散らせるだろうに」
私がそんな事を言うとフィオラが腹を抱えて笑っている。そんなに変なことを言ったのだろうか。なんだか少々ムカっとしたが、直ぐに自分の記憶が少々おかしな事を思い知らされる。
「あー、おかし。真面目な顔で冗談言うのはやめてよね。あんなでっかいの大人の男が何人居ても敵わないよ。うちの村には機兵もないんだし」
機兵……どういうものだったか思い出せないけど、何か大きくて強いものだった、そんな事はぼんやりと覚えている。
でもな、私が魔獣を殴り飛ばした記憶は確かにあるんだよな……。ううん、私にぴったりな小さいオオカミ型の魔獣が居るのかも知れないな。
それはそれとして、そんな恐ろしい魔獣が居るというのによくもまあ一人旅をしようと思ったものだ。大人たちは止めなかったのだろうか?
そんな質問をしてみると、フィオラは少し考えた顔をしてから話し始める。
「ううん、貴方ならいいか……。とある事情で人を探す必要ができてね。面倒だけどしょうがないなって……。
で、それをバカ正直に言えば誰か大人がついてくるのは目に見えてるでしょう? だからこっそり抜け出してきたの。あ、勿論置き手紙はしてきたよ」
いやいや、いやいやいや。わざわざ大人の同行を避けて一人旅をする理由になっていないじゃないか、そう言いかけたが口元に指をたて、黙るように言われた。どうやらまだ続きがあるようだ。
「私達……っと、ううん私にはね、ちょっと特別な力があるんだ。生存本能が高いって言えば良いのかな。死ぬような目に遭いにくいと言うか……」
「運がいいってやつかい?」
「そこまで雑なモノではないけど……まあ、そんな感じね。説明しにくいからそれでいいよ。だからさ、下手に大人に着いてこられると逆に危険なんだ」
なんとも非現実的な説明。
素直に納得はできなかったが、不思議と腑に落ちた。
それから日が落ちるまで2人で色々な話をした。と言っても、記憶がない私が語れることなんてあまりないから、フィオラの事を色々と聞いた感じだけれども。
フィオラが村を出たのは半年以上も前の事らしい。彼女の村は凄まじく山奥にあるらしく、人の気配がする場所に出るまで5ヶ月を要したらしい。いくら生存本能が高いとは言え、その間よく生き残ったものだ。
魔獣から身を守る事もだけれども、それ以上に食料をどうしたのだろうと気になったのだが、それについては小屋の中の様子から真実であろう回答が得られた。
「狩りの腕前はお姉ちゃんよりあるからね。お姉ちゃん弓がヘッタクソでさあ……」
どうやらフィオラには姉が居るらしい。
なにかと器用な子らしいのだが……おっちょこちょいだったり、何故か射撃が絶望的だったり……なんとも残念な子のようだ。
仲が良さそうだし、フィオラが旅に出ると聞けばきっとついて行くと行って聞かなかったに違いない。
話を聞く限りでは足手まといにしかならなそうだし、そっと出てきて正解だったのかもしれないね。
フィオラの旅は険しい山を超えるところから始まった。
村と外界を隔てるように聳え立つ巨大な山脈、普段であればまず登ろうと思わぬようなそれにフィオラは挑んだのだという。
「と言っても……実は抜け道があるんだよね。そこを通れば寒い思いをしなくて済むし、案外楽だったよ。
問題は砂漠だねー。海沿いを通ったからさ、ご飯はなんとかなったけど、とにかく水が足りなくて足りなくて……流石の私も危なかったね」
うんざりとした顔をしながら肩をすくめるフィオラ。
砂漠と言っても、荒野に近い岩石砂漠だったようで、そこに僅かばかり顔を出す植物を採ったり、海で釣りをしながらゆっくりと移動をしたのだという。
……運が良い体質は伊達ではないようだな。
そして砂漠を抜け、ようやく小さな村に辿り着いたフィオラは、旅の目的地として目指していた街が大変なことになっているのを耳にした。
「ルナーサに行こうと思ってたんだけどね? 知ってる? 商人の街でさ、すっごくでっかいらしいんだ」
「ルナーサか……ぼんやりと記憶にあるような……気がするな。海辺の街だったか」
「そうそう。なんとそのルナーサが帝国に落とされたんだって」
フィオラが聞いた話によれば、ルナーサは帝国から侵攻され、防衛部隊を立ててそれに抵抗したらしい。
同盟国から派遣された部隊の協力もあり、防衛作戦は成功。高らかに告げられた勝利の報告に街中に歓喜の声が溢れたらしいのだが……それはつかの間のことだったらしい。
さほど日を開けずに多数の軍勢を率いた帝国軍が再度攻め入り、回復しきっていなかった防衛部隊ではそれに対処しきれず……と言った具合のようだ。
不幸中の幸いだったのが、落とされたのがルナーサだけであるということ。
これからどうなるのかはわからないけれど、帝国軍はそこから先に進軍することはせず、ルナーサの隣街であるらしい、サウザンは以前と変わらず無事なまま残っているそうだ。
「びっくりしたよ。まさか帝国に負けちゃうなんてね…………私が旅に出る羽目になったのは恐らくそのせいなんだけど……」
後半何を言ったのか聞き取れなかったけど、とにかくルナーサが帝国に負けるというのはフィオラも驚く程の事だったようだな。
「フィオラは田舎の村にいたわりには事情通なんだね」
「……そうね。情報のツテはあるからね、色々と。そう色々とね」
その後フィオラはルナーサへ行くことを諦め、サウザンを拠点にして暫く探し人の情報を集めたらしい。そして、漸く取っ掛かりとなる情報を見つけた。
探し人と行動を共にしていた人間が西の国、トリバへ向かったという情報だ。
トリバ……これもやはり聞いたことがある名前だ。何か懐かしい感覚すら覚えるな。
「で、トリバに向かおうと思ったけど、流石にここまで来てまた歩くのは私も嫌でね。
馬車代を稼ぐためハンター登録をしてさ、生身で受けられる依頼を受けてたってわけなの」
フィオラは
「そうか機兵が無いから
「うん、そうだね。まあ私は昇級には興味が無いからどうでもいいんだけど……って貴方、機兵の事知らない顔してたのになんでそんな事知ってるの?」
「むー? そう言われてみればそうだね。おかしいな、今……スッと自然にギルドの昇級条件が頭に浮かんだんだよ」
「貴方が記憶を失う前に何者だったのか凄く興味があるなあ……」
フィオラと話をしているうちにとうとう太陽が顔を隠し、森に夜が訪れた。
どうやらここは『ゲンベーラ大森林』という森のなかに作られた狩猟小屋で、本当は昨日のうちに街まで戻る予定だったらしい。
「そうか、私を拾ったから余計な手間をかけさせたようだな……すまん」
「口調! まあいいよ。その分素材も増えたしさ。それに……トリバまで寂しい思いをせずに済みそうだしね! さ、暗くなったしさっさと寝るよ! ほら、こっちおいで!」
「わっ フィ、フィオラ!?」
半ば強制的に彼女の従者として旅の仲間に加えられた私はフィオラの胸に抱かれ、ゆっくりと眠りに落ちるのだった。
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