第二百三十七話 コンタクト

『こちらカイザー、こちらカイザー。聞こえているか』


 黒騎士のパイロット、声からすると女性であろう者にコンタクトを取るべくスミレを送り込んでいる。


 スミレの発声機能、つまりはスピーカーを通して俺の声を届け、マイクである耳を通してあちらの声を聞き取って事情聴取しようという流れなわけだが……。


 混乱する相手の声を聞いてさもありなんとスミレの無計画さに頭を抱えているところだ。


『ええ? 今度は男の声? アランに蹴られたショックでおかしくなっちゃったのかしら……』


 いつまでも混乱する相手に付き合っている暇はない。

 

 今は何とか拮抗しているが、シグレが合流すれば此方が有利となるはずだ。それまでに話をつけ、機体制御に全力を注ぎたい。


『ええい、俺はお前からすれば敵対している白い機兵、今別の黒騎士と戦っている白い機兵だ。そこに潜り込んでいるスミレを通してお前に語りかけている』


『一体何を……いえ、それが私の妄想ではなくて真実だとして。どうして私のコクピット内に潜り込んでいるの?

 ここには何も得るものはないし、そのスミレとやらもあなた方の機密ではなくて?』


『それを言われると痛いのだが……まあいいよく聞いてくれ。

 俺が思うに、もう1機の黒騎士は暴走している様に見える。敵味方関係なく攻撃しているのだからな。

 そして我々はそれを止めようと考えているのだが……非常に言いにくいが、君が邪魔なんだよ』


『はあ? 私が邪魔ってどういうことよ? 何? つまりは邪魔だから殺しに来たというわけ?』


『いや、そうじゃない。まずは落ち着いて聞いてほしい。

 我々の目的はあくまでもルナーサの防衛だ。

 結果として君達帝国軍と刃を交わしてはいるが、ルナーサの脅威とならない者、撤退していくものには一切手を出すつもりはないんだ。

 勿論、暴走中の黒騎士を止めようとしている君に手を出そうとは思っていないし、あの黒騎士の様子はどうも気にかかっている。

 あれは何か良くないものに操られている様な感じがするんだよ』


『つまり何を言いたいのよ? 私に国を裏切れというの?』


『いや、君には離れて居てほしいだけだ。恐らくあの機体から解き放たれればパイロットも正気を取り戻すだろう。

 俺はスキを見てハッチをこじ開け、中のパイロットを救い出そうと考えている』


『……信じられないわね。アンタがそうまでする理由がわからないもの。コクピットを潰せば終わりでしょう? それをどうして? アランを救う必要なんて無いでしょ?』


『ひとつ言えば…… 俺だってアイツときちんと決着をつけたいという気持ちがあるんだ。

 今のアイツに勝っても以前の借りは返せないだろう?』


『ふ……アンタもアラン同様戦闘バカのパイロットってわけね。

 いいわ、完全には信じられないけれど、少しの間だけなら待っててあげる。

 ほら、妖精さん、帰りなさい。あなたの役割は終わったでしょ』


『いや、ちょっとまて、俺はパイロットではなく……――』

『残念、時間切れです。もう外に出されちゃいましたよ』


 色々と勘違いされてしまった感があるが……まあいいさ。


『しかしカイザー、何故パイロットを救うとおっしゃったのですか?

 私にはその理由がわかりません。再戦したいというのも建前なんでしょう?』


 確かに『まともなアイツと戦いたい』というのは半分建前みたいなところはある。

 だが、パイロットを助け出したいと言うのは本当だし、俺にはそれをする必要があるとカンというか、心が訴えかけているんだ。


 あの禍々しいモヤは黒龍由来の何か悪いものだろうと思う。

 確信に至る情報は何もない、本当にただのカンでしかない。


 けれど、心が、ざわつく心が『あれを止めろ』と必死に訴えかけてくるんだ。

 一種の虫の知らせなんだろうさ。非科学的だけど、ここは魔法や巫女が存在する世界、そもそも俺は神と取引をしてこの世界に来ているんだ。


 非科学的な事が日常であるこの世界において今更何を疑えというのだ。


『再戦は兎も角……パイロットは救わねば不味い。スミレ、合流したら直ぐにシグレと連絡をとってくれ。時間がないぞ』


「了解しました」

「わっ……びっくりした……戻ってるなら言ってくれ! 」


 再びコントロールを制御に回し、レニー達の補助に徹する。シグレが戻り次第シャインカイザーに再合体し、短期決着を目指さねばならない。


 そのためにはまず、アランなるパイロットが乗る黒騎士から距離を取り、合体のスキを作る必要があるが……


 と、後方に聳え立つ岩山に庇のような出っ張りを見つけた。アレなら行けるか……!


「スミレ! シグレに座標を送ってくれ! 対象は向こうの岩山に見える庇だ!

 レニー! 装備をガントレットに変更! このまま距離を維持し、庇に向かってくれ」


「ガントレットですか? 一体何を……ああ! わかりました! 行けます! やってみせます!」


 リボルバーからガントレットに装備を変え、ひたすら庇を目指して離脱行動を取る。


 銃撃による牽制が無くなったため、黒騎士は喜んで距離を詰めてくる。

 このままのペースが続けばやがて追いつかれ、接近戦ともなれば此方が不利になるのは目に見えている……――


 ――が、そうはならないのさ!。


「レニー!」


「うおおおおおおお!!! ジェットガントレットォォオ!!」


 巨大な拳が射出され目的へと向かって飛翔していく。

 目指す先は黒騎士……ではなく、頭上にそびえる庇部分だ。


「「「いけええええええええ!!!」」」


 後方斜め上にそびえる岩山にガントレットが飛翔する。そして――


「掴んだ! ガントレット回収!」


 ガントレットのワイヤーが巻き取られ、俺の身体が上に上がっていく。俺を追って来ていた黒騎士は勢いを止められず剣を構えたまま岩山に激突する。


「へへーん! ザマー見やがれ! さっきからブンブンブンブンうるさかったんだよ!」

「こちらもバンバンバンバン撃ってたけどねー」

「軽やかに躱して差し上げましたわー!」

 

 息をつく間が出来、パイロット達に余裕が戻る。

 庇に到達すると上空を旋回するヤタガラスの姿が目に入った。


『待たせたようだなシグレ。これよりシャインカイザーに合体し、黒騎士にお返しをしてやろう。みんな、用意は良いな!?」


『「「「はい!」」」』

 

「チェンジ! モード:シャイィイイインカイザアアアアア!」


 庇から飛び立ち、宙でシグレと合流した俺達は分離し、シャインカイザーに合体する。


 待っていろアランとやら。すぐにその棺桶から救い出してやるからな。

 きっとお前も色々と言いたいことがあるだろうけれど、それはその後聞いてやるよ!

 

第二百三十八話 望まぬ決着、そして


シャインカイザーと化したこの身体は体格で敵機を圧倒する。

 デカい方が強いという理屈は無いが、この体格から振り下ろされるカイザーブレードは威力を増し、暴走騎士バーサーカーと化した黒騎士に競り勝つ事ができる。


 そして合体の恩恵はそれだけではない―


 暴走騎士バーサーカーの突撃を飛んで躱す。


 通常ならばスキだらけとなる落下モーションだが……そのまま飛翔できるシャインカイザーには関係ない。


 高く飛翔し、急降下攻撃を仕掛ける。

 対機兵戦において、対空攻撃など想定していなかったであろう暴走騎士バーサーカーは対処が遅れ躱しきれずに右肩に剣先が突き刺さった。


「どりゃああああ!」


 そのまま力任せに振り下ろし、右腕を斬り落としてやった。奴の利き腕は右。使用武器がソードである事から大幅に戦力を削り取ったと言えよう。


 それでも立ち上がり、左手で剣を取って向かってくるのは暴走しているからなのか、パイロット自身の意地なのか。


 どちらにせよ、片腕を失い、さらに暴走状態で重心が狂ってしまっているその太刀筋では俺達の相手にはならない。


 剣と剣がぶつかり合う音が鳴り響く。

 女パイロットが乗った暴走騎士バーサーカーが心なしか心配そうにこちらを伺っているように見えた。


 心配するな、もう直ぐ開放してやる。だからそのまま邪魔をしてくれるなよ。


「あまり……こういう戦い方は好まない……んだがな! レニー! 左腕を狙え!」


「はい! ……私だっていやだけどお!」


 マシューが腕の出力を上げたのがわかる。なるべく一撃で、機兵なので痛みなどあるわけではないが、なるべく苦しめずに勝負をつけてやろうと言う気持ちが伝わってきた。


「だあああありゃあ!」


 レニーの声が戦地に響き、重く鋭い金属音と共に暴走騎士バーサーカーの左腕が宙を舞った。

 バランスを崩し、仰向けに倒れた黒騎士はそれでも立ち上がろうともがいている。


「……お前だってこんな勝負は嫌だろう? 後でいくらでも再戦してやる。

 だから……今はゆっくり休め……!」


 足で抵抗する暴走騎士バーサーカーに跨がり、無理矢理にコクピットハッチをこじ開ける。

 その様子を見ていたのか、離れた場所で様子を伺っていた黒騎士が駆け寄ってきた。


「グルァアアア!!」


 こじ開けられたコクピットから正気を失ったパイロットがナイフを握って飛び出し、俺の身体に刃を打ち付ける。


 ガァン、ギィンと派手な音が鳴り響くが、当然ダメージなど入らない。


「おいカイザー……あいつもう戻らねえんじゃねえのか?」

「どうだろうな……ああなっている原因については察しがついているが、それを使って何をされたのか、それがわからんからなんとも言えん……スミレ、パイロットのスキャンを頼む」


「はい。スキャン開始……パイロット体内に過剰な魔力反応を検知……しかし、体内に異物の存在は確認できません。この状態はおそらく一過性の……強いて言えば悪い魔力に酔った状態であると思われます」


「であれば……やはり原因は機体内にありか……」


 なるべく傷つけないようにパイロットを掴み、地に下ろす。

 それでもまだこちらに駆け寄り斬りかかろうとするが、それは奴の仲間……、女パイロットの手によって止められた。


「アラン! もう辞めて! 正気に戻って!アラン!」


 コクピットから飛び出した女パイロットがアランの元へ駆け寄り、羽交い締めにする。


「ルァアアア! グァルァア!」

「アラン! 少しチクっとするわよ!」


 腰からなにか取り出した女パイロットがそれをアランの首筋に打ち付けた。

 恐らくは鎮静剤のようなものなのだろうな。


 間もなくアランはだらりと弛緩し、その動きを止めた。


 女パイロットがアランを引きずりながらこちらを睨みつけている。

 助けたとはいえ、互いに敵同士……その視線はしかたあるまい。


「あのパイロット……なんですの? 感謝されることはあれど、睨まれる覚えは私達にはありませんわよ?」

「言ってやるな、相手も複雑なんだよ……」


 さて、なんだか妙な結末になってしまったが……。


 周囲には未だ多くの機兵達が残っているが、両軍入り混じったそれらは殆どが戦いを止め、負傷した機兵を運ぶ様子も見られる。


 既に両軍には戦う意思はなく、俺が黒騎士を討ち取ったのを見ると残存していた機兵たちも仲間を護るように下がっていった。


「なんとか……なったな……」


 コクピット内に安堵した空気が流れる。しかし、まだ仕事はたくさん残っている。付近の負傷者を捜索したり、連合軍の機体を回収準備をしたり……この黒騎士も回収しないとな。


 パイロットを失い動きを止めた機兵からは未だ禍々しく、やたらと高濃度の魔力が出力されている。下手に手を出す気はないが、いずれにせよこのままにしてはおけない。


 輝力炉から溢れ出た輝力が周囲のものに変異をもたらしたように、きっとこれも何かしらの悪い影響を及ぼすだろうからな……。


 ルナーサ防衛本部……アズベルト邸の地下施設に連絡を入れ、状況報告を済ませて今後の行動について相談した。


 黒騎士の現状を聞いたアズは流石にそれをそのままルナーサに運び込もうとは思えなかったようで、一先ずこちらで調査をし、対策をしてから研究施設に持ち込む事になった。


 直ぐに技術者達とこちらに向かうということだったので、それまでの間、俺達は付近をスキャンし、動けなくなっている負傷者を捜索することにした。


 この作業に敵味方は関係ない。防衛のためとはいえ、かなり酷い暴れ方をしてしまったからな。


 範囲をやや広めにスキャンをすると、いくつもの光点が浮かび上がる。そのうち黄色に輝く光点は人間の反応であり、その中で動かない点の位置を周囲の僚機たちに告げ、救助に向かわせた。

 

 ……赤く輝く点、つまりは息を引き取った人間の反応もやはり存在している。

 解ってはいたことだが、流石に胸に来るものがあるな……。


「カイザーさん……仕方ない事だとは私は思いません。でも、こうしなかったらもっと多くの命が奪われたかもしれないんです。だから……」


「ああ、わかっているさレニー。この力を手に入れた時、覚悟は決めておいたんだ。

 みんなだってそうなんだろう?」


「ええ……機兵に乗るということは人を殺める力を持つことだ、その責任に押し潰されるようであれば乗る資格など無い、お父様に言われた言葉ですわ」


「私も父上から言われました。影として生きるということは、望まず殺める時もある。

 その時、躊躇えば死ぬのはお前だ。我が生命と相手の生命、秤にかける間など無いぞと」


「あたいはまあ、じっちゃん達に散々言われたからな。この仕事は色々とある。自分の身は自分で守れって……」


「あたしは……うん、あたしだって嫌だけどなるべくなら嫌だけど! 誰かを護るため必要ならって」


 どうやらうちのパイロットたちは皆強い心と信念を持っているようだな。

 今更な話だが、なんだか少し気持ちが楽になった。


 ほっと気持ちが安らごうとしたその時、スミレが鋭い声を上げた。


「ッ! カイザー! こちらに接近する機影……4機!

 まだレーダーの外縁に掛かった所ですが……かなりの速度でこちらに向かってきます。

 予想到達時刻は5分後! 状況に備えてください!」


 くそ! 今度は一体何だって言うんだ?


 レーダーを見れば確かに西から何か……状況からすれば機兵だろう物が4つこちらへ向かってきている。


 帝国領側から来るということは、どう考えても友軍ではないだろう。

 

 それに……トリバからレイが兵を出してくれていたら少なくとも連絡くらいはする筈だからな。


 先程の女パイロットが応援を呼んだか……?

 いや、彼女はうちの陣に連行され、捕虜としてアランの治療をしてもらっているはずだ。



「レニー! 後ろに飛んでください! 高出力反応! 来ます!」


「えっ? 何も見えな……」

「くっ! 上だぁ! レニィイイ!」


 レニーが反応するより速く俺の身体が動いた。

 とっさに行った自立機動、それによって背後に飛び退くと……先程まで俺が立っていた場所に紫色の


 本日は雲ひとつない晴天である。

 蒼く晴れ渡った空……落ちる雷など、自然現象だとは到底思えない。

 一体何が起こった? 何を……されたんだ?


「スミレ! 状況を!」


「はい、高出力反応の正体は落雷、しかし周囲の状況を考慮しても自然現象であるとは考えられず、敵機からの攻撃と推測。……カイザー! また来ます!」


「っく! みんな! 気合を入れろ! どうやらまだ休ませてはくれないようだぞ!」


 戦地に次々に落とされる雷。その全てが俺を狙って降り注ぎ、どこかへ誘導しているかのようだった。

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