第二百三十五話 そして平原では……
ミシェルから緊急要請を受け平原に向かう途中、シグレから国境門防衛成功の報が届いた。
俺が発つ前の時点で既にあちらさんの陣形はボロボロだったため、時間の問題かと思ったが、予想より速かったな。
そもそも、開戦の時点でこちらが有利だった。
やたらと士気が高まった我ら連合軍に対して、帝国軍の士気は低く、統制もガタガタになっていた。
あくまでも想像でしかないが、空を飛び、バックパックから機兵達を配置するというパフォーマンスがよほど効いたのだろうな。
そしていざ交戦してみれば、高出力という力技で装甲を厚くしたエードラムが良い壁になり、帝国の前衛をガッチリと食い止めることに成功していた。
帝国さんも殴りつけてもビクともしない装甲と重量に驚いたことだろうさ。
交戦開始からしばらくすると、帝国軍の後衛がなにやら物騒な物(恐らくはバリスタ的な攻城兵器だろう)をこちらに向けているのが見えた。
恐らく、門の守りを突破してからルナーサで使う予定の物だったのではなかろうか。
しかし、何をトチ狂ったのかわからないが、それを俺達に向けて放とうとしていた。
スミレが解析したところ、どうもそれには火薬が搭載されているようだと判明。
流石にそんなものをヤケクソで撃たれては叶わないのでこちらが先手を打つことにした。
こちらにとって幸いだったのは、バリスタの出番はやはりここではなかったようで、何やら発射に手間取っていたことだ。
俺は用意が出来るのを黙って待っていられるほど優しくはないので、遠慮無くグレネードランチャー……もとい、アグニを撃ち込んでやった。
帝国軍に申し訳ないなと少々思ったのはその威力だ。単体でもそれなりの破壊力があるが、どうもバリスタに使用される火薬に引火したようだった。
想定よりも派手に爆発炎上する敵陣を見て、正直やってしまったと思った。
そうこうしているうちに、ミシェルから要請が入ったためその後は報告で知るのみだが、想定より早くケリがついてしまったのは運がよかった……あちらからすれば運が悪かったということだな。
しかし、ミシェルの要請を聞く限りでは我々も楽観はできない。
報告によれば、黒騎士が現れ、状況がどんどん悪くなっているとのことだ。
黒騎士が動いているのであれば、練度を上げたブレイブシャインでも単機では太刀打ちできるか怪しい。
いざとなればやはり4機合体が必要になるだろう。
シグレにはあちらが片付き次第、エードラム隊 隊長に指揮を引き継ぎこちらに来るよう言ってある。ヤタガラスの飛行能力を考えれば合流はそう遅くはならないだろうな。
ようやくキャリバン平原に到着すると、馬上のマシューが緊張した声を出す。
「なんだよこれ……あっちとは全然状況がちがうじゃないか……」
ミシェルから報告を聞いてはいたが、ここまで酷いものだとは思わなかった。
平原に転がる両軍の機兵達。既に双方の陣はグダグダになっており、前衛も後衛も機能していなかった。
明らかにおかしい。いくら黒騎士がいるとは言え、ここまで連合軍の陣形がグダグダになる事はないはず……。
一体何故、両軍がここまでひどい状況になっているんだ――……!?
その理由はすぐに分かった。
黒騎士だ……あれは……何だろう、何をしているのだろう、あれは。
……なぜ……アイツは……敵味方関係なく好き放題暴れているんだ……!?
「あいつは一体何なんだ? なあ、今あいつが斬り捨てたの……帝国機だよな?」
「敵パイロットのことは良くわかりませんが、どうやらもう一機の黒騎士が必死に止めようとしていますね……」
「えええ……仲間割れ? カイザーさん、もしかしてあれ……」
「ああ、多分前に戦ったやつなんだろうな……」
しかし、奴がいくらおかしいとは言え、限度があるぞ。
ウロボロスを追い回す黒騎士は、邪魔だとばかりに周囲の機体を敵味方関係なく斬り伏せている。
あれではまるで……暴走状態じゃないか。
一体、奴に何が起こっているんだ……?
◆◇リリィ◇◆
轟音に驚いて音の方を見ると国境門の方向から煙が上がっている。
こちらでも先程からドッカンドッカンやってる連中がいるけど、あちらの物は規模がちょっとおかしい。
まさか騎士団の馬鹿貴族が
確かにあれならかなりの破壊力があるけれど、対人戦で使うようなものじゃないわよ……そももそも、あんなところで使ってしまったらルナーサの護りを崩しにくくなるじゃない。
『クソ! あっちは楽しそうだなあ! なあ、リリィ! 俺も出させてくれよ! もう我慢できねえ!』
ほんと余計なことをしてくれる。
大人しくしていた”ワンワン”が尻尾を振ってウズウズし始めちゃったじゃないの。
「ダメよ! 私達の役割を忘れたの? 白い機兵が現れたらばそれを撃破し、機体を持ち帰ること。それまでは魔力を温存しないとだめよ」
『そうは言ってもよ、準備運動ってのはやっぱり必要だろ?』
「ダメなものはダメ!」
と、少し変わった機兵が前線に現れた。あれもルナーサの新型かしら?
……いえ、あの紫色の機兵は確か……っ! まずい!
「ダメよアラン!」
『うるせえリリィ! あれは俺の獲物の一部分だ! 文句は言わせねえ!』
クッ! なんて間が悪い機兵なの!
あれは確かに白い機兵の一部分、合体して足になっていた機兵だわ。
あんな奴が現れたらワンワンが喜んで飛び出していくのは当たり前じゃない!
確かにアランの言い分はわかる。
あれだって白い機兵のパーツと呼べなくはないし、研究対象として文句はない事でしょうから。
それに、ここでアレを撃破しておけば以前のような合体は出来なくなるはず。
わかっている、わかっているけど……胸騒ぎがするのよ……!
「アラン! 魔力はなるべく節約しなさい! なんだか……なんだかその機兵、嫌な感じがするのよ! 近寄らないで!」
『ああ? ちっこの通信具とかいうの聞き取りにくいな…… ああ! わーってる! あくまでもメインディッシュは白だからな! 程々に遊ぶさ!』
わかってないわかってないわかってない!
そして紫色の機兵とアランの戦いが始まってしまった。
生意気にも以前より練度が上がり、ちょっとだけだけれどもアランの動きについていけている……。
ああ、不味いわね……アランが嬉しそうにしているわ……。
そこの紫! そろそろ落ちなさいよ、ねえ!
アランに本気を出させてはいけない、そんな気がするの!
だから、お願い、さっさと落ちるか……せめて何処かへ消えて!
心のなかで叫んでみたけれど、そんな事で戦いが止まることはなく。
そして……私の予感は的中してしまう。
突然機体から溢れ出た黒いモヤが……アランを、『ドゥルヘン』を包み込んでいった。
「何? 何が起きたの? アラン! アラン! 応答しなさい! アラン?」
ドゥルヘンは動きを止め、アランからの応答はない。
一体何が? 魔力切れ?
いえ、あの靄が何故発生したのかわからない。消えるどころかどんどん大きくなっているもの……敵の攻撃……ううん、違うわ……まさか炉の暴走?
思わず駆け寄ろうとしたその時、紫色の機兵がアランから距離を取り退避行動に入った。
そしてあたりに広がる禍々しい魔力。
魔素が濃く溜まっている洞窟等に行くと生身でも魔力の波が感じられると聞いたことがあるけれど、今のこれは魔力の激流に押されているよう。
「アラン! アラン! どうしたの? ねえ!」
『ウウウ……アア……スゲエ……チカラが……ミナギルゼエ……』
「アラン?」
ドゥルヘンが地を蹴り紫色の機兵を追う。
僚機を避けるということをせず、邪魔な機兵は敵味方問わずに斬り捨てている。
「アラン! 何をやってるの!?」
『グオオオオオ……エモノ……オレノ……エモノ……』
まさか……暴走しているとでも言うの? どう考えても正気じゃないわ……。
このままあのペースで戦い続けていたらアランの魔力が……体が持たない。
……止めなきゃ!
待ってなさいなアラン、今止めてあげますからね……!
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