第二百三十三話 キャリバン平原にて【リリィ視点】

◆◇帝国軍リリィ・モイア◇◆


 唐突な『上からの命令』でルナーサに攻め込むことが決まった。


 アランと共にやらされた『おかしな仕事』の時点でキナ臭さは感じていたけれど、まさか本当に他国と戦争をすることになるなんてね。


 我が国は決して社交的な国ではなかったけれど、決して他国を脅かすような野蛮な国家ではなかったと思う。


『過去を解き明かし、今を生きる民の糧に』の声の元、トレジャーハンターと技師が力を合わせ、豊かな暮らしを目指す政策が進められてきた。


 そのおかげで国内の技術力は他国に勝る高度な技術を誇り、飢える民が居ない裕福な国であると今でも思っている。


 皇帝陛下も現状に満足をし、近年は『他国との交流も徐々に解禁して、いずれは技術交流をしながら他国と共同で互いの国土を豊かにしていこう』とおっしゃっていたじゃないの。


それに……

 

 『かつての大戦は先祖の罪である。同じ轍は踏まぬようにせねば』


 ……そうおっしゃっていたでしょう?

 

 我ら黒騎士団の役割は他国の兵士を屠る事じゃない。

 領土に蔓延る憎き魔獣を殲滅し、民の平穏を護るのが我々の役割でしょうに。


 なのに……今私の目の前にあるのはなに?


 他国の領土に無断で入り込んだ多数の騎士達、手柄を立てようと部下を叱りたてる形だけの貴族。


 彼らは何とも思わないの? 彼らはおかしいと思わないの?


 人が変わってしまわれた陛下からの勅令、おかしいと声に出して異を唱えればどうなるかはわからない。


 しかし、疑問に思うのは悪いことなのだろうか。


 今回私の役割は騎士団の総指揮という事になっているけれど、それは表の役割。

 本当の役割は……。


「こんなところに居たのか、リリィ」


 今回この地に居るもう一人の黒騎士、アランドラ・ヴェルン。

 腕は達者だけど、頭があまり達者ではない彼のおもり役として出されたというのが本当の理由。


 秘密裏に開発されていた新型機『ドゥルヘン』に機乗した彼は以前とは比べようがないほどに強くなっていた。


 恐ろしいほどに戦闘センスがあるアランの欠点は魔力量だった。

 故に複座式の『シュヴァルツ弐型』に私と共に乗り込み、私の魔力を使ってそれを補って作戦を遂行してきたんだ。


 二人で1人前、なんて誂う連中もいたけれど、実際そうなのだからあまり気にはならなかった。


 何よりアランが全く気にしていなかったというのもあったしね。

 あれはあれで楽しくやっていたのだけれども……。


 そんなアランドラもとうとう自立してしまった。


 ドゥルヘンには新造された炉が搭載されているらしく、今までにない高効率の魔力転換が実現しているらしい。


 詳しい話はわからないけれど、あのアランが息切れを起こすことなく活動出来ているのがその証拠ね。


 一人になってしまったコクピットを寂しく思うけど、討伐の話を嬉しそうに話すアランを見ていると何も言えなくなる。


 と、形だけの貴族……名前はなんと言ったかしら、肥えた男がこちらへやってくるのが見えた。

 

 我が国にはしばしば『時代遅れである』と言われる貴族が未だに存在している。

 と言っても、狭い国土なので、昔の国家のように広い領地を管理しているというわけではなく、他国で言う村長に毛が生えた様なつまらない連中。


 そんな村長崩れが下卑た顔をして話しかけてきた。


「リリィ殿、お疲れではないですか?」

「いや……別に……」

「はっはっは、戦場にリリィ殿の様な花は似合いませんからな。無理はいけません」


 この汚物のどこからそんなセリフが湧いて出るのだろう。権限があれば今すぐにでも埋めてしまいたい。


「なに、心配することはありませんぞ。見てくだされ、我軍がもう直ぐ動き出すというのに、連中は機兵も出さずにのんびりと歩兵がうろついている始末。

 援軍を待っているのかもしれませんが、それがルナーサから到着する頃には敵陣など影形もなくなってることでしょう」


 汚物の言う言葉に同意するのは非常に嫌だけれども、確かに敵軍……ルナーサ陣には機兵の姿がない。

 一体何をしているのだろうか? このままでは一方的な蹂躙になってしまうじゃないの。


 せめて機兵に乗っていればこちらも加減がしやすいというのに……。

 まさか我々が脅しのためだけに来ていると、のんきに構えているのではないでしょうね……。


 汚物の言葉をきいてルナーサ陣の心配をしていると、自軍の騎士達の怯えた声が耳に入った。


「おい! な、なんだあれは……」

「飛んでいる……魔獣ではなくて機兵が……飛んでいるぞ!」


「な!? 飛ぶ機兵だと? は、ははは……リリィ殿、恐れることはありませぬ。

 1機、たった1機で来たところで何も出来ますまい」


 空を見上げてみれば……確かに、機兵が空を飛んでいる……。

 逆光でよく見えないけれど、あれは確かに機兵だわ……。

 

 そして、ルナーサ陣に現れた機兵は1機だけではなかった。


「報告! 報告! 敵陣に多数の機影あり! 数、推測20、30…いえ! まだまだ増えていきます!」


「なんだって……?」


 汚物が口を開け恐怖に慄いている。

 心配するなと言っていたのはそのポカりと開いた口だったんじゃないの?


 しかし、一体どういうことなんだろう?

 見る間にあちらには多数の機兵が配置されて行く。


 そして空を飛ぶのは……『白い機兵』


 アレは恐らく以前戦った例の機兵ね。

 そしてそんな物が『飛ぶ』という目立った行動をしていれば当然……。


「お! あいつは! おい、リリィ! あいつは俺にやらせろよな!」


 ……当然彼の目に止まることになる。


 あの日以来、うるさいくらいに再戦したいと訴え続けてきたアラン。そんな彼にあんな姿を見せてしまったら抑えが効かなくなるじゃないの。


 全くなんてことをしてくれるのよ。


「アラン! 役目を忘れちゃだめよ? いい? あくまでも私達の任務は騎士団の指揮。

 私達が動くのは防衛ラインを突破されてから。それまで我慢するのよ?」


「だってよ! アイツがいるんだぞ!」


「だってもなにもありません。ここで勝手な行動を取れば二度と任務に出られないと思いなさい」


「……わかったよ」


「では、我々黒騎士は本陣へと戻る! 第7騎士団は引き続き国境門よりルナーサに向かうように」


「ふふふ……任せて下さい、リリィ殿! あんな街等、我ら第7騎士団に掛かれば――」


「さあ、アラン、行きましょう。きっとに居れば奴も現れるわよ」

「……! そうだな! よし、行こう、今すぐあっちに向かおう!」  


 なんとかアランドラの紐を掴むことが出来た……。

 ああ、そんなにも嬉しそうにしちゃって。

 大丈夫よ。見なさいな、あの無様な騎士団の様子を。


 飛ぶ機兵と生える機兵を見てすっかり士気が下がっているわ。

 あんなんじゃどうせ防衛ラインは突破される。そこが崩れれば、奴らはきっと本陣に向かってくるはずよ。


 ……あなたの出番はかならず来るわ。

 だから、それまで大人しくしてるのよ、アラン……。

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