第二百三十一話 地底

  昇降機の扉が開いて視界の先に見えたのは予想を裏切る「小部屋」でまたまた俺たちを驚かせることになった。

 

 依然ここに訪れたときは降りてすぐに大きな地下空洞が見えたものだったが、目の前にあるのはどうみてもワインセラー。とてもじゃないが、ロボを置けるような場所ではない。


 小部屋と言っても良くみてみれば横に長い「ウナギの寝床」状の部屋で、かなり奥の方までワインが置かれているようだった。


「確かにワインを保存するのには良い場所ですけれども……私たちはワインを見に来たわけではないのですわよ?」


 娘のミシェルすらこれには首をかしげ、執事にどういう事なのか尋ねる始末だ。

 ミシェルがわからない状況を俺たちが理解できるはずもない。

 

 なによりこのワインセラー、降りた場所こそ天井が高くなっているが、奥の方はとても機兵では入れない「人間用」の建物であることがよく分かる。


 しかし、執事は落ち着いた表情を崩さず、『申し訳ございませんお嬢様。もう暫くお待ち下さい』と言い、我々にその場で待機するよう言った。


 と、何やら僅かに振動を検知した。それはスミレも同様だったようで、それを言葉に現した。


「何か足元で……これは駆動音?」


 それを聞いた執事はやや驚いたような顔をしたが、すぐに表情を戻し、ただニコニコと静かに微笑みを浮かべている。


 そして、間もなくその微笑みの理由が明らかになった。


「お待たせしました。目的地に到着しました」


 重い音と共に眼の前の壁が左右に開いていき、以前見たときと同様のやたら高く広い地下空洞が姿を表した。


 いや、以前と同様だったのはその規模だけであり、視界に広がるそれは以前とは違う……――


「うわー、ルナーサにもこんな基地が出来たんだ……」


 そこに広がっていたのはオープンプランな――部屋の区切りがない広々とした作りの基地であった。

 

 出入り口から近い場所にはハンガーがあり、多数の機兵が格納されメンテナンスが施されていた。


 見れば多くのメカニックがウロウロしていて、中にはなんと見知った顔の姿もあった。


「あれ、マサじゃん。なんでルナーサにいるんだ?」


 マシューが声をかけたのはトレジャーハンターギルドの若い男、猫系獣人のマサ。

 彼はメカニックとしてのセンスが良く、リックやジンに可愛がられていたのを覚えている。


「あれ、頭領だ。なんでって、あれだよ、とうりょ……ジンさんに行けって言われたんだよ。なんでも俺がエードラムのメンテ指導をするんだと。おかしいよね」


「お前が指導? あはははは! マサも偉くなったもんだね!

 お前みたいな若いやつが指導なんてあはははは! ありえねえ!」


「若いやつがって……頭領に言われたかねえよお……」


 マサと別れ先に進むと本当に多くの人々がここで働いているのがわかった。

 パイロットスーツに身を包んだ軍の人間や、明らかに商人であろう人々、書類を抱えて走り回る職員など、なんだかとても賑やかで、トリバの基地よりも人が多いのではないかと思う。


 暫く歩いていくと、やがて司令室……壁がないのでそう呼んでいいのかわからんが、大きな地図が貼られたスペースが見えてくる。


 そこをよく見ればアズとマリエーラ――ミシェルの母親が難しい顔で重役であろう人たちと会議をしていた。


「やあ、アズにマリエーラ。久しぶりだね」


 声を掛けるとすぐにこちらを向き、疲れたような笑顔を向けてくる。


「よく来てくれたね、カイザー、ミシェル、みんな。ご覧の通り非常に面倒な状況でね……君たちが来るのを心待ちにしていたんだ」


『こんな時だけど一応ね』と、アズが周りの人間たちを紹介してくれた。マリエーラの他に居た3人はそれぞれルナーサの支配人で、アズと共にこの国を運営する代表者達だった。


「と言っても、実質アズベルト様が代表のような物ですけれどね。

 我々もそれには不満はありませんし、そもそも別に4人も居なくてもアズベルト様だけで……――」


 支配人の一人がそう言い始めると他の支配人達もそれに乗るようにそうだそうだと声に出す。


 さすがのアズベルトもうんざりとした顔で諭すようにそれを止めていた。


「その件についてはもう散々話し合っただろう?

 国と言うものは一人で治めると碌な事にならないんだよ。

 まあ、今まさに碌でもない事が起きているわけだけどさ、これは僕らのせいじゃないしねえ……」


 と、うまい具合に本題に戻し、状況報告がされたのだが……驚くべき事に、ルナーサ国の戦術指導役はマリエーラであり、戦略会議の主導権は彼女が握っていた。


 言われてみればホワホワしているようでどこか苛烈な印象が彼女にはあったもんな。

 もしかしたら、ルストニア商会で機兵や武器周りの担当をしているのかも知れないな。


「では戦況の説明をしますわ」


 大きなテーブルの上に広げられた地図にチェスのコマの様なものが置かれていく。

 なんだかこういうの見たことあるな。


「現在帝国軍はキャリバン平原西の国境沿いに展開し、約150機程の機兵が国境門前に集結しています。

 事前に入手していた情報によりますと、帝国からこちらに向かった機兵は全体で300機を超えているとの事でしたので、念のために調査した所……――」


 表情をより厳しくしたマリエーラが一呼吸置いてから言葉を続けた。


「別ルートからキャリバン平原に向かう200機ほどの軍勢が確認されました。

 恐らくわざわざ国境門に並んでいるのはこちらに見せるための陽動、本命はキャリバン平原の隊かと思われますわ」


 戦争だってのにわざわざ律儀に門をくぐらなきゃ無いって理屈はないもんね。

 帝国もそれはわかっていそうなものだがどうなんだろう。


 陽動と見せかけた本命、と見せかけた陽動……そもそもそこまで難しい話ではなくてただ単に挟撃したいだけ……とか無いか……。


「スミレはどう見る」


「そうですね、明らかにこれはワザとバレるような事をしているのだと思われます。

 我々を混乱させるためにやっているのか、本当に馬鹿なのか、何か直前まで気づかれたくないものを隠しているのか……いずれにせよ、素直に受け取らないほうが良いでしょうね」


 気づかれたくないもの……?


 そう言えば奴は居るのだろうか? 

 我々の宿敵であり、恐らくは帝国軍の最大戦力である……


「マリエーラ、目撃された帝国軍機の中で黒い機体は確認されているだろうか?」


「黒い……ああ、黒騎士の事ですわね。国境門に2機配備され、指揮を取っている様子であると報告されていますわ。おそらく指揮官として随行しているのではないでしょうか」


 以前の来襲時は単機だったが、今回は2機、それがキャリバン平原で指揮官になっている……?


 なにか、何かが引っかかる。何か……ううむ。


「あれが2機ですか……以前より強くなったとは言え、油断はできませんよ、カイザー。

 他の隊員と協力して掛かったほうが良いでしょうね」


「ああ、2機居るということは、少なくとも1機は以前戦った相手とは別のパイロットが乗っているということだ。ヤツより強いのか弱いのかはわからないが、注意して挑もう」


 そしてブリーフィングが進むに従って、心に引っかかりを覚えたことなど忘れてしまうのだった……。 

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