10章 胎動、そして……

第二百二十八話 報告

※三人称視点です。

 

 念願叶い、エードラムから『試作機』の名がはずれ、無事に完成を迎えてから2ヶ月後、事態が大きく動く出来事があった。


 シュヴァルツヴァルト帝国に永きに渡って暮らしているリーンバイルの諜報員『草』からリーンバイル当主、ゲンリュウの元に重要な密書が届けられたのである。


■とある草からの報告書■


 ここの所、帝国の動きが活性化しています。

 黒蜥蜴に関しましては、依然として変化は無いようですが、強行的に事を進めようと考える皇帝に皇太子は頭を悩ませているようです。


 以前から皇帝のについて報告を上げていましたが、今回、耳にした皇太子と騎士団長の会話でより確実なものとなったと言えましょう。


 以下、黒騎士団団長、ジルコニスタ・ヴェンドランと皇太子ナルスレインの会話です。


 ジルコニスタ「火急の御用と聞き参りましたが……」

 ナルスレイン「他に人はいない。普段通りで頼む」


 (以下交互に、ジルコニスタ、ナルスレイン)


「……何処で誰に聞かれてるかわからないんだぞ? まあいい、何があった」

「父上がルナーサ侵攻を強行しようとしている」


「……そうか。やはりその様な判断をされてしまったか。

 しかし、一体何故だ? 他国に侵攻するような考えはなかったはずだが?」

「父上がトリバやルナーサに密偵を送らせ、良くわからん武器の調査をさせていたのは知っているな? 恐らくそれが関係しているのではないかと思う」


「ああ、あれか……。アランの件は不味かったな。あれも一歩間違えばトリバと戦争になっていたはずだ。

 いくら遺物とは言え、無理に回収するような物ではないだろう? 一体陛下は何を……」

「あれは以前回収された遺物と同様に、触れることが可能な遺物だ。

 わざわざ黒騎士を向かわせたのはそのためだろうと思うが……全ては例の卵が発端となっているのだろうな」


「卵……? ああ、地下で護衛している黒いアレか……」

「ああ、何時、何処から持ってきたのかは解らんが、あれのせいで父上は変わってしまった。あれと遺物の関連性は俺にも掴めていないが、あの卵こそ、諸悪の根源だと思っている」


「一体陛下は遺物を集めて、卵を使って何をなさろうとしているのだ……?

 何にせよ、このご時世に戦争とは頭がいたいぞ……」

「うむ……これから国交回復をという時にこれではな……。

 なんとか俺もあがいてみるが……ああ、そうだジル。アランドラの周辺に気をつけろ。

 上層部はどうも彼を利用しようと考えているようだからな」


「アランを? ああ、わかった、情報感謝する。

 お前も気をつけろよ、ナル。あの宰相にはどうも何か裏がある」

「ああ、心得ているとも。なあ、ジルコニスタ。もし俺が……む! 誰だ!」


 

 会話は以上です。


 例の武器回収の件について、団長と皇太子は快く思っていない事がわかりました。また、皇太子は穏健派で他国との国交を穏やかなものにしたいと考えているようです。


 わからないのが皇帝の動きです。

 これまでも穏健派とは言い切れませんでしたが、国交を制限していたのはあくまでも独自仕様の機兵に関する情報漏洩を防ぐためであり、いわば自衛のための策でした。


 遺憾ながら、我らを持ってしても黒騎士が乗る機兵に関する情報は浅い部分のみしか入手できず、それほど重要な機密があの機体には隠されているのだろうと推測していますが、そこまでして隠蔽している黒騎士をトリバに派兵したのは疑問が残ります。


 いくら遺物が必要であろうとも、赤き尻尾を殲滅し野盗か何かの仕業に見せつけようとしたのだとしても御粗末過ぎるのです。

 ブレイブシャインとの遭遇を考慮しての派兵だったようですが、下手をすれば敗北し、鹵獲されることも考えられたはず。事実あの戦闘は辛勝でありました。


 皇帝は例え、黒騎士を単騎で他国に送り込むなど杜撰な判断は決してしなかった筈。

 それに……以前の穏やかな思想の皇帝からは考えられない、まるで人が変わったかの様に妙な判断だと感じました。


 また、ルナーサ侵攻に関してはまだ軍部には情報が降りていないようです。

 今の所、其れを知っているのは皇帝や宰相を含む上層部、皇太子と黒騎士団 団長のみ。


 ただ、現在ルナーサに出ていた国民が帰国させられているとの情報もありますし、遅かれ侵攻が行われるのは間違いないでしょう。ルナーサとトリバに迅速な情報提供をするよう進言いたします。


 私はもう暫く行動を続けようと思っていますが、今後情勢が悪化すれば手紙を送るのは難しくなるかも知れません。

 

 もし、こちらに来るようなことがあれば『サメの鳥肌亭』にて『もつ煮』をオーダーして下さい。

 

 では。


 ------------


 

 ゲンリュウは手紙を火に焚べ、通信機を操作する。

 カイザーが残していった通信機、これのおかげで即座に連絡を取れる。

 これは帝国に対して大きなアドバンテージになっている。


 帝国から届けられる密書は追手を防ぐため数カ所を経由してから届く。

 故に草の元からゲンリュウの元まで10日もの時が流れてしまっていた。


「流石にそこまで早く事が動く事はなかろうと思うが……」


 ゲンリュウの発信にアズベルト、レインズが応答する。カイザーは忙しいらしく、『申し訳ないが、声だけ聞かせてもらう』と断りを入れていた。


 ゲンリュウが密書の内容を伝えるとアズベルトが納得したような声を上げる。


「やっぱりね。ここの所さ、人の動き、物資の動きがおかしかったんだ。

 まだ時期ではないというのに、あちらさんの商人たちがさっさと引き上げて行っててね、それもまた結構な量の買い物をしていってくれるんだよ」


 それを聞いたレインズが緊張した声で続く。


「つまりは自国民の避難と物資の補給をしているってことだろ?

 どうにかアズんとこで制限をかけられないのか?」


「やって出来ないことはないけど、下手な行動は相手の動きを早めることになるからね。こちらとしても備えていることを悟られたくはないよ」


「まあ……そうか。確かにな。神の山から帰ってきた機兵がうちの分だけで80機、アズんとこで60機、ゲンリュウんとこで40機か。現行機と合わせりゃまあまあってとこだが……帝国の力は未知な部分が多いからな……油断はできねえな」


「そうでござるな。レインズ殿に預かっていただいている兵はそのままルナーサに派兵して頂いてかまいませぬ。

 しかし、情報を知れどもまだ目立つ動きは出来ぬと。さてさてどうするか……」


「とりあえずアズんとこにウチの連中を派兵して置きたいところだが……いきなりそんな事すりゃあ、感づかれるもんなあ」 


 それを聞いて今まで黙っていたカイザーが口を開いた。


「それなら問題ない。トリバ・リーンバイル両国のパイロット達を商人に偽装してルナーサに送り込んでしまえばいいのだ。エードラムは俺が収納して運んでいけばいいしな」


「そうか、カイザーにはそんなズルがあったな!

 よし! 近日中にルナーサに派兵する! アズは上手いこと受け入れてくれ」


「上手いことって……まあ、商人ギルドに手配しておくから、くれぐれも目立った行動はしないようにね」


 誰しもが『取越苦労で終われば良い』そう考えていた。

 しかし、大陸を揺るがす異変へのカウントダウンは既に始まっているのだった。

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