第二百二十六話 命名

 翌日の夕食後、ブレイブシャイン一同とリックにジンを集め、『次世代機』の名前会議を開いた。


 スポンサーであるレイ達お偉方も通話で参加してもらおうかと思って声をかけたのだが「そっちで決めてくれ」「それは開発者の特権だよ」「拙者は名付けの才能が無いとタマキに言われてるでのう」……と投げられてしまった。


 あわせて……


『新たな礎となる物に名前を付けるのは責任が重すぎる!』


 お偉方は3人が揃いも揃ってそんな情けないことを言っていた。

 今後この世界においてずっと残る名前になるだろうからな。

 ペットの名前を付けるのとはわけが違う……だからって俺達に投げなくても。


 ……考えてたらなんだか俺も無い胃のあたりがシクシクとしてきたぞ。


 うむ、そうだ、良いことを考えた。

 俺は進行役に徹してみんなに丸投げしてしまおう。

そうだ、そうしよう! それでいいじゃないか!

 この世界の事はこの世界の住人に! うむ、良いこと言ったな、俺!


 というわけで、昨日の内にパイロットや技術者達に名前案を考えておくよう伝えておいて、本日はこれからそれを元に命名会議をするという運びになったわけである。

 

「さて、昨日説明したとおり、いつまでも『次世代機』と呼ぶのはおかしいので名前を決めるため、今日はみんなに集まって貰った」


 この場に居る一同の表情は様々だ。


 異様な自信を見せているマシュー、どこか不安げなレニー、ギラギラしているミシェルにまだ悩んでいる顔をしているシグレ。


 メカニック敬老会の二人に関しては、『ただ顔を出しているだけだ』というような表情をしている。


 流石年の功、賢いな。


 重ねた年なら誰にも負ける気はしないが、人生経験という意味ではこの二人には到底かなわない。

 

 二人もまた、俺と同じくロングスパンで考えて名付け親になるのはなるべく避けようと考えているに違いない。


「一人ずつ順番に名前と由来を発表してもらい、一周してから意見を述べ合い選考に入ろうと思う」


 俺は意地でも案を出すつもりが無いので、徹底的に主導権を握らせてもらう。


「ではレニーから反時計周りにいこうか」

「ふぇっ?」


 突然振られたレニーが妙な声を上げている。

 その視線からは『カイザーさんからじゃないの?』という訴えがありありと伝わってくるが、目をつぶり首を横に振ってそれを否定した。


 そんな俺の様子を見てガックリと肩を落とし、覚悟を決めたように発表を始めた。


「うう……ええと、あたしが考えたのは『エルシオン』です。

 理由は……えっと……響きがカッコ良かったから……じゃだめですか?」


「いいんじゃないか? そういう語感の良さを気にするのは大切なことだし」


 しかし……どこぞの勇者みたいなロボにありそうな名前だな。

 エルシオンと言えば、エリュシオンとも読まれるギリシャ神話の死後の楽園だよな……レニーがそんな単語を知るわけがないので、シャインカイザーを観て影響されて浮かんだ造語なんだろうけど、乗り物に死後の楽園て。かっこいいけど……なんかアレだな……動く棺桶みたいなアレでさ……。


 発表を終えたレニーが座ると、代わりに元気よくマシューが立ち上がった。


 よほど自信があるようで、妙にデカい紙を持っている。

 バサッと拡げたその紙には勢いのある極太の文字で機体名が書かれているようで、それを大きな声で読み上げた。


「あたいの案は『ドドンガ』だ! ガっ! と突っ込んで、ドスン! とぶん殴ってガキン! ととどめを刺す、そんな勢いを込めてドドンガと名付けたんだ! どうだ! かっこいいだろう!?」


 説明と名前が綺麗に結びつかないが、言いたいことは良くわかる。

 濁点多いとパワータイプみたいで強そうだものなあ。

 意外な線で攻めてくるかと思ったが、実にマシューらしい強烈なのをかましてきたな。

 なにかこう、格闘家が指から出すビームみたいな名前だけどな!


 次に立ち上がったミシェルはやはりどこかギラギラとしている。

 その表情からはやる気と打算と少々の不安が感じられるが、これは商売人の顔だな……。


「私が提案しますのは『ラングスト』ですわ!

 古代ルストニアに存在していたといわれる忠実なる騎士団の名前で、王と共に大陸を駆け巡りその名を知らぬものは居なかったと言われているものです!

 かつて国を護るために戦ったラングストが時代を超えて蘇り、大陸を帝国の手から守る……ロマンがあって素晴らしいですわ……そもそもラングストは――」


 非常に長い説明をありがとう……。

 実に興味深い話だったが、出来れば別の機会にゆっくりと聞きたかった。

 ルストニアの末裔だけあって幼い頃からその手の話に触れてきたのだろうな。

 

 かつて存在した騎士団の名前をつけるというのは方向性としては悪くはない。

 しかしなあ、今考えているのは騎士団の名前ではなく機体名だからな……。


 そして半分眠りかけていたシグレがハッと目を覚まし、キョロキョロと周囲を見回している。


 皆の視線に気づき、顔を真赤にして立ち上がった。


「失礼した! 昨夜眠りが浅かった故……決してミシェルの話が退屈だったというわけではなく……」


 自ら墓穴を掘りに行くスタイルか。

 あわあわとしながら弁明をするシグレを見たミシェルは笑いをこらえているようだ。

 ミシェルはそれくらいで怒るような性格じゃないからな。

 必死な様子が微笑ましく見えているのだろう。


「で、では……改めて! 私が一晩悩み抜いて考えたのは『ムテキ丸』だ。

 どの様な敵にも屈すること無く、戦場イクサバを駆け抜けるツワモノで居てほしい、そんな思いを込めて考えたでござ……考えました」


 うん、シグレは本当にネーミングセンスが凄いなあ。お父さん譲りなのかな?

 そして居眠りの原因はそこなんだな。

 睡眠を削って生み出した名前はなんとも可愛らしいものだが、「ムテキ丸」と皆が呼ぶ姿を想像するとなんだか微笑ましくて仕方がない。


 次世代機の名称としてはなんとも言えないけれど、個人的には割とアリだな、これは。


 次に、と敬老会に目を向けると二人仲良く首を横に降っている。ああ、やはり俺と同じく「若いもんに任せるわい」というスタンスのようだ。


 一応確認をするが、やはり二人共考えるつもりは無いようなので、これまで出た案から決めるとするか。


「さて、これまで出た名前だが……皆それぞれ良い名前を出してくれたな。

 正直俺には甲乙つけがたい。皆はどうだ? イチオシの名前はあるか?」


 決定もパイロット達に投げようと思ったが、皆自分がつけた名前に愛着があるようで誰も譲ろうとはしなかった。


 決して喧嘩になる空気ではないのだが、それぞれが自身を持って俺に選ばれるのを確信したような表情である。


 しかもマシューが「ほら、カイザー! こういう時くらい司令官の権限を使ってくれよ!」と要らぬ事を言ってしまったので、完全に俺が決める流れになってしまった。


 うう……無い胃が痛む……。


 参ったな……多数決で決めようと思ったんだが、これでは結局俺にもズッシリ伸し掛かってくるじゃないか……。


 腕を組んでうんうん唸っていると、これまで沈黙を守っていたスミレが口を開いた。


「重いものは皆で持てば軽くなりますよ、カイザー。

 シャインカイザーのように皆の力を合わせてしまえば良いのです」


 そう言ってスミレがサラサラと紙に書いたのは『エードラム』其れを皆に見せながら理由を語った。

 

「私は皆が付けた名前が後世に残れば嬉しいと考えました。

 しかし、つけられるのは一つだけ。ならば皆の案から一つずつ貰って合わせたら良いのではと、4機で1つの我らブレイブシャインに相応しいのではないかと思ったのです」


「なるほど……それぞれの最初の一文字を取ってつなげたわけか」


「はい、ちなみに長音記号はカイザーから頂きました」


 この世界には長音記号というものが存在していないため『音を伸ばして読むという記号』と言ったように説明をした。

 が、なぜ選りに選ってそこなんだ……。


 確かに二文字目が伸びるとかっこいい量産機っぽい名前になるが、『ー』て。


「エードラム……うん! かっこいい!」

「『ド』が強さを強調していて良いよな!」

「なるほどエイドラム……武人のようで良い名です」

「素晴らしい名前ですわ! スミレさんのことですから、もしかしてそれ自体にも何か意味があるのではなくて?」


 いや流石にそれは……いやまて、無駄に潤沢な辞書データに一致する単語があるな。


「エードラムというのは、どうやら俺たちがいた世界のとある国の言葉で『光』を意味するそうだ。


 偶然なのかはわからないが、俺達に関わる機体として良い名前だな」


『エードラム』は光を意味するゲール語の言葉らしい。

『意図的なのか?』とスミレに聞いたが『まさか。偶然ですよ。でも素敵な偶然ですね』と笑っていた。


 敬老会も異論は無いようで、明日の発表を持って正式に『エードラム』の名で呼ぶことに決まった。

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