第二百二十四話 空の旅 

「では用意は良いか?」


『駄目だつっても飛ぶんだろ? だったら早く飛んでくれよ!』


『客室』からのやや緊張した声をGOサインと受け止め、普段よりゆっくり目に浮上した。


 コクピット内のスピーカーからリック達のざわめきが聞こえてくる。

 恐れ半分、嬉しさ半分といったところだな。


「じゃ、リックさーん、パイロットのみなさーん飛びますよー」


『もう飛んでるじゃね……うおおおおお!!!』

 

 ブレイブシャインの皆と事前に打ち合わせ、最初はゆっくり目のスピードで飛ぶことにしていた。

 

 その際、きちんとGを感じられるように反則めいた機能はオフにしてある。


 案の定、客室からあまり感じたことがない感覚に驚く声が次々に飛び込んでくるが、せいぜい自動車で出してはいけない速度を出した程度のGであり、宇宙飛行士が感じるような過酷なものではない。


『ぐおおおおおお!!! カイザァアアアア!! ウオオオオオ!』

 

 とはいえ、老体にムチを打つのは趣味ではないのでさっさとGを緩めてやった。

これにておためしG体験完了だ。

 

『はあ……はあ……何だったんだ今のは……おい! 何しやがった!』

 

 これは別にジンに頼まれたからとか、俺のいたずら心からとかそういうつまらない理由で行ったわけではない。


 リックもジンも恐ろしく優秀なメカニックである。

 二人が飛行を経験したということは、なんだかんだで飛行型機兵を実現してしまうかもしれない。


 その際にはきちんと安全面のテストをした上でパイロットを乗せるのだろうが、こうやって『Gがかかるのだ』ということを味わっておくと今後開発する際に大いに役立つはずである。


 なので普段から世話になっているリックにサプライズをしてやったというわけだが、流石にめちゃくちゃ怒ってるな……。後できちんと理由を言って詫びなければいけないな。


……いやほんと、悪戯心なんて無かったんだよ? 単に体験させてあげたかっただけだよ? ほんとだってば。

 

  

 しばらくすると、空に慣れたのか景色を楽しむ余裕が出てきたようで楽しそうに語り合う声が飛び込むようになった。


「どうですか? 空の旅も悪くはないでしょう?」


 ミシェルが声を掛けると、ルナーサの者であろうパイロットが嬉しそうにそれに答える。


『はい! お嬢様はいつもこのような景色を見てらっしゃるのですね……。

 しかしこれは凄いですね。同様の機兵が量産されれば流通に革命を起こすでしょうね……』

 

 流石ルナーサのパイロット。最初に考えることは商売である。

 それに対して声を上げたのはおそらくはトリバのパイロット。


『流通にも貢献しそうだが、安全域から魔獣の動きを偵察出来るのも素晴らしいな。

 流石に森の偵察に使うのは難しそうだが、それでも魔獣掃討部隊に一人でも飛べるやつが居れば大いに助かるぞ』


 そしてそれに同意しているように見せかけて別のことを考えているのはリーンバイルだろう。いや、明らかにリーンバイルだ……。


『そうでござる! そうでござるな! ガアスケに乗る姫様を見て常々思っていたでござるよ!

 空を飛べれば地形把握はもちろんの事、対象から見つからずに情報を集めやすくなるでござる!』


『しかし、それも上を見られなければという条件がつくのではないか?』 

『それを言われると痛いでござる。隠れるところもなく、丸見えになりますからなあ』

『いやまて、サブ殿。腹を黒く塗り夜間に飛べば……』

『おお! それならば青く塗れば昼間でも……!?』


 なかなか面白い話で盛り上がりだしたな。

 実はそれ以上の事をやっているんだが、客室内でリック以外でそれを知るものは居ないため、飛行機兵の運用方法について熱く討論が始まってしまった。


 空の旅は景色に飽きれば退屈なものだからな。

 いい暇つぶしができたようで何よりだよ。



 暫くの間、静かになったり騒いだりと繰り返していたが、それも今日のところはもうおしまいだ。


「諸君、待たせたな。本日の野営地に到着したのでこれより当機は着陸態勢に入る。

 なるべく衝撃は抑えるつもりだが、ベルトの装着をしっかりと確認して備えてくれ」


 両手で抱えるイモムシ内から緊張している気配が伝わってくるようだ。

 コクピット内に居る限りはある程度の弱い衝撃は相殺し、揺れも感じないようになっているが、客室にはそのような仕組みはない。


 なので普段より慎重にゆっくりと着陸をした。

 流石に顔を合わす直前で怒らせるような真似はしたくないからな……。


 固定ベルトを外し、地上にそっと『イモムシ』を置いて中にいるリックたちに声を掛ける。

 

「よし、客室を地面に下ろしたぞ。ハッチを開けて出てきてくれ」


 やがて「バシュウ」と言う音とともにハッチが開き、中からぞろぞろとパイロット達が降りてきた。

 

 安定飛行中でもなるべく席を立たぬように言っておいたため、すっかり身体が凝り固まったのか腕を振り回したり、屈伸したりと柔軟運動をしている。


 最後にノソリと降りてきたリックは降りるなりすぐ地面に倒れ込んでしまう。


「リックさん!?」


 慌てて駆け寄るレニーにガハハと笑いながらリックが心から嬉しそうな声を出した。


「いやあ! 地面最高だな! 地に足がついた生活最高だ! やっぱ空は信用できねえ!」

「もー! 心配して損した!」

「はっはっは! わりいわりい! ほんっと地面最高だぜ!」


 イモムシの周りにおうちが4件建つ姿はなんというか非常にシュールだ。その中心でブレイブシャインのパイロット達が夕食の用意を始めると、派遣されてきたパイロット達の中から女性たちが手伝いにやってきた。


 今回運んでいるパイロット達は男が4名、女性が3名である。

 ザックの時はともかくとして、流石に大して面識の無い男達を「おうち」に泊める訳にはいかないため、彼らにはイモムシ内のシートを上げ、床に寝袋を敷いて寝てもらうことにした。


 ただ、女性ならば問題あるまいと、3名の女性パイロット達については、それぞれ一人ずつうちのパイロット達のおうちに泊まってもらうことにした。


 彼女達が支度を手伝っているのはその御礼の意味なんだろうね。


「リックさんは特別にあたしのおうちに泊めてあげますからね」

「な、なにいってんだ? 流石にそれはまずいだろがよ……」

「何言ってるんだはこっちのセリフだよ! 

 リックさんはおじいちゃん見たいなもんなんだから気にならないし!」

「うっ……そうかよ……まあ、そう言うなら……」

「えへへ、実は前から一度リックさんを招待してあげたかったんだ!」

「しょうがねえなあ……後で文句言ってもきかねえからな!」


 そういえばリックは「おうち」に泊まったことが無かったか。フォレムから基地までの移動はかなり飛ばしたから野営の必要が無かったものな。

 

 おじいちゃん扱いされて口では凹んだ素振りを見せてたが、なんだよリックめろめろじゃないか。ふふ、よかったね、リック。レニーも嬉しそうで何よりだよ。


「みなさーん、ご飯の支度ができましたよー! 集まって下さーい」


「「「うおおおお!!!」」」


 ミシェルの声に腹をすかせたパイロット達が歓声を上げている。

 明日も1日空の上だ。朝までゆっくりと……つかの間の地表を堪能してくれたまえ。


 明日はまた……朝から飛ぶことになるのだから。

 ……なにも起きなければ良いのだがな。

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