第二百二十三話 お迎えにあがりました 

 暖かな春風に喜びの声を上げる森の遙か上空……そこにはギラギラと怪しく輝く巨大な芋虫を抱え、悠々と飛行するシャインカイザーの姿があった。


 ロボットアニメで稀に見られるいわゆる「神回」というか「上級者向け」のやや狂気を感じる回という物はアニメのシャインカイザーにも存在した。


 何故か豆腐の角に恨みをもった敵幹部が各地の豆腐工場を襲撃するという……その時点で頭が痛くなる回なのだが、脚本を書いた人が悪ノリしたのかなんなのかは知らないけれど、その回は味方も総じて狂っていて……。


『畜生、豆腐の何が悪いってんだ! 夏でも冬でもうめえし安いしで最高じゃねえか』

『良いこと言うぜ、竜也! 豆腐の良さがわからねえならわからせてやるまでよ!』

『私に良い案があるわ。これをこうして……こうすれば……ね?』

『素晴らしいね、雫。竜也、早速研究所の人に作って貰おうじゃ無いの』


 なんて、カイザーチームの連中が良くわからない会話をしたと思ったら、研究所の人達が真面目な顔で巨大な豆腐型の鈍器を作っちゃうんだもん……。


 それを敵幹部が乗るそこそこかっこいい機体に落とすって言うヤバい作戦でさあ……それはいいけど、収納していけば良いのに、わざわざ豆腐を抱えて飛んでいくんだよ?


 ヤバいよね?

 

 流石にその回はファンの間でも評価が割れる事となったけれど……まさか自分が似たような事をする日が来るとは夢にも思わなかったよ……。


「なあ、この姿って下から見たらどう見えるんだろうな……」

「スミレさんが仰るには『客室』ごと見えなくなってるとの事でしたけれども、それだけ見えてたら……」

「空飛ぶ大きなイモムシ……だね……」

「子供が夜泣きしますよこれは……」


 ヤタガラスの機能で機体に触れている物ごと光学迷彩状態になっているので、下から見えるという心配は無いし、下から見たところでイモムシだと認識される事はないだろうと思うが……確かに空飛ぶ巨大なイモムシというのはやたらとシュールだよな……。

 

 集落から基地まではそこそこ距離があるので、シャインカイザーであれば途中2~3回ほど野営をする必要があるのだが……その都度、客室はバックパックに収納した。


 流石にハンターが迷い込んでくるということはない場所だけれども、万が一と言うこともあるからな。


 集落では資材も貴重なものだ。

 

 木材ひとつとっても無駄には出来ない状態で、見た目を変えるだけという贅沢な真似は出来るわけが無い。


 そうじゃなくとも、できるだけ早く迎えに行く必要があったため、客室には最低限の加工しか行っていないわけで。


 故に見た目はそのままイモムシのままであるわけで。

 それをハンターが目撃したら……ちょっと面倒なことになるのは目に見えている。


 いや、わかってるよ? 移動中もバックパックに入れて飛べば良いじゃんって思うよな。


 でもだめなんだ。スミレ先生が許してくれなかったんだ。


『カラの状態で練習をしておかないと本番で苦労しますよ』


 と、言われてしまったんだから仕方が無い。

 ただ単に芋虫を抱えて飛ぶ俺の姿を笑いたいだけなのでは無いかと思うけれど、事前になれておくのは大切なことだからな。


 芋虫を抱いて飛行することを受け入れるしか無かったんだよ……。


 抱きかかえているとは言っても、ただ抱っこしてるだけじゃ無いぞ。

 これはあくまでも客室だ。落としてしまったら大変だからね。


 念のためにベルト的な物を用意して、コクピット下の腹部に固定してるんだよ。

勿論、このままではグラついてしまうので、両手できちんと支える必要はあるのだけれども、ただ抱えるのと違って、落とすリスクが大幅に減ったのは有り難い話だ。

 

 けどさ……いつの間にかスミレ先生がミニヤタガラスで撮っていたらしい『客室運搬飛行中の俺』の映像を見せられたんだけど……そこには「抱っこ紐にイモムシを入れた巨大ロボ」という悲しい姿があって……軽く泣きそうになったよ。


 ……そんなわけで、我々ブレイブシャインはイモムシを抱えて基地に降り立ったわけだが、案の定ちょっとした騒ぎになった、いやならないわけがないだろ!

 

 とはいえ、ここに居る連中はパイロットやメカニック等、普通の思考を持った人がほぼ居ない魔境だ。


 騒ぎと言っても別の方向で大騒ぎになってしまったんだ。


「うおお! なんだよそれ! 土産か? 立派な素材じゃねえか!」

「むう! キャッタ・ピッコ……いや、支配種のキャッタ・ギッガだ! すっげえどこで狩ったんだ?」

「うおおおおおお! 解体班を呼べ! 大仕事だぞ!」


 悲鳴ではなく歓声を上げた人々が足下に駆け寄ってくる。

 やべえ、守り抜かないとバラバラにされちまうぞこりゃ……。

 

 慌ただしく駆け回る人々……そんな中、何かを察して悲しげな顔をしてこちらを見ている男が一人。


「……おう、早かったじゃねえかよ」


 リックだ。


「あ! リックさーん! お迎えに来ましたよー!」

「あ、ああ……準備は……出来てるが、まあ……茶でも飲んで少し休みな……」


 一人事情を察してしまっているリックは非常に元気がない。

 これからこんなヘンテコな物に入れられてしまう、それを抱えて空を飛ばれる、様々な思いが彼の中に悲しみを生み出しているのだろう……。


 正直これには同情してしまう……。


 

 基地前の広場で休憩をしていると、荷物を持った各国のパイロット達がゾロゾロとやって来た。


 中には先ほど大喜びで『客室』を眺めていた者も居たが、今はその面影もなく表情は重く沈んでいる。


「カイザー……準備が出来たぞ……。

 さあ、色々と説明してやってくれ……」


 全てを諦めた表情のリックが気の毒に思えてくる。

 まあ、そう気を落とすな……恐らくジンよりは快適に移動出来るはずだから……。

 

 周りで俯くパイロット達は直接は面識が無い者ばかりなので、自己紹介も兼ねた説明をして少しくらいは重い気持ちを和らげてやることにした。


1級ファーストパーティ、ブレイブシャインの司令官及び、リーダー『レニー・ヴァイオレット』の搭乗機であるカイザーだ。

 現在、ウロボロス、オルトロス、ヤタガラスの3機と合体し『シャインカイザー』となっている」


 彼らもパイロットである以上、少なくとも機兵には興味があるようで、合体しているという部分を聞いて「なるほど、だからあんなにでかいのか!」等と軽く盛り上がっている。


 元気が出たようで何よりだ。

 

「搭乗しているパイロット達はこの4人だ。レニー達、頼む」


 俺に促され、レニーたちが立ち上がって自己紹介を始める。


「えーと、カイザーさんに紹介されましたレニー・ヴァイオレットです。

 リーダーやってます。大体私がメインパイロットです! よろしくおねがいします!」


「あたいはマシュー・リエッタ・リムだ。長いからマシューでいいよ。

 オルトロスのパイロットで、ここの連中……赤き尻尾の頭領だ。よろしくな」


「わたくしはミシェル・ルン・ルストニアですわ。ウロボロスのパイロットですの。

 わたくしの家はルナーサでルストニア商会と言うものをやってます。何かご用命の際はぜひ声をかけてくださいな」


「私はシグレ・リーンバイルです。海に囲まれたリーンバイルからガア助と共に馳せ参じました。

 ああ、ガア助というのはあだ名で、ヤタガラスのことでござる……ですよ。よろしく頼みます」


 それぞれが特徴的な自己紹介をしたのは良いのだが……みんな女の子だというのもあり俺の紹介より拍手のボリュームが多かった。まったく現金な奴らだ。


 特にルナーサとリーンバイルのパイロット達は自国の姫に等しいミシェルやシグレが紹介を始めると非常に嬉しそうな顔で話を聞いていた。


 さて、メンバー紹介はこれで終わり……とはいかないよな。

 野営のときに騒がれると面倒くさいので、ドッキリはさっさと済ませておこう。


「さて、以上がパイロット達だが、紹介したい仲間はもう一人居るんだ。

 それに伴い、俺が持つもう一つの形態も披露しておこうと思う」


 ここで妖精体に切り替え、スミレと手をつないでコクピットから飛び立つ。


 突如ふわりと現れた俺たちにパイロット達がざわめき、見物していた基地スタッフ達はそれを見てニヤニヤとしている。彼らも通った道だから愉快で仕方がないのだろうな。


「驚かせてすまない。これは俺の……カイザーの非戦闘時における別の姿でね、本体は大きい方だが、そのサイズだとブリーフィング等で手間を掛けさせることとなるため、別途小型の身体を作ったんだ」


 とは言われても、色々と突っ込みどころがあるこの体。ざわめきは止まらず強くなる。


「で、この体を作ってくれたのが俺の大切なパートナーであり、ブレイブシャインの戦術担当のスミレだ」


 スミレの肩に手をおいて自己紹介を促す。


「ブレイブシャイン戦術サポートAIスミレです。

 戦闘時は軍師として各機の補助を、非戦闘時はみんなのお姉ちゃんとしてパイロット達の補助をしています。よろしくおねがいしますね」


 おねっ……、何という自己紹介をするんだスミレは。

 色々な気持ちが重なったのか『お、おう』と言うリアクションをしているものが多いが、俺やスミレを見てとてもとても嬉しそうな顔をして興奮いる者も若干名……居るな……。

 

 これはあれだ、レイの娘さんのようなアレではなくて、大きなお友だち的なアレだ……。


 も生前は日曜朝を楽しみにしていたり、「可動フィギュアだから良いのだ」と自分に言い訳をしてロボに混ざって女の子やら男の子やらのフィギュアをいくつか飾ったりしていたからまあ、気持ちはわかる……わかるんだけどさあ。

 

 その視線がいざ自分に向けられるのはかなりきっついな!


「ゴホン! さて、目の前のこいつを目にし、何かを察して既にもいるが、君たちにはこれからそこの芋虫に乗って貰うこととなる!

 あーあー、わかる、わかるぞ! わかるが、まずは聞いてくれ!

 資材と時間が無くて外装はこんな有様だが……言うより見た方が早い! 

 マシュー、開けてやってくれ!」


「おう! まあ、そんな顔すんな! 中を見て驚くなよ!」


 ハンドル式のロックを回し、マシューが扉を開くとプシューと空気が吹き出して客室内が露となる。


「「おお…!」」


 リックやパイロット達からため息が漏れた。


 時間と資材がないとはいえ、大切なパイロットと技師を運ぶ乗り物だ。

 内装は出来る限りちゃんと作ったのだ。そこは褒めて頂きたいね。


 座席は柔らかな素材で作ったクッション性に優れるシートで、非常に座り心地がよく、機内は魔導具によって空気は清浄に、気温も一定に保たれて。


 さらにスミレとウロボロスの協力により両脇の壁が透過して外が見えるようになっている。


 見た目はただの芋虫だが、乗り心地は馬車よりも数段上等なのではないかと思う。


「はあ、でけえ芋虫なんか抱えてきたからよ、どんなひでえ旅路になるのかとガッカリしてたが、これならなんとかなりそうだな」


 すっかり表情を明るくしたリックがパイロット達と中に乗り込みニコニコとしている。


「もちろん、客室内とコクピットとの相互通話が可能だから、なにか異変があれば直ぐに対処もできるし、座席についているシートベルトをつけていれば万が一急制動をしたとしても壁に叩きつけられることはないぞ」


「へんなベルトで機体に固定してたみてえだし、落とされることもないってわけだな!

 はー! これで安堵したぜ! へへ、どうやらジンの奴より快適に飛べそうだぜ」


 ジンの時は野営の度にげっそりとした表情を見ることになって大いに胸が痛んだからな……。


 彼の犠牲により生まれた客室なんだ、着いたら大いに感謝してあげてほしい。

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