第二百二十話 共同作業

 実戦訓練をはじめてから一ヶ月が経つ。


 1軍はほぼ完全に操作を身につけ、予備隊員達も機兵に空きがある時と言う限定的な条件の下ではあるが、少しずつ訓練を重ね、機兵の追加が来れば直ぐにでも動けるまでに育っている。


 また、試作機達にはまだ完全では無いけれど、インカムを元にして開発された通信機が備え付けられていて、搭乗した状態であっても各機体との通信が可能となっている。


 平時ならともかく、戦闘中にハッチを開けて会話なんて危なくて仕方が無いからな。

 不完全とは言え、早々に実装されたのは有り難い。


 その通信機のおかげもあって、ハンター隊との連携も上達し、伐採の合間に行っている魔獣の駆除もより大型の魔獣を仕留められるようになった。


 この森――ゲンベーラ大森林北西部に棲む魔獣達は大型で素早い物が多く、最初のうちは上手く距離を詰められず攻めあぐねいていた。


 ライダー部隊からグッガ・ダッツ討伐の相談を受けた俺は、採集と狩りのために同行していたハンター達との連携を薦め、具体的な方法を提案した。


 あれは14日ほど前のことだったか。


……

… 


「いいか、グッガ・ダッツは鳥型の魔獣ではあるが飛行することが出来ない。

 しかし、その代わりに強靱な足腰を持ち、そこから繰り出される蹴りは機兵の装甲とて破壊されることもある……これは以前座学で説明したな」


 ライダー隊とハンター隊を見渡し、復習させるかのように説明するとハンター隊の若者がそれに続けるように口を開く。


「はい! そしてその強靱な脚は高速移動を可能とし、木々が生い茂る森の中であっても俊敏な動きを見せるんですよね!」


「うむ、その通りだ。故にライダー隊の諸君は上手く対処できずに困っているわけだな」


 俺がそう言うと、ライダー達がなんともばつが悪そうな顔をして居るが、別に責めたわけでは無い。


「まあ、そんな顔をするな。なあ、レニー、お前でもあれはキツいよなあ」


 話を振ると、オヤツを食べていたらしいレニーが慌てて反応し、お菓子を胸に詰まらせたのかドンドンと拳で叩いている。


 不味いことにコクピットハッチを開いていたため、周囲からその様子が丸見えで在り、隊員達に恥ずかしい姿を見せる羽目になった。


 そのおかげでやや空気が柔らかくなったのは手柄だと思うが。


「んっ、ぐ! はあ……失礼しました。そうですね、同様に脚が速いストレイゴートを狩った時を思い出しますね」


「レニーさんはどうやって狩ったんですか?」


「マシューと協力したんですよ。私は高台で待機していて、そこに追い立てて貰ったんです。良い位置に来た所で石を投擲! 頭を撃ち抜いて一撃でした」


 それを聞いた隊員達は微妙な顔をして黙ってしまった。


 だよなあ、まったく参考にならないよな……。

 

 なんたってそう言う訓練はして居ないわけで、隊員達の投擲スキルは磨かれていない。


 いや、投擲訓練をした所でレニー達のセンスはちょっと規格外な所があるので、あそこまで緻密なは不可能なのでは無かろうか。


 なんとも言えない空気になってしまったので、助け船として補足する事にした。


「その後、我々が戦った魔獣に『キランビ』という奴が居てな、蜂型の魔獣で飛行する厄介な相手だ。

 フワフワと予想ができない動きをする奴でな、そのせいもあってレニー達の投擲でもうまく当てることが出来なかったんだ」


「飛んでる奴相手に投石はさすがのレニーさん達でも難しいだろうな。

 でも、こうやって話してるってことは……」

 

「結局、それを攻撃じゃなくて囮として使おうと言うことになってね。

 マシューが石を投げて興味を引く役を買ったんだ。

 作戦は見事に成功、キランビがマシューが乗るオルトロスに夢中になっている間を狙って、レニーが武器からワイヤーを射出して絡め取ったんだよ」


 実際あの時はワイヤードロケットパンチ的な物が出るとは思わなかったため、ある意味賭けだったのだが……それをバラした所で誰も得をしないのでそれは伏せてしまうのだ。


「特殊な武器で切り抜けられたのは事実だが、今回言いたいのはそこじゃあ無い。

 いいか、肝心なのは何を使ってどうするかでは無く、仲間と協力し合うと言うことだ。

 人間、それぞれに得手不得手がある。互いに補うことで勝利の道は開けるのだ。

 そこで、今日は君たちにひとつ作戦を授けようと思うのだが……――」


 

 ブリーフィングが終わり、全隊員が森に入る。

 ライダー部隊が周囲の警戒にあたり、その間ハンター部隊がトラップを仕掛けていく。


 トラップと言っても何も用意をして居ないため簡単なものだ。


 ワイヤーの中間に何カ所か輪を作った物を木々の間に張り巡らせるように仕掛け、草で隠しただけの物である。


 それを数カ所、目立たぬように仕掛けて貰った。


 魔獣用の罠なので、結構なサイズではあるけれど、それでも設置作業は細やかな物となる。


 いくら次世代型の機兵とは言え、細かい作業をするのは難しいため、罠の作成と設置はハンター隊の仕事だ。


 彼らはシグレによる狩猟罠の講習を受けているため、大きな罠であろうとも要領よく作成し設置していた。


 ちなみに……今回の作戦には新兵器を使用している。

 スミレ先生お手製のドローン、ミニヤタガラスだ。

 

 それはそのままヤタガラスを小さくしたような見た目で、普段ヤタガラスが使っているぬいぐるみ体とは違い、金属を用いた頑丈な外装をしている。


 特筆すべきはその能力で、ヤタガラス同様に光学迷彩で姿を隠すことが出来るほか、潜入先から隠れて映像を送ることが出来るのだ。


 なにかと素晴らしいミニヤタガラスなのだが……欠点……ではないのだけれども、俺が気に入らないというか、気になるポイントとして、それがヤタガラスの義体では無いというのが挙げられる。


 それを動かすためには何故かパイロットが必要らしいのだが……ぬいぐるみサイズの小さな機体なので、当然普通の人間が乗ることは不可能だ。


 小さな機体に乗れる存在、それはすなわちスミレである。

 彼女はコクピットを模した小さな操縦席にちょこんと座り、器用に操縦している……のだけれども、乗っているスミレが心配……と言うことは無い。


 例え撃墜されたとしても、乗っているのはあくまでも義体だ。

 スミレの本体は俺の本体と共にある。故に何かあってもスミレが失われてしまうことは無いのだが……悪戯好きのスミレにそんな便を与えてしまって良いものなのか……非常に悩ましいのだ。


 まあ、その懸念はこの際置いておくとしてだ。

 今回の作戦は、そのミニヤタガラスに乗るスミレから送られてくる映像と、レーダーを元にして進められているのである。


 罠の設置が完了したようなのでハンター隊を退去させ、ターゲットの背後に回り込んでいた隊員にミッションスタートを告げる。


 ストレイゴートとグッガ・ダッツが決定的に違う所は攻撃性の高さだ。


 人を見れば逃げることが多いストレイゴートと違い、グッガ・ダッツは容赦なく襲いかかってくる。


 恐らくは縄張り意識の高さがそうさせるのだろうが、これからここで開拓作業をするに当たって危険極まりない存在。


 できる限り討伐する必要がある。


 今回はその攻撃性の高さ逆手に取り、機動力に自信がある隊員に囮役をさせて罠まで誘導する手筈になっている。

 

 囮役の機兵に乗る隊員はラッシュという青年で、機兵で走る能力に長けている。

 生身の彼は別に走るのが好きでも得意でも無いため、どうして機兵に乗った時だけに限定して効率よく走れるのか、理由がまったくわからない。


「モニタリングをしていると脚部の駆動に効率よく魔力を流しているのがわかります。

 彼が安定して高効率で走ることが出来ているのはそれが理由だとわかるのですが、本人はそれを意識してやっているわけでは無いらしいので……よくわかりませんね」


 あのスミレ先生をも悩ませる面白い若者なのである。


 勢いよくターゲットの前に躍り出たラッシュが挑発するように怪しげな動きをしている。傍から見れば酷く間抜けな姿に見えるが、彼にとっては大真面目の大仕事だ。


 兎に角ターゲットの注意を引くようにと、レニーが伝授したのがアレなのだが……確かに興味を引けるだろうけれど、あれはほんとシュールだよ。

 

 そんなラッシュが乗る騎兵を見て何をやっているのだと言うように首をかしげていたグッガ・ダッツだったが、ラッシュが不思議な踊りをやめ、くるりと背を向けて駆けだしたのを見るとたまらず土を蹴り後を追って土煙を上げる。


 野生動物と遭遇した際の鉄則として、急な動きを避けるというのがある。

 変に刺激をすると防衛本能で襲いかかってくるからだ、等と言われているのだが……。


 グッガ・ダッツが防衛本能で後を追ったのか、ただ単にノリで追ったのかはわからないが兎に角最高の条件で成功したと言えよう。


 流石はかけっこが得意なラッシュ。

 ターゲットと程よく距離が離せている。


 余り近すぎるとあっさり追いつかれてしまったり、何かの拍子に攻撃を食らうことも考えられるからな、付かさず離さず、絶妙な加減で走れていて素晴らしいよ。


 とは言え、森の地形は優しくは無い。


 いくら俊足のラッシュとは言え、森の中は走りにくく、何度か脚を取られてしまってジワジワと距離を詰められている。


 しかし、罠の位置までもう少し。この分なら上手く逃げ切れることだろう。


 手筈通りであればそろそろラッシュが速度を落とし、ターゲットを引きつけた上で罠を飛び越える事になっているが……おいおいどうした速度が落ちてないぞ。


「ラッシュ! 速度を落とせ! このままだと罠に気づかれてしまうぞ」

『ああ! いっけねえ! すいません! 走るのに夢中で……ああっ!』

 

 完全に俺も悪かった。ラッシュの速度が思った以上に速かったのもあり、気づくのが遅れてしまった。

 

 俺の通信に気を取られたラッシュは速度を落とせなかったばかりか、直前で飛ぶことも忘れそのまま罠に脚をとられて転んでしまった。


 しかし、怪我の功名とはこの事だろうか。


 突如転んだラッシュに驚いたグッガ・ダッツは咄嗟に避けようと左に逸れた。

 が……そこにも罠はあるわけで。


 見事、ワイヤーに脚を絡ませラッシュと並んで地に伏せる事となった。


「……あ! い、今だ! 仕留めろ!」


 あまりの事に一瞬呆けてしまったが、なんとか指令を出してミッションコンプリートである。


 なんとも締まらぬ結果となったが、仕留められたのだから良かろう。

 見ろ、隊員達も勝鬨を上げているでは無いか。


「……終わりよければ全て良し!」


「良しじゃ無いです。一歩間違えば、ラッシュはグッガ・ダッツに踏まれて大変なことになってましたよ、カイザーさん……結果的に成功したけど……ね」

「カイザー……貴方が少々間抜けなのは今更の話ですが、大切な隊員を危険な目に遭わせるのは見逃せません」

「うっ……」


 冷静な声でレニーとスミレに言われ反省した俺はその後の反省会で隊員達に大いに謝ることとなったのであった。

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