第二百十九話 実践訓練
先日の試験を乗り越えて、まずは19人がリム族防衛隊のライダー部隊として着任した。
1軍メンバーは10人、2軍メンバーが9人だ。
取り敢えず、現在の所は機兵の数が足りていないため、1軍の10人を対象とした機兵操縦の基礎訓練を実施することにして、2軍メンバーには別途採用したハンター部隊と共に、筋トレや持久走、ハンターとしての知識をつける学科講習等をしてもらうことにした。
ライダー部隊が行った基礎訓練は以前レニーやマシュー達がやったものと同様、機兵に搭乗してのランニングと箸を使った石運びだ。
せっかく防衛隊を作ったのだからと、スミレと二人でそれらしい訓練を考案しようとしたのだけれども……資材が不足しているこの土地で出来る訓練とはなんぞやと考えた結果、低コストで高効率なことから、結局例の訓練が採用されてしまったのであった。
はたから見ればシュールな訓練を眺めるスミレがため息をついていたけれど……仕方ないだろ……俺も何かそれらしい訓練をと思ったけれど、何も思いつかなかったのだから。
というわけで、着任から10日間の間はひたすら基礎訓練をしてもらい、機体の操縦と魔力操作になれてもらった。
『明日からはより実践的な訓練を始めるぞ』
と、俺が言ったのを聞いたライダー部隊の嬉しそうな顔と言ったら。
次から始める訓練は教習所で言う所の路上教習みたいなもんだからな。
訓練所での訓練も継続して行うけれど、次回からは実施訓練も行う事になるんだ、機兵に乗って外に出れると思えば、気分も昂るってわけだね。
ただ、基礎訓練もただひたすらに苦行の様なあれをやっていたわけじゃなかった。
レニー教官とマシュー教官はあの日を思い出してライダー部隊に同情でもしたのか、基礎訓練の合間に「息抜き」として組み手の時間を設けて彼らを大いに喜ばせていたんだ。
基礎訓練は大切なものだが、ぶっちゃけとても退屈だからな。
モチベーションを保つ息抜きってのは非常に大切な事だと思う。
例えばさ、そこらの普通の日本人が異世界に来て剣を振ってみたとしよう。
平和な日本で本物の剣を見る機会なんてあんまりないし、手に持って振る事なんて、普通に生きていればまずないはずだ。
チートでもありゃ別なんだろうけど、なんも無しでいきなり振ろうとした場合、重すぎて満足に振れなかったり、振れたとしても出鱈目な動きになってしまって、モンスター相手に満足な戦いなんて到底不可能だろうと思う。
なので、剣でモンスターとまともに戦おうと思えば、筋力と持久力を上げる基礎トレーニングをした上で、誰かしらから指導を受ける必要があるだろう。
その指導も実戦訓練に入る前にある程度の型を身につけるべく、素振りを徹底されるはずだ。それを経てようやく実践的な組み手となり、それで認められればようやくなんとか戦えるレベルにまでなるわけなのだが……それまでの基礎訓練や素振りで飽きて辞めてしまう者だってそれなりに居ると思う。
いやぶっちゃけ、それって仕方が無い事だと思うんだ。
基礎訓練をしているうちはさ、余程センスが良い奴じゃ無い限り自分がどれだけ成長出来ているのか気づけないんだよ。
だからほんの少しだけでも……自分がどれだけ成長しているのかに気づければ、訓練のありがたみに気づけるだろうし、もっと頑張ろうというモチベーションに繋がると思う。
そういった意味合いで、レニーとマシューから『息抜きに組み手をしても良いか』と言われた際に『どんどんやってくれ』と許可を出したんだ。
基礎訓練を続けるに従って、息切れをしにくくなり、レニーやマシューの動きにも徐々について行けるようになっていく。
それが組み手によって目に見えてわかるようになったものだから、それを許可した四日目からは明らかにライダー部隊1軍の熱意が向上していたよ。
さて、ライダー部隊2軍とハンター隊だけれども、こちらの指導はシグレとミシェルに担当して貰った。
この2人は幼い頃から日々、自身の身体を使った戦闘訓練を熟してきたため、生半可なハンターでは太刀打ちできない腕を持っている。
リム族にも腕に自信がある者達が居て、日々自主的に腕を磨いて海や周囲で採集作業をする際の護衛役をしていたのだという。
なので、生身での組み手をするとなった時に、それなら勝てるぞと息巻く者が何人か居たのだが……腕に自信があるとは言え、初戦は独学。
実戦経験があると言っても、小動物を狩ったことがあると言う程度。
魔獣との戦闘経験があるというから詳しく聞いてみれば、小型魔獣を数人で取り囲み、石を投げて追い払っただけであった。
そんな彼らと、英才教育をがっつり施されたミシェル達が組み手をしたらどうなるだろう。
結果は言うまでも無く。
自信満々だった連中は地べたから二人を見上げることとなり、己の未熟さをしみじみと味わう羽目になったのである。
初日にそんなやりとりがあったためか……ハンター隊達から向けられる2人への視線は非常に熱く。
気づけば、いつの間にか『ミシェルの姐御』『シグレ姐さん』と呼ばれるようになっていて……それを見かけた時にはちょっと笑ってしまったよ。
マシューならまだわかるけど、よりによってこの2人か姐御や姐さんて……。
と言う具合に、午前中はそれぞれ別れての訓練をして貰ってたんだけど、昼食後は全ての隊員が参加して行う学科のお時間にしていたんだ。
機体メンテナンスの基礎知識はジンとマシューが、採集や野営術はレニーが、魔獣知識はミシェル、スニークはシグレが担当し、俺とスミレは戦術について講習をした。
外界から隔離された土地と言うことで、俺やスミレも自重せずに
それぞれの講習をする際にはスクリーンに映像を映したり、立体映像を用いたりしたんだけど、下手に何かに書いて説明するよりもよっぽどわかりやすく伝えられたと思う。
色々見せたけれど、中でも人気があったのは俺達の戦闘を記録した映像だ。
ブレイブシャインの各機体でAI達が録画した映像をスミレ先生が編集した大作なのだが、ヒッグ・ギッガ戦の解説をする際には、各部位の原寸大3Dモデルもあわせて投影したため、大いに盛り上がっていた。
あの戦いはライダーだけでは勝利を掴むことが出来ない厳しい戦いだった。
ライダーとハンターが息を合わせられたからこそ、得られた勝利だった。
昨今のライダーは機体を持たないハンターを蔑視する傾向にある。
けれど、機体に乗っていては出来ない仕事はいくらでもあるわけで、共に手を合わせられたらライダー単体で敵わない相手にだって敵う力を得られるんだ。
ヒッグ・ギッガ戦の戦いは彼らにとって良い教材になったと思う。
というわけで、十日間にも渡る基礎訓練はひとまず昨日で終わり。
本日から、午前の実習訓練は基礎から実践に変わり、ライダー・ハンターと別れて数時間の実践訓練をする事になっている。
我々ライダー隊はというと……今日は朝からそれぞれ機体に乗り込み、えっちらおっちらと移動を続け……現在、集落から十数キロ離れたポイントまで来ている。
辺りを観察すれば、半壊した建物が寂しげに佇んでいる。
ここもかつてはそれなりの規模を持つ集落があったらしいのだが……今は見る影も無いな。
マルリッタにリム族以外に生き残りはいないのかと聞いてみたところ、付き合いがあった周囲の集落は大分昔にリム族と統合する道を選んだのだという。
現在我々が居る集落跡地もまた、かつてリム族と統合した一族が住んでいた土地だったようだ。
そして、周辺の土地以外の生き残りについては不明であると。
旧ボルツ南部や東部に関してはあまりにも距離が遠く、リスクを冒してまで調査に行こうとは誰も思わないため、生存者のことは勿論のこと、土地がどうなっているかはわからないと言っていた。
いずれ人員が育ち、手が空いたらばそちらの調査をさせてみるのも良いかも知れないな。
さて……問題はこの集落跡地なのだが。
建物は人の手が入らないと直ぐにダメになる。この集落跡地に残されている建造物はどれもが半分ほど地に還りつつあった。
木材は殆ど使い物にならなかったけれど、この土地では手に入れるのが困難な鉄骨が幾つか見つかったのは有り難かった。
この世界の建築様式は土地によって様々だけど、格納庫などの建造物には木材の代わりに鉄骨が柱として使われている。
鉄骨なんてファンタジーらしくないと思ったら、機兵文明と共にもたらされた新技術としてルストニアを中心に各国に広まったらしい……つまりはアイツの仕業って事だね。
ウロボロスが機兵のパーツや武器を作ろうと、ルストニアの製鉄技術を向上させた結果、副産物として鉄筋や鉄骨がこの世界に生み出されることとなり……頑丈で崩れにくい建造物を実現させた……らしい。
とは言え、鉄骨や鉄筋はそこまで安く手に入る物ではないし、土地が足らないわけでもないため、鉄筋コンクリート製の高層住宅が建ち並ぶような、酷くファンタジーからかけ離れた世界にはならなかったようだ。
……ほんとよかった。
そんなわけで、新築する格納庫の資材として金属を捜しに来たのだが、そっくりそのまま鉄骨があったのは嬉しい誤算だった。
長く放置され、かなり痛んでいるためそのまま使うことは出来ないが、加工に関してはある程度
ありがたく利用させて頂くことにしよう。
本日のライダー達のお仕事は廃墟となった集落跡地の片付けと、それに伴って産出される再生資源の入手だ。
森に近いこの廃墟は、いずれ森で狩猟訓練をする際に中継地点として使うこととなる。
それにある程度整備をし、水場を修復しておけば今後始まるパインウィード経由の貿易においても重要な拠点となることだろう。
やがてここはリム族の集落とパインウィードを結ぶ新たな宿場町として発展するかも知れないな。
隊員達の作業を見守りながらそんな事を考えていると、
「今日はこの地が『禁忌地』と呼ばれなくなる第一歩を踏み始めた日です。
新たな時代への大切な一歩を踏み出した素晴らしい日になりましたね」
俺の心を読んだのか、スミレがそんなことを言ってにこりと笑う。
「そうだな。俺達が出来ることは戦いだけでは無い。
この世界に真の平和を取り戻すため、こう言う作業もがんばらないとな」
その前に大きな事を成さねばならないが、各国から訪れた商人達で賑わうこの土地を想像して胸が熱くなった。
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