第二百十六話 リム族の元へ

「はあ……ほんとに……今日で……最後なんだろうな……?」


 連日ギュウギュウ詰めの移動に根を上げそうになっているジンが嘆く。

 心配しなくてもここまで来れば今日中に到着することだろうさ。


 レニーやシグレもかなり窮屈な思いをしていたはずだが、二人の後部に押し込まれるように収まっていたジンはそれ以上に辛かったと思う。

 

 今思えば一度マシュー達と合流してからシャインカイザーで迎えに来れば良かったのだが、不思議なことに誰もあの場でそれを思いつかなかったからな。


 空の旅と言うことで魔獣と遭遇する事も無かったし、比較的安全な旅を楽しんで貰えたのでは無いかと思う。


「カイザーてめえ、ほんとな、後でな、覚えてろよ?」

「なぜ急に切れた……」

「急にじゃねえ、乗ってから今の今まで常にキレてんだよ……!」


 疲労が溜まって気が荒くなっているらしいジンを気遣い……ゆっくりと昼近くに出発したため、リム族の集落に到着したのはそろそろ日が暮れようとする頃だった。

 

 俺達の到着に気づいたマシュー達が駆けよってきて手を広げて歓迎する。


「お帰り! 随分と遅かったなあー! カイザー! 結構ギリギリだったぞ!」


「すまんすまん、備蓄がもう少し持つと聞いてたからちょっと甘えてしまったよ。

 それにちょっと事情があってな……基地からここまで酷く時間がかかってしまった」


 マシューとミシェルにはジンを拾ってきたことを報告していない。

 ふふふ、いわゆるサプライズと言う奴だ。

 

 コクピットハッチを開き、パイロット達を降ろす。

 下に降りたレニーとシグレをマシュー達が労っている。


「ふいー、やっとついたか……ああ、ちくしょう。身体がバキバキしやがる……」


 コクピット内から背伸び混じりの声が聞こえると、マシューがそちらを振り向き二度見した。


「え……っ!? えええええ!? な、なんでじっちゃんが出てくんだ!?」


「はん! 何でだって? 聞いてくれよ、マシュー。

 俺ぁよ、カイザーに騙されて積まれてきたのさ! まったくすげえ快適な旅だったわ!」


 忌々しそうに言い捨てて、肩を回してゴキゴキと鳴らしている。

 流石にあんな所に詰め込まれちゃなあ……いやあ、ほんとね? 少々申し訳ないとは思って居るぞ、少々な、少々。


 そこらに居たリム族に人を集めてもらい、穀物や根野菜など、出しておいても傷みにくい食料やちょっとした生活用品等をバックパックから取り出して倉庫に運んで貰う。


 我らおつかいチームは国という最強のお財布を使い、かなりの量の物資を買い込んできたからね。

 

 なので最早個人の買い出しというレベルではなく、何処かへ輸出する商品と言ったレベルでたっぷりと買い込んできてしまったため……小麦粉だけで山のようになってしまって……運んでも運んでも尚も現れる食料にリム族の方々が目を白黒とさせながら必死に倉庫まで往復を続けている。


「カイザーさん……? あなた、加減と言う物をご存じかしら……と、言いたいところですけれども……街道が開通するのは当分先のことですしね。

 住民達もまだまだ健康状態とは言えませんし、今後を考えれば確かにこれくらいは必要ですわね」


「ミシェルにそう言って貰えるとありがたい。いやな? 正直ちょっと買いすぎたかなとは思ったんだよな……まあ、主に買い物をしていたのはレニーとシグレなんだが」


 じろりとおつかいチームのパイロット達を見ると……ばつが悪そうな顔でミシェルを見ないようにしている。


 今回は怒られないで済んだけど……今後は気をつけないと怖い目に合うぞ。


「……その様子だと他の食料もかなりありそうですわね……。

 ただ、先ほども言いましたが、住民の栄養状態がまだまだ改善したとは言えませんからね。

 何にせよありすぎて困ると言うことはありませんわ。バックパックに入れておけば傷みませんし、今回の所は不問と致しましょう」


 レニーとシグレが心からほっとした顔をしている。

 ミシェルは無駄な買い物をするとそれはそれは凄まじく怒るからなあ……。


 いやほんとストレージ様々だよ。

 中に入れておけば時間の概念が無くなるからね。

 余らせて腐らせてしまうと言うことが無いので必要な時までしまっておけるから安心だ。


 外に出かける機体が留守番組に食料を預けるようにすれば、ある程度生活が安定するまで食料が絶えることは無いだろうな。


 とは言え、今回は俺の不手際によってちょっぴりギリギリだったようだ。

 何しろ帰りの移動時間が大幅に狂ってしまったからな……まさか倍以上かかるとは。

 

「いやまじでさ、森に狩りに行ってシカ狩りしといてよかったよ。

 それがなけりゃ元の貧しい食生活に逆戻りだったんだぞ」

 

「本当にすまなかった……次からはもう少し安全マージンを多く取ることにするよ」

 

『魔獣に襲われる問題をなんとか解決できれば、昔のように狩りができるのでしょう?』

 と、ミシェルが森での狩りを提案したのだという。


『狩り? だったら鹿だな! あたいにまかせろ!』

 と、張り切ったマシューが護衛役として立ち上がり、村の大人を数人連れて森まで行ってきたらしい。

 

 森まで人の足だと数日かかる距離が有るそうなんだけど、犬族であるリム族は身体能力がやたらと高いらしく、想定より早めに往復できたのだそうだ。


 肉が傷む前に運搬しなければいけないという障害もバックパックで解決するため、リム族達からかなり感謝されたと嬉しそうに言っていた。


 ふと広場の方を見てみれば、マシューがジンを連れて集落の案内をしている姿が見えた。

 恐らくは両親の墓に連れて行って報告をするのだろうな。


 それを思えばジンがじゃんけんに負けて本当に良かったと思う。

 

 ジンはどうなのかわからないが、きっとマシューはここにジンを連れてきて両親やみんなに紹介したかったろうからね。


 育ての親と生みの親、そして故郷に暮らす同族の人達……。

 今のマシューはきっと幸せな気持ちに包まれていることだろうさ。


 ……っと、俺達が持ってきた食料に浮かれるリム族を見て思い出した。

 彼らにとっておきのお土産があるんだった。


「なあ、ミシェル、テスト用の機兵を持ってきたんだが、何処に置けば良い?」

「ああ、それでジンさんを連れてきたのですわね。

 ええと……それじゃあ、あっちの倉庫があいていますので、格納庫にしてしまいましょうか」


 してしまいましょうか、なんて言っているけれど、あれは元々本当に格納庫だったのだろうよ。


 集落の奥に吹き抜けの背が高い建物が静かに佇んでいた。

 本体でも悠々と入れるため、そのまま中に入ってみれば、思った以上に広々としていて、持ってきた10機全てが入るというわけには行かなかったが、それでも4機は余裕で置けちゃうな。


 取りあえず簡単に片付けて場所を空け、4機を等間隔で配置した。


「まあ! 4機も持ってきて下さったのね。これだけあればテストがてらでも集落の復興が捗りますわ!」


「いや……まだ有るんだなこれが……」


「ええ? ま、まだ? あと何機ありますの?」


「6機……全部で10機預けられてきた……」


「……カイザーさんが悪いのでは無いのでしょうが、やはり加減して欲しかったですわ……」


 数の事はいくらあっても悪いことは無いのだ。問題は置く場所なのだ。

 外部から隔離され、今や機兵も持たないこの集落に格納庫が残っていただけでも奇跡といえるんだ、もう6機置けるような建物など……有るわけが無かった。


 こりゃあ……後で大工仕事をする必要がありそうだな……。

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