第二百十四話 妖精さん
レイに拐かされ……もとい、彼の自宅へ向うとなった際に、さて本体をどうしようかなと考えた。
このまま置いていったとしてもコクピットは簡単には開けられないし、何かの誤作動で乗り込めたとしても、既にパイロットはレニーで登録されているし、俺やスミレの許可なくサブパイロットとして登録することは不可能だ。
なのでそのまま駐機場にほったらかしにしても良かったんだけど、ここは機兵マニアがわんさか暮らすトリバだ。まさかギルドの駐機場で何かされるとは思わないけれど……長時間目を離すのはちょっぴり嫌だ。
だからどうしようかと、レイに相談してみた所……
「めんどくせえからそのままで良いかとも思ったが、カイザーだからなあ……。
うちのハンター共が何かしたら申し訳ねえし、しゃあねえ、うちにもってくか」
「持ってくのは構わないけれど、どうしよっかな。自立起動でついってってもいいけど……ああそうだ、よかったら俺に乗ってみる?」
「あん? お前にか!? い、いいのか!」
「うん、まあ、いい事にしよう。俺が俺に乗る許可を出してるんだ、文句はないさ」
「うおおお! ライダーとしてこれだけ嬉しい事ってあるか? 最高だぜ、カイザー!」
と、大興奮のレイをコクピットに納め……彼の案内で俺が歩いて移動する事になったわけで。
……後で「なんかおじさんの匂いがする!」とか『加齢臭で死んでしまいます』言われても俺は一切知らん。
逃げたレニーとスミレがが悪いんだからな。
道中も『なんて視界が広いんだ』だの『これが操縦桿だあ? こんなのどうやって操縦したらいいかわかんね!』だのと、まるで少年のようにはしゃぐレイに何とか道案内をさせ……ギルドから俺の足で歩くこと数分。
「もうついちまったのか……名残惜しいが下ろしてくれ……」
どうやら目的地に到着したようで、レイがため息交じりに非常に残念そうな声で告げた。
サービスでもう少し乗せてやっても別に構わなかったんだけど、あんまりちょろちょろしてレニー達と鉢合わせでもしたらめんどくさいからな。
申し訳ないがお楽しみの時間は終わりと言う事で。
「しかしこれはこれは……流石グラマス、結構な建物で」
「うるせーやい。まあ、自慢の家ではあるがな!」
流石に大統領だけあって、3階建てにしては妙に背が高いの中々に立派な建物だ。
聞いても居ないのに、得意げに語ってくれたレイによれば、一階の殆どが機兵のガレージになっていて、居住部分は2階と3階にあるそうな。
その為に3階建てと言う個人宅にしては立派なお屋敷になっているらしいのだが……スケールとしてはこちらのが圧倒的に大きいのだけれども、なんだか1階部分を駐車場にした日本の省スペース住宅を思い出してしまってちょっと笑ってしまった。
そんな俺の様子に気づくことなく、嬉し気にべらべらとおうちについて語るレイ。
「いやあ、恥ずかしい話、機兵が好きでこの仕事やってるようなもんだからよ。
買い戻した駆け出し時代に乗ってた機兵から始まって、今メインで乗ってるのまでそっくり置いてあるのさ。まあ、流石に大統領機を置く許可は下りなかったがな」
『まだ空きはあるし、お前の本体もそこに置いときな』とレイに案内されて、ガレージに入ってみたが……成程これは見事なものだ。
カエルのような頭をした機兵に、狼頭の機兵、何か角が生えたよくわからん機体に、軍機のようなカスタム機と……様々な機兵がずらりと並んでいて、レニーやザックを連れてきたら半日は、いや、泊ると言って聞かなくなりそうな程に素晴らしい眺めだった。
俺自身もかなり興奮している。量産期がずらりと並ぶ光景も良かったけれど、バラエティに富んだ機体達がずらりと並ぶ姿もまた……いいよね……。
静かにたたずむ機体達を眺めながら奥に行くと、3機ほど停められそうなスペースがあったので、遠慮なく本体を置かせてもらい、妖精体に切り替えてレイの後に続いた。
ガレージの階段を上ると大きめの扉があり、レイがそれを開くや否や、可愛らしい声とともに何かがレイに向かって飛び込んできた。
「お帰りなさい! お父様!」
レイに飛びついたのは6才くらいの可愛らしい女の子だった。
イカツイ顔つきのレイの子供だとは思えないほどに可愛らしく、フワフワとした金色の髪を揺らしながら優しげな顔つきをしている。
これはちっちゃい物好きのミシェルに見せられない奴だ。
「おう、ただいま。マリー。お客さんを連れてきたとエミリーに伝えてきてくれないか」
「わかったわ! お父様!」
元気いっぱいにそう答えると、凄まじい勢いで二階に向って駆け上がっていってしまった。成程、勢いで生きてそうな所はレイそっくりだな。
レイは脇で控えていたメイドさんに何かを伝えると、こちらを振り向き『ついてこい』と言う。
そのまま後に続いて廊下を移動しているが……なんつうかお金持ちの家って感じで恐縮するな。
ミシェルの家はさ、なんつうのかな。ありゃ城じゃん?
比較対象が家じゃなくて、テレビで見た城になっちゃうからそこまで恐縮はしなかった……っていうか、妖精体を手に入れてから一度も行ってないから、内装は殆ど知らないんだった……。
間もなくして通された部屋は、これまたやたらと広いお部屋で。
薦められるままにソファに座ってみたけれど、体が小さすぎて変な感じだ。
戸惑う俺を見て少し笑ったレイだったけれど、直ぐに真面目な顔をする。
どうやら飲みに誘われただけでは……なさそうだな。
「カイザーを連れてきたのは飲みたかったのもあるんだが、一つ頼みたいことがあってな」
人払いをしたレイがさらに真剣な顔をする。
わざわざ自宅にまで来て話すほどの内容、他のギルド職員には聞かせられないような緊急性がある依頼でもあるのだろうか……。
であればこうして無理矢理連れてきたのも頷ける……な。
「何でも受託できるわけじゃないが、我々に出来ることなら協力しよう。
それで……頼みとは?」
「ああ、いやな? これはお前かスミレにしか出来ねえことなんだが……今日会って話してみて確信した、スミレにはまず頼めねえ。
いやあ、お前が
それで……その……な? 頼みっていうのは……そのなんだ、その……」
より深刻な顔になったレイはしばらくの間なにか言いにくそうにしていたが、がばりと体ごと頭を下げ、俺への
「たのむ! マリーが来たら妖精の振りをして話をしてやって欲しい!
多少尊大な口調のままでも構わんから!」
「ええ……?」
こいつ……何を頼むのかと思えば子供への点数稼ぎかよ……。
お偉いさんの立場を利用して家族サービスとは……なんて奴だ。
少しレイについて、評価を下方修正しようかと思ったのだが……ぽつりぽつりと語られた理由を聞いたら……断れなくなってしまった……。
つい最近、レイの家で飼っていた犬が大往生したのだという。
マリーにとって、その犬は産まれた頃から居た姉のような存在で、それからずっとマリーの元気が無かったらしいのだ。
悲しげな顔で庭を見つめて居たり、食事の時間には寂しげな顔で足元を見て居たり……何時もそこに居た、いつまでも一緒にいるだろうと思っていた存在が突然に失われてしまった。
それが幼い少女にとってどれだけ辛い事だったか。
……私も兄弟同然に育った犬とお別れしたことがあったな。
柴犬だったんだけどさ、生まれつきあんまり体が強くはなくって。
それでも結構長く生きてくれたんだよね……あの時私は10歳だったかな。
どうしてこの子はもう治らないのか、どうして弱っていくのか。
理不尽で、悲しくって仕方が無かった。
マリーは私よりも幼い今、別れを迎えてしまったんだ。
きっと悲しくって、辛くて、寂しくって仕方が無かったんだろうな。
レイの話を聞いていて、正直少し泣いてしまったよ……流石に涙は流れないのでバレなかったけれど、感情的にね。
そして、その後に続いたレイの言葉に……負けてしまったんだ。
「そんなわけでマリーは何をしても元気が無かったんだけどな、ある日の事だ。
マリーが珍しく元気に俺の所に駆けよってきてな、こう言うんだよ。
『お父様! 妖精さんを連れたハンターがいるって本当?』ってな」
マリーが大好きな絵本に妖精が出てくる物があって、それはそれは妖精に大して憧れを持っているのだという。
そんなマリーの元に飛び込んだ妖精の噂。久々に見たマリーの元気な顔に思わずレイは約束してしまったらしい。
「任せろ! 俺が妖精さんを呼んできてやるからな! って言っちゃったんだよ……。
その日からマリーは少しだけ元気になってな、妖精さんまだかな、会いたいなっていうんだ。それを楽しみに生きているような感じでよお……。
なあ、頼むよカイザー、借りは必ず返すからさ……たのむ! この通りだ!」
ずるいよな。不味い事に私も同じような経験をしてガッツリ凹んだことがあるわけで。
あんな元気な子が、妖精の噂を聞くまでがっつりと凹んでいたんだぞ?
……断れるわけがないでしょうに!
「しょうがない、ああ、しょうがないったらしょうがない。
わかったよ、ボロが出そうだからそう長くは出来ないけどさ、可愛い娘さんに免じて俺が一肌脱いでやるよ」
「助かる! 本当に助かる! いやあ、持つべき者はカイザー様だな!」
変な持ち上げられ方をされても困るっつーの。
まあいいさ。
演劇は得意じゃないけれど、見た目パワーで少女につかの間の夢を見させてあげるとしようじゃないか。
レイと打ち合わせをし、ちょっとだけ支度をしてから間もなくして。
コンコンと、ノックをする音が聞こえた。
レイの応答と共に扉が開かれ、声からすればマリーとレイの奥さん、エミリーが入ってきたようだ。
「マリー、エミリー、今日は凄いお客さんを連れてきたぞ」
「え? お客さん? 来てるって言ってたけど、どこに居るの?」
「それはな……」
レイが俺に目配せをして出るよう合図をする。さて、緊急依頼のはじまりだ。
「始めまして、マリー。私は……貴方達人間が妖精と呼ぶ者です」
「ふぁ……よ、よ、妖精しゃまあああああああああ!!!!!!」
凄い勢いで駆けよってきたマリーがガッ! と少女にあるまじき凄まじい力で俺を掴む。
「ググ、マ、マリー? ちょ、力が……あの……つぶ……潰れるから……ね……?」
レイの娘と言うだけあり……お、恐ろしい握力。
スミレ先生によってかなり頑丈に造られている筈の身体だが、気のせいかメキメキと音が聞こえる……。
「ああ! ご、ごめんなさい……! あの……私、妖精さんを見て嬉しくて……その……」
俺を解放したマリーがしょんぼりしながら謝っている。
いかんいかん、凹ませては依頼失敗になるからね。ここは優しく、やさーしく。
スミレ先生を思い出しながら……妖精さんらしく、妖精さんらしーく。
「ふふ、良いのですよ。貴方が元気で良い子なのは知っています。
私の事がかかれた絵本をいつも読んでくれてるんですって? ありがとう」
「わああ……やっぱりあの絵本は本当のことだったんだ!」
その後、小一時間ほどマリーから様々な質問を受けることとなった。
妖精の国について、とか、他の妖精は居るのか? とか、今までの旅についてとか。
生前の
『他の妖精は』の質問をされた際に『生意気な妹が居る』と、いい加減な事を言ってさり気なくスミレを巻き込んでおいたので、後で連れてこようと思う。
「マリー、そろそろお勉強の時間よ。妖精さんはお父様と大事なお話があるみたいだから、そろそろ……ね?」
母親のエミリーからそう言われたマリーは少々名残惜しそうな顔をしていたが『はい、お母様』と、素直に頷いていた。
「マリー。私はどんな時でも貴方の味方ですよ。今度会う時までよい子でいてね」
「はい! 妖精さん! 良い子にしてます! だから……また来て下さいね!」
「ええ、次に会うのを楽しみにしている……わ」
マリーはとってもとってもご機嫌な顔で部屋を後にした。
それに続いたエミリーがこちらを向くと、可憐な笑顔で深々とお辞儀をして去って行った。
「ありがとうよカイザー。エミリーの奴もあれから元気が無くてよ。
母子揃って元気な顔を見られたのは久々だったよ。無茶を言ってしまったが、本当に感謝している!」
「まあ、たまにはこう言う依頼を受けるのも悪くないさ。
大きな事を成すのも大切だけどさ、家族を犠牲にしてまで無理に成し遂げようとする様な奴は好きではは無いしね」
「そうか……へへ、カイザー、お前って奴はほんと最高だぜ。
俺はお前と知り合えて……友になれて心から嬉しく思うぜ!」
「そうかい。まあ、ブレイブシャイン共々今後もよろしくしてやってくれ」
「あったりまえじゃねえか!」
その後は予定通りに酒宴がはじまって。
結局夕方までレイとサシで飲み続けることとなった。
どういうわけか、律儀に「体内に過剰なアルコールを検知するとセンサーやAIに影響を及ぼす」プログラムが仕込まれているようだからな。
今回もまた、良い具合にお酒にやられていい感じになってしまったのである。
すっかり気持ちよくなってしまった俺は、このまま本体で帰ると何だか飲酒運転のようで気が引けたため、レイに言って本体を預け、宿屋へフラフラと妖精体で向った。
窓からレニー達が居る部屋に入ると、既に3人は帰ってきていて、ご機嫌な挨拶と共に入ってきた俺の方を向いて、にこやかに声を揃えて言った。
「「「おかえりなさい、妖精さん!」」」
「はぁ!? な、ななな、なんの話だ!」
「ふふ……その身体では会話が私に筒抜けだと以前言ったでしょう。
途中から皆で聞いてましたよ、素敵な妖精の国のお話しをね」
「石で門を作ると妖精国への道が開かれる……カイザーさん、よくそんな素敵なお話を思いつけますよね」
「四季折々の花が咲き乱れる理想郷……そこで作られる蜜の飲み物……私も一度飲んでみたいものです。ふふ、カイザー殿は中々に文才があるようだ」
……。
そう言えばそうだったー! 妖精体にはインカムが内蔵されていて……その気になれば音声データは勿論のこと、視覚情報まで得ることが出来るのだった……。
同時に俺もスミレの情報を得られるわけだから、互いにめったな事では使わない様にしようねと約束しあってたというのに……ぐぬぬ……おのれスミレめ!
理不尽に辱められたようで、なんだかとっても腹が立ったけれど、レニー達の言葉はからかって言っているわけでは無く、純粋に少女の夢を守ったことを褒めてくれている感じだったので……今回の件については許すことにした。
ただただ恥ずかしかったけどね!
――そして後日。
夕焼けに染まるのイーヘイの街中をふらりふらりと、楽しげに舞っていたらしい妖精の噂が飛び交うこととなるのだが……俺は悪くない。
悪く無いったら悪くないぞ!
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