第二百六話 犬族の集落を目指して
シャインカイザーのコクピットにマリネッタを乗せ、彼女の集落を目指す。
最初は何処か不安げなマリネッタだったが、ゆっくりと浮上し、飛行をはじめると下界を眺めて嬉しそうにはしゃいでいた。
30分程の短い旅だが、楽しんでくれるなら何よりだ。
真っ直ぐ集落と思われる場所を目指し移動していて居たところ、途中レーダーが海辺に数人の反応を検知した。
「む、海辺に人が居るな……これはもしかしてマリネッタを探してるのでは無いか?」
「あ……お姉ちゃんと海に来てたから……お姉ちゃんが誰か呼んできたのかも……」
そういう事は早く言って欲しい。
進路を変え、海に向って移動する。
我々のキャンプ地より北に30kmは軽く離れている。
こんな長距離をよくもまあ無事に流れ着いたものだ……。
浜辺に近づくと俺達に気づいた人達が空を指さしながら大騒ぎをしている。
何か武器のような物……槍だろうか? それを構える男達、その後ろに隠れ怯える女達。
10人前後の獣人達が完全に敵を見る目でこちらを警戒している。
「これ以上刺激するのは不味いな。レニー、ここで降りよう」
「そうですね、では着陸!」
砂浜に降り立った俺達を遠くからじっと監視する獣人達。
このままでは埒があかないので、パイロットと共にマリネッタを降ろして無事を伝え、警戒を解いて貰う事にしよう。
コクピットハッチが開くのを見て警戒度が更に上昇したようだったが、そこから顔を出したのがマリネッタだったため、集まっている人々の顔がなんとも言えない表情に変わった。
「マ……マリネッタ!?」
一人の犬族、マリネッタとよく似た顔つきの少女が戸惑いと喜びが混じった声を上げる。
「お姉ちゃーん!」
えっちらおっちらとコクピットから降り、少女に駆けよるマリネッタ。
少女もまた、こちらに駆けよって二人で抱き合って謝りあっている。
「ごめんね、ごめんマリネッタ。お姉ちゃんが目を離したから……ごめんね……」
「ううん、私が勝手に船に乗っちゃったのが悪いんだよ……ごめん、ごめんねお姉ちゃん……」
俺が出るとまた話がややこしくなりそうだったので、取りあえず乙女軍団が事情説明に降りていく。
「あんたがマリネッタのお姉ちゃんだな?」
「え……ええ、そうだけど……あなた達は一体、どこから……?」
「あたいはマシューだ。訳あってここに来たんだが、海を漂うマリネッタを見つけてね。
一晩泊めて家まで送ってたとこだったんだ」
「ありがとう……何処の部族の人か分らないけど、本当にありがとう……」
「いいっていいって。しかし、魔獣だらけの場所なのにそんな装備で平気なのか?」
確かに護衛と思われる男達の装備はお世辞にも魔獣をどうにか出来るような物ではないし、機兵が一緒にいるわけでもない。
これでは護衛の意味が大して無いのでは無かろうか。
「……平気なわけあるか! まともに動く機兵も無くなっちまったし、武器どころか食いもんだって……」
犬族の男、リシューの話を聞くに、彼らの集落はかなり悲惨な状況だった。
周囲を魔獣の住処に囲まれた厳しい環境、遺物の力により集落は保護されているがそれも何時壊れるか分らない。
周囲は砂漠で食料調達が難しいために定期的に隊を作り、森や海に命がけの採集に向っているのだという。
海側は比較的魔獣との遭遇率が低く、女子供が行かされることが多いとのことで、昨日はマリネッタ姉妹と数人の少年達で海まで来ていたらしい。
しかし、海で取れる物と言っても多くは無い。
近年大型の魔獣が海中に現れるようになり、船を出すことが出来なくなったため、採集するのはもっぱら浅瀬で狙える貝や甲殻類のみ。
協力して集められた僅かな食料で住人達は日々食いつないで居るようだ。
「なあ、良かったら集落まで案内してくれないか?
途中魔獣から守ってやれるし……その、あたいもちょっと色々聞きたいことがあってさ……」
ヒソヒソと相談している獣人達だったが、マリネッタの姉、ラムニッタが「信用に足る」と後押しをしてくれたようで、無事それは許可されることとなった。
「……同族はいっけど見慣れねえ人種が混じってるし、正直まだ信用しきれねえが……マリネッタのこともあるし、その……でけえ機兵がありゃ帰りも安心だろうし……勝手に着いてくれば良いさ」
リシューがよく分らないことをモジモジと言ってるが、ついて行って良いというのであればそれに甘えるまでさ。
マシューのこともあるし、マリネッタを無事送り届けたいというのもあるし、何よりその集落の状況を聞いてほっとける我々じゃあ無いのだ。
折角だし、馬車となって乗せていこうかとも思ったのだが、完全に警戒が解けていない今、余計な刺激をしてしまうのは良くは無いだろうと言うことで、マリネッタとラムニッタのみコクピットに入れ、ゆっくりとした足並みで集落を目指すことにした。
二人を乗せたのはマリネッタが『また乗りたい』とねだり『お姉ちゃんも乗せたい』と半ば強引に姉も乗せてしまったのがその理由なのだが……男達も何人かがそれを羨ましそうに見ていたのが少し微笑ましかった。
海から集落までは徒歩で2泊3日の距離があるらしい。
結構な距離だが、これはこれで彼らの警戒を緩めるチャンスとなりそうだ。
ゆっくりと歩きながら周辺の生態調査をする。
砂浜地帯に入ってから暫くの間は海辺に見られる植物が群生していたけれど、そこから離れるにつれ、植生は徐々に砂漠特有のものに変わっていき、多肉植物のような物が多く見られるようになった。
サボテンの様なそれはあまり美味くはないが食料として食べられているそうで、犬族達は大きめの物を選んで採集していた。
他に生えている物と言えば、大人のふくらはぎくらいの高さで茂る低木に、硬く鋭い葉を持つ草。
ラムニッタによれば、森の植物を育てようと思っても枯れてしまって育てられなかったとのだと言う。
いくら砂漠に打勝つ強烈な森とは言え、いきなり砂漠のど真ん中は厳しいのだろうな。
集落の住人達も、好き好んで今の生活をしているわけではなさそうだった。
一度意を決して森から先に抜けようとする動きがあり、武装した機兵と共に旅立ったことがあったらしい。
しかし、それが成功することは無く、多くの犠牲を払いながら命からがら集落まで戻る羽目になったのだという。
以後は誰も森を抜けようとは言わなくなり、日々摩耗しながらも今の生活にじっと耐えているのだそうな……。
……もしかしたらその話はマシューの件と大きく関わっているのかも知れないな。
それはマシューも同じように思ったようで、神妙な顔をしてその話を聞いていた。
『レニー、止めて下さい。男達が何か合図をしていますよ』
突然喋ったスミレにラムニッタがビクっとしていたが、マリネッタから「これは妖精さんの声だから大丈夫」と言われひどく混乱している。
……なるべく早い内に誤解を解いておかないとな。
男達の合図はここで野営をするというものだった。
さっそく何時ものように「おうち」を取りだし、野営の準備をしている乙女軍団だったが、案の定犬族達から驚きの目を向けられている。
「おい、今何をやった? それはなんだ……?」
「あー……これは私達の寝場所で……普段はあの中にしまってあるんです」
「寝場所を持ち歩いているのか?」
そう驚く犬族達は焚火の用意はしているが、テントを出す様子が無かった。
背負っているカバンに入っているのは毛布や火起こしの道具など、最低限の野営道具だけで、後は集めた食材を入れているらしい。
テントを出さないことを不思議に思ったミシェルが尋ねると、それはなんだと逆に尋ねられていた。
どうやらこの辺りにはテントという概念が無いらしく、野営の際は焚火を囲んで布をかけて寝るようだ。
これぞ正しきファンタジー世界の野営とも言えるけれど、流石に今回それはちょっとよろしくない。
我々も同じ様にするのであれば構わないが、このままではちょっと気を遣ってしまう。
護衛対象を差し置いておうちでぬくぬくというのはちょっとね。
こんな事もあろうかと……というわけではなかったのだが、今回は良い物があるんだ。
ザックとの旅で思い知ったというか、気づいたのだけれども、ブレイブシャインが男性と野営する際、相手がテントを持っていないという状況は非常に面倒だ。
なのでそれを想定して大型のテントをいくつか購入し、収納しておいたのだ。
『レニー、テントを2つ出すから男達に使い方を教えてあげてくれるか?』
『そうこなくっちゃ! 屋根無しで地べたにごろ寝とか可愛そうですもん!』
大きな包みを持って駆けよるレニーをギョッとして見ていた男達だったが、おうちを指さしながら説明をするレニーを見て、まんざらでも無い顔をした男達が「しょうがねえなあ」とテントを組み立て始めた。
出来上がったドームテントを出たり入ったりしている男達を微笑ましく眺めていると、シグレ達が夕食の用意を始めたようで辺りに良い香りが漂い始める。
それを羨ましそうな顔で遠巻きに見ている犬族達だったが、ミシェルが
「そんな顔しなくてもよろしいですわ。夕食は皆で食べるものですもの。当然貴方方も一緒にね」
と、にっこり笑いながら言うと、尻尾をブンブンさせながら……
「……まあ、そう言うなら食ってやるけどさあ」
「しょうがなくだぞ、しょうがなく」
「お前らのことを信用しているわけでは無いんだからな」
と、言っている。
尻尾は口よりも雄弁だ。
猫族にしろ、犬族にしろ……獣人種の方々は嘘をつけないから見ていて面白いな。
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