第二百五話 漂流者

「カイザーさん!」

「ああ! いくぞレニー!」


 遭難者の反応は幸いなことに陸上からほど近い場所だ。

 カイザーであれば十分に脚が届きそうだったため、合体はせず救助に向った。

 

「カイザーさん! あそこ! 誰か木に捕まって浮いてるよ!」


 レーダーの反応を見ながら少し進んだ所で直ぐにレニーが対象を発見した。

 

 小柄な人間、恐らく子供であろう人間が板に上半身を預け浮かんでいる。

 波を起こさないよう、慎重に近づき……よし、確保。


 意識は無いけれど、命に別状は無さそうだ。

 とは言え、今は真冬で、外気温は6度。海水温は17度……そんな中で海水に身をさらしていたため、子供の身体はかなり冷え切っている。


 このままでは危険だ。一度おうちに運んで手当をしてあげなければ。


 海流が幸いしてか、沖合に流されるようなことは無かったようだが……一体何故このような事態になっているのだろう。


 そもそも、この少女は何処から流れてきたのだろう?

 大陸のこちら側には航路は勿論、町や村は無かったと思うのだが……。


 おうちに運び込むと、直ぐにレニー達がお湯で身体を拭いてあげたり、着替えさせたり、毛布でくるんであげたりと甲斐甲斐しく世話をはじめた。


「スキャン完了。脱水症状と疲労、軽い低体温症が見られますが、医療キットで処置しましたので後は経過観察で良いでしょう」


 医療キットという物が突然登場したのに少々驚いたけれど、設定上そう言う物が装備されていてもおかしくは無いか……乙女軍団は妙に頑丈だもんな、今まで必要になるようなことが無かったから、知らなかったよ……。


「ありがとう、スミレ」


「いえ、当然のことですので。

 それで……マシュー達も気づいたかも知れませんが、この少女はどうやらマシューと同族、犬族のようですが……」


 そう言えばちゃんと姿を見ていなかったなと、少女を見れば、紅い髪から飛び出ているのは確かに獣人特有の耳だ。


 ジンの物よりも大きく、言われてみればマシューの耳とよく似た、わんこのお耳が生えている。


「やっぱそうかあ。尻尾がさ、じっちゃんのとは違って……あたいのと似てたんだよな……シュッとしてるんじゃなくてさ、ふさっとしてくるっとしてるっていうか」


 大陸において犬族は珍しい、それもたまに見かける程度というレベルでは無く、レアな人種だと聞いている。

 

 そんなレア人種がこんな時間に波に揺られて辿り着く、こんな偶然があるのだろうか。


 ……妙なことを考えてもしょうが無い。この子が目覚めたら事情を聞いてみないとな。


 目覚めたら食べさせてあげましょうと、シグレがスープを温め始めるとクンクンと鼻を動かして少女が目を覚ました。


 これは種族特性で鼻が良いとかそういう奴なのだろうか……。


「ううん……」


 声に反応したマシューが駆けより、少女の顔をのぞき込む。


「お、起きたか。大丈夫か? 何処か痛いところは無いか?」

「ん……だいじょ……ぶ……ここは……あれ……お姉ちゃん?」

「ああ? いや、あたいはお姉ちゃんじゃ無いぞ。どうだ、お腹空いてないか?」


「ん……お腹空いた……」


 その声を聞いてマシューはにっこり笑い、シグレからスープを受け取って少女に手渡す。


「熱いからな、ゆっくり食べな。ほら、飲み物もあるからな」


 まだ体力が戻っていないのだろう、震える手でゆっくりとスープを一口飲み、二口のみ、三口飲んで少女が涙を流した。


「美味しい……こんなに美味しいのはじめて食べたよ……」

「そ、そうかい。いっぱい有るからゆっくり食べろ」


「うん……ありがとう……」


 スープを2杯食べた少女は身体が温まったせいか、ほっとしたせいかは分らないが徐々にウツラウツラとし始め、再び眠りに入ってしまった。


「寝ちゃったか。小さな子供があんなことになってたんだ、仕方ないな」

「そうですね、今はゆっくり体力を回復させてあげましょう」


 気づけばそれなりに良い時間になっていた。

 マシューが「今日はあたいが抱いて寝るよ」と少女の横に潜り込むと、他のパイロット達もそれぞれ「おやすみー」とそれぞれのおうちに帰って行った。


『ウロボロス、周辺を高感度サーチしてくれ。対象は人間、範囲は沿岸を重点的に頼む』


『了解だよ、カイザー』

『さっきの子のおうちを捜すのね』


 少女が乗っていた板は分析の結果、小舟の残骸であることが判明した。

 周囲に魔獣が居るこの土地で女の子が一人で暮らせる筈は無い。


 恐らくはそれ程遠くない位置に集落かなにかが存在しているはずだ。


 そうじゃなくとも、もしかしたら船に同乗者がいた可能性もある。もう手遅れかも知れないが可能な限り見つけてあげたい。


『お、見つけたよカイザー。ここから北東に行ったところに多くの反応がある。

 恐らくはこの女の子の住んでいるところかな』


『でも、海から結構離れた場所よ。カイザーが言う範囲では何も見つからなかったから範囲を広げたらビンゴよ』


『そうか、海辺には反応は無かったか……でもお手柄だ! ありがとう』


 

 であれば、小舟に同乗者がいなかったことを祈りつつ、明日少女が話してくれるのを待つとするか。


……

… 


 翌朝、珍しく早起きしたマシューが少女を連れてお風呂へ向った。

 なんでも一緒に寝たために、少女が起きた気配で目が覚めちゃったようで、ついでだから朝風呂にって事らしい。


 やがていつも通りにシグレが目覚め、浜辺で鍛錬を始めるとレニーとミシェルもモゾモゾとおうちから現れて朝食の準備を始めていた。


「わ、マシューもう起きてたの? 珍しいこともあるものだなあ」

「あたいだってたまには早起きするさ。おっと、お前はまだそっちいくな。頭拭いてからだ」

 

 神妙な顔でレニーが言っているのがちょっと面白かったが、なによりお姉さんぶっているマシューがまたとっても微笑ましくて非常によろしいな。


 そして間もなく始まった朝食中、美味そうにパンを頬張る少女に声をかける。


「夕べは色々あって忘れていたが、自己紹介をしようじゃ無いか。

 俺はカイザー、こんな姿だが妖精じゃ無いからな。よろしくな」


「妖精さんなの? 凄い凄い! あたしはマリネッタ!」


「へー、良い名前だな。あたいはマシューだよろしくな」

「私はレニーだよ、よろしくね、マリネッタちゃん」

「私はミシェルですわ。ふふ、後でブラシをかけてあげますわね」

「私はシグレです。よろしく頼む」


「私はスミレ。妖精さんです。敬いなさい」


 マリネッタは俺の話を無視するし、スミレはそれに乗るしなんだかめちゃくちゃだが場が和んだので良しとしよう。


 ミシェルが少女を見る目が少々怪しいのも気になるが……。


「それで、マリネッタ。君は船に乗って何をしていたんだい? 一人だったのかい?」


「うん! あのね、お母さんが病気でね、えいよう? あげたいなってお魚取りに行ったの。

 死んじゃったお父さんが使ってた船が海にあるからね、手でエイ! ってやろうと思ったんだけど……」


 そこまで言うと目に涙を溜めはじめ、続きをゆっくりゆっくりと話してくれた。


「お魚はとれないし、船は言うこと聞かないし、やっとお魚きたっておもったら、船に穴をあけてね、やめてっていってもやめなくて……気づいたらここで寝てたの」


 なんて無謀でガッツがある子供なんだ……。


 と言う事は、他に遭難者は居ないと言うことで、それは非常に喜ばしい情報だが……こんな子供が一人で海に出なければならないと言う状況、それはとても気に掛かるね……。


「よし、マリネッタ。取りあえずご飯を食べたらお家に帰ろうか」


「うん……ありがと、妖精さん……」


「帰ろうって、カイザー、お前マリネッタの家がわかるのか?」

「ああ、恐らくだがな。ここから北東に多くの人体反応がが確認できた。恐らくはそこだろう」


「まさか禁忌地に人が暮らす場所があるなんて……これは後で報告した方が良いですわね」

「そうだな、トリバ、ルナーサ両国に知らせて、場合によっては何らかの援助が必要だろうな……」


 朝食が終わると早々に片付けをしてマリネッタの「おうち」に向った。

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