第百九十九話 勧誘

 リックが用意してくれていた食事に、レニーが作ったシチュー。

 それに乙女軍団がアチラコチラで買い集めていた屋台飯が加わって非常に豪勢な夕食になってしまった。


 それに加えて、我々ブレイブシャインの旅の話にザックが作った機兵・魔獣人形までが飛び出して、いろいろな意味で満腹になる素晴らしい夕食の時間となった。


 そんな夕食も佳境に入り、みんながバックパックから取り出したデザートに手を伸ばし始めた頃、リックに話を切り出した。


 取りあえず、まずは現在の我々をきちんと知って貰おう、レニーに声をかけ、パーティーランクが書かれたカードを出して貰った。


「先程の話の中では敢えて伏せていたんだが……リック、これを見てくれ」


 机に置かれたカードをちらりと見たリックは「なんだパーティーカードじゃねえか」と、それを手に取って珍しくも無いと言った感じで眺めていた……が。


 口に入って居たワインを噴き出し、激しく咳き込んでしまった。


「あー! もう、リックさん大丈夫?」


 背中をさするレニーを「大丈夫だ」と手で制し、改めてワインをぐいっと呷ると低い声で言った。


「おいおい……こりゃなんの冗談だ? れ、レニーが……いや、お前らがファーストパーティーだあ?」


 パーティーを識別するパーティーカードは個人識別用のタグとは違いカード型で、パーティーに1枚だけ発行される。ランク毎にデザインの差異は無く、表面に刻まれた「級」のエンブレムでのみ内容を読み取ることが出来る。


 以前リックに見せた時点ではサードだったため、今回も変わらず同じクラスだと思っていたリックは盛大に咳き込むこととなったというわけだ。


「いや、街で噂になっていたのは俺も耳に挟んでいたぜ? けどよ、そりゃしょうもない与太話だとアルバートの奴と笑ってたんだが……まさか本当だったとはなあ……」  


「いや、正直俺達もこの昇級には驚いたんだよ。

 それでこの件には前回は話せなかった依頼が絡んでいるんだけどさ、実はね……」


 と、ここまでの経緯をざっくりと説明した。

 

 黒騎士からトレジャーハンターギルドを防衛する依頼を受けていたこと、国家から受託した依頼だった上に、不確実な情報だったため、外部に漏らすことが出来ない機密性が高いクエスト扱いだったことをまずは告げた。


 リックに怒られるかと覚悟していたのだけれども、

『どうせそんなこったろうとは思ってたよ。相手が黒騎士だってのは知らなかったし、今聞いて肝が冷えたがね』


 と、苦笑いをしていた。

 

 そして、黒騎士戦後にリーンバイルへ向ったことを伝え、そこから今回の本題である、帝国が抱えている危険で非常に厄介な物を奪取する依頼を受けていることを伝えた。


「……そんなヤベエ話を町工場のジジイ如きにしたってこたぁ……あれだな?

 お前ら……俺を巻き込もうって魂胆だなあ……?」


「ああ、そうだ。今回の依頼にはリックの力が必要なんだ。だから卑怯なようだけれども、先に簡単に状況説明をさせてもらったんだ。

 ただな、リック。先に断っておくが、これは別に強制ではないからな。

 確かにこれは外部に漏れたら不味い機密情報ではあるけれど、協力しなければ罰せられるとか、事が済むまで何処かへ監禁されるって事は無いよ。

 俺が許さないし、アズベルトさんもレインズさんもそこまでする人達じゃ無いからね」


「かー! グラマスやルナーサのお偉いさんを名前呼びたあ、カイザーおめえ随分すげえとこに行っちまったな! それで俺になにをやらせようってんだ?」


「話したとおり、ほぼ間違いなく帝国の機兵とやり合うことになるだろうさ。

 となればこちらの現行機ではとてもお話にならない。けどな、リック。

 リーンバイルで無傷の1世代機を手に入れたんだ。俺達はそれをベースに『カイザー』の設計思想を応用した新たな機兵を生み出して戦力に充てようと思ってる。

 ザックの柔軟なアイディアと、リックの熟練の腕……それとマシューの爺さんが加われば素晴らしい機体が出来ると思うんだ。

 リックに頼みたい仕事は現在紅き尻尾が整備中の俺達の基地に出向し、機兵の開発をしてもらうことだ」

 

「新たな機兵を造るときたか……でかくでやがって……いいぜ! やってやるよ。

 さっき見せて貰ったザックの小僧の人形もおもしれえし、伝説の1世代機を弄くり倒せるんだ、やらねえ理由はねえ……それに紅き尻尾の頭領とも付き合いが出来るんだ、断る理由はないよ」


「じゃあ、明日にでも一緒に……」

「まて。力を貸すには一つ条件がある」

「条件……? 報酬は勿論ルナーサとトリバから出るし、足りなければ交渉すれば……」

「ばっか、金じゃねえよ。寧ろこれは金払ってでもやらせて貰いたいくらいだ。

 そうじゃねえ、俺が欲しいのは人材だよ。あいつを……アルバートも連れて行くのが条件だ」


「おっちゃんをー?」


「人員はいくら居ても良いから断る理由は無いが、一応理由を聞かせて貰って良いかい?」


「あいつはああ見えてかなりの目利きでな、パーツの善し悪しは勿論、その元となる魔獣の生息地にもやたら詳しいんだ。

 何か必要となった時、俺が信頼できるパーツ屋が近くに居れば楽だなってのもあるけどよ、あいつは兎に角役に立つぞ。素材の加工なんかも出来ちまうからなあ」


 なるほどね。素材の入手は俺達が担うことになりそうだけど、その指示を出せる人が居るのは心強いな。それに加工も出来るとなれば、結構な戦力になってくれそうだよ。


 アルバートは予定に無かったけれど、彼の力もきっと必要になるだろうし、なにより……リックだけ連れて行ったら後からきっとひどい目に合いそうだからな。


 そうだよな。リックに声をかけてアルバートおつちやんに声をかけないのも水臭いよな。

 うん、おっちゃんにも是非声をかけてみようじゃないか。


「よし、じゃあ出発を1日延ばして明日はアルバートにも声をかけてみるか」

「いや、それには及ばねえよ。今日もどうせ飲みに来るだろうしな……」


 ……ほんとリックとおっちゃん仲良しだよなあ……本人たちは認めようとはしないけどさ。 


 と、間もなくして。以心伝心って奴なのかねえ……。

 ドアが開かれヤアヤアとアルバートがやってきた。


「おう、来てやったぞ、リック! ……つっっっうか! おいくそ! レニーが来てんじゃねえか! ちくしょう、俺だって家が広けりゃよお……レニーを泊めてやれんのに畜生」


「あはは、ただいま、おっちゃん!」

「ああ、おかえりだ、レニー! 少しデカくなったか?」

「そう直ぐに成長しないってば!」

「それもそうか! わはははは!」 

 

 相変わらず元気でレニー大好きなおっちゃんだな。

 素早くレニーの隣に座ったかと思ったらその勢いで酒を煽って近況報告を始めてしまった。


 幸せそうにレニーと話すおっちゃんを邪魔するのも申し訳ないので、そのままレニーから経緯とお願いスカウトをしてもらうことにした。


 レニーの説明は俺の話よりどうでもいい情報がやたらと多くて、あっちにいったり、こっちにいったりと大変に遠回りをしているが、おっちゃんが嬉しそうだからかまうまい。。

 リックもまた、嬉しそうに目を細めてレニーの話を聞いているしな。


 結構な時間をかけて、ようやく一通りの経緯を聞き終わったおっちゃんがグラスをテーブルに置き、こちらを見て言った。


「まあ、なんつうか話はわかったし、リックが行くっつうなら……いや、レニーが来いって言うなら俺は行くぜ。

 それでよ、具体的な話……今後出来る組織や俺達の役割なんかを詳しく教えてくれるとありがたいんだが」


「組織……か。そうだな、単なるブレイブシャインのお手伝いさんというわけにはいかないもんな。

 これから生まれようとしているのはトリバ、ルナーサ、リーンバイルこの3国共同で作る機兵の基地だ。我々は差し詰め同盟軍の様な組織になるのだろうな。

 各国からそれぞれ惜しみなく協力をしてくれる旨を取り付けてあるから、機兵に関わるものとしてこれ以上無い環境になるはずだ」


 トリバからは主に人材と資材。ルナーサからは資金と資材、そして聖典のオリジナル。

 リーンバイルからは1世代機の提供と情報が届けられる手はずになっている。


 それぞれが出来る範囲で最大限の協力をしてくれる、非常にありがたい話だよ。


「ザックには俺たちや聖典、1世代機を隅々まで調査してもらって改良案を出してもらう。リックにはそれを実現可能な範囲まで落とした設計をしてもらうのと、製造が主な役割になるんだけど、それは遺物に詳しいトレジャーハンターギルド、紅き尻尾と協力してやってほしい。

 最後にアルバートだけど、図面を元にして必要な資材の洗い出しをお願いしたい。例えば『軽くて頑丈な素材』がほしいと思っても、腕と脚では適切な素材が変わってくるだろう? その辺りの知恵を、入手場所を含めた情報をまとめてほしい」


 俺の話を腕組みをしながら聞いていたリックが酒をぐいっと煽って口を開く。


「紅き尻尾はよ、マシューの実家なんだよな。カイザーの武器を無理やり使えるようにして使ってたんだろ? そんな面白い事をしやがる連中の事は前から気になってたしよ、カイザーの話を聞いてなおさら語り合ってみてえもんだと思ってたんだ、一緒にやれるのは嬉しいねえ」


 アルバートおつちやんもそれに続いてニヤリと笑う。


「リックから聞いてるぜ? ヒッグ・ギッガの素材まだまるっと持ってるんだろ?

 それだけでもワクワクするのに、レニーが黒騎士とやりあえるほど強くなってると来た。

 ルナーサがスポンサーについてるとなりゃあ、今まで仕入れたくても諦めてた素材を触るチャンスじゃねえか」


「あくまでも戦力強化のためだからな!」


「はっはっは、わかってるよわかってるよ。ま、期待しててくれ。俺もリックもレニーやお前らに頼られて嬉しいんだ。全力でやらせてもらうよ」


「ありがとう……二人とも。急がせて悪いけれど、出発は明後日を予定しているから、必要な道具や資材があったら明日纏めておいてくれ。俺が収納してもっていくからさ」


「そういうわけだから、今日は深酒しちゃだめだよ? わかった? リックさん! おっちゃん!」


 レニーに釘を刺されたおじさん達は何時もよりちょっとだけ早めに解散したようだった。


……

 

 翌日、アルバートやリックに持って行く物を用意して貰っている間、俺達は久々のフォレムをぶらつき、そして例のカフェでティータイムとしゃれ込んでいた。


 折角だからとザックも誘ったんだけど、断られてしまった。

 いやあ、そういやアイツもレニーや俺と同類なんだよね。


「折角フォレムに来たんだ、珍しい機兵をたっくさん見てくるよ!」


 なんていって、途中で別れてギルドに向かって走って行ってしまったんだ。

 季節的にはもう晩秋で、狩りの最盛期はとっくに終わってしまったけれど、フォレムには未だ多くのライダーが依頼を求めて滞在しているからね。


 ザックが興奮して走り去るのも仕方が無い話。

 まあ、今日の所はチーム水入らずでといこうじゃ無いか。


「これがレニー達行きつけの店の味かぁ……。

 こうして実際に味わうと何だか感慨深いな……」


 レニーのカメラ越しに何度か見ていた景色ではあったが、そこからは味や香りは届かないからな。


 実際に五感で味わうのとは雲泥の差があるよ。

 俺が飲んでいるのはカフェモカの様な飲み物だけれども、コーヒーのような香りがふんわりと漂い、口に柔らかに甘みが広がった後にほんのりとした苦味が通り過ぎる。


 ああ……これだよこれ。


 日がなカフェインを飲んでいた前世を思い出すね。まさかこんな身近な所に懐かしい味があったとは……スミレがこの義体を作ってくれなかったら気づけ無いままだったなあ。


「おいしーでしょ、カイザーさん。ここはほんとお気に入りなんだ-」

「ああ、最高だよ、レニー」


 以前レニー達がここに来たのはブレイブシャイン結成時だったか……。


 思えば、何か大きく事が動く前にここに来ているような気がするな。

 特にフラグというものでは無いと思うけれど、なんというか、主人公たち憩いの食堂感があってすごく良いね。


「ほらほら、カイザーこれも食ってみろよ」

「これも食べて下さいな。まろやかですのよー」


 ……この穏やかな日常を護るためにも何としてでも黒竜の孵化を阻止して帝国を止めなければならないな。

 

 それを成すために皆に多大な負担を強いることになるかも知れないけれど……。


「カイザー。こんな場所で難しい顔をしてはいけませんよ」


……スミレに言われて反省する。確かに皆が楽しんでいる時に考えることでは無いな。

 


「ああ、そうだな! よし、折角の休みなんだ、今日は皆のお勧めの店を回るぞ。

 久々のフォレムだし、楽しまないとな!」


「「「「おー!」」」」


 明日からまたしばらく忙しくなる。今日はじっくりと遊び回ろうじゃ無いか。

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