第百九十八話 はじめてのリックハウス
「へえ、奥はこんな風になってたんだな」
妖精体を得たおかげで、これまでどう頑張っても立ち入ることが出来なかったガレージ奥――居住スペースに初めてお邪魔することが出来た。
リックのことだから、ただ寝て起きて飯を食うだけ的な、雑でごちゃついた男の部屋に住んでいるのだろうと勝手に想像していたけれど……リックのおうちは予想外だった。
意外なことにきちんと綺麗に掃除がされていて、武骨な仕事場とは打って変わって、木をベースとした暖かみのある内装……。
壁にはやわらかなオレンジ色の魔導ランプがあたたかく灯り、なんだかアウトドア雑誌で見た「男の隠れ家」といった具合……ああ、何処かで見た雰囲気だと思ったが、こりゃ、マシューのおうちと似てるんだ。
こちらの世界のメカニックって人種はこの手のお部屋を好むのかな。
「あ、カイザーさんびっくりした顔してますね。わかります!
リックさんって、実はこう言うの好きみたいで、おうちは結構拘ってるんですよ。
どうせ拘るんなら、お風呂もこっちに作ってくれたら良かったんですけどね-」
我が家のように詳しいレニーさんによれば、入って直ぐの場所に小部屋があり、リックはそこで着替えをしてから家に入るそうだ。
さらにその先にはトイレと洗面所があり、手と顔を洗ってから奥に進む……
……なんでも仕事の汚れを家に持ち込まないよう徹底しているからであると言う事らしいのだが……なんてマメな人なんだ。
前世の自分よりずっときれい好きじゃないか……。
「俺はちょっくら支度してくるからよ、おめえらは先に入って清めておけ!
レニー、後はお前さんが案内してやってくれな」
「わかったー」
勝手知ったる我が家、そんな感じで我々を洗面所に案内するレニーだったが、扉を開けて固まっている。
「あれ……? 内装が変わってる……」
レニーの話によれば、扉を開けば直ぐに広めの
「おいレニー! 奥に扉が出来てるぞ!」
「え! 何それマシュー! 私知らないよ!」
「この扉……以前お邪魔した際にはありませんでしたわ」
この部屋を使ったことがある3人が見知らぬ扉を見つけて盛り上がっている。
恐る恐るといった感じでそれを開いた3人が何かに驚き、動きを止めた。
「……どうした? 何があったんだ?」
思わず声をかけると、なんとも表現しがたい表情をした3人が震える声で奥の様子を伝えた。
「……お……お風呂がある……」
「でけえ風呂があるぞ……」
「わたくし達が使っているものより立派ですわよ……」
ああ……レニーのために急ごしらえでシャワールームをこしらえたリックだもんな……。
というか、そのリック本人もシャワーを大層気に入ってたらしいからな。
気に入りすぎてとうとう自宅に風呂を作ってしまったというわけか……。
「ちょっと顔や手を洗うだけのつもりだったけど……これを見ちゃ……ねえ?」
「ああ……、でけえ風呂には敵わねえ……こりゃ汗を流さねえわけにはいかねえな」
「と言うわけですから……ザック、ごめんなさいね。ほら、シグレ貴方も来なさいな」
「え? ええ? 風呂ですか? えええ?」
「……ザック、奥でみんなが上がるまで待ってようか……」
「は、はい……そう……ですね……」
風呂という物が何かは知らないが、会話の内容からこれからレニー達がどう言う姿になるかを理解したのだろう。紅い顔をしてそそくさと逃げるように部屋を出るザック。
うーむ、初々しくて和む。
風呂に吸い込まれて行ってしまったレニーに代わり、案内役になってくれたスミレ先生によってリビングに通された。
ここまた、なかなかに趣味が良いお部屋で……ザックと共にフカフカのソファでまったりと寛ぎながら雑談をしていると、様子を見に来たらしいリックが不思議そうに声をかけてくる。
「あれ? お前らだけか? あいつらはどうした?」
「……どうしたもなにも……あんな物をみた連中がどうなるか……リックにはわかるだろう?」
「あんなもの……ああ! フロか! あれを見たあいつらが入らねえわけねえか。
そうかそうか、カイザーはよく分らんが、そこの小僧は正真正銘の男だもんな!
がはは! わりいことしたな! まあ、これでも飲んで待っててくれや」
リックは飲み物を3人分出して快活に笑う。
俺とスミレ用の小さなグラスまできちんと用意されているのが憎い。
恐らく前回寄った際にスミレ用の食器に困った経緯があったため、用意しておいてくれたのだろうな。
そして去り際に「レニー達があがったら小僧も入れよ? その日の汚れはその日のうちに落としてこそだぞ」と念を押してザックを苦笑いさせていた。
そして暫く……本当に本当に暫くたった後……湯気を立てた乙女軍団がドヤドヤとリビングに現れた。
火照った顔のレニーから簡単な説明を受けたザックが赤い顔をして風呂に旅立っていく……こういうの、傍から見てる分には非常に面白いよな。
「風呂はどうだった?」
「最高ですね! いつものお風呂もいいけど、足を伸ばして寝そべるように入れるなんて凄いですよ。みんなで入っても狭くないし!」
「ああ、ありゃいいね。一家にひとつだよ……うちのギルドにも置きたいくらいだ」
「商機を感じましたわ。これは是非お母様に相談しないと……」
「実家の風呂はもう少し狭いので……ここの風呂は羨ましいです」
思い思いの感想だな。
リーンバイルには
しかし風呂か……食事や飲酒に対するあこがれと言うか、欲求はやたらとあったけれど、風呂に対するそれはなかったな。
いや、前世で風呂は嫌いじゃあ無かったし、旅行好きの友達に誘われて温泉に言ったりもしたよ。けれど、そこまでじゃないというかなんというか……。
この体が汗でベタベタしないせいなのかな? 前世ほど風呂に入りたいとは思わないんだよね……まあ、それはそれで好都合なのさ。
もしも「風呂に入りたい!」と思ってしまったら大変だよ。
男なのか女なのか中途半端な体になってしまった今、レニー達と入って良い物か少々悩むし、かといってこの小さな体で一人でデカい浴槽に入るのも寂しい……。
「その時は私と二人、丼に浸かればいいのですよ」
「わっ、心を読むなよな」
「ふふ、データリンクなどしなくとも、貴方が何を考えてるかくらいわかりますよ」
まったく。スミレとは部分的にリンクしているからな。油断すると心を読まれたようになってしまう。
……今のは本当にカマをかけただけっぽいけどさー。
「はー! フロってなんだあれ、すげえな! 身体がすっかり楽になったよ!」
ついさっき風呂に行ったはずのザックがもう湯気を立てて戻ってきた。
男の子の風呂ってこんなにも速いもんなのか……。
「随分速かったな? もっとゆっくり浸かっていても良かったんだぞ」
「いやいや! あれ以上浸かったら溶けちゃいますって!」
「はは、溶けるってなんだよ、だらしねえ。なあ、レニー」
「ザック、お風呂はねえ、出たり入ったりしてじっくり汗を流すもんなんだよ」
「そうですわよ? しっかりと汗を流すことでお肌もピカピカになりますの」
「肌が……って、お、おいおい、勘弁してくれよ!」
「ははは、うちの父上や兄上も長湯は苦手ゆえ、男子たるもの早湯が基本と申してましたわ」
みんなでワイワイとやってると、にぎやかな声で気づいたのかリックが戻ってきて、また飲み物を置いていってくれた。
魔導冷蔵庫でもあるのだろう、冷えた飲み物が皆を喜ばせているが……ほんとマメな人だよなあ。
「皆さっぱりしたな? うし、じゃあ俺もフロに入ってくっからよ、あがったら飯にしようや。積もる話が
「ああ、土産代わりにとびきりのネタを持ってきたから覚悟しておいてくれ」
リックはおどけるように顔を顰め、スタスタと風呂に向っていった。
……さて、如何にしてリックを口説くべきか……いや、俺とリックの間に小細工なんていらないよね。
正直に思いの丈を伝えてやろうじゃないか。
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