第百九十七話 変わりゆく視線

 熱い夜から一夜明けて。


 今回もまた、パインウィードの人々に惜しまれながら村を後にすることとなり、気分を新たにフォレムへと足を進めた。。


 昨夜はなんだかんだでアンコールを受けてしまって……結局5時間も上映会をしてしまったため、パインウィードの連中はすっかり俺たちについて詳しくなってしまった。

 

 彼らには帝国の件は話していないけれど、村ぐるみでシャインカイザーに詳しい連中となれば、今後何か協力してもらうとなった時にきっと心強い存在になってくれそうだ。


 流石に『戦場で共に闘おう』なんて言うつもりはないから、頼むとしたらバックアップでだけれども。


 

 今回は昨夜のこともあって少々ゆっくりとした出発になってしまったので、フォレムに到着する頃には夕方になっていた。

 

 フォレムへの帰還は久しぶりだったけれど、流石になにか大きく変わったという事もなく、以前と変わらぬ冒険者の街として賑わっている。


 ただ、変わらないのは街の風景だけで、街を取り巻く空気というかなんというか。

 我々を見る目は以前とは全く別物になっていた。


 チラホラと噂になっているのか、ゾロゾロと歩く俺たちを冒険者たちが遠巻きに見ながらヒソヒソとなにかを話している。


 それに耳を傾けてみれば……


「おい、見ろよあれブレイブシャインだぜ」

「ヒッグ・ギッガやバステリオン、未知の魔獣を倒して一気に1級ファーストまで駆け上がったんだってな」


「えっ? うっそだろ? ブレイブシャインってあのレニーがリーダーなのか?

 全裸のレニーがファーストだあ? そりゃ一体なんの冗談だよ!」


「そうは言うけどよ、俺たちゃハンターは結果が全てだぜ?」 

「そりゃそうだがよお……レニーって金がねえだけでバケモン見てえな才能持ってたんだな……」

「ライダーになるため金を貯めてたけど……報われてよかったぜ」

「馬鹿にしちまってたけど、成り上がったあの子を見るとなんだか嬉しいよな」

「わかるわ……後で謝っとかねえとな」  


 ハンターたちの声をしっかりとマイクが拾って俺に届けてくれる。

 彼らがレニーを見る目が変わったと言うか、改めてハンターとして認められたと言うか。

 ふふ、搭乗機体としてなんと誇らしいことか。


 悪い連中も中にはいるけれど、みんなみんながそうではなくって。

 ハンターらしく口は悪すぎるほど悪いが、多くの人達が密かにレニーを応援してくれてたんだろうな。


 中には『運良く強力な機兵を手に入れたってだけじゃねえか』と妬む声も聞こえてくるけれど、同時に『じゃあおめえはヒッグ・ギッガに立ち向かえるのか?』だの『機兵が強いのかもしんねえが、あの子の度胸は本物だろがよ』だの……すかさず周りが擁護してくれるのだから嬉しいもんだ。


 ふふ、なんだか俺も嬉しくなっちゃうね。


 ハンターたちは仕事柄声が大きい。彼らからしてみれば内緒話をしているのだろうけれど、集音するまでもなく、普通に聞こえてくるわけだ。


 当然、御者席に座っているレニーの耳にも一連の会話はしっかりと届いているわけで……顔を赤くし、恥ずかしそうにはにかんでいる。


「良かったな、レニー。ちゃんとお前の活躍を理解してくれてるハンターがたくさんいるみたいだぞ」


「えへへ……なんだか恥ずかしいです。でも、あたしもやっと……ハンターの一員として認められたんだなあって思うと……うふふ、ああ、嬉しいなあ……」


「ほらほら、レニー。もっと堂々とした顔をしなさい。

 貴方はもう1級ファーストハンター様なのですよ? 今貴方を見ているどのハンターよりも階級クラスが上なのです。ほら、もっとドヤ顔をしなさい! 威張り散らしなさい!」


 スミレがだめな方向にレニーを煽り立てている……状況が愉快で弄りたいんだろうなってのはわかるけれど、あんまりレニーに変なことを言うのはよして欲しい。


「うーん、でもね、お姉ちゃん。いくら私が格上になったといっても先輩は先輩だよ。

 階級クラスなんて機兵に乗れるようになったらただの飾りだもん、正直どうでもいいんだ。

 やっぱりハンターは経験が物を言うからね。私みたいな付け焼き刃の1級ファーストよりも経験豊富な先輩たちのがいざって時は活躍するだろうし、見た目はあんな人達だけど、私は尊敬してるんだ」


 おお、おお……よく言ってくれたな、レニー! 

 スミレは冗談にマジレスで返されてしまってバツが悪そうにしているようだが、今のは冗談にしては悪質だからな。


 ふふふ……いい薬になったな、スミレ。


「……少し試させてもらいました。よく言ってくれましたね、レニー。

 貴方が権力に自惚れるような子じゃないのはお姉ちゃん知ってましたよ。

 レニーは偉いですねー 褒めてあげましょう」


「えへへー」


 ……取ってつけたように褒めているが、俺にはわかっているぞ。わかっているからな、スミレ。


「……カイザー、何か言いたいことでも?」

「別にー?」

「クッ……」 


 そして俺たちは通りを抜け、まるで実家に帰ってきたかのような勢いでゾロゾロと無遠慮にリックの工房に入っていく。


 大きなゲートをくぐると奥に格納庫が見え、それを取り囲むように雑多な素材や機兵が並んでいる。


 すっかり見慣れたその光景を目にすると、そこまで長く住み着いていたわけではないのに『帰ってきたなあ』という気分になるから不思議なもんだ。


 リックは仕事を終えたところなのか、ちょうど外で資材の片付けをしているところだった。


 そこにゾロゾロと現れた俺達。

 すぐにリックの目にとまることとなるわけで。


「おうおうおう! なんだお前ら! 声もかけずにゾロゾロゾロゾロ入ってきやがって! 暫く見ねえ間にまーた1機増えてやがるしよ!」


「久しぶりだな、リック。いつもながら突然押しかけてすまない」


「はん! 何言ってやがる。別に悪いってわけじゃねえよ。

 どうせ宿のアテにして来たってとこなんだろ? 突っ立ってねえでさっさと家に入れ入れ! 

 ていうか、馬で喋られると気味が悪くて敵わねえよ。さっさとレニー下ろして機兵になりな」


 それもいいけど、リックに二人を紹介しておかなければ。


「リック紹介したい奴が居るんだが……」

「あん? ああ、その黒い機兵のパイロットだな。

 全く毎度のこと過ぎて慣れちまったわ」

「それもあるんだが、もう一人……な。今回ここに寄った要件にも関わってるんだが」


 話を聞いていたらしいザックが馬車から降り、リックに挨拶をする。

 触る機体のサイズは違えども、互いに腕がいいメカニックの対面だ。

 何だか少しワクワクするな……!


「はじめまして! ザックです! ええと、レニーの……ええと……


「ああん? なんだおめえ! レニーの男か!? おい! レニー! 何だコイツは! 俺は! こんな奴! 許さねえぞ!」


 とんでもない勘違いをしたザックの声を聞いて慌ててレニーが仲介に入る。

 やばい、今のはちょっと面白かった。ザックも悪いよな、変なところで区切るんだもん。


「ちょ、なにいってんの! ち、違うよ! ザックはそうじゃなくって!

 ちょっと特殊なメカニックなの! 私達のお仕事を手伝ってもらうためにフロッガイから一緒に来てもらったんだよ!」


 必死に弁明をするレニーだが、何だか少し顔が赤い……しかし、これは別にザックと何かそういうフラグが立っているというわけでは無さそうだ。


 乙女軍団も稀にその手の話を乙女らしくしているのだけれども、その手の経験に未だ恵まれない彼女たちは、なんとも初心な会話を繰り広げているからな。


 リックから遠慮なく恋愛弄りをされてしまって照れてしまっているんだろうさ。


 そしてザックもまた同じ様に顔を赤くして弁明する。

 

 こっちは少し満更でもない感じではあるが、残念だなザックくん……。

 

 レニーはまだちょっと心がそこまで成長してないようだから……今はまだ……ロボが好きな少し残念な女の子なんだ……まあ、今後どうなるかはキミ次第だけどな!


「そ、そうなんですよ! レニーの紹介でカイザーと出会って、より精巧な機兵の模型を作れるようになったんです!

 今回はその腕を見込まれて仕事を手伝うことになってご一緒してるだけなんです! 

 別にレニーとそんな……その……男とかそういうのでは……ないです……」


 二人に否定されたリックは少々バツが悪そうな顔で頭をかきながら、渋々と頭を下げる。


「はあ、紛らわしいことを言いやがって……。

 いや、妙な勘違いしたのは俺か。すまなかったな。

 そっちの姉ちゃんもはじめましてだな。改めて俺はリックだ。

 機兵を直したり武器を作ったり……ま、そういう仕事をしてんのさ」


 ようやく自己紹介が出来ると、ホッとした顔でシグレが口を開く。

 変な空気になってしまってなんだかワタワタとしていたからな……可哀想なシグレ……。


「私はシグレ・リーンバイルと申します。

 姓氏の通り、リーンバイルの生まれで、あの黒き機兵、ヤタガラス……私はガア助と呼んでいますが、それのパイロットをしています。

 ガア助ともども、よろしくおねがいします」


「おう、よろしくな。はあ、まあなんだ、色々と気になるネタが聞こえてきてたが……面倒くせえ話はあとにしてよ、まずは飯にしようぜ! 俺ぁもう腹ペコなんだよ……」


「そうだな、食事をしながら今回来た要件でも説明させてもらうとするか」


「つってもよ、おめえと話しながら飯となりゃここで食うしかねえが……ちと準備が大変だぞ」


「ああ、それには及ばないさ」



 妖精体にシステムを移し、ひらりとコクピットから飛び立ってリックの肩に座る。


「見てくれリック。俺もスミレから身体を貰ったんだよ。

 これなら一緒に飲めるし飯も食えるぞ!」


「……お、おお……今更……驚かねえけどよ……なんだ、その、カイザー、おめえさん……随分とまあ大層な趣味で……」


「……それは言うな! これは俺じゃなくってスミレの趣味だ!」

「俺とお前の仲だ、いいさ、わかってるから、わかってるから……な?」

「なんもわかってないよお!」 


 ……これから誰かと再会する度にこのやり取りをするハメになると思うと……非常にぐったりしてしまうな……。 

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