第百九十四話 勧誘
いつもの場所に着いても、なおブツブツと自分の世界から出てこないザック。
いくら時間に余裕があるとは言え、これは流石にあんまりなので荒療治で我に返って貰う事にした。
「スミレ、頼む」
『ちっ……仕方ないですね……』
妖精体にコントロールを移したスミレがフワフワとザックの前に降り立ち、挨拶をする。
「一応はじめまして。私はカイザーの戦術サポートAIスミレです」
「……この半球状のが操縦桿? これで一体どうやって……ん、んん!? わ! あ、あの人形が……喋っている……?」
「ザックは以前スミレの姿を見ていたんだったな。
これはお前が造った人形をベースにスミレが自ら作った超小型機兵で、そこに自分の意識を移して動いているんだ」
「ええ! 僕の人形を使って? あれがどうやったらこんな妖精のような姿に……いやいや、それよりも意識を移したって……?」
混乱するザックにスミレが俺達について噛み砕いて説明をする。
先に俺という存在を見たおかげか、それとも元々耐性があったのか。特に疑うこともなくスミレの話を理解し、受け入れていた。
「なるほど……副パイロットの代わりをジンコウチノウ……人工……知能? にかあ……。
その人工知能と言う物を作る技術の欠片すら、僕には理解が及ばない世界ですが、理屈はなんとなく分ります。
ああ、凄いなあ……人の力で知能を持つ機械を作れるなんて。
全ての機兵の基になった異世界の機兵……ですか。
なんだかとっても胸が熱くなりますね……!」
「わかるかい! そうなんだよ、熱い話なんだよ……ああいや、自画自賛してるわけではないんだけど……1世代機から現行機まで、その全ての始祖となったオリジナル機体……そんな機体ってさ……浪漫があって良いよね……」
「いい……」
「まったく。カイザーまで脇道に逸れちゃいけませんよ。
それはしっかりと自画自賛していると言うんですよ」
「そうかな? そうかも……ってごめんごめん。ザックとは一度機兵について語りたいとは思ってたんだけど、今日こうして話に来たのには別の要件があってね……」
ザックをスカウトするためには、ある程度の情報提供は必要だ。
これは簡単な依頼じゃ無い。技師として迎え入れる以上、ザックには紅の洞窟に来て貰う事になる。
もしもそこが帝国軍によって基地に攻め入られてしまえば、非戦闘員だって命の危険が無いとは言えない状況だって考えられる。
だから、話せる範囲で、といっても黒龍とリーンバイルの部分をぼかした以外は話しても問題ないと判断し、概ねの事情を話してしまい、その上で判断して貰う。
……機密情報なのだから、断られてしまった後の問題はあるけれど、正直彼が断るとは思えないからね。我ながら雑だなあとは思うけど、俺の中身は普通の地球人で、そこまで知恵者ではないのだからしかたがないのさ……。
「君に我々の協力者になって欲しい、今日はその話をしに来たんだ」
「協力者……? 俺がブレイブシャインの協力者に!? やります! やらせて下さい!」
「まあ、待ってくれ。そう直ぐに決めて良いような話じゃ無いんだ。
まずは俺の話を聞いてから判断して欲しい。
……ただし、受ける、受けないどちらにせよ今から話すことは他言無用だ。いいね」
「はい!」
「現在、シュヴァルツバルト帝国がトリバとルナーサに攻め込む用意を着々と進めている」
「ええー!? そ、そんな! どうして突然」
「なぜ今になってわざわざ戦争をしようとしているのか、そのハッキリとした理由はわからない。けどな、帝国はトリバ・ルナーサの2国を相手にしてもその勝利が揺るがないと自信を持って言えるほどに強力な
そして、それによって大陸はかつての大戦同様の戦火に包まれようとしているんだ」
「強力な武器……ただでさえ帝国の機兵技術は1世代先を行っているというのに、さらにそんな物まで……そんな事って……」
「信じたくないのはわかる。しかし、これは確かな情報なんだ。
だが、こちらもそれを放っては置かない。我々ブレイブシャインははそれを奪取し、大陸の平和を守りたいと考えている。
しかし、流石にブレイブシャインだけでは不可能だ。なので既にトリバ・ルナーサの2国に事情を話し協力を取り付けた」
「国と話をつけた……? ブレイブシャインってそんなに凄いパーティーなんだ……」
「自慢するわけでは無いが、
「ファ、ファーストォ? レニー達ってそんな凄いハンターだったのか……」
『カイザー、いくら話を進めやすいからと言って、今の話し方は後々ややこしいことになりますよ? これでは元々
『そうなんだけど……まあ、後でレニーが上手いこと言ってくれるだろ』
『怒られても知りませんからね』
「しかしな、ザック。いくら2国との協力を取り付け、軍の力を借りられるとしても……だ。帝国との技術格差を埋めなければ、彼の国と戦って勝てる要素は無いだろう?」
「そうですね。あまり表に情報は出てこないけど、黒騎士が乗るような機体となれば、ハンターの機兵は勿論のこと、軍用機ですら歯が立たないことでしょう……それだけあちらとこちらには技術格差がありますからね……」
「しかし、なザック。今回我々には強力な武器があるんだ」
「強力な……武器?」
「ああ、我々はほぼ美品の
君にはスミレや協力者達と共にそれを解析し、俺達の設計思想を応用した次世代型機兵の開発に協力して欲しい」
結構ザックリとした話になってしまったし、黒龍がその原因であると言う情報、そして第3の味方勢力であるリーンバイルのことは今回伏せて話したけれど、協力をしてくれるというのであれば、後からその辺りもきちんと説明するつもりだ。
黒龍がーとか、リーンバイルもーとか言っちゃうと、何だか余計に断りにくい空気を作ってしまうと言うか、追い詰めてしまいそうだったから控えたんだよね。
……まあ、相手がザックである以上、
さて、さて。ザックくん。君の返事は……。
「……やります! いや……やらせて下さい!
カイザーは卑怯ですよ! あの帝国の黒騎士とやり合う機兵を造れ?
そのベースとなるのは1世代型……つまり神話の時代のオリジナルモデル!
それをカイザーの設計思想を使って改良するだなんて……ど、何処にそれを聞いて断る奴がいるんですか!」
「君ならそう言ってくれると信じてたよ。危険な目に遭うかも知れないが、できる限り君の身は我々が保証するつもりだ。
それで、さらに詳しい話なんだが、少々遠いところに我々の基地を建造中なんだ。
続きの話はそこに行ってからゆっくりと……と言うことで構わないかな?」
「はい! 構いません! それで出発は何時になるのですか?」
「ああ、急ですまないが出来れば明日、無理なら明後日にでも行こうと思うが……どうだ? 家族の承諾などで時間が掛かるようなら都合は付けるが……」
「家族のことは大丈夫です! オヤジもオフクロも別の街でノンビリやってますからね、明日の出発で大丈夫です!」
「そ、そうか。では明日の朝、ヤスカ亭の裏まで来てくれ。俺達はそこに泊っているからな」
凄まじく興奮をするザックを家まで送り届け、荷物を降ろしてやると元気よく挨拶をして家に駆け込んでいってしまった。
結構な面倒毎に巻き込んでしまうのは我ながら褒められたものではないけれど、彼の力は必要なんだ。
ごめんな、ザック。巻き込んでしまってほんとうにごめん。
でも……その代わり、君にもアレを見せてやるから……きっと良き仲間になれるはずだぜ。
何があっても君のことはきっと守り抜いてやるからな、頼むぜ、ザック。
心の中で誓いを立て、宿屋へ戻った。
駐機場に機体を停め、僚機達への挨拶もそこそこに妖精体となって部屋に入ると……乙女軍団は既に帰還していて、ああだこうだと買い食いしてきた物について語り合っていた。相変わらずなんとも緊張感がない事で。
「……というわけで、無事ザックを引き込むことに成功したぞ!
明日の朝、俺達と共に旅立ってくれるそうだ」
「おー! うまくいったんですね! ザックの腕は本物ですからねー、強力な仲間が得られましたね」
「それはいいんだけどさ、どうやってザックを連れていくんだ?」
「まさかうちの兄上のように……? アレは少々他の方には気の毒だと思いますが」
「ああ、飛んでいこうとも思ったんだけどな、やっぱりシズルの事を思い出すとな……。
流石にアレはもうやりたくないし、今回は馬車となって乗せていこうと思う」
「なるほど、では野営の際には私のおうちを彼に貸し出し、私は誰かのおうちにお邪魔することとしましょう」
「いいのかシグレ? ザックとは言え、男子を泊めるんだぞ」
「ええ、私のおうちは皆と違ってまだ私物をあまり置いていませんからね。
せいぜい畳を敷いて布団を置いたくらいですので、靴さえ脱いで頂ければ問題ありませぬよ。
それに、
「そうか、助かるよ。ありがとう」
正直な所、野営のことで少し悩んでいたからな……。
男女混合パーティであれば男パイロットのおうちにザックを泊めてやれば済む話なのだが、いかんせんうちは何でか知らないけれど女ばかりのパーティーだからなあ。
シグレが言い出さなかったら、俺から誰かに「おうちをザックに貸してくれないか」とお願いしようと思ってたんだけど……女子の部屋を男子に貸すってのはやっぱり抵抗があったし、なによりパイロット達も結構内装にこだわりを持っているからね……。
レニーは如何にもハンター風といった内装にしていて、壁にどーんとトリバ周辺の地図が貼られていて、壁には素材やら武器やらが飾られている。
机や椅子も魔獣素材から作られたメカメカしいもので……なんというか、正直私の中に居る男の子が大興奮する素晴らしいお部屋に仕上がっている。
マシューはと言えば、以外と言ったら失礼だし怒られるけれど、シンプルで小洒落た内装にしてるんだよね。
温かみのある木製の家具で揃えられていて、壁にはあちらこちらの街で買った食べ物の包装紙が貼られていたり、何処かの風景を描いた絵が何枚か飾られていたりして……ゆっくりと過ごすならこの部屋が良いなあと思えるほどに落ち着く部屋作りをしている。
そしてミシェルはといえば、ぬいぐるみに超反応したことからわかる通り、非常に可愛らしい内装にし上げている。
実家から持ってきたのであろう、お高そうなラグが敷いてあったり、おうちの1/3を閉める大きな天蓋付きのベッドが置いてあったり……無骨な外装からは想像がつかないほどに立派なお部屋だ。
勿論、ぬいぐるみも大量に置かれていて、その中にウロボロスがしっかりと混じっているものだから、そうと知らずにミシェルを呼びに入った時に突然ごそりと動いたそれを見て飛び上がらんばかりに驚いたものさ。
その3人に比べてみれば……確かにシグレのおうちは殆ど手をつけられていないな。
リーンバイルに行った際、畳を仕入れて和風に作り替えたり、布団を調達したりはして居たけれど、後はこれからゆっくりとという所だったんだ。
けれど、それでもこれから自分色に染め上げようとしている聖域だよ。
そんな思い入れがある「おうち」を貸してくれとはとても言いだせなかったので、シグレから言い出してくれたのはとてもありがたいし、頭が上がらない。
シグレには後できちんと何か埋め合わせをしてあげないとね。
「でもさ、明日はリバウッドに泊るし、その先のパインウィードでも宿を取るつもりだからな。
実際野営するのは2回か3回程度になるはずだから、あまり頻繁に借りることはないと思う」
シグレは別に遠慮は要りません、と言ってくれたけど……やっぱり女の子の部屋に泊めるわけだからねえ。
いくらまだ物が無いとは言え、シグレの部屋なんだ、なるべく野営をせずに移動出来るようにしなくては。
しかし、ザックが承諾してくれたのは本当に嬉しい。
後はフォレムでリックを口説ければ百点満点なんだけど……どうなるかなあ。
ううん、あまりうだうだと考えても仕方が無いな。
「ようし、明日も早いぞ。今日はさっさと寝てしまおう!」
とは言え、俺は寝る必要なんて無いんだけどね……ま、たまにはスリープモードでのんびり寝てみるのも悪くないかな。
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