第百九十三話 はじめてのおつかい

 国境の町フロッガイ。

 

 前回は慌ただしく通り抜けただけで、ゆっくりとする暇も無かったけれど今回は違う。


 時間に余裕があるのできちんと宿を取って一泊するし、パイロット達がゆっくりと街を見て回る時間だってきちんと作るのさ。

 

 今回フロッガイに立ち寄った目的は勿論ザック。今回は彼をスカウトするためにこの街に立ち寄った……のだけれども、今回はこれまでとは少々趣向が違う会い方をする。


 パイロット達にスカウトを任せちゃったら、まーた時間を取られちゃって彼女達がゆっくりする時間が減っちゃうだろう? 

 だから今回は俺とスミレだけでザックに会いに行き、その間パイロット達には買い出しがてら久々にゆっくりして貰うんだ。


 「本当にカイザーさん達だけで大丈夫なんですかー?」


 フロッガイの小洒落た宿屋「ヤスカ亭」の裏手にある駐機場で心配そうにレニーが言う。

 

「まあ、問題あるまい。まだほんのりとでは有るけれど、俺の事は噂になって広まっているからね。

 もしかすれば少々騒ぎになってしまうかもしれないが……まあ、今ならきっとどうとでもなるさ」


「むー。どうとでもなるんじゃなくて、騒ぎを起こさないで欲しいんですけどー」


「それをレニーに言われるとなんだかな……。

 まあ、何かあったら連絡するから気にせず行ってこい」


「連絡が来ないことを祈りますよ! ……じゃ、いってきまーす……ね?」


 何度も何度も振り返りながらレニーが去っていく。

 なんだかはじめてお使いに行く子供を見る母のような顔をしていたな……。

 作戦なんて物ははなっから無いけれど、まあどうとでもなるって。マジでマジで。


 コクピットにスミレを乗せ、一人通りを歩く。

 以前の自分なら、こんな冒険めいた事をしようとすら思わなかったのに……我ながら不思議なもんだ。


 パイロット不在で人が多い街を歩いているこの状態は、若干落ち着かないというか、微妙に後ろめたいというか。


 変な例えをすると、寝起きのまま下着を着けずに出かけてしまった時のような……妙なドキドキ感があるけれど、バレないように振る舞えばどうと言うことは無いのだ。


 街を歩く俺を見てヒソヒソと噂話をする連中がいるけれど、まさか中にレニーが居ないとは思うまい。


 コクピットハッチを閉めている以上、おまわりさん……じゃあなかった、街の警備兵などに止められない限りはバレることは無いのさ。


 中にレニーを乗せている体で、極めて自然に振る舞いながら街を移動していると……何時もの広場が見えてきた。


「おや、今日も懲りずに同じ場所で商売をしているようですね。

 大して儲かってるわけじゃ無さそうなのに健気なものです」


 ……スミレは前にザックとあった時に少し面倒な思いをしたせいか、彼に対して若干辛辣だな。

 

 確かにいつもの場所でぼんやりとした顔で店番をしているようだ。

 あの様子ではあんまり儲かっていないと言うのは本当かも知れないな。


 ゆっくりと屋台に近づくと、流石に此方に気づいたようで、退屈そうな顔から一転。

 ぱあっと笑顔の花を咲かせたザックが凄い勢いで駆けよってきた。

 

 なんというか……玩具を見つけた子犬のようで……まったく微笑ましい奴だな。


「レニー! またカイザーを見せに来てくれたんだね! 久しぶりだしさ、今回はもっとじっくりと見せて欲しいな!」


 少年よ、そこは『また会いに来てくれたんだね!』ではないのかね。

 趣味に没頭するのも良いけれど、異性にも興味を持たないと手遅れになってしまうぞ。


 ……どっかの誰かさんみたいにね……。


 っと、どうでも良いことを考えてしまった。


 さて、ザックくんはレニーが乗っていると思って必死に話しかけているようだが……。

 このままではレニーがザックをガン無視しているように思われてしまう。

 

 そろそろネタばらしをしたいところだけれども、この広場は少々人が多すぎる。

 レニーにはああは言ったけれど、流石に俺だっていたずらに騒ぎを起こしたいわけじゃあない。


 目立たないようにザックと差しで話をするにはどうすれば良いか?


 ……!


「よし、ザックを攫ってしまおう」

「さらりと凄い事をいいましたね」

「少し静かなところでお話しをするだけだよ」

「言葉だけ録音してレニー達に聞かせたらなんて言うでしょうね」

「それはほんとやめてね?」


 ザックの位置に気を配りながらゆっくりとしゃがんでいく。

 コクピットの位置が下がっていくのを見ていたザックは、そこからレニーが出てくると思っているのだろう、軽く後ずさりをして、やや離れた位置からその様子を見守っている。


 ……いや、あれは「見守って居る」のではなくて「観察」をしているんだろうな……目のキラキラが半端ないもの。


 立て膝を付いたようなポーズ、降着姿勢を取り、ゆっくりとコクピットハッチを開いていく。


 ザックは開かれたハッチに向かって「久しぶり-」だのなんだの呼びかけているけれど、一向に中から返事が無い様子に首をかしげている。

 

 暫く不思議そうに見ていたけれど、とうとう心配になったのだろうな。

 ゆっくりとゆっくりとコクピットに近づいてきて……何か軽く深呼吸をしたのち、意を決したかのように中をのぞき込んだ。


「えっと、返事が無いから覗いちゃうぞー? 失礼しまーす、レニー、なんかあったのかー? ……ってあれ? 誰も……居ない?」


 すまんザック!


 ザックの半身がコクピットに潜り込んだタイミングで身体を起こし、その勢いでザックをコクピット内に


「うわあああ! な、なんだ? う、動いたぞ!? い、いや待て! そもそも……中にレニーが居ないのに……い、一体どうやってここまで?」


 ザックが完全にコクピットに収まったのを確認し、ハッチを閉める。

 ふふふ、ここなら誰にも邪魔をされないぞ。さあ、ご挨拶だ。


「すまない、ザック。そしてこうして話すのは初めましてだな。

 俺はカイザー、知っての通りレニーの機兵であり、ブレイブシャインの司令官を担当している者だ」


 何処から声がするのかキョロキョロと俺の姿を探している。


「現在、この声はコクピット内にだけ聞こえるようにしている。

 ザック、君は商人達の噂を聞いたことはないかい? 

 ヒッグ・ギッガから始まって、あちらこちらでの活躍が聞こえてくるパーティー。

 そのパーティリーダーが搭乗している不思議な機兵、意思を持ち喋る白い機兵の噂を聞いたことがないかい? 

 その機兵こそがこの俺、カイザーだ」


「……」


「この俺、カイザーだ」


『何で2回名乗ったんですか……聞いてるこちらが恥ずかしいですよ……』


 スミレが俺にだけ聞こえる突っ込みを入れてきた。やめてくれ! 

 突っ込まれると言った俺も恥ずかしくなってくるだろ!


 ザックが黙りっぱなしなので心配になってきた……んだけど、そっと顔色を窺ってみたらそれは杞憂だと悟った……そうだな、ザックだもんな。


「す、す、凄い! 喋る機兵だなんて……! 商人のしょうも無い噂話だとばかり思ってたのに、ほんとの事だったなんて……。

 え、あ、あああ! じゃ、じゃじゃじゃあ、前に俺と会った時のことも覚えてるんですか?」


「ああ、覚えているとも。そして君が造ってくれた俺の人形、あれは本当に素晴らしい物だった。細部が若干違うけれど、普通の人が見れば違いが分らないレベルだしな」


「うわあ! どうしよう、本人から褒められちゃったよ! うわあ!」


 おびえられず、友好的に顔合わせが出来たのは良かったけれど、このままじゃ話が進まんな……。


 取りあえず、このままコクピットに入れて話を続けるのもなんだし、まずは場所を移してゆっくり話せる状況を作るか。


 ザックは確か……屋台ごと移動して商売をしているんだったな。

 ではこの屋台セットは収納しておいて……。


 今なら周囲に誰も居ないし……ようし。


「ザック、前に俺をスケッチした所に行こうか。

 今日は君に話が合ってきたんだ。そこでじっくり俺の話を聞いて欲しい」


「そ、それはいい、いや、構いませんが、ちょっと店を畳んじまって良いですか?」


「ああ、それなら問題ない。既にまるごと俺が預かっている。後で家の前に置いてやろう」


「預かった? うわ! 本当だ! 俺の店がない! って、これどうなってるんだ?

 あのハッチには透明パーツがあまりなかったのに……外がこんなにも広く見える……」


「安全な場所にまるごとしまってあるのさ……コクピットの秘密とあわせて後でゆっくりと説明してあげるとも」


「お……おおおお……す、すげええええ! っていうか、俺、今! カイザーのコクピットに乗ってるんだ……うわあ……どうしよう……すげえ……これが……カイザー!

 視界が広いだけじゃ無いよ……こんな快適なシートなんて見たこと無い……。

 操縦桿も見当たらないし……レニーは一体どうやって操縦をしてるんだろう……」


 俺の中に乗っていると言う事を実感した途端、ザックはある意味何時ものザックに戻ってしまった。


 ブツブツと何かしらつぶやきながらあちこち分析を始めてしまったのだ。

 ……まあいっか。どうせこのまま移動するわけだし、暫くほっといてあげよ。


 彼は強力な協力者になり得る存在だ。これくらいのサービスはあってもいいじゃないか。


 だからスミレさん……俺にだけ聞こえる声で舌打ちしまくるのは辞めてくれませんかね……。


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