第百八十八話 大戦の火種

 ここに来て黒龍ときた。


 ファンタジー世界からかけ離れた世界にしてしまったと思っていたが、今度はそのファンタジー世界が向こうからやってきた、そんな気分になってしまったぞ……。


「大陸の山が火を噴いてから数日後、ご先祖様のもとに巫女だと名乗る者が現れたのです。

 伝承にれば『闇に飲まれし種が燃ゆる山より放たれた。子孫を想う気持ちがあるのならばルストニアとの関係を強固な物とし、手を取り合って欲しい』と言い残し巫女は消えたとの事で」


「ルストニアとリーンバイルはかつて同盟を結び、共に戦火をくぐり抜けたと聞いていますが、成程……それも巫女の神託によるものだったのですか」


「然り。そして後年迎えた大戦後、神託がまた下りました。

『闇に飲まれし芽を摘む土台は出来た。白き機神再来の日まで島を護り抜きなさい』と。

 そして森へ姿を隠したルストニアを影より見送った我々は外部との交流を絶って表舞台から姿を隠すことになったのです」


「リーンバイルの鎖国……巫女からの神託が理由だったのですね」


「さらにそれから暫く年月が過ぎ去った後、またしても現れた巫女は『手練れの民を帝国に送り、来る日が訪れるまで動向に目を光らせておきなさい。災厄の果実は間もなく実ります』と……。

 これこそが、現在で言うアサシンギルドを興す切っ掛けとなる出来事でした」


「種から芽、そして果実……黒龍の成長を表しているのか……?」

 

「かもしれませんな。そして一昨年の事です。

 とうとう拙者のもとに神託が降りたのでござるよ。

 正直な所、神託など争いから島を護るため先祖が作った掟のようなものだと想っていたのですがな……カイザー殿やレニー殿の様な髪の色をした巫女が拙者の枕元に立ったのです。流石に巫女が現れたとなれば、先祖の話は真だと信じるしかありませんでした」


「誰かの悪戯だとは想わなかったのですか?」


「悪戯というか、くせ者だと思いましたな。ところが隙を見て捕らえようとしても手がすり抜ける。拙者その場で平服でござるよ……」


 イカツイ顔をしてるが中々愉快な御仁だ……ござる出てるし。


「そして巫女は言ったのです。

『闇に飲まれし子は間もなく孵る。白き機神の再来、それは闇に飲まれし子の目覚めの刻。

 黒き鳥と心通わす少女を帝国に送りなさい。きっと光にたどり着くことでしょう。

 闇に飲まれし子供は卵に揺られて眠っています。やがて少女と共に訪れる白き機神と手を取り闇に飲まれし子を滅しなさい。機神ならば必ずや……さも……な……くば世……界は……』

 と、良いところで神託が終わりましてな……」


「黒き鳥と心通わす少女……なるほどそれでシグレを帝国に送り込み見張らせていた、というわけですか」


「然り。過去の神託でアサシンギルドなぞの運営をする羽目になり、先祖や神託を恨む日もありましたが……結果として現地で活動する基盤が出来ていましたからな、シグレを潜り込ませるのにはさほど苦労はしませんでしたし、神託が真であると気づいた時には逆に感謝をしたものです」 


 そしてシグレは帝国の依頼を受ける傍ら、現地の同胞と協力をしながら神託で言われている物が何なのか、何処にあるのかを探ったのだという。

 

 暫くの間は成果を上げられなかったのだが、今年になって事態は急変。

『一定距離から近づくことが出来ない何か』が帝国に周囲の土台ごと持ち込まれたのだ。


 城内でそれの調査中、付近に置かれていた何かが怪しげな反応を見せ、大騒ぎになったのだという。


「ああ……その日、私はたまたまガア助と城の屋根に居ましてな。

 何か中庭が賑やかだと、耳を澄ませてみれば『黒龍の卵が』と聞こえてきたのです。

 何か予感めいたものを感じて覗いてみれば、バタバタとする連中が慌てた様子でなにか一抱えもある大きな物を何処かに運ぶ姿が目に入りました」


「一抱えもある大きな物……?」

  

「ええ、何やら布がかけられて中は見えませんでしたけれども。

 けれど、何故かはわかりませんが、それが代々神託で伝えられてきた監視対象であると、来る日に滅すべき対象である黒龍の卵であると確信したのですよ……今思えばそれもまた、神託の一種だったのではと思います。そもそも私が何故帝国に居たかと言えば――」


 ――シグレは『神託の命により仇なす存在を調査せよ』とゲンリュウさんから司令を受け、帝国に入っていたそうだ。その時点では勿論、それが何なのかは不明のままで、漠然とした任務に頭を抱えながらも、帝国の諜報として暫くの間活動を続けていたのだという。


 ある日、先の説明通りの事態が発生し、任務は半分完了。

 

 そこからは卵が反応したらしい何かの正体を探る事にしたらしいのだが、帝国から調査依頼が舞い込んできて、表面上は帝国に協力をしつつ、触れぬ何かがどういうものなのかを探っていたようだ。


 きちんとゲンリュウさんが全てを話していれば、俺達とシグレが敵対するような事にはならなかったのかもしれないが……そうできない理由があったのかもしれないからな。


 当初、帝国からシグレに出された依頼は武器の捜索だったのだが、その間もシグレは帝国の動向を探り、怪しげな実験に手を染めていることを突き止める。


 それは勿論、既存の動物を魔獣に変えるというアレだ。

 任務上、止めることも出来ないまま、歯を食いしばりながら帝国の依頼を受け続け、最後に受けた依頼が俺達の監視だ。


 やがて俺達があれを回収出来ることを知り、一連の流れに連なる存在であると判断。

 帝国にも立場上仕方なく報告を入れたが、ゲンリュウさんにも同じく報告を入れるべく手紙をしたためた。


 災厄をもたらすものは黒龍の卵であり、光り輝き触れられぬ何かに反応をする。

 そしてその何かとは遺物であり、それを触れられる存在が居る――


 ――この時点で既にシグレの仕事はほぼ完了。


 さて、国に帰ろうかという時に帝国から最後の依頼を受けることとなった。

 それは遺物の回収とカイザーの鹵獲。


 遺物を回収しに現れるであろう、カイザーを襲撃し、遺品が開放されたらそれを奪えと。

 そして、出来るならばカイザー本体を鹵獲せよと。

 

 何も悪いことをしていないであろう俺達を襲うことにためらいを感じたけれど、そこはそれ、仕事と割り切ってスガータリワで襲撃。


 それがどうなったかはまあ、このとおりだけれども、その後にレニー達とうっかり遭遇し、友だちになってしまった事からシグレの気持ちが揺らぎ始めた。


 そんな折に飛び込んできたのが黒騎士、アラン出兵の情報だ。

 帝国はそこまでするのかと。


 最早必要な情報を全て得たシグレは任務完了を告げる手紙をゲンリュウさんに送り、帝国との関係を解消。


 以後は俺達に協力し、今日まで行動を共にすることになったと。

 

 

  ……しかし、俺の装備品に黒龍の卵が反応した……か。

 ……とってもまずいな?


「卵の時点で何らかの反応を見せるというのは……不味いですね」 

 

「うむ、シグレの報告によると、カイザー殿の武器と動物が反応して魔獣に、既存の魔獣は亜種に変化するとの事ですな。つまり、黒龍とやらが本当に孵るすればカイザー殿の武器と反応して……」


「……とんでもないことになるぞ……」


「黒龍というのはいわゆるドラゴンですよね、カイザー」

「ああ、その通りだ」

「私のデータベースには空想上の生物としてのデータしか有りませんが、こちらの世界のそれが空想上のそれと同等であれば、恐ろしく強大な敵となりそうです」

「そうだな。ドラゴン型のロボットなんて考えたくもないよ……確実に不味い案件だ」


 ゲンリュウ氏は酒をぐいっと飲み干すと、こちらをじっと見つめてきた。


「白き機神……巫女は機兵の神だと言っていたでござる。拙者の目の前に居るのはどう見ても可愛らしいお嬢さんでござるが、見せて頂いたアレによると真なるカイザー殿は白き機兵なのでござろう?」


「……そうですね。合体すると色は混じりますが、俺単体だと確かに真っ白です」


「神託を思い返せば……どう考えてもカイザー殿こそが機神であろうと思います。

 機神である貴方であれば、黒龍を止める力を持っているのかもしれない。

 止めようとすれば、必ずや帝国が立ちはだかる筈。

 カイザー殿……貴殿は帝国に刃を向ける覚悟はおありかな?」


「……俺が機神かどうかはわかりません。神託の巫女が言うのが俺のことなのかも分りません。しかし、迫りくる危機を前にして、何もせずにいられるでしょうか」


「ああ、そうだな。黒騎士に貸してる武器も返して貰わねえといけねーし!」

「ルストニア家は貸した物は必ず返して貰うようにしていますの」

「……カイザーさん。神託は信じられる……と思う。勝てる、勝てるよ! 私、やるよ……!」

「私もガア助と共に立ちます!」


 静かに聞いていたパイロット達が居ても経っても居られなくなったのか立ち上がり拳を握る。

 

 なんだこの熱い連中は……泣けてくるぜ。


「……神託によればあれは直ぐに孵るというわけではないようでござる。

 良いか、カイザー殿。相手は帝国、そうなればハンターの依頼ではなく戦となろう。

 そして戦は一人では出来ぬ物だ」


「ええ、俺達は帝国……国そのものと戦う事になる。

 そうなれば俺達だけでは厳しい戦いになるのは明らかです」


「であれば、こちらも軍を持てば良いのです。リーンバイルにもかつての機兵が残っているでござるよ。時が来たら是非我らリーンバイルもカイザー殿の軍勢に入れて欲しい」


 軍勢……か……。


 黒騎士と戦って分ったことはそこらの機兵では帝国機に太刀打ちできないと言うこと。


 しかも、黒騎士は3機合体の俺達と同等に戦って見せた。


 こちらの世界の技術だけで、俺達に迫る物を作ることが出来る、敵が出来るなら……、聖典以上のデータを持つ俺やスミレが居るのであればこちらにも同じ事が出来るのでは無いか。


「聖典の原典とも言える物を俺は持っています。それを使えばリーンバイルの機兵も今以上に強力な物に出来ることでしょう」


「おお、それは有りがたいな。では、刻が来たら我らも戦場に立てるということですな!」


「ですが、敵の規模を考えれば少々心許ないのも事実です。ゲンリュウ殿、神託の巫女が言っていた期日は何時なのでしょう」


「期日……と言って良いのかは分りませぬが、今からだとおよそ1年後ですな。日が近くなれば天に影響を及ぼし暗くなると申してました」


「……時間はあまりないが……しかし、やれることは多そうだ。

 ゲンリュウ殿、これは我々の手だけでは余る。俺の親しい人達、トリバやルナーサのお偉方や機兵の改装に詳しい人にも話したいのだが、許可をいただけるだろうか」


「つまりは各国の軍を動かすという事ですか……古の大戦が再び起こる……それが巫女の望む事なのかは分りませぬが、なんにせよ、報告を上げて協力を得た方がいいのでしょうなあ」


「大戦を起こすのは俺の本意ではありませんが……覚悟はして置いた方が良いでしょうね……」


 機神が破滅から救う、か。その破滅の元凶たる大戦を生み出す俺は……。

 これでは神どころか邪神だよな……。


 いや、かつての大戦をなぞる必要なんて無いんだ。

 今の世には俺達カイザーチームが揃っている。


 それに……俺達には頼れる仲間たちが、縁を結んだ協力者達が居るじゃないか。

 ブレイブシャインやリーンバイルだけではなく、皆の協力を取り付ければ――


 ――世界の平和は揺るがない!

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