第百八十七話 リーンバイルの秘密 

 リーンバイルに伝わる伝承……それははたして俺に繋がる物なのか、それとも――


「我々を見て頂ければ分るとおり、大陸の人達とは若干見た目が異なるでござる。

 黒き髪に暗き瞳。獣人族の様に明らかな違いではござらんが、ミシェル殿やレニー殿と比べれば顔立ちの違いも一目瞭然であろう」


 そういやこの島に来て一度も明るい髪の人を見てないな。俺的に自然すぎて気づかなかったが、言われてみれば確かに黒髪の人ばかりだった。


 それに……なんとも見慣れた日本人顔というかなんというか。

 そこまで平たい顔というわけではないけれど、ああ、日本人っぽい顔だなあと思うような、少なくともミシェルのように目鼻立ちがクッキリとした顔立ちじゃあ無い。


 レニーはなんだろうな……日本人の顔では無いと思うけど……ミシェルともまた違うような……なんというか親しみやすい顔をしているよな。


「伝承によれば、かつては大陸人と変わらぬ顔立ちだったらしいのです。

 しかし、有る時から産まれる子供全てがこの様な見た目になったのだと……」


「それは……何かの呪いとか、魔術だとか……大騒ぎになったのではありませんか?」

「いえ、それどころか神の祝福を得たのだと先祖達は喜んだのだと言います」


「神の祝福……?」


 神という存在を疑う所か知り合いなので、この手の話をされても疑う前に『またあの神か』と思っちゃうんだけど……両親とは異なる子が産まれるようになって、どうして神の祝福という発想をするのだろうか。


 普通に考えれば結構恐ろしくって、あまり喜ぶような事態では無いと思うのだけれども。


 どうにも『神の祝福』と喜ばれたらしいのが腑に落ちなくて首を傾げていると、話を疑っていると取られてしまったようで、少々不機嫌そうな顔をされてしまった。


 すいません、疑ってるわけじゃ無いんです。

 むしろアイツ神様がまた何かやったんだなって思ってます!


「大陸に伝わる聖典という物がありますな」


「え、ええ。とは言え実はその聖典は約5800年ほど前に俺から持ち出された俺の私物なんですけどね……」


「な、なんと……その話は後で詳しくうかがいたいが……それでですな、リーンバイルにも『聖典』と呼ばれる物があるのですよ」


「ほほう」


「カイザー殿の所有物だという聖典は、機兵の技術が余すところなく書かれた技術書でござろう?」


「そうですね。そもそもあれは技術書というよりは、私の操縦方法や保守の方法について纏められた説明書なので……そこまで大それたものでは……」


「……説明書……いやいや、今はこちらの話でござるな。

 我々の聖典はその様な物では無く、数冊にわたる絵物語でござるよ。タマキ、アレを」


「はい」


 タマキさんが脇に置いてあった漆塗りに見えるつやつやとした箱から数冊の本を取り出し、テーブルに置いた。


「どうぞ、手に取ってご覧あれ。少々変わった様式の本ですが、読み方が分れば中々……。これほど面白く読める聖典は他には無かろうと思うでござる」


 表紙は後から布を貼って補強されたようで、元々どんな表紙だったのか分らない。

 まずは開いてみるか……


「なっ……」

「はっはっは、驚きましたか」


 驚くも何もこれは……漫画じゃ無いか……。

 俺はあまり読んだことが無いが、年季が入った食堂に置かれてるような時代劇の漫画だ。

 文字は何故かこちらの物に書き換えられているけれど……これは明らかに日本で売られている物をこちら向けに翻訳した物だ……。


 だって……この太ももが眩しいくノ一が出てくる漫画は読んだことがあるからな。


 中学生の頃だったかな。家族で少し遠くの観光地に遊びに行ったことがあったんだ。

 途中寄った食堂で、運転手の父を少し休ませるために眺めに居させて貰ったんだけど……その時、暇つぶしで読んでいたのがこの『さくら忍法帳』だ。


 くノ一さくらが主人公のちょっぴりエッチな忍者漫画なんだけれど、内容は割とガチ目で、忍術の解説や武器の解説が兎に角詳しくってさ、さくらが忍刀を打って貰う話の時は見開き2ページでがっつり刀鍛冶について解説されててびっくりしたな。


 生活描写もやたらと丁寧に描かれていたりしてさ……なるほど、これが聖典……だとすればリーンバイルは……なるほどなるほど……。


 やっぱり前に考察したとおり、神様がこの地をわざわざ日本化させたというのは間違いなさそうだ。


 でもその理由が全く分らないんだよなあ……。

 日本にハマっただけとか、面白そうだとか……そんなしょうもない理由だったら流石に怒るぞ。


「これは私達が元いた世界に存在した本です……こちらの言語に翻訳されてますがね。

 他にもこの国で食べられている米や味噌、醤油等も我々の国、「日本」ではなじみ深い食材で、「リーンソード」と呼ばれる武器は、日本刀と呼ばれる我が国特有の武器として存在しています」


「むう……? それは誠でござるか」


「ええ、かつての日本、我々の先祖が生きた時代によく似ているのですよリーンバイルは。

 そして我々はシグレのような存在を「忍者」と呼んでいました。

 忍ぶ物と書いて忍者。その名の通り、諜報活動を主に請け負う存在で、暗殺等も請け負っていた……いや、私もあまり詳しくは知りませんので何処まで真実かはわかりませんがね」


 何となく、本当に何となく日本ネタトークのつもりで話した忍者ネタだったが、それは核心を突いていたらしい。この話題から急激に話は核心に迫っていった。


「うぬ……成程……。影についてそこまで知っているのであればお気づきかも知れませんが、現在の当家は大陸で活動するアサシンギルドの元締めをやっているのです。

 本来は多数の者がここに住んでいるのですが、職業が職業ですからな。秘密を共有しようとして下さるカイザー殿達であっても顔を見せることは出来ぬのですよ」


 アサシンギルド……何か特殊な諜報員か何かだとばかり思っていたけれど……もっと物騒な……と言うか、より忍者らしい組織だったとはね。


「成程、正に忍者ですな……。それは当たり前の話ですし、顔を知ってしまえば俺や他のメンバーが街でうっかり声をかける、と言う事もありましょうから、謝ることではありませんよ」


 俺の言葉が嬉しかったのか、ゲンリュウさんは嬉しげな微笑みを浮かべたが、直ぐに真剣な表情に変わり、俺をじっと見据える。


「さて、見ての通り今の我々はあまり日が当たるところに居られない存在。

 カイザー殿、お主はそれでもシグレと共に旅をしたいと申すか?」


「はい。何を聞かされても私の気持ちは揺るぎません。

 ……シグレから、旅の許可を貰うためには貴方の信頼を得なければいけないと言われていました」


「拙者の信頼を得る……」


「ブレイブシャインとリーンバイル双方が互いの信頼の元、秘密を打ち明け合って裏も表無く腹を割って話せる間柄になってこそ、シグレを仲間として迎え入れる立場になれるのだ、私はそう考え決心をしてこの場に赴いたのです」

 

「……わかり申した。カイザー殿、ブレイブシャインの皆様。拙者は貴殿らを信用しよう」


「では……!」


「うむ、もう心は半分決めてありましたが、改めてシグレをお預けさせて頂きます」

「父上! ありがとうございます!」

「ありがとうございます、ゲンリュウさん!」

「やったな、シグレ!」

 

良かった、本当に良かった……!

 これで本当の意味でシグレがブレイブシャインに加入出来たんだ!


 嬉しさのあまり、場所を忘れて喜ぶ我々ブレイブシャインだったが、ゲンリュウさんの咳払いでそれは中断された。

 

「失礼。貴殿らを身内と認め、相応の覚悟を持つ者と判断しましたので、我々の目的……、世の人がまだ知らぬ話をしましょう」


「リーンバイル家の目的……ですか?」

  

「左様。我々が代々、影となる修行に明け暮れ、その技をもってアサシンギルドなぞをやっている理由は帝国の監視のため……巫女の神託を受けた先祖から代々伝わる責務のためなのです」


 おおっと、出たな謎の巫女よ。リーンバイルを日本に染めた犯人は神様で間違いなさそうだけど、あの神様……巫女という感じでは無かったよな……。


「拙者がシグレを帝国に送り込んだのは……当たり前ですが、帝国に仕えさせるためではござらん。

 帝国の動向を探る……いや、帝国が所持しているとある物の監視がその理由だったのです」


 俗に言う二重スパイと言う奴かな?

  

 帝国の依頼を受けつつ、なにかの監視か……帝国って結構技術力が発展してそうだし、結構大変そうだ。

 

 黒騎士なんてヤバい連中も居るくらいなんだ、同じくらい高レベルな諜報部も持ってそうなもんだし、なかなか難しい仕事なんじゃないかな。

 

「何を考えているかわかりますぞ。ええ、確かに、連中の目を盗み監視を続けるのは骨が折れる事。

 しかし、現地の協力もあり、断片的ではありますが徐々に情報は集まって一つの結論にたどり着きました」


「……それは一体……」


「我々が探っていたのは巫女より様々な呼び名で示されていた災厄……黒龍の卵です」

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