第百八十四話 乙女軍団 買い物を楽しむ

シグレからの連絡で今夜歓迎の席を設けると報告された。


 なんでもリーンバイル自慢の料理や酒が振る舞われるとのことで、「楽しみにして居て欲しいでござる」と嬉しそうに言っていた。


 実家に来たからなのか、父親と会ったせいかなのか、まあ、その両方だろうな。

 そのせいでシグレの時代劇めいた方言が強くなっているのが面白い。

 それに気づいて直そうとしているのがまた可愛らしいよね。


 しかし……シグレからお誘いを受けた時点で乙女軍団withロボ軍団は屋台を制覇する勢いでかなりの量の買い食いをしていたわけで。


 慌てて腹ごなしをする羽目になったのである……。


 腹ごなしがてらに街を見て回ったけれど、やはりリーンバイルはどう考えても日本風の何かから強く影響を受けた文化を持っているとしみじみ思わされた。

 

 シグレ達の方言(俺の都合が良いように訳されては居るが)が時代劇めいてるのもそうだけど、建物の造りや味噌や醤油に米と言った俺にとって感涙物の食材、そして刀のような「リーンソード」何より街を歩く人々の姿かたちすらそうだ。


 黒髪なのはいいとして、身につけているのは当然のように和服。

 例の愉快な神様が何かの悪戯をしたのだろうと確信したぞ。


 あの神様の話を信じるならば、私はたまたまこちらの世界に魂が流れ着いたと言う事らしい。


その辺りも色々と疑わしいところは有るんだけど、一番気になるのは『奇しくも私の元に辿り着いた』なんて言っていた所。


 世界の仕組みなんてものはわからないけれど、そうホイホイと縁もゆかりもない異世界に魂が行くもんかね。


 もしかすれば、この世界の神はそこそこ地球の神と付き合いがあったんじゃないかなって思うんだ。神同士の集まりかなんかでさ、魂をちょっと回してよーみたいなやり取りがあったんじゃないか、うっすらとそんな気がするんだよなあ……。


 根拠が無いわけじゃあないんだ。


 あの空間で神様はさ、あくまでもわかりやすく例えている体を取って説明してたけど……多分あの神は元々日本文化を知っている。


 転生ガチャという言葉を使っていたのはまあ、私も少なからずソシャゲには手を出していたからわかるけど、その流れで出てきた『特典付きスカウトチケット』という言葉だ。


 実はそれを言われた時にピンとこなかったんだよな。多分高レアを金で買うようなチケットなんだろうけど、私がやってたソシャゲにはそんな生易しい物はなかったもの。


 きっと神様の奴は普通に日本文化に触れていて、ソシャゲなんかもきちんと知ってるタイプの神なんだと思う。

  

 だから、私をこちらに呼ぶ前なのか、元からなのかはわからないけれど、お遊びとして日本風の文化を隔離された島だけに設定してたんじゃないかなって思うんだよねえ……。


 全ては推測だし、間違いかもしれないけれどね。

 ……いつか機会があったらその辺聞いてみないとな。

 ちょっとこの島は面白ジャパンすぎるもの。突っ込みを入れさせてほしい!


 そんな神により日本風に作られたこの島は、ギリ中世ヨーロッパの面影がある大陸に住んでいる乙女軍団にとっては未知の文化に溢れた魅力的な場所に映ったらしい。


 食べ物は勿論のこと、どこか店に寄る度に目をキラキラさせながら何かしら買っていた。


 物価は高くはないし、それなりに資金もあるので多少の買い物は問題ないのだけれども、なんだか「ああ、そうだ。友達との買い物ってこんなんだったよなあ」と前世を思い出してほっこりしてしまった。


「ほらほら! カイザーさん見て下さい! 綺麗な串が売ってますよ! こんなきれいな串で食べ物を刺すなんて勿体ないですよねこれ」


 キラキラとした顔でレニーが手に持っているのは串では無く簪だ。


「それは串じゃ無いよ。この国でそう呼ぶかは分らないけど、「カンザシ」と言う物で髪をとめる道具なんだ。すいません、これためして良いですか?」


「えっ……あ、ああ、は、はははい」


 しまった。つい気が緩んで普通に話しかけてしまった。お人形さんのふりをしていたのに、何だか旅行気分でナチュラルに声を出してしまったよ……。


 店員のお姉さんが目を白黒させて私をじろじろ見ているけど、こうなったら今更だ。

 許可も得たことだしレニーの髪をまとめてあげ……ようとしたんだけど……。


 ……この娘は髪が長くないから難しいな……。


 レニーになんとかつけてあげようと頑張ったけど、流石に無理だった。

 でもせっかくだしと、ミシェルを呼んでそちらで改めて実演をしてみると……うん、ミシェルの髪の長さなら良い感じになるな。

 

 ミシェルの髪の色に赤い椿のような花がよく似合う。


「はわー、凄く似合ってるよミシェル。ほら、鏡見てみなよ」

「ま、ままままあ! な、なんて素敵なんでしょう! 有難うございます、カイザーさん」

「なんのなんの。あ、お姉さんこれこのまま付けてくからこれお代ね」

「はわー、お客さん異国……人? なのに凄いでござる……な。何処でカンザシの使い方を知ったのですか?」


 お姉さんまでござる口調なのがちょっと面白いけど、笑うのは失礼だよね。


「見ての通り自分はちょっと変わった素性でね。リーンもんじゃあないけれど、昔住んでた場所で見て知ってたんだよと言っておくよ」

「あはは、たしかに只者じゃあなさそうだ」


 と、レニーがなんだが悲しげな顔をして居る。ああ、ごめんな、カンザシをミシェルに譲っちゃった形になったもんなあ……。

 レニーのボーイッシュな髪型は可愛いけれど、それじゃ簪は難しいんだよなあ……と、いいのがあるじゃ無いか。


 挟んで止めるタイプの可愛らしい髪留めも売っていたので、それを買ってレニーにつけてあげた。


 しだれ桜のような桃色の花が咲く枝が5本連なって付いている髪留めで、レニーの銀色の髪によく似合う。


 そして何か熱い視線を感じると思ったら……『あたいは外で待ってるよ』と言っていたはずのマシューが遠巻きにチラチラとこちらを見ている……ふふ、マシューもこう言うの好きなの知ってるんだぞ。

 

 棚にタンポポのような大きめの花が二つついた髪留めがあったので、マシューに買ってつけてあげた。うん、赤髪に生えてかわいいじゃないの。


「へ、へえー。あたいこう言うの興味ないけどこれはちょっと良いかなって思うよ。ふーん」


 素直じゃ無いけど可愛い奴だ。マシューは元気で食いしん坊でガサツだなって思う事が多いけれど、きちんと女の子なのはよく知っているぞ。ああ見えて遠慮がちなところがあるからこう言うときちょっと引いて見てるんだよな。


 だからこう言うときは少々強引に買ってあげないといけない…………ってスミレ近いな!


 いつの間にかレニーの肩から飛び立って無言で俺に迫るスミレが居た。店のお姉さんもスミレも人形ではない事に気づいてしまったようだが、今更妖精めいたのが1匹増えたところでもう驚かないようだ。


「お姉さん、小さめの髪留め売ってないかな? この子につけてあげたいんだけどさ」


「うーん、そこまでちっこいとねえ……あ、待っていいのがあるでござるよ」


 そう言って奥に引っ込んだお姉さんは暫くゴソゴソとしていたが、やがて何かを持って戻ってきた。


「これは束にして髪留めにつける部品なんだけど、あんた達なら丁度良いと思うよ」


 そう言って手のひらに載せて見せてくれたのは色違いの、かすみ草サイズの花だった。

 それを一つ受け取って簪のようにスミレに差してやると丁度良い具合だった。


 姿見の前に移動したスミレはポーズを変えながら満足そうにしている。


「おー、可愛いじゃ無いスミレ。やっぱ紫には白が映えるよね-」


 なんて油断していたらお姉さんの影が忍び寄っていた。


「ほらほら、あんたもつけるでござるよ。女子おなごは皆お洒落しないとねえ」


 そう言われ、突然の事に何だか少し戸惑っているとスミレが素早くつけてしまった。


「うん、似合ってますよ、カイザー」


 笑顔で言われてしまってはかなわない。


 店員さんを驚かせてしまったけど、店を出る頃にはすっかり仲良くなって「また来てよお、おおきにねー」と笑顔でお見送りしてくれた。良い店だなあ、帰る前にまた寄ろう。和風アクセはスーやマリエーラさんのお土産にも良さそうだしね。


 そんな調子であちこち店を見て回っていると、だんだんに良い時間になってきた。「そろそろ宿に戻ってシグレを待ってよっか」と皆に伝える自分をスミレが変な顔で見ている。


「どうしたの? 私の顔になんかついてる? 変な顔しちゃってさ」


「カイザー……、その身体に慣れきってませんか……? その、口調が……」


「うん?……あっ……」


 どうやら知らず知らずのうちに私は……いや、俺は心まで身体になじみ切ってしまっていたようだ。

 

 ……ううん、危ない危ない気をつけねばな。

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