第百八十一話 上陸

「冷めないうちにどーぞ!」


 レニーの言葉をそのままに受け取ったシズルは、本来の目的を完全に忘れ、シグレの冷たい視線も物ともせずに食事に夢中になった。

 

 無論、それを良しとするシグレではなかったが、その説教を右から左に流し、旨し旨しと感涙しながらスープや串焼き、パンなどをどんどん胃袋に収めていく。


 こうなってしまってはもう自己紹介と言う空気にはならない。全部食われてはかなわんと串焼きが乗った皿に手を伸ばしたマシューを皮切りに乙女軍団も昼食をはじめた。


 暫くしてようやく満足をした一同は、食後のお茶を飲みながら本来の目的である自己紹介をはじめた。


「拙者は先程も申した通り、シグレの兄でリーンバイル当主の息子、シズルでござる」


「私はレニー・ヴァイオレット。ブレイブシャインのリーダーで、カイザーに乗ってます」


「あたいはマシュー、ただのマシューだ。トレジャーハンターギルド紅き尻尾の頭領で、オルトロスに乗っている。よろしくな」


「わたくしはミシェル・ルン・ルストニアですの。ルナーサを治める総支配人、アズベルト・ルン・ルストニアの娘で、ルストニア王家の末裔ですわ。わたくしの機兵はウロボロスと言いますの」


「改めまして、俺はカイザーだ。レニーの機兵であり、この子達の司令官だ」

「私はスミレ。カイザーの補助を担当しています」


 皆の自己紹介をうんうんと聞いていたシズルだったが、俺がレニーの機兵だと言った所で「うん?」と首をひねり、スミレが現れた所で「な、カイザー殿が増えたでござる」と驚いていた。


 きちんと事情を説明しようと思ったのだが、スミレとシグレから「面白いから黙っているように」と言われ、俺の本体については伏せたままにしている。


 時が来た時、再度驚いて貰おうという酷い提案だ。


 スミレについては俺と同じ様な存在で、このパーティーの頭脳担当であると説明をした所、「なるほど、軍師でござるか。軍師まで居るとは面白い者達を連れてきたものでござるなあ」と感心した様子で頷いていた。


「さて、早速でござるが、父上からの伝言を伝えるでござるよ。

 ……ごほん『シグレ息災で何より。そして共に旅をしてきたであろう者達、よくぞここまで来てくれた。シグレが連れてきた者達ということであれば、島内に入る事を許可したく思う。上陸についてはシズルに全権を委ねている。シズルを伴い上陸すること』……以上でござる」


「要約すると、私の顔を早く見たいからさっさと兄上を黙らせて上陸しろということですよ」

「なっ……シグレお主はまたそう言う事を……」


 要約されているようなそうでないような、でも兎に角上陸していいということと、何をやってもシズルに責任を押し付けられそうなことだけはわかった。


 ……であれば。


「ようし、ならばさっそく1時間後にここを出発しよう。それぞれ片付けと支度が済んだらブリッジに集合してくれ」


「あのカイザー殿! これはどうすれば良いでしょうか!」


 シグレが『これ』と指を指したのは勿論兄上であるシズルである。

 これ呼ばわりとはシズルに少々同情を隠せないが……そうか、彼は船で来たのだったか……。


 一緒に連れていかなきゃないんだけど、まさか船毎手で掴んで運ぶわけにもいかないし……いや、やって出来なくはないけど、なんかこう、移動中にシズルが余計な事を言ったりしてさ、シグレが落としかねんからな……。

 

「そうだな、面倒だしコクピットに押し込んで一緒に乗せていこう。船は収納して後で港に出してやればいいさ」


「ええー……兄上をコクピットに……手でぎゅっと握っていっても良いのですよ?」


 身内にはとことんキツいなこの娘……いや、ジンの様な性格であるという事を考慮すれば妹からこういう扱いを受けてしまうのも仕方がない話か……。


「……実はそれも少しだけ考えたんだけど、短時間とは言え飛行中は寒いし、間違えて落としてしまうと気分が良いものではないだろ……?

 お前も兄上が空から落ちる姿は想像したくはないだろうしさあ」


「ううむ……確かに……いえ、落ちてどうにかなるのは構いませぬし、寧ろ落としていきたい所ではありますが、リーンバイル家の者がそのような間抜けな最期を飾るというのは嫌ですね……わかりました、私の席の裏にでも押し込んでおきましょう」


 シャインカイザーのコクピットは前に前から3段になっている。先頭にあるのがレニーのコクピット。その次、上の段にはマシューとミシェルの席が並ぶように座る。そして最上段にはシグレの席があるのだが、その後ろにはわずかな隙間が空いている。


 シグレから見て左斜め後ろにトイレに繋がる通路があるので、そこに座ってもらおうかなと思ったんだけど、シグレはシートの後ろに入れると言って譲らない。


 いやまあ、実質女子トイレみたいなもんだしね。それに繋がる通路に兄貴を置くというのが嫌なのはわかるけど……わかるけどさ……。


 シート裏の隙間と言っても、決して成人した人間が一人入れるような隙間じゃないぞ。

 せいぜい週刊漫画雑誌が1冊入るかどうかの隙間だ。そこに入れようというシグレの目が冗談には見えなかったのは気の所為じゃないんだろうな……。


「……通路がダメならせめて君の隣に座らせて上げなさい……」

「カイザー殿がそうおっしゃるなら……仕方ないですね……」


 残念そうにため息をつくシグレ。そしてただ一人なんの話をしているのか、これから何が始まるのかわからず置いていかれているシズルはデザートに出された大福をもぐりもぐりと楽しみながら一人首をひねっていた。


(わからない方が幸せという奴だなこれは)



 用意が出来たようなので、皆をブリッジに呼び寄せる。シズルは渋々と言った顔のシグレが腕を掴んで連れてきたようだ。


 ブリッジ内の席順はシャインカイザーそのままである。なのでこのままシャインカイザーに変形すればそのまま飛行に入ることが出来るわけだ……が、その前に一言説明をしておく必要があるだろうね。


 シグレと何故かスミレに止められて「飛んで移動する」という説明をここまでシズルにしては居なかった。


 なので、シズルは『なんでこんな狭い部屋に連れてきたのだろう』と首をひねっている。


 ここまでシズルを連れてくる間に彼の船は既に回収してある。これもまた、シグレの提案で、有無を言わさず飛んでから話をすれば、何を言っても断れなくなるだろうという酷い作戦のせいである。


 そして、同じく「ギリギリまで本体についてバレないようにして欲しい」というシグレから提案された酷い理由で俺は未だに本体には戻らず妖精体のままだ。


 飛んでいる間も無言を貫くハメになるのかと思ったが、スミレが一時的に本体の声を妖精体の物と同等のものに変えてくれるとのことだった。


 全く余計な事をしてくれる……。


 しょうがないので妖精体をダッシュボードに腰掛けさせ、システムを本体に戻す。


「あーあー、う、うううん。よし、ではこのまま出発する。シズル殿、着陸場所について案内を頼むぞ」


「え? しゅ、出発でござるか? このような丸い船でい、一体どうやって? 拙者の船は? それにその、着陸場所とは一体……」


「モードチェンジ! シャインカイザー!」


 変形が終わると同時に上空に飛び上がる。シャインカイザーに変形した時点で広く視界が開けたコクピットに変化し、驚いて声も出なくなっていたシズルだったが、ぐんぐんと遠ざかる海や島に顔を青くしていた。


「うあ、う、あ、あ、あの、シグレちゃん? これは一体なんなのだ?」


「……ちゃんは止めて下さい兄上。現在我々はリーンばいる近海の上空にいます。

 ガア助の様に飛んでいるのですよ」


「と……飛んで……?」


「ちなみにシズル殿が乗ってきた船はきちんと格納しておいた。

 後で返却するので後日港まで案内していただけると助かる」


「格納……? い、いや、今拙者は一体何に乗っているのでござるか? 先程の大きな船は一体どこに?」


「兄上落ち着いて下さい。先程の船はこの機兵に変形しました。我々は同じものに乗っているのですよ」


「へんけい?こ 、これが機兵? 5人乗れる程大きな機兵……だと……?」

「5人は乗れませんよ。4人乗りです。今はゴミが一人余分に乗ってしまっていますが」

「シグレちゃあん!?」

「だからやめて下さい、兄上」 


 そう言えば外観より先にコクピットを見た者はシズルがはじめてなのではなかろうか。

 一体自分が何に乗っているのかわからない、なんてレアで面白そうな状況なのだろう。


 様々な情報が一度に流れ込み、不安と混乱で顔を青くしているシズルだったが、着陸場所について聞くとようやく我を取り戻してキチンと答えてくれた。


「そ、そうでござるな。島の者の肝を潰されても困ります故、まずは目立たぬ所……東の修練場に着陸するのが良かろう」


「なるほど、そこなら良さそうですね。レニー、カイザー殿、操作を完全に預けてくれませんか」


「良いけどどうしたの? 珍しいねシグレちゃん」


「いえ、後で何か言われたとしても私が操作していたと言えばそれで済みますので」


 なるほど、それもそうだな。


「よし、ではメインコントロールをシグレに移譲、レニーは出力を安定させることだけ考えてくれ」


「了解!」


 シグレの操作は滑らかで安定している。ぐんぐんと島が近づいてきたと思ったら直ぐに目的地上空に到着した。


「では、皆様着陸しますよ」


 着陸前に床まで透過表示にし、下界を映したのは安全確認もあるのだろうが、シズルに対する意地悪であろう。突然床に穴が空いたような錯覚を受けたシズレが慌ててシグレのシートにしがみつき、気の毒にも小さく悲鳴を上げていた。


「兄上、危ないので離れて下さい。馬鹿なのですか? 別に床に穴が空いている訳ではありませんよ。下が透けて見えているだけです」


「と、とと、突然こんな事をするから驚くのであろうが! ま、まったく! シグレは……」


 震える声で怒りを顕にするが、両手はしっかりシートを握りしめたままなので威厳もなにもない。


 ……シズル、君には軽く同情するぞ……。


 普段よりも慎重にゆっくりと着陸したのは意地悪ではなく、床に座っているシズルへの心遣いで間違いないだろう。シートベルトもクッションもなしにズシンとやったらあちらこちらにダメージが入りそうだからな。


 僅かな衝撃と共に大地の感覚が脚に伝わる。


「皆様、リーンバイルにようこそいらっしゃいました。まずは当主に変わって私、シグレ・リーンバイルが皆様を歓迎します」


 本来シズルが言うべきだったのであろう台詞をシグレが横取りして恭しく言った。

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