第百八十話 リーンバイルからの使者
昨夜の連絡でそのまま待機して居て欲しいと伝えられた我々は指示通り沖合に停泊し、それぞれ思い思いに暇つぶしをして居た。
マシューとスミレは何かの素材を取り出して怪しげな物を作っている。
チラチラと見える物から想像するに、
シグレは座禅を組んで瞑想をしている。時折鋭い表情に変わることから恐らくはイメージトレーニングをしているのだろう。どんな時であっても鍛錬を忘れないその姿勢は流石だね。
そしてレニーとミシェルはといえば、なにやらせっせと料理をしている。
基本的に屋台飯で済ませることが多い乙女軍団だけれども、レニーとミシェルは一応料理が出来るようで、野営時にもたまに料理をしているのだが……食事の時間はまだだよね?
さて、こんな時間に一体何を作っているのかなと、覗きに行ってみれば……どうやらクッキーを焼いているらしかった。
コクピットでポリポリやるのが欲しかったとの事だけど、くれぐれもコクピット内でこぼさないようにね……。
興味本位で近づいただけなのに、つまみ食いに来たのと勘違いされてしまって「これでも食べて待ってて下さい」と1枚手渡されてしまった。
そんなつもりはなかったんだけど、まあ折角だからね……と、一口かじってみてびっくり。口の中に濃厚なバターの風味が広がってとても美味かった。
受け取ったのは1枚だけど、この身体からすれば一抱えもある巨大なクッキーだ。
流石に1枚食べるわけには行かないので、半分に割ってマシューに、残りの半分はスミレと半分こしておいしくいただいた。
そんな具合で朝からのんびり過ごしていたんだけれども、レニー達が昼食の支度を始めた頃、ウロボロスから連絡が入る。
『待ち人来たりだよ。リーンバイルより1隻、小型船舶が接近中だ』
『乗っているのは一人、というか手こぎボートでよくもまあこんな沖まで出てくるものね』
このベースは謎技術により波や潮の影響を打ち消しているため忘れかけてしまうが、島の周辺は複雑に入り組んだ海流によって川のように速い潮流が存在する。
波も決して穏やかではないため、モニタに映されたような小さな船舶では波に翻弄されて酷い目に合うことだろう。
「流石はリーンバイルの者と言うわけか。島外の者にはとても真似は出来ないな」
感心して思わず口にすると、モニタを見ていたシグレがぐったりとした顔でそれを否定する。
「勘違いしないでいただきたいのは、リーンバイルの者も大陸の人間とそう変わらないと言うことです。島から外に出る際にはもっと穏やかな所を選んで出ますし、船ももっと頑丈で立派な帆船を使います。
あの様な小さな
やがて船が肉眼で確認できる位置に到達する……なんというか、波や潮流を両断するような乱暴な動きでグングンこちらに向ってくる。敵対したくないぞあんなの……。
船上には顔半分を覆う布を巻き、風に黒いポニーテールを靡かせる……恐らくは男であろう人物が乗っていて、デッキで腕組みをしながらそれを睨むシグレの姿に気づくと大きく手を振っていた。
それを見たシグレが軽く顔を顰めたのだが……一体どんな人物が来たのだろう。
そしてまもなくして船がベースに到達すると、そのままこちらに飛び移り、素早くロープを手すりに縛って船を係留している。
その様子を遠巻きに眺めていた我々だったが、客人はシグレを見ると顔につけていた布をはぎ取って一瞬で距離を詰める。
「シグレ……会いたかったよ……」
「なっ……!?」
ひしとシグレを抱きしめる謎のイケメン。ミシェルは手で顔を覆い、レニーはただただ頬を染め、マシューはなんとも言えない微妙な顔をして居る。
その様子を腕組みをし、真顔で眺めているのはスミレ。
一体何を考えているのだろう……この表情のスミレはちょっと後が怖いんだよな……。
「ちょ、離して……ぐっ……離して下さいませ……」
「ふふ……離さないよシグレ……。君は直ぐに何処かへ飛んで行ってしまうからね……」
この口調……、シグレの迷惑そうな反応……これは……。
「あー……この人シグレのお兄さんか……」
思わず口から出てしまったその言葉にシグレが嫌な顔をした。
「ぐっ……なぜ、カイザー殿はこれが兄上だとわかったのですか……」
なんとかして抱擁から脱出しようともがくシグレが息も絶え絶えに言う。
「答えは簡単だ。皇城 迅を見たシグレが兄上みたいだと言っていただろう。この人は笑うほどジンと言動がそっくりだったんだよ……」
「ああ……なるほど……くっ……不覚!」
シグレに夢中で周りを見ていなかった彼はフヨフヨとシグレの横に移動した俺にようやく気づく。
暫くは信じられないと言う顔でじっと俺を目で追っていたが、再度俺が口を開くとびっくりした拍子に力が緩んだようで、素早くシグレに逃げられていた。
「ようこそ、ブレイブシャインの海上ベースへ。俺の名前はカイザー。ブレイブシャイン、リーダーのレニー機であり、パーティの司令官だ。貴方を歓迎します」
「おおおおい、シグレ? この者はなんなのだ? どうしてこの様に身体が小さいのだ? 妖精か? いや、リーダー殿はこれにのるのか? リーダー殿はもっと小さいのか? 教えてくれシグレ!拙者は……」
「てい」
「ぬびょっ」
シグレに殴られ、妙な声を上げて静かになるシグレ兄。
「すいません、カイザー殿、皆さん。兄上は少々残念なところが有りまして……」
その後復活したシグレ兄はまだ落ち着かない様子で俺をチラチラ見ていたが、シグレに睨みつけられるとようやく要件を思い出したのか、自己紹介をしてくれた。
「先程は失礼致した。拙者の名はシズル・リーンバイル。当主からの使いでこの船に参った。シグレをここまで送って頂き感謝の念に耐えませぬ」
打って変わって真面目な顔で自己紹介をするシズル。しかし、その腹から凄まじい轟音が鳴り響いたのを聞き逃すものは居なかった。
顔に手を当て苦い顔をするシグレを気の毒に思いつつも、俺は昼食会を提案した。
「丁度昼時、我々はこれから昼食を摂るところでした。シズル殿も一緒に如何ですかな。食事をしながら彼女達の紹介と今後の話をしようではありませんか」
「おお、それはありがっ痛っ」
「……兄上……そこは一応一度遠慮する素振りをですね……」
「あー、いい、いいよシグレ。客人とは言えシグレのお兄ちゃんなんだろ。この場所くらい普通のノリで行こうじゃないか。いきなりキチンとしても疲れちゃうだろ」
「ううむ、カイザー殿がそうおっしゃるのであれば……。
しかしこの兄、目を離すと怠けるのであまり甘やかさないで頂きたい」
「ああ、わかった。何かあれば作中の副司令官がジンに接するようにしよう」
作中のジンはクールな台詞を吐きながら巧みにサボろうと画策するのだが、美女であり、ジンに言い寄られることが多い副司令官はそれを巧みに躱しながらジンを上手く働かせてしまう。
その事を知っているシグレは「ぶはっ」と噴き出してしまい、シズルから変な顔で見られていた。
「ごはんできたよー」
レニーの脳天気な声がデッキに響く。さて、昼食会の始まりだ。
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