第百七十九話 リーンバイル沖合にて
エイスケを見送り、シグレと共にブリッジに戻ると乙女軍団に取り囲まれた。
何か興奮気味で、かつ少々怒っているようだが何があったのだろう。
「カイザーさん! なんですかあの子!」
「あ、あの子?」
「シグレと一緒に歌ってたあの魔獣だよ!」
「ああ、あれはシグレの知り合いらしくてな、音で伝言を……」
「行く前にそんな話をしてましたし、見ていたから知っていますわ!
そうではなく、どうしてそんな素敵な方を何故紹介して下さらなかったんですの!」
「ええ……」
そう言えば危険回避のためここに集合させ、待機させたまま様子を見に行ったのだったな。
彼女たちの様子を見るに安全確認後、下に呼ぶのが正解だったのだろうけど……忘れていたのだから仕方が無い。
「うむ、なんだ。ここから島までまだ距離があるだろう? だからなるべく直ぐに帰して、あちらでゆっくり休ませてあげたかったんだよ。うん。明日の夜もまた来るらしいからな。明日は島の目と鼻の先だし、明日は君達も挨拶をしたらいいよ」
「……なんだか誤魔化してる感じですよね、カイザーさん。口調もですが、視線とかそのソワソワとした動きとか……」
ぐぬ、参ったな。この身体は嘘がつきにくい。しかし半分は本当のことを言っているのだからいいじゃないか。
「誤魔化しているわけじゃ無いぞ、レニーだってあの可愛いエイスケと直接会えば早く帰して休ませてあげたいって思うはずだし」
「その可愛いのに会えなかったからわたくし達は怒ってますのよー!」
火に油を注いでしまった……。
シグレの協力でなんとか宥めることが出来たけれど、まったく明日また会えると言っているのに聞き分けが無い連中だ。
……なんだか普段より聞き分けが無いような気がするんだけど、それはやはりこの身体だと説得力が無いというか、なめられやすいとかそういう感じなのかな……。
そんな俺をニヤニヤと見守るスミレに気づく。
そうやって笑ってるお前も大分感情が読み取りやすくなってるんだからな。俺のことを笑ってられないんだぞ。
……
…
翌朝も海上は素晴らしく快晴で、海鳥の声で目を覚ました乙女軍団がワラワラとおうちから現れる。
柵に腰掛け、潮風に髪を靡かせながら海を眺めていると、口々に「おはようございます」と挨拶をして順番にシャワールームに消えていく。
今まではそんな様子を上から見下ろしていたわけだから何だかとても新鮮だ。
なんというか、ようやく異世界で生活での生活が始まった感があるというか、今までより異世界に入り込めた感じがするというか、そんな不思議な気持ちになる。
好き好んで大きな合体ロボに転生したのは自分だけど、やっぱり何だかんだ言ってこの小さな身体も良いものだね。
流石に今更元の自分に近い義体が欲しいとは思わないけどさ、フィギュアサイズの身体で感じる異世界の空気はまた新鮮で素晴らしいよ。
けれど、この身体にも欠点はあるんだ。
……しかも今現在リアルタイムでその欠点をひしひしと感じている。
本体の時は勿論の事、人間だった頃にだって特にどうとも思わなかった海鳥。
それがこのサイズとなるとヤバい。先ほどから連中に狙われているんだ……。
ちょんちょんとデッキを跳ねながら距離を詰めてくるその動き。人間だった頃はお菓子や弁当を護ればそれで済んでいたけれど、この身体になった今は我が身を護らねばならない。
シャワーを終えたレニーが簡易浴場から出てきたので助けを求める。
「おーいレニー! 助けてくれー!」
優しいレニーは直ぐに向ってきてくれた。
「どうしたんですか、カイザーさん! 敵ですか?」
「ああ、ある意味敵だ。助けてくれよ、さっきから海鳥達が俺を狙って取り囲むんだ!」
「……ッ!」
顔を背けて口に手を当て、小刻みに震えるレニー……おいおい笑ってるんじゃ無いだろうな?
「レニー?」
「ひゃい……と、鳥って……カイザーさん鳥って……」
「いやいや! 笑ってる場合じゃ無い! この身体はまずいぞ! 連中からすれば餌にしか見えんらしい!」
「あはははは!」
「笑い事じゃ無いんだってば! 頼むから俺を持ってブリッジなりおうちなりに連れて行ってくれー!」
そして、笑いながら俺を抱っこしておうちに連れて行くレニーを見たマシューにさらに笑われてしまい、改めてこの身体の欠点をシミジミと噛みしめた。
やはりこの身体はなめられる!
……
…
その後は特に問題らしい問題も無く予定通り野営ポイントに到着した。
遠目に見えていたリーンバイルは近くによると思った以上に大きな島であることがわかる。
島単体で国として成り立つくらいなのだから当然なんだろうけど、前に見せて貰ったざっくりとした地図だとせいぜい王家の森程度くらいに描かれていたからね。
他にデータもないし、仮データとはいえ小さく見積もってしまっていたんだ。
パッと見ただけだし、レーダーで正確に測量をしたわけではないけれど、恐らくは王家の森3つ分は軽く有りそうだよ。ルナーサで言えば、ルナーサ、サウザン、ラウリン、ルートリィがそっくり全部入るくらい。思った以上に大きな島だよ。
シグレのおうちや風呂等をストレージから取り出して、野営の用意が出来たところでスミレからエイスケ反応を伝えられる。
後でごねられるのも嫌なので、乙女軍団を呼び寄せ、全員でエイスケを迎えた。
「キュイキュキュ」
イルカはやはり女子受けするのだろうな。乙女軍団達はすっかり虜になってしまい、頭を撫でたりヒレと握手をしたりキャッキャとはしゃいでいる。さながら水族館のイルカショーだわ。
そんな彼女たちをシグレは不思議そうに眺めている。
「レニー殿達はエイスケの何がそこまで気に入ったのでしょうか」
「シグレはエイスケを昔から同胞と思って見ているのだろうけど、レニー達にとっては賢く可愛い
「ううむ……かわいい
「……認めたくは無いが、そういう事だな」
しばらくして。
ようやく満足した乙女軍団から解放されたエイスケはシグレに昨日の返事を返す。
その様子を見た乙女軍団が腰砕けになったのは言うまでも無かろう……。
「ええと、明日はこのままここで待機して欲しいとのこと。
船でやってくる使いが改めてレニー殿達と話し、その後どうするか決めるそうです」
「まあそうだろうな。いきなり機兵でやってきて入れてくれと言うのも無理な話だ。
そもそも着陸しても怒られない場所を聞いておかないとトラブルの元になるだろうからなあ」
「気の良い連中ばかりですが、今は島外から人が来ることはまずありませんからな。
慎重な態度は許して貰えると助かります」
「ああ、分っているさ。明日はよろしく頼むな」
「はい、ではその様に伝えます……」
「どうした? じっと見て」
「あ、いやその姿でもカイザー殿はカイザー殿なんだなあと。
可愛らしい見た目でもきちんとして居て、いや、当たり前なのですが、なんというか、カイザー殿は凄いです!」
「お、おう。そうか? なんだ、ありがとう?」
「はい! では、エイスケに伝えてきますね」
なんだか嬉しそうな顔でシグレはエイスケの元へ向い、笛を取り出して不思議な旋律を奏で始めた。
風に黒髪を靡かせながら笛を吹く様子は……沈む夕陽に照らされる海面と相まってとっても幻想的な雰囲気だ。
明日はいよいよ上陸……できるといいなあ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます