第百七十六話 カイザー仔馬になる
義体……憧れの義体。
これは……たしかに義体だけど……その、思ってたのと違う……。
等身大とは言わなくとも、もっとこう……スミレみたいな人型を期待していたのに……出てきたのは馬だ。
それも俺の変形形態そのものであればまだしも、なんというか、これはフワフワのぬいぐるみのような物。
確かに義体がほしいとは言ったし、みんなと歩き回れる身体がほしいとは思っていたけれど……これは……。
「まあまあ、物は試しですよ。データも欲しいのでさあさあ」
『くっ、わかったよ……では一時的に機体の主制御をウロボロスに移管するぞ』
『あれ、どうしたのカイザー? 眠くなったのかい、ロボのくせに』
『ごらんなさいな、うーちゃん。カイザー達はどうやら何か楽しいことをするみたいよ。ふふ、私達を起こしたのだから楽しませなさいよ』
しまった、ヤタガラスに任せるんだったな。"ろーちゃん"の方はちょっと面倒な性格だし、暫くネタにされるぞこりゃ。
『俺を見てても面白くなんか無いぞ……ええい、システムをサブボディに転送……』
「っと、これでいいのかな……ううわ、視点が低いなあ!」
せっかくスミレが作ってくれたのだからと、ぬいぐるみに入ってみたが……視界がやたらと低い以外は馬形態と変わりが無い……まあ、機動に違和感がないのはいいけどね。
でも馬かあ……と、パカパカと歩いていて調子を確かめていると……背中に軽く重みを感じた。
「さあ、カイザー! レニー達の所まではいどー!」
……。
「スミレさあ、絶対これをやりたくて作っただろこれ……」
「何のことかは分りませんが、効率的かと思いまして」
「はあ……まあいいや。ふふ、この状況で現れた俺達を見てあいつらがどんな顔するか見たいし行くか!」
「そういう切り替えが早くてノリがいいところが大好きですよ、カイザー」
「そりゃどうも!」
パカパカとブリッジから下に降り、夕食の支度をしているレニーの所に近づいていく。
スープを温めるのに必死なのか、まだ俺の姿に気づいて居ない。
「今日は魚介のスープか。旨そうだな」
「そうなんですよー、これはイーヘイで買った奴ですね。エビの出汁が効いてて……あれ?カイザーさんの声が足下からする」
「うむ、足下に居るからな」
お玉を持ったまま視線を下げたレニーが俺とスミレを見て口をあんぐり開けている。
「うわあああああああああ! カイザーさんが! 縮んでる!」
「なんだなんだ? 一体何事だ?」
レニーの声を聞いてパイロット達が集まってくる。何だか面白くなってきたのでパカパカと歩き回ってみせると、スミレ毎からだがひったくられた。
「うわっ! 誰だ! 急に持つなよ!」
「……ふぉおおおお……ほ、本当にカイザーさんなのですわね……ああ……このふこふこ感……素晴らしいですわ……ああ、なんて愛らしいんですの……」
ミシェルの意外な一面が見られた瞬間だった。普段の様子とは打って変わり蕩けた表情でうっとりと俺を抱きしめ、うりうりと頬ずりをしている……。
その表情は俺に乗ったまま間近でそれを見ることになってしまっているスミレを若干引かせ、周りの目もまた、生暖かい物になっていた。
「おい、ミシェル……その辺にしてやってくれ……スミレが怯えてる……」
「な! 別に私はスミレさんをとって食べようだなんて……ただカイザーさんが愛らしくって……あ……」
ようやく自分の状況に気づいたミシェルが顔を赤くして俺達を解放してくれた。
「カ、カイザー殿? ええと……い、一体これはどう言う事なのですか?」
「ああ、うん……スミレがね……作ってたみたい……」
パカリパカリとうろついているとレニー以外のパイロット達が何かを言いたそうな顔でスミレを見ていることに気づく。
特にミシェルの視線が熱い。
「ふふ……貴方達の言いたいことは分りますよ。あの子達の分も欲しいのでしょう? ちゃんと後で作ります」
「「「やったー」」」
そしてスミレと夕焼けを見に来たはずの俺は……しばらくの間乙女軍団達に良いように玩具にされ、どっと疲れてしまった。
しかし、このぬいぐるみは本当によくできているな。
馬形態の時とあまり変わらない感覚で動くことが出来るし、口までしっかりと動く。
ん……口?
「な、なあ! スミレ! この身体ってもしかして……」
「食事ですか? 可能ですよ」
「やったああああ!! 念願の! 食事を! とれる!」
「カイザー? なんだかカイザーらしくない喜び方をして居ますよ?」
「これが喜ばずに居られるものか! お前達が旨そうに菓子や飯や酒を飲み食いしているのをどれだけ羨ましく思っていたことか……ん?」
興奮してパカパカとはしゃぐ俺を突然ミシェルが抱き上げる。その表情は蕩けたものでは無く、何故かとても厳しい表情を作っている。
「カイザーさん……この身体で食事は禁止です……」
「ええ……と? 一体何を言ってるんだ君は」
「この柔らかなさわり心地……恐らくはストレイゴートの白色種を素材にしているのでしょう」
「良く分かりましたね。流石ミシェルです」
「この素材は魔獣の素材には珍しく保温性に優れ、肌触りが良くて軽いことから服の素材に使われることがありますの。しかし、油汚れが付くと……落ちにくいんですのよ……」
「それと食事になんの関係が……ああ……」
「せっかくのフワフワの身体……獣の脂で汚させるわけにはいきませんわ」
「確かにせっかく作った物を油でベトベトにされるのは私も嫌ですね。カイザー、食事禁止で」
「ぐふっ!」
「ああっ カイザーさん! お待ちになってくださいな! もう少し抱っこを……」
幸せの絶頂から悲しみの谷底に叩き落とされた俺はミシェルの身体から飛び出し、たまそのままの勢いでブリッジに駆け戻る。
『お帰りカイザー。残念な結果だったけど元気出しなよ……』
『うふふ、面白い物を見せてくれてありがとうね、カイザー』
ちくしょう、ろーちゃんの方よ、覚えておけよ……うーちゃんの方の爪の垢を煎じて飲ませてやるからな。
ブリッジに戻ってきたものの、なんだか元の身体に戻る気にもなれずそのままの身体で座り込んでいた。
この視点……人間よりはだいぶ低いけど、それでもなんだか久々の感覚だな。
人間だった頃もあまり背は高くは無かったからなおさらね。
あーあ、こんな視点で周りを見てるとさ……何だかちょっぴり昔を思い出してしまうよ。
あのラーメンまた食べに行きたいなあ。おっちゃん元気かな。
ってあっちはあれから何年経ってるんだろう。
こっちとの時差とかあんのかな? みんな元気かなあ……。
「カイザー、ここに居たんですね。はあ、そんなに落ち込まなくても……」
隅っこで郷愁に浸っているだけなのだが……いじけてるのだと勘違いされてしまった。
面白いから暫く黙っていることにしよう。ふふ、仕返しだぞ。
「私はスミレですよ? 戦略サポートAIを超越して今やブレイブシャインの頭脳とも言えるこの私が何も想定していないと思ってるのですか?」
「……」
「はあ、まったくカイザーはたまにそうやって子供みたいに拗ねますよね。せっかくちゃんとした義体も用意してあるというのに……」
「な ん だ っ て」
「反応が早すぎますよ、カイザー」
「そ、そ、それはちゃんと食事が取れる身体なのか?」
「勿論。それに私と同じような感じになっちゃいますが、ちゃんと人型ですよ」
「おお、おお……スミレ……ありがとう……」
思わずスミレに駆けより抱擁してしまう。ああ、このサイズだとこう言う事も出来るのだな。
「ちょ、カイザーのしかからないで……潰れちゃいます……」
「……俺はその……スミレを抱きしめてるつもりだったのだが……」
「……!? そ、その身体でそうされても……あまり嬉しくはありませんね……っと、では身体を出しますからそちらに移って下さい。いいですか」
スミレがストレージにアクセスし新たな義体を取り出した。
「おお……これは……んん……?」
出てきたのは……確かに人型の義体、それはたしかにそうなのだが……どうみてもスミレと色違いの妖精ボディだった……。
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