第百七十五話 海上の野営

 海上ベースとなった俺の上を恐る恐る乙女軍団が歩いている。

 

 この形状では顔が収納されているため、視界はブリッジに付けられたメインカメラ頼りになる。自由にキョロキョロできないのは……なんだかちょっぴり不便だ。


「広ーーーい……けど、広くないですね」

『俺達の元の大きさを考えてくれ……』


 海上ベースと言う名前がついているこの形態だが、流石に質量を無視した変形はアニメ設定でも許されていなかったようだ。


 そもそも、玩具の展開を増やすため無理矢理詰め込まれた設定だろうと言われている形態だ。そこまでこった作りにはなっていない。


 それでも、全長12m、最大幅10mはあるので、おうちを一つにトイレや風呂を設置する程度なら可能なのだ。


 一番綺麗なミシェルあたりのおうちをみんなで使うのかなと思ったけれど、どうやら各自のおうちを毎日交代で出して使うことに決めたようだ。


 本日俺の上に置かれているのがレニーのおうち。流石にベッドを4つ設置してしまうと狭くなるため、2つのベッドをくっつけてみんなで仲良く眠るらしい。


 なんとも微笑ましい限りで。


『おうちの用意はそのへんでな。ここは海上、夜は何がおこるかわからないんだ、今のうちに食事の用意をしておきな』


「はあい」


 気の抜けた返事をレニーが返し、ぞろぞろとおうちから現れる。

 流石に俺達の上で火を焚かれちゃかなわんので、お茶用のお湯は魔導コンロを使って貰う。普段はあんまり出番がないこいつだけれども、こういう時には大活躍だな。


「……この姿だと何処から見てるか分らないので少々不気味ですね、カイザー」

『なっ、酷い事を言う奴だなスミレは』


「そうは言われましても、せめて顔でも生えていればもう少しマシだったと思いますよ」

『それこそ不気味だろ……円形の浮遊物から生えている顔……いや、そう言うロボットも居るけどさ。

 そもそも、俺にはこの身体しか無いんだからしょうがないだろう?』


「そうですね、カイザーに可愛そうなことを言ってしまいました。では、自由に動ける私が代わりに皆を監督しますね」

『ぐっ……今日のスミレは普段にまして意地悪だな!』

 

 海の開放感がそうさせるのか、スミレのノリがやたら良い、と言うか意地悪になっているというか。


 いや、今日に限った話じゃないよな……義体を得て人間らしさがさらに増し、煽りスキルがどんどんレベルアップしてるんじゃ無いかと疑ってしまうね。


 っと、早め点灯しておくか。


 この形態になるとスポットライトを照らすことが出来る。ロボ形態であっても肩や胸からライトを照射することは出来るのだが、この形態だと街灯のように見えるな。


 ただし、まだ大陸に近い場所から出られていない。ヘビラド半島と本島の中間地点よりやや大陸よりといった具合の場所なので、漁船から見られる可能性がある。


 なのでライトは控えめに点灯し、あまり目立たないようにしてある。


 それでもおうちと併設して置かれている風呂やトイレ周辺はきちんと照らされているので、変なことをしない限りは海に落ちると言うことは無いだろうと思う。


 けれど、一応念を押しておくか……。


『くれぐれも海に落ちないようにな』

「落ちるつもりは無いけどさ、落ちても直ぐにあがってこれるんじゃないか?」


『海をなめない方が良いぞ。ピタリと停止しているように見えるが、これは流されないように俺達が様々な装備を使って現在地を維持しているおかげだ。

 落ちた瞬間ここから流されてしまったり、手が滑って登れなくなったりするかも知れない。

 まして、夜の海は暗くて人の目には見えにくいんだ。この形態の俺達は何かあっても直ぐには動けない。だからくれぐれも注意するようにね』


「海の魔獣ってのもいるんだもんね、うん、気をつけないと」


 一応気持ち程度の柵はついているけれど、腰の高さくらいまでしかないからね。

 油断をして身体を預けちゃったりしていると……そのままくるりと乗り越えて落ちてしまうこともあるだろうさ。


 それにレニーも言っているけど、魔獣の存在もあるからな。

 一応索敵は欠かさずやっているけど……海の魔獣と戦った事が無い以上、油断は出来ない。


『ま、落ちないよう気をつけてくれたらそれでいいさ。

 早めに風呂に入って今はゆっくりと海でも眺めておきな』


 俺の話が終わると、乙女軍団は再びわいわいと食事に取りかかり、それが済むとさっさと風呂を済ませると、俺が言ったことを律儀に守って海を眺めている……。


 言った俺が言うのもなんだけど、夜の海を眺めても大して面白くないだろうにな……。


 案の定、早めに飽きたようでゾロゾロとおうちに戻っていった。

 漏れてくる声から察するにシャインカイザーのアニメ考察をしているようだ。


 くそう、も混じりたい……。


 スミレもさり気なく姿を消しているようだし、きっと連中に混じっているに違いない。

 はあ、ほんとズルいAIだよ。


……

 

 そして我々は旅立ってから3日目の野営を迎えた。


 着陸前に大きく高度を上げて確認すると、遠くにそこそこ大きな島が確認できた。

 シグレに聞けば、やはりそれはリーンバイルだという。


 とうとうリーンバイルに手が届きそうな場所までやってきた!

なんだかこう、リーンバイルは本当にあったんだ! って気持ちでいっぱいだよ。

 いや、ちゃんとあるのは勿論理解していたけどね、見えない目的に向かって進んできたのだから、喜びがひとしおというか……ね?

 

 さっそく明日には到着……と、行きたいところだけど、無理をして事故を起こすのも嫌だ。


 だから明日はリーンバイル沖合で一泊をし、その翌日リーンバイル入りする事に決めた。


 海上の野営も既に3日目。慣れた様子で食事の用意を始めたレニー達を見守っていたスミレがブリッジに飛んできた。


『どうしたんだ? あいつらと一緒じゃ無くていいのかい?』

「何時までもここからひとりぼっちで見ているのは退屈かと思いまして」

『まあね。オルトロス達はこの形態の時は大人しくなっちゃうし、暇と言えば暇だよ』

「ねえ、カイザー。私達も雫と龍也のように並んで海を見ませんか?」

『シャインカイザー5話、雫と握手を交わして共に戦うと誓う熱いシーンの再現か!』

「……そうなんですが、そうじゃなくて……はあ……」


『何ため息をついてるんだ。まあ、そうは言っても俺はここから動けないからな……ああ、そうか。ここで一緒に海を見ると言いたいわけか』

「何を言ってるんですかカイザーは。海を見るならこんなところからじゃなくて、広々とした外に出て見たほうが楽しいに決まってます。

 ほら、今丁度夕焼けが綺麗ですよ。行きましょう、カイザー」

『お、おい……そうは言うが、動けないって……』


「ふふ、そうでしたね。まったくしょうがないカイザーですねえ。

 ほら、これに入れば動けますよ」

『えっ……こ、これは……俺の義体かい……?』

「はい、どうですか? 素敵ですよね。さあ、早く接続の許可を出して下さい! リモートでいけますので!」

『そうは言われても……これは……』

 

 嬉しげな表情を浮かべたスミレがストレージから取り出したのは……

 小さなユニコーン型の……ぬいぐるみのような義体だった……のだ……。

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