第百七十四話 いざ大海原へ

 翌朝、いつもよりだいぶ早起きをした乙女軍団は、いそいそと朝風呂を済ませ、布団を干したり、選択をしたり……装備のチェックをしたりと普段以上に張り切っていた。


 海上移動。


 シグレは船で移動をしたり、ガア助で飛んだりと経験者だけれども、他の3人は船自体に乗ったことがないらしく、大陸から外に出るというのは初めての事だ。


 なのでやたらとテンションが上ってしまい、早朝から目を覚ましてウキウキと用意を始めているというわけなのだった。


 海が持つ怖い一面を考え怯えるということをしないのは若さゆえなのか、性格なのか。

 何れにせよ、臆すること無く出発できるというのは何よりだよね。


 用意が終わってから2時間。とっくに朝食も終わったし、布団もそろそろいい頃だということでいよいよ出発の時が訪れた。


 各自コンソールを使いおうちや私物を回収し、普段より念入りに忘れ物チェックをしている。ここから暫くは後戻りが出来ないからな。いつも以上にしっかりとチェックしなければ。


 間もなくそれも終わり、各自が自分の機体に乗り込んでシャインカイザーに合体した。


 4人がコクピットに揃った所で改めて指令を出す。


「皆用意はいいな! これより我々ブレイブシャインはリーンバイルを目指し飛行する。

 予定では普段どおり30分おきに休憩を取ることにしているが、海上の大気は不安定。

 全てが普段どおりにいくとは思わないように。

 それと……少しでも不調を感じたら直ぐに言うこと! いいな!」


「「「「はい」」」」


「よし、ではシャインカイザー発進!」


 地から飛び立ち空に舞い上がり海を飛ぶ。安全のためにある程度の高度をとって飛行しているけれど、視界いっぱいに広がる大空と大海原に乙女軍団は大喜びだ。


「ひゃー、改めて海ですねえ!」

「なんだそりゃレニー。海以外のなんでもないだろ」

「そうは言うけどさ、マシュー。右も左も前も下も海なんだよ? 海じゃないのは後ろと上だけ。凄くない?」

「そう言われてみれば凄いような気がしてくるな……」

「でしょう?」

「海と空しか見えねえってなかなかないもんな! すっげえや!」

「すっごいよね!」

 

 二人の無邪気な会話を聞いてミシェルが優しげな笑みを浮かべている。

 しかし、そんなミシェルもいつもとは雰囲気が違う。どこかウキウキと気分が高まっているのがよく分かる。


「ほう、この辺りは船が沢山通るんだな。あれは漁船かな?」


 まださほど沖合に出ていないので、俺の眼下に多くの船が適当な感覚に散らばって浮いたり移動したりしているのが見えた。


 この質問を聞き逃さず、待ってましたとばかりに鼻息荒くミシェルが答えてくれた。


「ええ! 我がルナーサが誇る漁船団ですわ! 近海に棲む魚類は我が国にとって重要な資源。この辺りは海棲魔獣の姿が少ないのでああやって多くの船で賑わっていますのよ!」


 なるほどねえ。この大陸では船を使った運送は盛んではないけれど、漁業のため多くの船が海に出ているんだな。


「カイザーさん、漁船の中に大きな船が何隻か混じっているのに気づきまして?」

「ああ、それも気になっていたんだ。漁船とは装備が違うようだったがあれは?」


「あの船は護衛艦ですのよ。近海は比較的安全とは言え、稀に海棲魔獣が出ることがありますの。そんな時に漁船を護るのがあの護衛艦。流石に機兵を乗せて戦わせる事は叶いませんが、船に搭載された大型火気や大鋏で魔獣を追い払うことができますの」


 ちょっと気になったのでホバリングしてもらい、護衛艦をスキャンしてみた。


 なるほどこれは面白い。


 船の前後に主砲と言える砲台が付いているのはわかる。しかし、面白いのはミシェルが「大鋏」と言った装備だ。


 船の左右に大きなアームが付いていて、その先がハサミになっている。言ってしまえば船から腕が生えているような具合だ。


 現在は折り畳まれているが、スキャンデータからシミュレーションしてみると本当に腕のように見えて面白い。なんだかカニみたいな船だね。


 ちなみにこの世界の船は2種類存在しているようで、おなじみの帆船の他に、魔石で動く魔導船というものがあるらしい。


 勿論、手こぎボートもきちんと存在しているけれど、大型船となると先の2種類だけになる。


 帆船よりも扱いやすい魔導船は歴史が浅いらしく、まだまだ高価であることから多くの漁師は昔ながらの帆船を使っているそうだ。

 

 しかし、財力がある商会は魔導漁船を所有していて、魔導護衛艦と共にルナーサの漁獲量の増大に一役買っているのだそうだ。


 やたらと早いおつきだった黒騎士くんが乗ってきたのは間違いなく魔導船なんだろうな。それもとびきり最新鋭の凄いやつ!


 魔導船なんてものがこうして作られているんだから、魔導車なんてものが出来ても良さそうなものなんだけど……機兵に乗って移動した方が早いとか考えて作る人が居ないのかもしれないなあ。


 その後、何度か休憩を挟みつつ移動を続け、日が沈む前に本日の休憩ポイントに到着した。

 

 といっても、ここは海の上でなにか目印があるわけではない。予め決めておいた飛行距離を達成したので今日はもうおしまいというわけなのだ。


 無理をして輝力切れでも起こしたら面倒なことに繋がりかねないからね。


「では、着陸後はいつもどおり野営の用意をしてくれ。各自着陸に備えろ」

「ちょ、ちょっとまってカイザーさん! ここ海の上だよ? 野営の……用意?」

「えええ? あたいはてっきりコクピットの中で色々済ませるのだとばかり思ってたぞ」


「何いってんだ、そりゃシャインカイザーになれば小さなトイレが使えるようになっているけれど、風呂なんて何処にもないだろう? 言ったよね、風呂にも入れるって」

「そうですわね……お風呂も入れるし、トイレもその、設置できるとか……」


「ほら、着陸シークエンスに入るぞ。シグレ、コントロールを俺にくれ」

「はい、カイザー殿」

  

 動揺するレニー達を尻目にゆっくりと海面を目指し降下していく。

 徐々に近づく海面、乙女軍団が今度は別の理由で騒ぎ出す。


「わわわ、ほんとに降りるんだ! だ、大丈夫なんだよね?」

「浮くって言ってたもんな、へ、平気だよな!」

「ガア助が浮くのだからカイザー殿も浮くでしょうな」

「し、信じますわよ、シグレ!」


 普段の着陸とあまり変わらない速度で降下しているのだけれども、向かう先にあるのは地面ではなく海面だ。そりゃあ怖いよな。


 けれど安心してくれ、カイザーは水に浮く! も初体験だけれども、それは設定資料で知っているんだ。


 それに……今回はより安心できる秘策があるからね……ふふふ。


「海面着陸シークエンス最終フェーズに入る……スミレ、アレの許可を」 

「周囲の天候問題ありません。気象シミュレーションの結果も良好、モードチェンジ承認します」


 スミレの言葉を聞いて乙女軍団がわやわやとまた騒ぎ始めたけれど、質問は後だよ、諸君。まずは結果を御覧じろってね。


「モードチェンジ! 海上ベースモード!」


 俺の宣言とともに変形が始まった。

 俺達の身体は合体はそのままに円形に変わり、身体の縁からフロートが現れる。


 コクピットはそのまま上にせり上がってブリッジとなり、周囲を見張る見張り台へと変わる。


 さながら円形の台船のように変形した俺はそのままゆっくりと海面に着陸し、揺れを軽減するスタビライザーなどを展開……うむ、成功したようだね。


『よし、もう外に出て大丈夫だぞ』


「……」


 あっけにとられて言葉が出ない乙女軍団。

 ふふふ……その顔が見たかったんだ!

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