第百七十三話 大陸からの飛翔、前夜

 サウザンでの半休を終えた我々ブレイブシャインは午後イチで出発し、ロップリングへ向かう街道を途中で東にずれ、空からスガータリワ北東部を目指した。


 この辺りの海岸線は高くなったり低くなったりしていて、長い砂浜が続くということがない。

 

 どちらかと言えば断崖絶壁が多く、昔テレビで見た島根県の摩天崖を思い出す雄大な景色が広がっている。


 スガータリワを過ぎ、着地ポイント兼キャンプ地を探していたが、間もなくしてスミレがちょうど良さそうな場所を発見してくれた。

 

 洋画で妖しい取引をするような連中がヘリで降り立つような、いや……ドラマで犯人が涙ながらに自供するのに適しているような……好き好んで人が来ないような海に崖がどんと突き出したような……まあいわゆる岬だね。


 ロボの身体でもそれなりに広く感じられ、背は低いが草木が茂り、それでいて海側の見晴らしは最高という素晴らしい野営地だ。


 直ぐに着陸をし、リーンバイル行き最後となる、野営準備を始めた。


 それぞれが自分のおうちを出し、風呂の用意や食事の支度を始めている。

 間もなくして日が傾き始め、赤く染まった空や雲が広大に広がる海に写り込んで中々贅沢な景観を作り出している。


「わー、見てみて! 綺麗だよ!」

「おおお……どうせなら海に沈む夕陽を見てみたいけど、これはこれでいいな」

「ルナーサでは位置的に見られませんからね。わたくしもそれは見てみたいですわ」

「いやしかしこれはこれで中々良いものですな。夕焼けなど珍しいものではないと思っていましたが、こうして皆でしみじみと見るとなかなかに良いものです」


「いつかみんなで沈む夕陽も見に行こうね」

「そうだな!」

 

 ……明日からは暫く海から上がる太陽も沈む太陽も嫌ってほど見れるわけだけど……流石にそれを言っちゃあ無粋だから黙っておこう。


 場所が場所だけに風の心配もあったけれど、我々は天に恵まれているようで穏やかなものだ。スミレ先生の天気予報でも暫くの間は風が安定するようだし、安心して一夜を明かすことが出来そうだね。


 入浴を済ませた乙女軍団が焚き火を囲んで夕食を始めた。

 今日のメニューはイーヘイでアホほど買い込んだ海鮮料理。


 やたらと大きなエビを甘辛く炒めたものや、バターで焼いた大きな二枚貝、こんがりと焼かれて何かのソースがかけられた白身魚に……熱々にむされたカニ!


 ちくしょう、ちくしょう……!

 ……ええい、気を取り直していこう。


 食事を摂る乙女軍団を見渡し、声を掛ける。


「食べながらで良いので聞いてくれ」

 

 食事の手を止めること無く顔だけこちらを向く一同……食べながらでいいのは本心から言ったことだけれども、一瞬だけでも手を止めてくれたら少し嬉しかったな……まあいいけどさ。


「ごほん。我々は明日の朝、ここからリーンバイルを目指し出発する。以降リーンバイルまでの間周りにあるものは海だ。

 慣れない環境となるが、みんなで協力しあって無事に着けるよう頑張ろうな!」


「パキ……勿論ですよ! パキパキ……友情こそ力ですから!」

「そうだな! パキパキ……あたい達は一心同体なんだからさ……パキ」

「どんな場所であろうとも……パキパキ……わたくし達の友情は揺らぎませんわ」

「海上の案内は……パキリ……私に任せて下さい……パキパキ……」


 ……カニを剥く手を止めて喋ってくれてもいいのよ? 

 セリフだけ聞いていれば熱いシーンに見えなくもないけれど、真顔でカニを剥きながら言っちゃあ台無しなんだよ?


「……俺はこの世界だと海の事情がまったくわからん。海の案内は任せろと言うことだが、シグレ、何か気をつける様なことはあるかい」


 指名されたシグレはカニの足を啜りながら少し何かを考えていたが、ひとつずつ思い出すようにしてそれにこたえてくれた。


「我々は今回飛行していくのでさほど問題があるとは思いませんが、島の周辺海域には複雑な海流があります。それ故船舶での接近が難しく、鎖国をしやすい状況になっているわけです。

 例えば、ルナーサから船で向かったとしても直接島に向かうといつまで経っても近づくことは出来ません。

 厳密に言えばもっと複雑な航路を取る必要があるのですが、ざっくり言ってしまえば一度北上してから大きく島を迂回し、島の北東側から近づいていく形になります」


「なるほどな。北東部が島に入る唯一のルートになっているのか。

 と言うことは、帝国からいった場合は一度東に出てから大回りで島の北東部を目指す形になるのかな」


「そうなりますね。そんな面倒がなければ潮も早いので6日もあれば着ける距離だと思うのですが。

 今回は飛んでいけるので、そのへんの問題はあまり関係ありませんね」


「飛んでいくって言ってもさ、途中海に降りるんだろ? カイザーがどうするのかはわからんが、そん時その海流とやらの影響を受けるんじゃないか?」


「海流な。一応対策は考えているけど、もしかしたら多少流されることはあるかも知れない。ただ、沈むようなことはまず無いからそこは信用して安心してほしいかな」


「そうそう、海にも魔獣は出ますので一応注意をしていただければと」

「やはりいるんだな」

「はい、大小様々な魔獣がそれなりに……最も危険な魔獣は深場に居て、浅場までは滅多に浮上してこないので、今回はさほど心配はいらないと思います」

「ルナーサ近海にはあまりでませんけれど、沖合にはそれなりに生息していると聞いていますわ」

「へえ、海の魔獣ってエビとかカイとかなのかね」

「それはマシューが好きな海鮮じゃん……」

「ばれたか。まあ、魔獣は食えねえから出ても嬉しくないね」

    

 海にも魔獣……まあ居るだろうなあと思っていたけれど、やっぱり海にも魔獣が居るんだなあ。


 魔獣が居るということは……沈んでいる装備品がある、そういうことだよねえ……。


 カイザー達は一応潜れなくはないけれど、海に潜った後はメンテナンスが必要になるんだ。

 自動修復機能によって破損箇所の修復はできるけれど、塩を落とすことは出来ないからね。

 それで錆びるような事はないけれど、何処かに塩が詰まっちゃったりしたら少なからず動作に影響が出ちゃうため、真水をつかってしっかりと洗浄をした上でメンテナンスをする必要があるんだ。

 

 砂塵などであれば簡単に落ちるんだけど、どうも塩は上手く落ちないみたいなんだよね。

 アニメのシナリオ上、必要な設定だと思うけど……迷惑な話だよ。


 幸い、メンテナンスと言っても自動で出来るものだから、カイザーが浸かれる様な淡水湖か大きな河川を抑えておけばなんとかなるんだけどね。


 俺が出した質問をきっかけに、乙女軍団からも何かしら質問が上がって、みんなでああだこうだと話し合っていると、ミシェルが「あ!」と声を上げ、俺に何か言おうとしたのだが……何か気まずそうな顔をして口をつぐんでしまった。


「なんだ? 何か気付いたことがあったら遠慮せず言ってくれ。そういう遠慮は今後トラブルの種になるからな」


「ですが……その……ええと……ああ! そうだわ、スミレさん、ちょっと……」


 俺ではなくスミレを指名して、ゴソゴソと話し合っている。

 

「ああ……それなら……今使っているのをそのまま使えますよ」

「そうなんですの? 水の上では穴を掘って設置というのが無理かなと……」

「詳細は省きますが、工夫をすればなんとか設置できますからね。

 本来あまり褒められたことではありませんが、広大な海ですし、そこは直に……」

「なるほど……それは申し訳有りませんが割り切っていくしかありませんわね……でもアレが使えるのはありがたいですわ……一番の気がかりでしたので……」


 ……わずかに聞こえる会話から推測するにトイレ問題か……。

 

 確かに……俺は声からして男みたいなもんだから話しにくかったんだろうね……。

 スミレが居て本当に助かったよ。。


「ああ、ちなみに風呂もちゃんと設置して使うことが出来るからな。別に今日入り溜めする必要はないぞ、レニー」


 先程からチラチラと風呂を見ていたレニーに念を押しておく。

 どうも二回めの風呂に入ろうか迷っていたようだったからね……。


「え? そうなんですか? 良かったあ……」

「そもそも入りだめしても意味ねえだろ……」

「そ、そうなんだけど……そこは気分的な問題だよ、マシュー」 


 その後も打ち合わせが続いたが、既に内容はグダグダになっていて、特に重要な話が出ることもなかったため明日に備えて早めに寝ることにした。

 

 明日は明日でやることがいっぱいあるからね。

 

 起床したらそれぞれ布団を干し、衣類やシーツの洗濯をすませて、備品のチェックをする。

 

 それが全て終わったら、朝食をとり、軽くミーティングをした後に出発だ。

 

「では諸君! 今夜はゆっくりと休んでくれ」


 それぞれがおうちに潜り込んでいき、岬に静寂が訪れる。


 俺の目でも流石にここからではリーンバイルがある島は補足できない。

 古地図を見ると目視できそうな距離に見えたが、実際はそこそこ距離があるのだろうな。

 

 全速力で飛行できれば恐らく数時間で着くのではないかと推測しているが、それを可能とするのは最終話付近の龍也達レベルまで輝力が高まらないと無理な話だ。


 今の時点では最高速度を出せるのは5分が限界だろう。その後は皆揃って長いクールタイムに突入だ。

 

 なので最高速度はおろか、その半分も期待することは出来ない。


 現在の飛行速度は頑張って平均時速100kmが良いところだ。しかも30分毎にホバリングして1時間の休憩が必要になる。

 

 本来の性能を考えればポンコツもいいところだが仕方がない。それでも地上を移動するよりはよっぽど速く移動できるしね。


 ここから探る限り、海上はどうも気流も生易しいものでは無さそうなので飛行で消耗する輝力はいつもより多そうだ。

 

 1日150km程度進めれば上出来と言ったところか。


 海流とやらのせいで船の移動距離を正確に割り出せないのが痛いな。

 それがわかれば大体の距離を割り出せるんだけど……スミレ先生が。


 ともあれ、流石に1000km以上は無いと思いたい。


 大体フォレムからルナーサくらいと楽観的に推測すれば4~5日で到着出来るはずだ。それだけ過ごす以上の用意は出来ているし、後は彼女達の能力を信頼することにしようじゃないか。


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