第百七十二話 サウザン再び
ゲンベーラで一夜を明かした我アレはサウザンを目指して再び移動を開始した。
昨夜は
上映会を他者に見られるのが不味いというのもあるけれど、光源はいたずらに魔獣を呼び寄せることになるし、予期せぬ魔獣の動きを誘発してしまえば他のハンターに迷惑をかけないとも言い切れないからね。
そんなこんながあり、今朝の乙女軍団は少々不満げな顔をしていたけれど、今日はそれ以外の楽しみ、サウザンでの買い物というイベントが有るため、間もなくして機嫌が戻ることとなった。
サウザンまでは予定通りに飛行にて向かっているのだけれども、今回はあまり高く上がらず、森の上を泳ぐように飛行した。こうして飛べば木々に遮られて下から我々の姿が見られることはないからね。
これは不慮の事態で他者に飛行がバレてしまうのを防ぐためでもあるのだけれども、低空飛空を用いた戦闘というシチュエーションが今後無いとも言い切れないので、今のうちに慣れてもらおうと、訓練も兼ねているんだ。
森の木々は綺麗に大きさが揃っているわけじゃあない。ただ平行に飛んでいるだけでは高めの木にぶつかってしまったり、それを嫌がって上を飛びすぎれば、わざわざ低空飛行をしている意味がなくなってしまう。
なので高度を巧みに変えながら、慎重に飛行する必要があるのだけれども、思ったより上手く飛べていて嬉しく思う。
もっとも、普段より速度が若干落とされていたり、危ない場面もちょいちょいあるため、まだまだ戦闘に使えるレベルでは無い。
これからも機会を見て訓練をしていかないといけないね。
「カイザー、そろそろ着陸ポイントです。周囲に機影及び人間の反応はありません」
「よし、ではいつもどおり、着陸後に速やかに分離をし、徒歩にてサウザンを目指すぞ」
「「「「おー!」」」」
……
…
徒歩での移動はやはり時間がかかるな……いや、飛行の快適さに慣れてしまって余計にそう思うだけなんだけれども、直接街に着陸できないというのは不便だなあ。
我々がサウザンに到着したのは夕方、閉門まで一時間という所だった。
広場の屋台は既にまばらになっていて、満足に買い物が出来そうに無かった。
これでは流石にみんなが気の毒なので、明日の午前までを補給を兼ねた自由時間とし、出発は午後に延期する事にした。
それを聞いた乙女軍団の嬉しそうな顔と言ったら。
シャインカイザーの上映会をするぞ、と言った時に等しい程だった。
明日の午前まで猶予があるとは言え、今日という日を無駄にしようと思う乙女軍団ではない。ミシェルお勧めの宿にチェックインを済ませた彼女たちは宿で休むようなことはせず、そのまま元気よく街に飛び出していった。
念の為にと、今回は通話状態にして貰っているのだけれども……インカム越しに届く音声が中々に面白い。
「ほらほら! レニー急げ! あっちの屋台まだやってるぞ!」
「ちょっと待って、靴が、脱げちゃって、あ、待ってよお!」
「あーもう! ほら、レニー、肩を貸してやるから早く靴を履き直せ!
シグレ! あたいはいいから先に行って焼まんじゅうを4人分買っといてくれ!」
「心得た!」
「ミシェルはあっちの串焼きを頼む! あのおっちゃん売り切って帰りたそうにしてるからサービスしてくれそうだぞ!」
「あまり食べると宿の夕食が入らなくなりますわよ」
「それは別腹だ! いいから4人前頼む! お前が無理ならあたいが食う!」
マシューが謎の統率力を発揮している……!
食欲がなせる技なのかも知れないが、彼女は案外リーダー向けなのかも知れないな……。
ジンがトレジャーハンターの頭領を押しつけた理由が少し分ったような気がするよ。
暫くわいわいとあっちへこっちへと買い物に走っている様子だったが、今食べる分を十分に買えたのか、何処かに落ち着いて食べ始めたようだ。
「あ、この場所って……」
「ああ、なつかしーな。前にシグレとまんじゅう食ったとこだな」
会話がふと気になって自作のマップで彼女たちの現在地を確認すると、どうやら乙女軍団は広場に居るようだ。
そう言えば彼女たちがシグレと始めて会ったのはこの街だったな。
「あの時は色々とご迷惑をおかけしました」
「それは言わない約束だよ、シグレちゃん」
「結果的にこうして仲良くなれたんだから気にすんなって」
「経緯はどうであれ、貴方とここで出会った思い出はかけがえのないものですのよ」
「うう……みんなありがとう。大陸に来て良かったと……今なら思えます」
「ほらほら、泣いてないで食べた食べた! 夕食に間に合わなくなるぞ!」
「そもそもこんな馬鹿みたいに買ったら夕食なんて入りませんわ!」
「あたいは平気だけどな……まあ、ほら! 夕食が心配になったらアレにしまってさ、後でおやつにすればいいじゃん!」
「海を渡るんだもんね、おやつはいくつあっても……そう言えばシグレちゃんはどれくらいかけてここまで来たの?」
「私ですか? 船とガア助を使った上、目的地は帝国でしたので……今回の旅とは少々事情が変わってしまいますが、大体12日くらいでしょうか……」
「12日……結構かかってんな。いくらカイザーで飛んでいったら速いとは言え、最悪その半分以上はかかると思った方が良いよな」
「そうですね、何が起こるか分りませんし、余裕を見ておけば良いかと」
「じゃあ、明日はたっぷりと買わないとね……」
「食料は十分あるけれど、おやつの在庫はまだ不十分です。わたくしに任せて下さいな!」
「ああ、頼りにしてるぜミシェル!」
……何に備えているかと思えば、おやつかよ……。
まあ、何にせよ旅の備えを考えているのは良いことだね。
俺とスミレが出した見立てでは、リーンバイルまでの移動日数は5日程度。
乙女軍団の張り切り様を見るに……2週間分は仕入れかねないな……。
おやつとは言え、4人分を2週間分たっぷりと買ったら結構な金額になるよ。
財務担当のミシェルがまだ平気そうな顔をしてるから信じているけど、後で聞いてパーティ資金がヤバそうだったらストックしている魔獣をギルドに卸さないといけないな……。
おやつ程度で底までにはならないとは思うけど、いつ何でお金を使うかわからないから資金調達についてもきちんと考えておかないといけないよね。
ストックしている魔獣を卸せば金貨で20枚くらいにはなるだろうけど、なんだかんだで結構お金は使うからそれでも心もとないんだよな……。
ついこの間まで金貨1枚で大騒ぎをしていたというのに……上に上がれば上がるほど金が掛かるようになるってのはどんな世界でも同じなんだなあ。
はあ、今後も暇な時に狩りはしていくことにしよう……。
そして一夜明けて。
普段よりも元気いっぱいに目覚めた乙女軍団は、さっさと朝食を摂り、素早くチェックアウトを済ませて街へ繰り出していってしまった。
俺達ロボ軍団は広場に併設された駐機場に置かれてお留守番だ。
イーヘイみたいな街作りが各所で行われれば俺達も買い物を楽しめるんだがなあ。
というか、スミレさんが早く義体を作ってくれさえすれば……。
まあ、これもいつもどおりと言えばそうなんだけれども。
もうみんな慣れたもので、待ち時間の間のロボ軍団もまた、それぞれ好き勝手に過ごしている。
と言っても、自立起動で動き回れるわけではないので、やれることと言ってもその場でできることに限るのだけれども。
本日のオルトロスは子供らしい正確のAI達がそうさせるのか、二人で仲睦まじくしりとりやナゾナゾを出し合って暇をつぶしている。
『固くて食べられないパンってなーんだ』
『マシュ~がこの間作ったパンだね~』
『せいかーい。あれ凄そうだったねー』
『レニ~が目を白黒させてて面白かったね~』
……マシューが聞いたら怒るだろうなあ……。
ウロボロス達はどうかと言えば、視界に入る人間達を観察し、市場調査をしているようだ。街を歩く人間の年齢や性別、身なりなどを細かくデータに取り、商売に役立つ情報を集めている。
それなりの期間、例の腕輪となって商人となったルストニアと共に過ごしていたのだからもう癖というか、趣味になっているのだろうな。
『おや、重魔鉄鋼のリングだね。加工が難しいはずなのに良く作ったもんだ』
『そう言えばさっきもつけている人を見かけたわよ。何処かの工房が技術を獲得したのかもしれないわね』
『重魔鉄鋼の加工技術はマリエーラが探ってたっけ』
『後でアズくん経由で情報を教えてあげましょう。きっと喜ぶわね』
……ルストニア商会は安泰だろうな。これだけ強烈な味方がいるのだから。
しかし重魔鉄鋼って字面が凄いな。なんだかすごく頑丈そうだけど、ミシェルのお母さんは一体何に使うつもりなんだろう。
そして最後にガア助はといえば、彼女はシミュレーターを展開して戦闘訓練をしているようだ。
実家でのシグレは修行の一環として瞑想中に戦闘シミュレーションをしていたらしいのだが、ガア助もそれに倣って共に訓練をしていたらしい。
当時は自分がロボだと知らなかったため、シグレも自分同様のシミュレーターが展開されているとばかり思っていたそうで、先日その話を聞いたシグレから「そんな便利な術があったら教えてほしい」と言われ困っていた。
でも、パイロット用のシミュレーターという案は悪くはないね。
AR的な機能があるんだから、モニタを使ったVR訓練だって出来そうなもんだし、後でどうにか出来ないかスミレに聞いてみるとしよう。
作中でも基地の施設を使っての訓練はしていたからね。カイザー単体でできるかまではわからないけれど、スミレ先生ならどうにかしてしまえるようなきがする……。
すぐに相談したいところなんだけど……ちゃっかりレニーの肩に乗って買い食いツアーに同行してるからな……くそっ!
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