第百六十九話 補給

見た目も性格も力強いギルマスに終始グイグイ寄られ、なんだか全てを強引にねじ伏せられる様な事となったが、なんとか会議は無事に終わった。


 これで不本意ながら我々は1級ファーストパーティになってしまった。


 現在シグレは仮加入扱いのため、書類上はハンターになりたての5級フィフスではあるけれど、正式加入を果たした際には折を見て同等のランクに昇級するとのことで……。


『トリバまではるばる冒険者登録にやってきた姫様をリーンバイルに送るなんざ、ファーストパーティにしか頼めねえよ』 


 なんて白々しく笑うギルマスの笑顔がとっても憎いぜ……。


 しかし、1級ファーストパーティとなった今、ハンターとして堂々と禁忌地や帝国、リーンバイルなどの地域で活動することが可能となるわけで……。


 特に禁忌地は扱いがデリケートなようで、公式に立ち入れるのは国家から認められ、許可を取ったトレジャーハンターと1級ファースト以上のハンター、国が指名したそれに準ずる者のみとされているらしい。

 ジンはなにか適当なことを言っていたけれど、あそこに入れるのは一握りの人間だけなんじゃないかよ……リーンバイルが現存する事を知っていたようだし、ほんと謎が多い人だな。

 

 これまでさらりと流してきたが「禁忌地」という名前は穏やかでは無い。

 かつての大戦でボルツがやらかした結果つけられた名前らしいけれど、何か恐ろしく強大な魔獣が居るのか、やらかしによって生じた人体に有害な何かが有るのか、はたまた宗教上都合が悪い何かが有るのか……。


 そう言えばこの世界における宗教という物に触れたことが無いな。

 強いて言えば俺が拝まれたりスミレが「妖精様」って呼ばれるのを見たくらいか?


 巫女がどうのこうのっていう神話があったり、機神がどう乗っていう話もあったか。

 ……ま、何にせよあんまり顔を突っ込むようなことじゃないよね。


 そういえば……確かマシューとジンが出会ったのも禁忌地だったな……。

 何やら厄介事が眠ってそうな場所だけれど、ジンからも頼まれてたからな。

 正式に国から許可をもらったようなもんだし、あそこがどういう場所なのかジンからもっと詳しく聞いてみるとするか。


けれど、まずは目先のことから片付けていかないとな。

 

 今後の予定としては、フロッガイ付近まで飛行主体で移動をし、その後は陸路で国境を越える。


 これは一応、国境を通りましたよという記録を残すために必要なことだ。

 両国のトップに話を通しているとは言え、その辺りはやっぱりきちんとしておきたいからね。

 

 その後はルナーサ中央部の山脈に沿って飛行し、そのまま北上を続け……ロップリング周辺に移動してそこから海を目掛けて離陸し、リーンバイルを目指す……と。


 ここからリーンバイルまでは殆ど飛行していくため、寄れるとしても一箇所だけ、フロッガイもしくはフラウフィールドだけだ。


 イーヘイである程度補給をしていくつもりだけど、必要なものがあれば寄った先で仕入れることにしよう。足りないものというのは出発した後になってわかるものだからね……。


 というわけで、我々は現在イーヘイの市場で食料の補給をしているのだが、マシューがとても生き生きとしている。


「へえ! そのエビ凄いね! ルナーサで食ったのよりでかいよ!」

「そうかい? ルナーサも魚介が有名だけどそれよりもかい?」

「うん! あっちのも旨いけど、やっぱあたいはデカい方がいいよ!」

「ははは、面白い嬢ちゃんだな。エビは一尾20銅貨だけど買うかい?」

「買う買う! そこの箱全部くれよ! えっと銀貨4枚くらいなら出せるけどいくら?」

「全部……? ああ、お使いなんだねえ。だいたい200尾は入ってたと思うけど、銀貨3枚で良いよ」

「本当? じゃあ、そっちの貝も1箱ちょうだい!」

「ありがとうよ、じゃあ貝の分は50銅貨でいいよ。お釣りで串焼きでも食べて帰りな」

「ありがとなー! またイーヘイに来たらまた寄るよ!」


「ミシェル、今の買い物はお得だったのかい」

「……うまく値切ったところでエビと貝で銀貨5枚が良いところですよ……店主は値切られたつもりが無いのでしょうけど……マシューがアレを計算でやっているなら恐ろしいですわ……」


 マシューを見ればオルトロスを屋台によせ串焼きを買って頬張っていた。

 計算なのか天然なのかまったくわからんな……。


 ちなみに購入した物は箱毎バックパックに収納している。

 

 街中で人が多いため、端末を使ってストレージに入れることはせず、わざわざバックパックの蓋を開けそこに入れて普通の荷物入れに見せかけているわけだが、そもそもバックパックという発想が無かったようでこれはこれで目立つ事となった。


「へえ、そこに荷物を入れられるんだなあ! バランス取りが難しそうだが、商用にゃ良さそうだな」

「魔獣の素材も入れて運べますので、ハンターにも悪くはありませんのよ」

「ああ! なるほどな! 戦闘中は外しておけば良いだろうしなあ」


 いつの間にかウロボロスの周りに集まった商人やエンジニアらしき人々がミシェルの話を聞きながら

 必死にメモを取っている。

 

「そういや、そこの嬢ちゃんが乗ってる白いの、馬車になるって噂を聞いたが……」


「え? あ、ああ……えへへ……その……」

『レニー、ここは俺に任せておけ』

「え?」


「ああ、俺は馬にも馬車にもなるぞ」


「え? 今のってまさか……」

「ああ、俺が喋っているんだ。ちょっとそこを空けてくれ馬車になってみせるから」


 周囲がざわめく中、俺は馬車に変形してみせる。

 何人かが腰を抜かしていたが、流石イーヘイ、機兵に関する興味が勝るようでメモを取る手を加速させる物の方が多い。


「商人達から噂を聞いていたんじゃ無いか? 喋る機兵が居るってな」

「あ、ああ……いや、確かにそうなんだが……てっきり盛られた話かと……」


 俺はもう隠すのを辞める、そう決心したのだ。土台はできた、後はもう遠慮無く存在を明らかにしていくだけだ。

 

 人型機兵の最先端は帝国なのだろうが、魔獣型機兵の最先端はイーヘイと言っても良いはずだ。

 

 遺物を参考にした機兵文化を発展させた帝国と違い、1から新たな機兵を生み出したトリバなら、そんな国の首都であれば機兵マニアも多く、俺の存在も受け入れられやすい……はず。

 ここでこうして俺という存在をアピールすれば、これまでとは比べ物にならないほどの速度で俺の噂が駆け巡るはずだ。それもこれまでよりもハッキリとした情報としてね。


「先に言っておくが、俺達の出所については答えられないからな」

「東街道に巣食ってたヒッグ・ギッガを倒したのはあんた達だって聞いたが……ほんとうかい?」


「ああそうさ! それはあたい達がパインウィードの連中と一緒にやっつけたんだ」

「あんなの普通はやり合おうと思わねえぞ? あんたら良く依頼を受けたな」


「あたいはただ……シカを食いたかっただけさ……」

「シカ……? ああ、奴のせいで狩りが出来ねえって……はっはっはおもしれえパーティだな!」


「そういやよ……ブレイブシャインと言えば……」

  

 やばい、調子に乗りすぎた。どんどん人が集まってくるぞ。

 ミシェル、そろそろ上手いこと切り抜けて……ってミシェル?


 ミシェルがウロボロスの拳を突き上げレニーのような顔をしている。


「私達はブレイブシャイン、1級ファーストパーティーですわ! 縁あればよろしく頼みましてよ!」


「うおおおお! ファーストかよ!」

「やっぱそうだよなあ、こんだけの機兵を持てるだけはあるな!」

「可愛らしいお嬢ちゃんばかりのパーティーだが、人は見かけによらねえんだなあ」

 

 うおおおおい!? ミシェルさあん?


 なんだか熱に浮かされたようになっているミシェルの口上に周りはどんどん加熱していく。

 

 こんな時に張り切りそうなレニーは……ああ、あわあわとしているな……。

 本番に弱いというか、プレッシャーに弱いというか……まったくレニーらしい。


 シグレはシグレで苦笑いをしているな……。

 忍者みたいな娘だからこうやって目立つのは複雑なのだろうか。


 しかしそろそろ動き出さないと今後の予定に影響が出てしまうのだが……。

 くそ、失敗したな。思ったより人が集まりすぎてしまった……都会というものをなめすぎていたよ……とほほ。


「たまにこう言う大失敗をしますよね、カイザー」

「うう……言うなスミレよ……」


 取りあえず補給の続きにもどらねばな。

 こうなったら逆にこの状況を利用して脱出してやれば良いのだ。


「盛り上がっているところすまない! 俺達は次の依頼のため補給中なんだ。少々時間に追われる身なのでな、どうか道を空けてくれると助かる!」


「お、すまねえ! よし! お前ら道を空けろ!」

「そうだな、ファーストパーティだもんな、悪かったな、嬢ちゃん達」

「ほら、お前らも道を空けろ! カイザーさん達が通れねえだろ!」


 ザワザワとした声は続いていたが、一人、二人と声を上げていき、俺達を解放する流れが出来た途端……人混みがパカッと開いて通路が出来上がった。

 

 手を振られながらその間を通っていると、なんだかパレードをしている気分になってしまうが……まあ今日くらいはいいか……。


 ああ、レニーが固まった笑顔で手を振り替えしている……なんかごめんな、レニー……。


 その日は結局ゾロゾロと野次馬を引き連れて補給をすることになってしまい、パイロット一同はすっかり疲れた顔をして居た。


 行く先々で過剰なサービスをして貰ったり、野次馬がプレゼントをしてくれたりと、悪いことばかりでもなかったけどな。



「今日はすまなかったな。俺の考えが至らなかったせいで皆に迷惑をかけてしまった」

「迷惑? わたくしは楽しかったのでかまいませんわ」


 ミシェルは何故か妙に張り切っていたからね……まさかあそこでさっそく1級ファーストの名乗りを上げるとは夢にも思わなかったよ……。


「まあまあ、結果的に補給が1日で済んだんだ、良かったじゃん」


 わざわざ二日余裕を取ったのは君達の休暇のためなんだが……。

 まあ、明日は予備日に出来るから悪くは無いけどさあ。


「目立つのは慣れてませぬが……今の私は特に隠れる必要も無いので、平気ですよ」


 確かにそう言われるとそうなんだが……でもなあ。


「ちょっと恥ずかしかったけどさ、これでカイザーさんが少しでも動きやすくなったならいいんじゃないかなって思うよ。良かったね、カイザーさん」


 レニー……君は本当によい子だな……。


「なんか、ありがとうな、みんな……」

  

 というわけで、過剰サービスとプレゼントにより補給が1日で終わってしまったため、二日目はパイロット達の休暇ということで、自由に過ごして貰う事にした。

 

 昨日は機兵の街という事で、俺達の乗った状態での買い物を楽しんで貰ったし、俺達もみんなと一緒に買い物が出来て非常に楽しめたけれど、二日目はパイロットのみ、つまりは俺達はお留守番をすることにして、乙女軍団には徒歩にて出かけて貰った。

 

 これは別に昨日の騒ぎを考慮してとかそういう話じゃあ無くて、純粋に人の視点でもこの街を楽しんで欲しかったからだ。


 これからまた帝国と……黒騎士と戦う事になると思う。

 今後はそれを想定した厳しい訓練をする事になるだろうし、来たるべき戦い自体もけして楽なものでは無いだろう。


 だから遊べるうちにたっぷり遊んでもらうんだ。

 から彼女たちに報いる手段は限られているけれど、その時が来るまで、少しでもこう言う時間を作っていけたらなと思うんだ。

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