第百六十六話 ショッピング

 詰め所から門を抜けると途端に潮の香りが強くなった。


 内湾の街であるルナーサとはまた違う香りだ。

 ルナーサの香りはもう少し濃い香りで、ほのかに海草の香りが混じっていた。

 それに対してイーヘイで感じられる潮の香りはあっさり目……けれどそれに加えて機械油の匂いが混じっている。


 潮の香りと油の匂いから想像するのは漁船やタンカーの重油の香りが交じる田舎の港だけれども、この香りは重油のそれではなく、マシンオイルの香りだ。


 イーヘイはハンターズギルドの総本山と言う事もあり、街には多数のハンターや機兵がうろついていて、街には勿論それの整備工房やパーツショップ、機兵工房などが立ち並んでいるため、潮の香りに混じって機械油マシンオイルの匂いがツンと鼻に感じられるらしい。


「これだよ、これ! うんうん、いいねえ。油の匂いだ」

「おお、マシューもわかる? いいよねえ! 機兵の香りだよ!」


「……言われてみればそんな香りもしますが……マシューは兎も角、レニー鼻がいいですのね」


 レニーとマシューはコクピットを開けたまま深呼吸をしつつ歩いている。

 海とハンターの街の空気を全身で堪能したいということらしいが……ほんと渋い会話をする少女たちだな!


 街門から直ぐの所に何件か機兵の整備工房が並んでいた。

 恐らくは外から戻って直ぐに修理できるよう、門前に整備工房が集ったんだろうけれど、なんともハンターの国の首都らしい気遣い……いや、強かさではないか。


 しかも、それは数件では終わらない。パーツショップや機兵工房を交えながら町の中央に見える大きな建物、ギルド本部に向う大きな道の両脇にそれがずっと続いているんだ。


 なんというか、ハンターの街というよりも、ライダーの街という具合で非常にわくわくするな!


 ギルド本部を過ぎるとようやくそれが終わり、次に現れるのが今度は宿屋街だ。


 ずらりと宿屋が建ち並ぶ姿は宿場街リバウッドを思い出すけれど、イーヘイとは機兵関連の店と立場が逆だよね。


 あちらは門からずらりと宿屋が並んでいたけれど、こちらはまず機兵有りきの街の作りをしているからな。

 

 宿屋の前にはそれぞれ店員が立っていて、愛想を振りまきながら客引きをしている。

 客の多くがライダーなので、コクピット越しでも聞こえるようにやたらと大きな声で呼び込みをしている。


 なんというか、これもまたイーヘイならではの光景だね。


「あ、浜風の唄ですよ。先にチェックインしちゃいましょう」

「マーベス隊長がお勧めしていたところだな。ミシェル、頼めるかい?」

「ええ、任せて下さいまし」


 こう言う時はミシェルが活躍する。

 宿に限った話ではなく、金銭が発生する場をミシェルに任せるとスムーズに事が進むんだ。

 

 多くの場合、何かしらおまけが付いたり、待遇が良かったりするのだが、店主も特に嫌な顔をして居ないことから双方に損が無い範囲で何か良い取引をしているのだろうな。


 こういう時は商人様々だ。


「チェックインしてきましたわ。駐機場は宿の裏で、夕食は20時までに食堂でとのことでした。

 観光してから改めて来ると伝えてきましたので、まずはゆっくり街をみましょう」


 さて、通常の街であればこのまま駐機場に向い、そこで俺達ロボ軍団はパイロットと別れて待機することとなる……のだけれども、イーヘイはギルド本部があるというだけあり、機兵乗ライダーりが行動しやすい街作りがされている。


 機兵に合わせて広く作られた道、機兵のまま買い物が出来る仕組みの屋台……いわゆるドライブスルーってやつだね。

 

 そして武器屋も機兵向けの店は乗ったまま入り、装備の試用をする事も可能と言うことだ。


「ああ、凄いな! イーヘイって凄いな! なんて素晴らしい街なんだろう!」


 レニーは終始目をキラキラとさせながらコクピットで興奮している。

 機兵マニアだもんな、機兵に合わせた街づくりがされているって所に滾ってるんだろうな……わかる、わかるよも今すごく興奮しているもの。


 多数の機兵が街を歩いている訳なので、時折衝突事故……というか、機兵同士で肩がぶつかることもあるが大きな喧嘩には発展しない。

 

 それはこの街に防衛軍の基地があり、多数の兵士が巡回しているからだろう。


 他の町では殆ど見かけることが無い防衛軍の兵士達がこの街には多数うろついている。

 巡回している兵士もいれば、食事等の私用で歩いている者も居てとても悪さをする気にはなれない。


「しかし、何故他の町には兵士がいないのだろうな? 彼らがいれば治安も良くなるだろうに」


「それはハンターズギルドがハンター達に自治を委ねているからだよ、カイザーさん。

 トリバ防衛軍はあくまでも敵国から国を護るためのもので、街の治安を維持するために居るような存在じゃないんです」


「自由を愛するハンター主導の国らしい考え方ですわね。私も其れはいいことだと思います。

 ただ……恐らく先の騒動、黒騎士の件で北西の街ザイークや北部に位置するフォレムにも軍が駐屯するようになるのでは無いかと思いますわ」


「そうだろうね、今まで誰も来ないだろうと思っていた北部から乗り込まれたんだから。

 でも防衛軍の軍機は居るだけで馬鹿な連中を牽制するからね。駐屯するように慣れば周囲の治安も改善するだろうし、悪い話じゃないと思うよ」


 レニーが珍しく難しい話を始めたものだからスミレが微妙な顔をしている。

 義体を作ってからどんどん人間臭さが増しているよなあこいつ。


「あっ! カイザー、あのお店入ってみましょう。面白そうですよ」


 スミレが指差す先には機兵向けの武器屋があった。

 俺のサイズに合わせて言えば小さめの店舗だが、人のスケールで考えるとやたらでかい倉庫のような建物だ。


 この店もまた機兵のまま入れる大型店舗で、中では何機か機兵が武器を物色していた。


「いらっしゃい、武器は好きに触っていいが、くれぐれもぶん回すなよ。店が壊れちまう」


 コクピットがむき出しになっている、恐らくは移動用であろう小型の機兵に乗った髭面の店主が俺達を迎えるが、人型タイプの俺達を見ても特に驚く様子もない。

 

 軍機が歩くこの街ではさほど珍しい型ではないだろうからな。

 それに、近年軍機のような人形機兵もイーヘイでは作られているようで、民間機にも多くはないが存在しているらしいし。


 声を出さなければジロジロと見られること無く普通に活動出来るというわけだ。


 店内に置かれている武器は剣やハンマーなどの近接武器が目立つが、銃火器も少量ではあるが置いてあるようだ。


 ……ふむ。

 

『なあ、スミレ。この世界の銃は魔導炉を使って爆裂魔法を発動させることで弾を撃ち出しているだろう?』

『そうですね、ここに売っているのもパインウィードで使われているものと同様の仕組みのようです』

『魔力ではなく、輝力を使って発射するように改造することは出来るのかい?』

『つまり、魔石やエーテリンの補充に頼らず使えるようにしたいということですか?』

『そういうことだね、出来る?』

『私にかかれば出来ないことはあんまりありませんよ』


『出来るのか! よし、一丁買っていこう!』


 通信チャンネルをパイロット全体に切り替え、情報を共有する。


「というわけで、ライフルを1丁買おうと思うのだが……ミシェル、任せていいかな」

『ええ、任せてくださいな。スミレさん、現在のブレイブシャインの財政状況はどうなっていますか?』

「依頼報酬や素材の換金、そしてルストニア家からの援助を合計すると残金は白金貨2枚と金貨82枚銀貨48枚、以下略ですね」

「ありがとうございます。もう少し余裕を持たせたいところですが、問題は無いですね。では、ちょっと店主とお話してきますわ」


 この二人が居ればお財布事情は安泰だな。

 間もなく、店主とミシェルがやり合う声が聞こえてくる。


「そこのマクスウェル3式か? そうだなあ、15金貨ってとこだな」


「あら? マクスウェルで金貨10枚も取りますの? シーザーならわかりますがマクスウェルで?」


「あん? 馬鹿言うな、2式ならわかるが3式だぞ? それに10枚じゃなくて15枚だ」


「ルナーサですら最近マクスウェル4式が売られ始めてますのよ? 機兵の最先端であるイーヘイであれば3式は型落ちもいいところではありませんこと?」


「ぐ、それを言われるとな……じゃあ、12枚でいいよ、それ以上はまけられねえ」


「冗談ですわよね? 先程も言いましたが、最近はシーザーの人気に押されマクスウェルはあまり数が出ませんのよ? そのマクスウェルの型落ちを金貨12枚とは……本場のお店でこれですの?」


「なにもんだよお嬢ちゃんよお! あーもう、じゃあ11枚だ!」

「それは勿論、銃弾込みでのお値段ですわよね?」

「ちくしょう!わかったよ!それでいいよ!」


「あら、ありがとうございます♪ ではマクスウェル3式とこの銃弾で金貨11枚、確かに」


「って、銃弾1箱じゃなくて4箱かよ!?……ああ、いいよ……売ってやるよ!」

「ふふ、ありがとうございますの。ルナーサにお越しの際は是非こちらを尋ねてくださいね。

 わたくしの母がやっているお店ですので、悪いようにはしませんわ」


 コクピットを店主に近づけ、ミシェルが懐から名刺の様なものを取り出し、店主に手渡している。

 それを訝しげな顔でしげしげと見ていたが店主だったが、直ぐに顔色を変えてミシェルに向き直る。


「おいおい……母って……なるほど、敵わねえわけだよなあ。かあ、勉強させてもらったよ、ルストニアの嬢ちゃん!」


「うふふ、女子供だと馬鹿にせず正々堂々と勝負をして下さった貴方なら良いお付き合いができそうですし、本当に当商会を尋ねてくださいね。トリバの武器は人気がありますし、ルナーサにも良い素材はありますので」


「ああ、近いうち行かせてもらうよ!」


 収支的にはとんとんどころか赤字なのかもしれないが、ルストニア商会とパイプが出来たことにより店主はニコニコと嬉しそうにしている……。


 ……ミシェル本当に恐ろしい子……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る