第百六十五話 イーヘイ

「ふぁあ……イーヘイが見えてきたなあ」

「そうだねえ、うわあおっきなまちだなあ……くふう……」

「わたくし、この街に来たのは初めてです……ふわあ……」

「私は以前空から……ふあぁ……」


 現在の時刻は13時を回った所。朝から眠そうにしていたパイロット達だったが、昼食を摂ってからますますそれがひどくなったようで、全員がひどく眠そうにしている……コンディションは最悪だ。


 当たり前だよ……昨夜はあれから遅い時間までミシェルの部屋に集って真・勇者シャインカイザーについて語りあい、そのまま寝落ちをしてしまったようだからね。

 

 上映が終わった後、ぞろぞろとミシェルの部屋に入り、朝まで出てこなかったことからそんな事だろうと察していたけれど……まったくそれじゃあハンターとして失格だぞ。


 ……本音を言っちゃうと、なんとも羨ましい話だし、もいつか混ざりたいと思うけど……こういうのってさ、デリケートな所あるよね……ジャンルに興味を持ち始めた子にさ、ガチファンとか古参が下手に口を挟むとさあ、ウザがられちゃったりしてさあ……。


『カイザーさあ、これの話になると急に』

『マシューやめてあげて』


 なんて言われかねないよ……もし機会があったら適度に混じらせてもらお、適度に!


 ……それはまあいいとして、だ。


 現在我々はイーヘイの北大門に連なる行列に並んでいる。

 トリバの首都で在り、ルナーサ同様大きな漁港を持つイーヘイには多くの商人が集まる。


 そしてハンターズギルドの本部があると言う事で、ハンター達にとってはフォレムに並ぶ大切な街……このウンザリするような行列は仕方がないことだと納得がいく。


 今回もその気になればミシェルで楽が出来るのだけれども、アレは緊急時にしか使わないと決めたからね。


 今回は普通に列に並び、入場者相手の屋台で買い食いをしながらノンビリと待っているところだ。


 乙女軍団が交代で買いに行ってるんだけど、首都だけあって色々な料理が売っていて非常に興味深い。こういうゆったりとした時間も悪くはないよ。


 ……は食えないがな!


 街を囲むように広範囲に渡って巨石で組まれた大きな防壁が聳え立っているが、俺絡みても『大きい』と感じるこの防壁は一体どれ程の時間をかけて建造されたのだろうな。

 

 スミレ先生によれば、この防壁は魔獣避けのために建造された物であると言うことなので、新機兵文明後に作られた物だろうけれど、たとえ機兵を使っていたとしても中々大変な工事だったのでは無いかと思う。


 転生前に日本で大きな防波堤を作っているのを見たことがあるけどさ、あれもかなりの年数をかけて作っていたからね。


 工事が始まったなーって思ってから5年経ってようやく1/3が出来たくらいだったりして。私がこっちに転生する前でもまだ予定箇所全ての完成には至ってなかったけれど……アレが完成した姿はちょっと見たかったな。


 ロボ好きだからってわけじゃないけれど、巨大建造物も好きだからね……ダムとかさ。

 

 しかし、ほんとこの防壁は凄いなあ。日本のように基準にうるさくなくて、サクサク作れるのかも知れないけどさ、街を覆うこれだけの巨壁を造るのはなかなかの労力だったと思う。こちらの世界にも凄い職人さんがたくさんいるもんだね。


 ……私だけ屋台飯を食えないので……こうして見える範囲の情報で暇を潰していたけれど、流石に飽きてきたな……いいもんね。防壁凄いし、遠目に見える機兵だってかっこいいから……と、あの機兵達はどうやらこちらに向かってきているようだね。

 

 レニーもそれに気づいたようで、緊張した表情を浮かべているけれど……今回我々はお客さんだ。

 

 向こうにもきちんと通達は行っているはずなので、いきなり怒られるようなことは無いはず……っていうか、そもそも何も悪い事してないしね。


 間もなく、機兵達が我々のもとに到着し、そのうち1機、俺の前で停止した機兵――どことなく俺に似ている防衛軍機――がコクピットハッチを開いてパイロットが顔を出した。


「そちらの白い機兵は3級サードハンター、レニー・ヴァイオレット殿が乗るカイザーと見える。ハッチを開き顔をみせてくれないか」


 スミレがレニーにこくりと頷いてみせ、兵士に従うよう促す。


 コクピットハッチを開き、レニーがひょっこり顔を出すと兵士が驚いた顔をしたが、それに気づいては居ないレニーが堂々とした態度で所属と名前を告げた。


「はい、私はブレイブシャイン所属、リーダーのレニー・ヴァイオレットです。赤いのと紫のと黒いのはウチのパーティーメンバーです」


 キリッとした顔でノンビリとした声を出すため迫力はまったくは無いけれど、中々に立派なもんだ。レニーもやれば出来るじゃないか。


 その姿を見て兵士がぽかんとした表情を浮かべていたが、レニーは(あ、やっちゃった)と、何かを思い出したかのような表情を浮かべると首から下げたタグを取り外し、前に差し出してみせた。

 

 その様子を見て我に返ったらしい兵士は機兵の距離をやや近づけると、何かの端末をタグに向けて少し離れた位置からそれを読み取っている。


 ううむ、非接触型カードリーダー見たいなアレだな……相変わらず変なとこだけハイテクな世界だよ。


「あ、ああ、うむ、確かにヴァイオレット殿で間違い無いな。突然失礼した。

 貴殿達の事は上の者から聞いています。我々と同行していただいても構いませんか?

 このままでは……その、今日中に入れるかわかりませんのでね」


「え? あ、ああ、はい。わかりました!」 


 レニーが通信で各機と情報を共有し、兵士の案内に従って入街する事になったと告げている。ああ、よかった。これで行列から解放されるよ。にとって……屋台に囲まれたまま待ち続けるこの状況は地獄に等しかったからな!


 ゆっくりと進む兵士の後に続いてぞろぞろと歩いて行く。

 このまま例の特別な門を通してくれるのかな、と思ったけれどそうでは無いらしい。


 連れて行かれた先はどうやら門兵が控える詰め所。どうやら中に入る前に何かお話を聞かれるようだね。

 

 駐機場に案内されたので、パイロット達から何か話を聞くのかなと思えば、なにやら乗ったまま少々待っていて欲しいとのことで拍子抜けする。


 そのまま詰め所脇にある機兵置き場で待っていると、銀色に赤いワンポイントが入った軍機がやってきた。

 

 どうやらがやってきたようだ。


 軍機のコクピットハッチが開き、渋いヒゲを蓄えた男性が顔を出す。

 頬に傷がある鋭い眼差しを持ったオジサマで、如何にも軍の強い人という雰囲気だ。


「始めましてブレイブシャインの皆さん。私はトリバ防衛軍 レッド小隊隊長のバルサー・マーベスです」


 それを聞いて慌ててハッチを開いたのは乙女軍団だ。それに返すように次々とかしこまって自己紹介をする。


「ははは、そうかしこまらず、楽にして下さい。それと、カイザー殿。貴方がたの話も伺っています。どうか、普段通りお話し下さい」


 なるほど……このパターンか。そういう事ならやりやすい。


「そうですか、私はカイザー、レニー・ヴァイオレットの乗る機兵であり、ブレイブシャインの司令官です」


「おお、報告は本当だったのですな……いえ、失礼しました。こちらとしても貴方のような存在はにわかには信じられず……」


「その事についてはこちらも重々承知なので、お気になさらず」

「カイザー、私の紹介もして下さい」

「ああ、彼女はスミレ、このパーティーの戦術担当者であり、私のパートナーです」


「ぬ……これは……妖精様……なのですか?」


 スミレがコクピットから飛び出し、隊長の前でお辞儀をしてみせると引きつった顔をする。

 やはりスミレはインパクトが強いよな……何か妖精信仰みたいなものもあるようだし。


「いえ、違います。スミレも私と同じ存在で、極小の機兵と思って頂ければ……」


「なるほど……ああっと、こちらが思っていたより貴方がたの到着が速くてですな……。

 現在大統領閣下の方に先触れを出し、予定を伺っているところなのですよ」


「なるほど、いやこちらこそすみませんでした、突然おしかけてしまって……」

「いえいえ、こちらの情報が不足していたからこその自体ですから……」

「しかし、こちらも事前に到着予定日を告げていれば……」

「いやいや、そうは言いますが、我々もきちんとあなた方を把握していれば……」

 

『……なんだか日本のサラリーマンみたいですよ、カイザー』


 気分が壊れるからそんな事を言ってはいけない。

 ……たしかに言われてみればそんな感じだけれども……。


 その後、他の僚機達も改めてそれぞれの口からしっかりと自己紹介をし、それを見る度隊長は感心したような顔で頷いていた。


「いやはや、貴方がたのようなパーティーが未だ3級……いえ、2級に上がるのでしたか。

 にしても勿体無い。これならば1級はどころかA級こそ相応しかろうに……」

「いえいえ……この子達はまだ幼いですからね。過ぎた評価は毒となります。

 こつこつと成果を上げ、ゆっくりと成長してこそですよ。2級だって過ぎた物ですから」

「むう、カイザー殿は優れた機兵で有りながら、中々立派な司令官でもいらっしゃるな。

 どうでしょう、一度我軍で指導などしてみては。若い連中の目も覚めましょうて」


「ははは、機会があれば」

『カイザー』

「言うなスミレ、俺の記憶がこうさせるんだ……」


『いえ、リーマン臭いとかそういう話ではなくて……どうやらそろそろ街に入れそうですよ』


 スミレに言われて視線を上げてみれば、ちょうど軍機が駆け込んで来たところだった。

 ハッチを開き、半身を出した兵士が敬礼をし、用件を伝える。


「マーベス隊長! 大統領閣下からの言伝をお預かりして参りました!」

「うむ、ご苦労! 下がれ!」

「はっ!」


 隊長は兵士から何か紙を受け取ると、それに目を通しこちらを向いた。


「お待たせしましたな、ブレイブシャインの皆様! 大統領閣下は明日の正午、ハンターズギルド本部演習場にて待つとの事です! また、本日はこのままゆっくりとトリバの街を堪能して欲しいとのこと、確かにお伝え申した!」


 「確かに承りました!」


「……というわけで仕事の顔はここまでにして、これはイーヘイの住民としてのアドバイスですが……イーヘイの宿は"浜風の唄”がお勧めです。ルストニア殿はルナーサで魚介を食べ飽きてらっしゃるとは思いますが、イーヘイの魚介も中々ですから是非食べ比べて見て下され」


「ええ、私もイーヘイの魚介は商人として気になっていましたの。これが新たな縁となれば嬉しく思いますわ」


「ははは、ルナーサの将来も安泰のようですな。では、皆様お気をつけて」


 いきなり何を言われるのかと思ったら、おすすめ宿の紹介かよ……ありがたいけど、ずっこけそうになっちゃった。


 間もなく現れた案内の兵士達に連れられて、我々はいよいよイーヘイの街に足を踏み入れた。


 なんだかほんとサラリーマンのようなやり取りをしちゃったけれど、明日はそれより酷い……取引先の社長と会うような気分になるはずだ。

 

 ……今日はせめて目でだけでもイーヘイを楽しんでおくとしよう。

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